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君も、僕も、あなた



 緊迫状態が続く中、動いているのは状況を理解できていないジャックのみ。

 交互に俺たちを見ては、何故戦わないのかという表情をしている。

 動きたくても、俺からは動けないと言うのに。


 酔っ払い爺さんが得物としている軍刀はいわゆる直刀と言われる剣であり、刺突には使われない斬撃のみの中国で使われていた様な剣だ。

 また、反りが無いために抜刀時に相手を牽制することは出来ず、あくまでも戦う時は常時抜身での戦闘になる。

 片刃と言うこともあって応用性は低いが、使い勝手が良い分人型での戦闘に向いている。


「……ふむ、何もしないのでは意味も無いな。では、俺から出向こうか。そりゃ!」


「むっ」


 しばらくのにらみ合いの後、痺れを切らしたのか、はたまた見せるための戦いのためか酔っ払い爺さんから動き出した。

 真っ直ぐの突っ込み。シンプルだで対処しやすいが一番攻撃力のある体勢。

 コレをまともに受けては俺は立っていることは出来ないと判断し、直ぐ様大楯に装備しなおす。


 しかし、直ぐに後悔した。

 大楯は防御に適している。そりゃしゃがめば体を覆い尽くすほどの大きな盾だ。

 これが防御に向いてなければ何に向いていると言うのだ。

 だが、その反面、相手が見えなくなると言うデメリットもある。


 相手の手の内が分かっていない以上、相手を視界から外すのは賢明とは言えない対処だ。

 だから、俺は大楯は構えたものの、右へ横っ飛びする。

 酔っ払い爺さんは右利き。何か来るとしては左からだと思っての行動だ。


「勘が働くようだな」


「うわ、ショーテルとか卑怯だぜ」


 俺の行動は正しかったようで、右へ跳んでから酔っ払い爺さんの方を見てみるといつの間にか装備が軍刀からショーテルへと変わっていた。

 ショーテルは普通の剣とは違って剣身が鎌のように湾曲している両刃剣だ。

 相手が盾持ちの時に真価を発揮し、相手が盾を構えている脇から攻撃することの出来る癖のある武器。

 もし、あのまま俺が大楯を構えていたらショーテルによってダメージを受けていただろう。


 ゲームの中でも盾持ちの相手にダメージを与えることが出来る武器として優秀で、人間の敵相手には重宝する武器だ。

 それでも、ショーテルはそこまで攻撃力が高くないので終盤には使わなくなってしまう。良くて中盤までだ。


「ほれ、逃げてばかりじゃ勝てんぞ?」


「んなこと言ったって! そっちが掠りでもしたら目の前真っ赤っかになるっての!」


 俺が再び酔っ払い爺さんから距離を取ろうとすると、素早い動きで俺との間を詰めてくる。

 その手にはショーテルは無く、代わりにメイル・ピアシング・ソードとして有名なエストックを装備している。

 刺突専用のその剣は正に間合いを詰めてからの一撃が強力で、背後に下がって躱そうとするのはバカの極みだ。


 だから俺は先ほどのように横っ飛びでその攻撃を躱そうとする。

 しかし、その考えもこの爺さんには読まれていたのか下卑た笑みを浮かべる酔っ払い爺さん。

 俺が急いで体勢を立て直そうとするも、爺さんの手にはエストックの代わりに三メートルはあろうかと言う本来なら儀式用か奉納用に使われるグレートソードが両手で握られていた。


