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環状線ボーダーライン



 翌日。

 しんしんとゆらゆらと、しかし自己主張を怠らず降る雪は今日も地面を綺麗に化粧する。

 吐く息は白く、耳は赤く染まる時間は朝の五時。ぎゅむぎゅむと歩く度に鳴る足音はもはや聞き慣れた音。

 街はまだ寝静まっている。時折聞こえる足音は新聞配達の少年のもの。

 痛い鼻を啜る。つらら針が出来そうだと、思わず思う。


「い、いよいよでありますね!」


「おだつなよ。死に戻りはきついぞ」


「りょ、了解であります!」


 そんな寝静まった白銀の街中に、歩を進める集団。

 武装し、雪部に特有の深い帽子を被り、一点を射抜く眼光を光らせる集団。

 口を開かず、ただ黙々と歩き続ける集団を率いるのは一人の男。名をゴッドフリート・フォン・ベルリヒンゲン。

 そのすぐ背後を歩くのは精鋭二人。俺と、ジャック。


 向かう先は南にそびえる巨大な山脈。

 霊峰としても機能しており、そこは動植物の楽園となっている。

 山道を除き、人の手は入ってはいない。そこには神の末席が住んでいるからである。

 それゆえ、イグニード商会やダルニード商会も開発しようとはしていない。さわらぬ神に何とやらである。


「お二人さん、俺の役目は集落まで送り届け、有事の際に備えて近くの茂みに身を隠していることだ。そこでお前たちが何をしようが、俺たちは戦いに備えているだけだからな」


「あぁ、分かっている」


「まぁ、お前さんがそこでくたばる霊じゃないことは分かっているさ」


「言っておくけどさ、ここで一番レベル低いのは俺なんだからな?」


 白の国の首都を抜けて南下する俺たち。

 この分なら、三日たたずに到着できそうだと思う。


 この傭兵団はゴットフリートが率いる精鋭たちだ。

 主に戦争の助けとして、内戦や魔物たちの戦線に出向いていて世界で活躍する者たちだ。

 赤の国や黒の国からも仕事が来ているそうで、おまんま食いっぱぐれることはないと酒の席で嬉しそうに話していた。

 早い話、国境の無い戦士たちと言うことなのか。


 皆一様にレベルが五十を超えており、戦闘のエキスパートたちだ。

 今回、この傭兵団が魔物たちの集落を殲滅するのを手伝ってくれることになっている。

 頼もしいやつらだ、殿は任せよう。


「英雄殿、これから行くところに魔族がいると言うのは本当でありますか?」


「本当だ。それも、恐ろしく強力のな」


「……強いのでありますか」


「魔族は率いることの出来る魔物たちの数によって強さが違うって言っても過言じゃない。それだけの魔物が、慕って着いてくるってことなんだからな」


 実際、この先にいる魔族は強い。

 レベルはプレイヤーたちに合わせてその都度変化するが、レベルに見合わない強さを持っている。

 その魔族は魔法が得意で、特に得意としているのは幻や魅惑などの誘惑魔法で、その魔法に掛かってしまうと正気を保つのは難しい。


 でもまぁ、勝てるだろうな。

 勝てるように調整してあるのだから。

 このイベントは本当に嫌気がさす。スタッフたちがクリアしてみろと提示してくるのではなく、クリアしてその先の光景を見てみろって魂胆だからな。

 嫌な趣味をしているぜ、まったく。


「…………」


「英雄殿?」


「……なぁ、お前は本当に国王が無能だと思うか?」


「なっ!? 何を言うでありますか英雄殿!」


「そうだよな、済まん。忘れてくれ」


 ゲームの中でも有名な無能王。

 だが、最後の最後には彼自身が軍を率いてプレイヤーの元へ駆けつけると言うイベントがある。

 そのイベントはまるで、無能だった国王が奮起して立ち上がるというメッセージだと思っていたが、果たしてそうなのだろうか。

 何分、裏設定や表設定があまり出回らないゲームだから、勇士たちの想像と妄想で補完するしかないのが現状だった。


 だが、この国の人たちの話を聞く限りでは、無能王は無能を演じていて、それが外部に漏れないようにしていると解釈できる。

 しかし、そのことを国民たちは知っている体だった。無能は無能であるべき。

 まるで、本来あるべき姿を演じているようにしか聞こえない。


 実際、無能王のレベルは非常に高かった。

 実に百三十五。人類最強の【勇者】がレベル二百。姫騎士アンジェリカがレベル百五十。赤王敖欽がレベル百七十。

 それらと比較しても謙遜ないレベルである。ということは、無能王は非常に強いことになる。


 じゃあ、何故無能王は無能を演じているんだ?

 無能であるべき理由は何なのだ。何のために国政の全てを側近に任せているんだ?

