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みんな知っている



「筋肉痛なら、筋肉痛にならない筋肉をつけろ」


「は、はいであります!」


 翌日、目の前には元気に筋肉痛に悩まされるジャックの姿が!

 全身がプルプルと震え、立っているのもやっとなくらいの滑稽な姿。

 少し小突いてみたら物凄い悲鳴とともにくねくねと気持ちの悪い行動をし始めたから、蹴ってやった。

 そうしたら飛び跳ねたから面白い。


 そんな遊びを何回かして飽きたから、これも訓練の一環だと思わせるために真面目な顔をしてこのセリフだ。

 コイツは俺に対して絶対的な信頼を置いているからいとも簡単に信じるだろう。


「今日から今まで以上にトレーニングをするであります!」


 ほらな。


「それで、今日は何をするでありますか?」


「そうだな……」


 ハッキリ言ってコイツのイベントはそこまで長いものではない。

 むしろゲーム感覚で言えば一時間も掛からない。経験上からしてこの世界でのこのイベントは三日も掛からないだろう。

 大まかに分けて、最初のころは特訓と言う名のレベル上げ。その次に自信をつけると言うの名のステータス強化。そして、最後にグランドフィナーレ。


 このイベントの面白いところは、敵と幾ら戦ってもジャックには経験値が入らない。

 ジャックのレベルを上げるにはイベントをこなす……つまり、ジャックの心を鍛えるとレベルが上がるシステムとなっている。


 訓練で体を鍛え、何者にも屈しない屈強な心を育てる。

 自信をつけさせ、果敢に魔物へ挑む勇猛な心を育てる。


 そして、何にも代えられぬ、悲しみを背負う。


 そうすることでこのイベントは終了する。

 このイベントを経ることでジャックはとてつもなく強くなる。

 大きな犠牲と、代償を払うことによって。


 俺だってやったら損する。

 確かに強化ジャックはかなり頼もしいが、別にジャックがいなくともエンディングは迎えることは出来る。

 だから、俺的にはこのイベントをこなすことは無駄だと考えている。


 だが……、


「今日は俺と戦うか」


「っ! こ、光栄であります! 世界でも屈指の英雄殿と剣を交えることが出来るだなんて、感激であります!」


 俺はこのイベントを進めようとしている。

 理由は至って簡単。やらなくちゃいけない様な気がするから。

 理由を探したらいくらでも出てくる。


 国王の勅令に染むことだなんて出来ない。

 爺さんとの約束を守る。

 ここで貸しを作っておくことでこれからのことを有利に進める。


 探したらまだまだ出てくる。

 そこまでして、俺はこのイベントを進めたいんだ。

 疑いも持たずに。これは声を大にして言いたい。これは俺の意思でやっているのだと。

 ……本当にそうなのか?