 もはや人間が扱うべきではない領域。

 俺でも力の腕輪を装備してようやく振るえると言うのにも拘らず、この爺さんは素の状態で振るっている。

 充分この爺さんも化物じゃないか。何でこの爺さんをこんな下っ端同然な扱いをしているんだ。

 白の国の軍は衰退してなんかない。無能に見せかけているだけ、あの話は本当のことだったのか。


「《ベアドロップ》!」


「ぬお!?」


 跳んでいる状態では避けられないと判断して、樫の杖〈伝説的〉を装備して魔法を唱える。

 いつぞやかキマイラの足止めとして使った魔法で、敵の足元に底なしの水溜りを出現させる拘束魔法。

 地面と言う踏ん張り場を無くした爺さんはグレートソードを振るうも空しく、その攻撃は空振りに終わった。


 死ぬところだった。

 軍の兵士……職業的には戦士なので装備できる武器が必然的に剣に絞られるのにも拘らずここまで追い詰められている。

 これが俺の言う武器なりの武器の扱い方だ。剣でも色々なものがあり、使い様によってこういう戦い方も出来るのだ。

 それを、この爺さんは見せるためとは言え様々な手法で戦った。


 強い。

 明らかに強い。

 もし俺の職業が鍛冶屋ではなく戦士だったら今頃お陀仏だっただろう。


「よっと、とまぁ……ざっとこんなものさね。どうだった、ジャックよ」


「へ? は、はいであります! あ、あまりにも素晴らしい戦いに圧巻され――」


「そうではない! この戦いから、俺らの言っていたことが理解できたかと聞いておるのだ!」


 足場が無いのにも拘らず底なしの水溜りから飛び出てきた爺さん。

 もう六十は過ぎているだろう老体からは考えられない程パワフルだ。若い頃は一体どんな感じだったのだろうか。


 ここでこの戦いは終わりなのか、この俺たちの戦いを見ていたジャックへと話の矛先が向けられる。

 当のジャックは放心状態だったのか、爺さんに話しかけられるとビクッと肩が跳ねた。


 今の戦いからジャックはいったい何を感じ取ったのだろうか。

 ただ、ただ、圧巻されたのなら、分かっていることだろう。


「……武器の形状、有用性、重心、遠心力、それらを利用した戦い……」


「そうだ。どうだ? 格好良いだろう?」


「……はい。それに比べ、自分の戦いは効率ばかり重視して、武器の使い方も分からず単調なものになっていたであります」


「あぁ、何も恰好良いだけじゃない。武器を理解すればそれだけで戦術の幅が広がる。じゃあ、今の軍で教えていた本物の無能共の戦術は全部でいくつあった?」


「…………」


 幾らなんでもバカなものだと思うよな。

 この世界には元々バカしかいなかったのかと思うくらいの酷さだ。

 それならまだ赤の国の奴らの方が強かった。まだ幾分かは武器のことを理解していたが、この国はまるで駄目だ。

 本当、バカだ。


 それはそうと、体のあちこちが痛ぇ。

 無理な戦い方をしたからか、関節や腰が痛い。

 俺も最近は戦いから離れていたからか、かなりなまっている。

 レベルがいくら高かろうが、戦い方を忘れてしまっては意味はないと言うことか。嫌だね、まったく。


「おう、小僧悪かったな。立てるか?」


「誰に物言ってんだ。姫様に勝った男だぞ」


「阿呆が。慢心するな。あの赤の姫は慢心で負けたと言っても……いや、わざと負けたのかもな」


「……あぁ、かもな」


 爺さんに手を伸ばされたが、それを借りずに立ち上がる。

 ケツに着いた塵埃を払い落とし、真面目な表情をしているジャックの方へ向き直る。

 爺さんに言われて分かったはず。それらを踏まえてもう一度手を合わせてみよう。


「ジャック」


「はいであります」


「今の言葉をもう一度かみしめて、俺に向かって来い」


「……っ、行くであります!」


 彼は腰を落とし、左腕を前へ出してタワーシールドを構え、兵士の剣をタワーシールドの影から出す様に構えた。

 重歩兵の構えだ。重装備なら重装備なりの構え方がある。ジャックなりに考えた構えなんだろう。


 そしてタワーシールドを構えたままこちらに向かって突っ込んできた。

 かなりの速さだ。あのままタワーシールドの固有スキル《シールドバッシュ》をするつもりなのだろう。

 だが、単調なままだったら俺は倒せない。


「ん?」


 え、ちょ、なんか速くね?