 分からない。まるで分らない。


 太陽が雲で隠れているが、明るい外。

 この一週間は吹雪になることが無いそうだ。




◆ ◆ ◆





「ここいらだ。気を引き締めろよ」


 白の国の首都を出発してから二日後。

 白の国と赤の国の国境となっている山脈に到着した。

 足元には緑が茂り、少し湿った土が見えている。ところどころには動物の足跡も見受けられる。

 気候も赤の国までとは言わないが、結構暖かい。そのためか、皆着ていたコートを脱いでいる。

 俺も長袖をまくり上げて半袖にしている。同じ国なので、そこまで距離が離れていないのにも拘らずここまで違うものなのか。


「集落は具体的にはどこら辺にあるんだ?」


「この山脈の麓らしい。麓とは言っても少し上るがな」


 とのこと。

 というわけで動きやすい靴から安全靴に履き替え、山脈へと足を運ぶ。

 山の傾斜はなめらかで、しばらくは人が通るための山道を歩く。時折野生動物が顔を見せるが、魔物ら良いものは現さなかった。

 さすが霊峰。人の通る道には結界が張っているかのようだ。


 登り始めてすぐのところ。

 ゴッドフリートが歩くのを止めて隊に止まるように指示を始めた。

 すると傭兵団は近くにあった窪んだところに野営地を造り始めた。テントやら簡単な櫓やら、薪を集めた場所を中心にテキパキと用意を始める。

 ものの十分ほどで立派な野営地の完成だ。


「ここから道を逸れた数キロ先に集落があるらしい。ここからは頼むぜ。なんかあったら……そうだな、空に向けて火魔法でも打ち上げてくれ。直ぐに向かう」


「分かった。じゃあ、行ってくる」


 屈強でどこか馴れ馴れしい傭兵団とはここで一旦お別れ。

 ここから少し離れたところに先遣隊から報告のあった集落があるそうだ。

 ようやくと言った感じだが、実に一週間も経っていないのだから早いもの。

 緊張に体を強張らせているジャックを連れて、安全な山道から逸れて獣道を進む。


 魔物は出てこない。

 もしかしなくても俺たちが来ていることをあちらさんは知っているだろう。

 戦いに備えてその集落にみんな集っているのかも知れない。だとしたらかなり苦しい戦いになるだろう。


 ゲームでは、その集落は少し特殊な扱いをされていて普段は近づけない仕様となっている。

 そして、そこの魔物たちは嫌に“親しげ”なんだ。俺たちは集落を壊しに来たと言うのに、俺たちの来訪を歓迎してくれる。

 そんな集落の最奥に位置する村長の家。つまり魔族を倒すことでこのイベントは終わる。


 最初は、その集落をどうにかして残す方法は無いかと色々と探してみたが、どうやら一つの終わりしか用意されていないらしく、イベントを終えるには殲滅以外に方法は無いらしい。


 それがこのイベントが嫌われている割に有名な理由だ。

 コレの対価が超協力強化を果たしたジャックだけだと言うのだから、人気も無いのが頷ける。


「……何かがいるであります」


「あ?」


 けもの道を慎重に進んでいくと、後ろを歩くジャックが唐突に声を上げた。

 気が付かなかったが、どうやらジャックが何かがいるのを感づいたらしい。さすが高レベルだ。

 俺ではもはや気が付かないこともジャックは気が付けるようになっている。もしかして俺は必要ないんじゃないか?


「……あ」


「ま、待つであります!」


 ジャックの言う通り近くの茂みががさがさと動いているのが分かる。

 しばらく二人で底を睨み付けていると、ひょっこり何かが顔を現した。


 緑色のショートヘアーに、薄い桃色の瞳。

 まだ年端もいかない少女で、見た目からして十四・五というところであろう。

 そんな少女が顔を出して、こちらと目が合った。少しの間を置いて呟くように声を上げた少女はまた茂みの中に隠れてしまった。

 それを見ていたジャックが我先と追いかける。


 俺はその少女に見覚えがあった。

 確か、このイベントで重要な立ち回りをしている少女だ。

 この少女が現れたということは、集落は近いのだろう。


 俺も気後れしながらもジャックを追いかける。

 遠くに行ったのかと思ったが、意外にも近く居た。


「どうしてこんなところにいるであります! 危ないでありますよ!」


「い、いや……その……離して……」


 ジャックはさすがと言うべきか、しなやかな身のこなしでけもの道を進み、少女の腕を掴んで捕まえていた。

 その姿は若干犯罪の臭いがしないでもないが、この場合はジャックの言っていることが正しい。

 一人の少女がこんなところに一人でいるだなんて危険極まりない。まぁ、歩いていても大丈夫なんだが。


「ジャック、離してやれ」


「ですが!」


「良いから。ほら、集落に着いたぞ」


「え?」


 ジャックは不思議そうな声を上げて顔を上げる。

 それと同時に掴んでいた手を離す。少女は逃げようとせずに、意外にもジャックを見上げている。


 俺とジャックが見る先。

 そこには意外にも栄えている“人間”の集落が見えていた。

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