一思いジャーニー
◆ ◆ ◆
「あれは……ワシが【勇者】に敗れた時のことじゃ」
「【勇者】って、あのババアのことか」
「ババア言うでない。まだ人間で言えば三十代後半じゃろう」
「若作りが上手いだけだって」
緑茶を啜り、せんべいを齧る。
ぼりぼりと音を立てながら魔族の話に耳を傾ける。
このイベントには諸々の説がある。公式には発表されていない所詮は諸説だが、そんな諸説が出回るほどこのイベントはプレイヤーの中では大きなものとなっている。
もちろん、俺も納得がいかずに他のルートを探した人間だ。その諸説にも目を通していた。
だからこそ、このイベントの真相を俺は知りたい。
もうとっくに腹は括ってある。あまりにも誰も得しないイベントだから嫌っていたが、もうここまで来てしまった以上は全てを聞いて帰ろう。
そして、全てを見て帰ろうと思うんだ、俺は。
……やっべ、今の俺かっこいい。
傍観者とか全てを見定めた超越者とかのポジションみてぇだ。
封印したはずの病気が再発する前に話を聞いておこう。
「かつて……ワシは人が住む田舎町に住む薬師じゃった。ワシは戦闘能力が皆無でな、生きていくには人に化けて人として生きていくに他無かったのじゃ」
「同じ魔族のところに行かなかったのか?」
「哀しいかな、魔族……否、魔物のほとんどは力こそすべてじゃと思っている輩ばかり。ワシが魔族とて、非力ならば淘汰されるだけ」
そう言ってポツリポツリと身の上話を始めた魔族。
魔物が力社会だと言うのは、魔物は知能が低く本能で生きている者ばかりで生態としては野生動物に近い。
このことは公式サイトにも書いてあるが、確かに今まで戦ってきた魔物は元の世界での生態に近いような気がする。
しかし、それは知能の高い魔族にも言えること。魔族もやはり力社会なのだ。
ドワーフやニンフなどの例外もあるが、大きく見てやはり魔族も力社会なのが現状。
俺がこれで会う魔族は二回目だが、この婆さんは魔族らしさが無い。
いや、この婆さんも充分に強いんだけどさ、魔族にしてみたら弱いんだよな。なんのドーピングも無しに真っ向から戦ったら俺が負けるけども。
「実際、ワシはそこまで人間を憎んでおらぬ。むしろ快い隣人とさえ思っている。世話になった村人たちはワシに良くしてくれた。もっとも、ワシを人間だと思い込んでいたからじゃろうな」
「口振りからして、そこで【勇者】が現れたみたいだが?」
「そうじゃ。当時、まだまだ成りたての【勇者】と一行が村を訪れたのじゃ。じゃが、成りたてとは言え【勇者】じゃ。あっさりとワシの幻術を見破ってしもうた」
【勇者】とその一行。
【勇者】は騎乗用の大きなランスと甲冑に身を包んだ女性で、仲間は他に三人いる。
気が触れているとしか思えない盗賊。剛腕で正義を掲げた戦士。救済と称して魔物を浄化する賢者。
その四人が【勇者】一行だ。今も世界のためと称して魔物と戦っており、その道は徐々に【魔王】へと近づいている。
そんな四人を相手にして、生き残っているのだからこの婆さんは凄いのかも知れない。
「もう、今生の終わりとしか思えない状況で、【勇者】はワシにこう言った。お前のように人間に扮して暮らしている魔物は少なくない。この旅で幾つかの例を見て来た。とな」
「ヒューマノイドスライムみたいのがいるんだもんな。人間に友好的な魔物がいてもおかしくない」
「そこでじゃな、折角拾った命でワシは各地にいるワシのような者たちを捜しだし、ここに集落を造ったのじゃ。皆、戦うことの出来ぬ弱い魔物ばかりじゃ。ワシはそんな者どもに人間の姿を与えた」
「でも、なんでここに?」
「ここは神々が住んでいる。ワシが直々に頼み込んで匿ってもらうことにしたのじゃ。ここは、人があまり来ないもんでの」
「神々は賑わいと安寧が好きだからな」
訊けば、この集落は力の無い魔物や野心の無い魔物たちが集まってできた集落なのだそうだ。
力が全ての社会ではそれは致命的なこと。それでは生きていけないとのことでこの霊峰にきたのか。