「ぬうううんっ!?」


 体を捻って《シールドバッシュ》を無理やり躱す俺。

 また腰を痛めるとかそんなことは気にしてられない。素早くその場から飛び跳ねるように離れると、ジャックへと向き直る。

 ジャックの速さが先ほどの比ではない。ちょっとやばかった。


「《アナライズ》!」


 俺は相手のステータスを見ることが出来るレベルで覚えるスキル《アナライズ》を使ってジャックのステータスを見る。

 ジャックの初期レベルは二十五。白の国から始めたプレイヤーなら初期レベル十。

 俺は赤の国から始めたことになっているはずだから、ジャックのレベルは二十五のはず。


 だが、《アナライズ》で見たジャックのレベルは四十五。

 先ほどよりもレベルが二十も上がっている。しかも、俺のレベルは四十三。

 二レベルほどジャックの方が高いと言うことは、必然的に俺の方が弱いことになる。


 まさか、さっきのやり取りでジャックの心が成長してレベルが上がったのか!?

 第一段階はジャックを訓練して何者にも屈しない心を育てること。じゃあ、訓練は完了したのか!


「《スキップ》!」


 俺は移動スキルを駆使してジャックの背後に回るが、如何せん使い勝手が悪いので目の前がかすむ。

 しかし、そこはグッと我慢してタワーシールドの隙を狙う。


「甘いであります!」


 だが、ジャックは体を捻って方向転換すると、タワーシールドを再び俺に向けて構えた。

 レベルが上がったからと言ってこんなにも変わるものなのか。技量まで上がっているぞ。

 だが、あくまでも二レベル差。三レベル差なら軽く絶望するが、まだなんとかなる。


「《アクアエッジ》!」


 樫の杖〈伝説的〉へと装備を変えて、足元から水の槍でジャックへと攻撃する。

 目の前がダメなら足元から。あのタワーシールドを破るには決定打が必要になる。

 それなら、まずは隙を作るしかない。


「《パリイ》であります!」


「げっ」


 だがしかし、ジャックは剣スキルの《パリイ》を発動して《アクアエッジ》をいなした。

 《パリイ》は剣スキルの初期スキルで、タイミングよく繰り出せば相手の攻撃をいなすことが出来るのだが、そのタイミングは大変シビアな物。

 ちなみに俺にはできない。そんなことをするなら俺は躱す。


 俺の魔法を弾いたジャックはまた最初のように弾丸のように突っ込んでくる。

 俺は仕方なしと思って鉄の大楯〈伝説的〉を装備して構える。ジャックはそのまま突っ込んでくる。

 俺は、待つだけ。


「《シールドバッシュ》!」


「くっ」


 大楯を通して伝わる衝撃。

 何とか踏みとどまったが、かなりの衝撃だ。

 二レベル違うだけでここまで違うのか。更にこの一瞬でタワーシールドを使いこなしてやがる。

 ちょっと危ないかもと思い始めた俺にイラつく。


「そこであります!」


「うっ、《体落とし》!」


 腕にしびれが残る中、俺が構えていた大楯の影から人影が飛び出して来た。

 言わずもがなジャックだ。ジャックの手にはさっきまで装備していた重々しいタワーシールドはなく、右手に兵士の剣のみ。

 隙間を縫うような鋭い刺突攻撃が目の前に迫る。俺は半ば無意識に大楯を装備から外して空手となり、ジャックに肉薄して《体落とし》を仕掛ける。


「ぐうっ!」


「そこ! 《スタンプ》!」


 《体落とし》によって地面に引き倒されたジャックへ、俺はウォーハンマー〈伝説的〉を装備して一撃がでかい《スタンプ》を仕掛ける。

 《体落とし》によりスタン状態となっているために回避行動は出来ない。よって、この一撃は必ず当たる。


「ぐふっ!」


 ジャックの物と思われる声と、一足遅く訪れた舞い上がる粉塵。

 衝撃は地面を伝って波打ち、衝撃波となって方々へと及んだ。


 そこで俺は気付く。


「あっ」


「バカ者! ムキになるな!」


 手加減どころか、本気で戦っていたことを。

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