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可憐ヤーヤー



「……人間?」


 ジャックが声を上げるのも無理はない。

 俺たちは魔物の集落だと聞かされていたのだから。だが、現に目の前にあるのは人間の集落

 人々が会話をし、笑い合い、時折子供が駆け抜けていく。そんな日常が目の前に広がっているのだ。


 頭が理解に追い付いていないようだ。

 俺だって最初は何が何だかわからなかった。

 だが、今なら何をすればいいのか分かる。


 あの時、何も出来なかったが、今は分かる。分かるんだ。


「ほら、ジャック。手を離せって」


「あ、はいであります」


 弱の手から離れた少女は、掴まれた右腕を労わる様に擦りながらこちらを見上げる。

 俺はそんな少女に、まるで、まるで自分の姪にでも接するかのように話しかける。

 もちろん、しゃがんで少女の目線に合わせてだ。


「済まんな。嬢ちゃん、名前は?」


「……ハナ」


「ハナちゃんか。おじさんは枕木。こっちのお兄さんはジャック。それでハナちゃん、悪いんだが、村長さんのところに案内してくれないか?」


「良いよ。こっち」


 ハナちゃんに自己紹介をして、ここの集落の長のところへ案内してもらうように頼むと、二つ返事で返したハナちゃん。

 見た目は十四・五歳だが、少し精神年齢が低いようにも見える。だが、彼女は頭が良い。


 相も変わらず呆けたような表情をしているジャックの腰を叩き、少し先でこちらを振り返って俺たちを待っているハナちゃんの元へ行くように急かす。

 未だ理解できていないジャックだったが、今自分が何をすればいいのか分かっているのか二人でハナちゃんの元へ向かう。


 集落の中は活気にあふれていた。

 人良さそうなおばちゃんたちが井戸端会議をしている。

 八百屋のおっちゃんが綺麗な女性に野菜をサービスしている。

 風車を利用して脱穀している農家。その様子を楽しそうに見ている子供たち。

 若い者たちが集まって談笑している。我慢できずに膝を叩きながら笑いだす者も。

 散歩しているおじいさん。その様子を見ている小鳥。


 その中を、ハナちゃんの先導の元進んでいく。

 そんな中、ジャックがついに我慢できなくなったのかハナちゃんに聞こえないように俺に耳打ちしてくる。


「これは……いったいどういうことでありますか?」


「どうにもこうにも、そういうことだよ。お前は……お前は何が大事なのか、何を優先するべきなのか、それを忘れていなければそれでいい」


「はぁ」


 そうだ。

 ここで一番重要なのは俺じゃない。ジャックだ。

 ジャックがここで何を思い、何を思って行動するか、自分にとって何が正しいのかが重要だ。

 それでも、同じ終わりにしか向かわないのなら、せめてジャックに選択させよう。この悲劇の引き金を引いてもらおう。

 せめて、彼が選択したものだと、してあげよう。


 集落を進んでいくと、やがて大きな階段が見えて来た。

 石造りの階段だ。ざっと百段以上ある。その階段を見上げて行った先に神社のような社が見える。

 階段は左右で形が若干違っており、見る限り左側が上りようで左が下り用のようだ。それに倣って昇ろう。


「これは骨が折れるな」


「さすがにこの距離はくるものがありますな……」


「おっそいよー! 早く早くー!」


「姫さんが呼んでるぞ」


「子どもは元気でありますな」


 階段を上り始めたは良いものの、あまりの距離に少し嫌気がさしてくる二人。

 また、階段の造りが中々に急なので余計に疲れてしまう。これでは日が暮れてしまう。


 そんな俺たちを余所にかなり上で呼んでいるハナちゃん。

 笑うと中々に可愛いのだが、毒気の無い笑顔に少し違和感を覚える。

 この先で、何が待っているか分かっているはずなのに。


「ようやくか」


「景色が綺麗であります」


 少し時間を掛けて登り切った先に待っているのは集落を一望できる景色だった。

 こうして見てみると、意外と大きな集落だと分かる。天気も良く、そんな景色が光って見えた。


 俺たちの目的地、村長の家なのだが社と言うよりは社務所のような印象を受ける。

 木造の建物で、比較的新しい。まだ新木の香りがする。


「待っていたぞ」


「……アンタがここの村長ですか」


「えぇ、そうじゃ。ここではなんじゃから、中へ」


 村長の家の戸を叩こうとしたところ、家の影から一人の老婆が出て来た。

 腰が曲がっているが、生命力にあふれており、まだまだ逝く気の無い印象を受けた。

 法衣のようなものを着ており、魔力に溢れているがもちろんそんな装備は知らない。魔界原産の装備なのだろう。