霊峰は神々が住まう山。望まない魔物は疎か人間ですら入ることが困難な山なのだ。
神々は人間や魔物とは掛け離れた力を持つ“生物”で、基本的に何者にも干渉しない。何故なら、神々は静かに眠りたいから。
その反面、人々の祭や賑わいが大好きで、自身の住む場所を荒らさないのであるならば基本的に人間は拒まない。
それでも、むやみやたらに動物たちを殺したり、良からぬことを考えている人間には容赦ないが。
だから、ここに魔物の集落を作ることを赦しているのか。
「じゃが、お前たちは……ワシらを殺しに来たのじゃろう?」
「…………あぁ」
「そんな顔をするでない。お前たちがワシらを殺さなかったら、いずれ誰かがワシらを殺す。それが……世界の理じゃ」
「………………あぁ」
◆ ◆ ◆
「こっちだよ!」
「おぉ、これはまた凄いでありますな」
次に少女に手を引かれて訪れた場所は再び集落の中。
集落の中心にあり、こんこんと湧く泉を中心に広がる花畑。
そこでは他の少女たちが花々で冠を編んでいたり、初々しいカップルが頬を染めてベンチに座っている。
その光景を仲睦ましい老夫婦が遠い昔を思い出す様に眺めている。
青年も、しっかりと世話のされた花畑を見て思わず感嘆の息を漏らした。
コレは素晴らしい。心の底からそう思っているのだ。このような綺麗な花畑、そう易々と見られるものではない。
「えへへ、四葉のクローバー!」
「むむっ、幸せの証でありますな。可愛らしいであります」
「これあげるっ」
「良いのでありますか?」
「うん、プレゼント!」
青年は少女から四葉のクローバーを受け取った。
少し恥ずかしい思いを感じながら、青年が喜んで受け取る様を老夫婦が笑顔で見ていることに青年は気付いていない。
青年は四葉のクローバーを眺めながら、これを押し花にしようと決めるのであった。
このプレゼントは直ぐに色褪せてしまう。そんなことは青年が赦さない。
四葉のクローバーを大事に財布にしまいこむと、そこで少女がいないことに気付く。
見渡してみると、少し離れたところで花を摘んでいるのが目に入る。
一言、ごめんなさいと謝ってから花を摘む姿を見た青年は少女の親の教育の良さに思わず感心した。
動植物に敬意を忘れないことはとても難しいことだと知っているから。
「それは何の花でありますか?」
「これはね、白いリコリス!」
リコリス。一般的に彼岸花と呼ばれる花であり、不吉の象徴とも言える花である。
死人花・地獄花・剃刀花とも呼ばれている通り、あまり人に好まれていない花であることを青年は知っていた。
また、家に持ち帰ると火事になると言われている。青年もあまり好きな花ではなかった。
しかし、青年の知る彼岸花は赤い花弁を持っているのだが、この彼岸花の花弁は白い。
白い彼岸花を青年は知らなかったので、必然と興味が沸いた。
「その花が好きなのでありますか?」
「うん。赤い方は嫌いだけど、こっちの白い方は好き!」
「どう違うのでありますか?」
「赤い方の花言葉は“哀しい思い出”だけど、白い方の花言葉は“また会う日を楽しみに”だから!」
「それは良いでありますな! 自分もこの白いリコリスを好きになったであります」
「じゃあ、これもあげる!」
「ありがとうであります!」
少女から白いリコリスを受け取り、これも押し花にしようと決めた。
可愛い少女からの贈り物だ。コレを大切にしない男がどこにいるであろうか。
青年は先ほどの四葉のクローバー同様に財布にしまいこむ。折れず潰れないように慎重にだ。
「えへへ、嬉しい?」
「嬉しいであります。また、ハナちゃんと会う日が楽しみになったであります」
「私もっ!」
お互いに笑顔で見つめ合い、自然な流れで手を繋いで再び少女の先導の元歩き出した。
次はどんなところに連れて行ってもらえるのか楽しみになっており、青年はここに来るまでの魔物を倒すと言う使命感はどこへやら。
もはやそんなことは頭の隅にすらなく、単純に楽しんでいた。
目の前に少女が、魔物かもしれないという疑念すら捨てて。