 がらがらと引き戸を開けて中へ入るように促してくる老婆。

 とりわけ敵意も感じられないのでお言葉に甘えて中へ入ることにしよう。


「おや、アンタはハナとこの村を見てきんしゃい。ワシが話があるのはこっちの……白黒じゃ」


「え?」


「良いから行って来い。……任せたぞ?」


「お兄さん、こっちだよ!」


「……了解であります。英雄殿、お気をつけて」


 俺が玄関へと入り、ジャックも入ろうとした時に老婆がジャックを遮った。

 なんでも俺にだけ話があるようで、ジャックはここまで案内してくれたハナちゃんとこの集落を見てくることに。

 ジャックは不安そうな顔をしていたが、俺が一言任せたと言うと、何か覚悟を決めたような表情になって頷いた。


 何かを察することが出来たのか。はたまた別の何かか。

 ジャックはハナちゃんに引っ張られるように昇って来た階段を下って行った。

 それを見届けてから、再び村長の方へ振り向く。


「……随分と落ち着いているのじゃな」


「敵意が無いんだ。何を警戒する必要がある?」


「虚勢……ではなさそうじゃな。こっちにこい」


 村長の後を着いて通されたのは客間。

 畳張りの和室で、中々に居心地が良さそうだ。香る藺草の匂い、良い匂いだ。


「座りな。大したもんは出せなんじゃ」


「お構いなく」


 座布団の上に座ったところでお茶を出してくれた。

 温かい緑茶だ。この世界に来てから緑茶なんて初めて飲む。

 少し熱いが、懐かしいその味が口いっぱいに広がる。やっぱりお茶は落ち着くな。

 この世界でお茶なんて飲めるところなんてないからに、もはや諦めていたが僥倖だった。


 お茶菓子はせんべいだ。月餅もある。

 最中もあるようで、一瞬元の世界に帰って来たかのような錯覚に陥る。

 今が一番落ち着けているのではなかろうか。


「それで……お主、ここが何かわかっておるのか?」


「魔物の集落だろう? んで、アンタは魔物を束ねる魔族様だ」


「……知っておりながら、ここまでのこのこと来たのか?」


「そっちこそ、俺たちが来ていることを知っているくせに。大方、あの嬢ちゃんにはわざと見つかるように指示して、ここまで連れて来たんだろう?」


「そこまで分かっておるのか……まったく、侮れんやつじゃ」


 そう言って緑茶を啜る村長……いや、魔族。

 この集落にいる人たちは全て魔物だ。もちろん、この目の前にいる老婆も本当は別の姿だ。

 この魔族の得意とするのは前述したとおり幻術だ。その現出を駆使して人間の姿に見せているのだ。


「さて、お主らに倒される前に、少し身の上話でも聞いてくれんか?」


「おう。まだせんべいは沢山あるからな」


「厚かましい奴じゃ。じゃが……不思議な奴じゃ。なぜワシらが魔物だと知って剣を抜かぬ?」


「身の上話をするんだろう? なら剣じゃなく口で話すだろうが」


「馬鹿者の間違いかもしれぬな」


 魔族はくすりと笑った。




◆ ◆ ◆




 自分よりも背の低い少女に手を引かれて道を歩む青年。

 青年は半ば諦めるように少女に成すが成されるまま進んでいた。少女がどこへ行くのか知らずに。

 しかし、不安もあったのかようやく口を開く。


「ど、どこへ行くでありますか?」


「えっと、私のお気に入りの場所! 良いものがあるんだよ」


「そうでありますか……」


 再び嘆息を吐く青年。

 青年は最初、人気のない場所へと連れて行こうとする少女に対して警戒心を抱いていたが、もはやどうでも良くなっていたことの気付くことは無く、手を引かれていた。

 人の手によって道が拓かれている場所を通り、山の中を進んでいく。

 すると、とあるところへと辿り着いた。


「見て見て、すごいでしょ?」


「ほぉ……これは良い景色でありますな」


「私のお気に入りなんだ。ここまで来るのに大変だから、わざわざ道を作ってもらったの」


「緑に海、そして雪景色でありますか。圧巻であります」


「圧巻?」


「凄いってことであります」


「凄い? でしょでしょ」


 青年と少女が目にしたのは山の上から見える不思議な景色だった。

 眼下に広がるのは緑の森、そして青々と茂る草原。右側には広大な海。そして奥の方に雪原。

 生きているうちに見れるかどうかの景色に、思わず青年は感嘆の息を吐いていた。心から綺麗だと、そう思っていた。


「……素敵でありますな」


「ん?」


「なんでもないであります」


 まさか、少女の笑顔の一部なっているとは口が裂けても言えない青年だった。

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