 考えるのは、後でも良いのかも知れない。


「お前の得物も剣か」


「はいであります。教官の剣は随分と良い剣で」


「あぁ、俺が鍛えた。じゃあ、いくぞ」


 ジャックが構えたのは兵士に支給される非売品の剣。

 装備している物は防刃チョッキに腰元にコンバットナイフ。

 左腕には軍で支給される赤黒い腕甲と赤いタワーシールド。

 明らかに対人用装備だ。


 対する俺はいつもの学生服。両腕に力の腕輪に右親指に王家の指輪。

 手にする得物は鉄の剣〈伝説的〉。ジャックが手にする兵士の剣よりもはるかに強い。

 だが、今のレベルで使うには些か攻撃力は低い部類に入る。なんせ、鉄の武具は本当の序盤で使う武具だから。

 レベル五十前後だったなら魔法鉄の武具やら銀の武具が主流だろう。


 では何で俺がそれらの武具を使わないか。

 理由は簡単。ロマンが無いから。

 男だったら目先の力よりも使うロマンだろうよ。ロマン砲は別だがな。

 でもまぁ、本当に辛くなってきたら乗り換えるつもり。背に腹は代えられねぇが、使えるうちは使っておきたい。

 それらを補っているのが力の腕輪などでもあるんだが……限界が近いとは思う。


「よし、どこからでも打ち込んで来い」


「で、では! 行くでありますっ!」


 ジャックは体にぐぐぐっと力を込めて突っ込んでくる。

 レベルにして二十五。新人兵士としては中々にレベルが高いが、実用レベルとまではいかない。

 イベントをこなさないとレベルがこれ以上上がらないってのがみそだ。新人にしては筋が良い。

 でも、それだけと言われているんだから。


「でりゃあ!」


「長剣は斬るんじゃない。押し潰す様に鈍器として扱うんだ」


「くっ!」


 ジャックの得物である兵士の剣は市販の物よりも長めに出来ている。

 ゲーム基準のこの世界では剣の特徴なんて気にせずただ攻撃していれば良いだけなのだが、どうも俺はそれが気に喰わない。

 武器にはその武器なりの得意分野がある。ツバァイハンダーを斬ることを主体で扱うバカがどこにいる。キドニーダガーを主に扱うバカがどこにいる。

 俺は常々思っていた。マンゴーシュでバカでかい魔物の攻撃を防ぐことは出来ないだろうが、と。

 そんなことをしたら圧し折れるだろうが、と俺はゲームに対して疑問を抱いていた。


 ゲームだからと言ってしまえばそれで終わりなのだろうが、それでも納得がいかない。

 俺はこの世界に来てから、その思いが強くなった。なんせ、岩石でできた巨人をエストックで斬り付けている光景を目にしたのだから。

 バカだろ、本当に。


「これなら!」


「剣は斬ることだけが能じゃないんだ。突いたりしろ。後、相手の攻撃を剣身で受け止めるだなんてもっての外だからな!」


「サー! イエッサー!」


 ジャックの攻撃はやはりと言うべきかかなり隙が大きい。

 レベルがそれを補っている形ではあるが、どうみても素人丸出しだ。

 剣を斬ることでしか知らないのか、突くこともしない。自分の間合いすらも把握していない。

 どれだけ実戦経験が無いのか物語っている。


「だから樋を使うなって! 使うなら鍔で受け止めろ! それでもなるべく使うな!」


「サー! イエッサー!」


 頭では理解していても、とっさの判断が出来なかったら意味が無い。

 俺も最初はそうだった。無駄に敵の攻撃を食らっていては逃げまくって、回復して傷ついての繰り返し。

 それでも俺は姫様の攻撃に対して判断が出来るようにまで成長することが出来た。中々に褒めてもらえるものではなかろうか。


「おらっ!」


「ぐうぅ……!」


 隙だらけのジャックの腹に拳をお見舞いする。

 剣にだけ集中して、他の選択肢を消しているからこそ受けてしまう攻撃。

 戦いは臨機応変と言うが、まさにその通りだと俺は思う。一つのことだけにこだわっていては絶対に勝てない。

 最善の攻撃を常に探して見つけては無理だと次の最善を探す。それの繰り返しだ。


 と、一年前に剣を握ったばかりの若造が能書きを垂れてみる。

 別に俺の考えを他人に押し付ける気はない。コレは俺の中での常識であり、一般常識ではないから。

 一般常識は押し付けるという余計なお世話をするが、さすがに自分の考えを一方的に押し付けるのは気持ち悪い。


 ……あれ?

 そう言えば俺は自分の考えを他人に押し付けていたな、前言撤回。

 俺の考えは相意の考えだと思え。おぉ、気持ち悪い。


「やっているようじゃな」


「爺さん、また酒を飲んでいるのか」


「どうも固形は好かん。離乳食じゃ離乳食」


「じゃあ、いつかは固形を口にするんだな?」


「さて、陰から見ていておったが、中々に興味深いことをしていたな」


「狸め」


 ジャックと休憩を交えつつ訓練をしていると、兵舎の方から一人の男性が歩いてきた。

 声をする方を見てみると、そこには酒を片手に酩酊状態の酔っ払い爺さんが立っていた。しかし、足取りはしっかりとしている。

 それに、隙が無い。常日頃から警戒しているということは、根っからの軍人と言うことなのだろうか。


 ジャックは酔っ払い爺さんだと分かるに否やすっ飛ぶように直立して敬礼をした。

 条件反射なのか、相当擦り込まれている様。洗脳に近いのか。


 酔っ払い爺さんは近くの芝生に座ると、懐からもう一本の酒瓶を取り出す。

 それを俺に投げて寄越した。難なく受け取るが、それはかなり度数の高いお酒。

 コレを飲むとなると何かで割らなくてはまともに飲めそうにない。


 よくよく見てみると、酔っ払い爺さんが飲んでいる酒と同じ銘柄だ。

 この爺さん、コレをロックで飲んでやがる。


「武器の特徴か。なるほど、ここではそんなもの教えんからな。手先に当てても、胴に当てても敵に与えるダメージは変わらん。だから、自ずと狙う部位や戦術が定まってくる」


「でもそれじゃあダメだ」


「アンタは昔の考え方をしておるようじゃ。昔は武器には武器なりの使い方を学んでおったが、今ではどうも勝率重視じゃ。それが悪いとは言っておらんが、華が無くてな」


「まぁ、戦場じゃそんなこともいっていられないからな」


 酔っ払い爺さんいわく、昔はそれなりに武器の性能や特徴を扱う者が多かったそうだが、時代の移り変わりと共に簡略化されてきたらしい。

 そりゃ生きるか死ぬかの戦場でそんなことを考える奴は間違いなく淘汰されていく。頭に斬り付けようが、腕を斬り付けようがダメージは同じなんだから納得もいく。


 しかし、だからこそ俺は物申したい。

 剣には剣の戦い方。槍には槍の戦い方。打撃には打撃の戦い方があると。

 剣も槍も打撃も同じく手先に当てるだけの戦いなんて、恰好が悪いったらありゃしない。

 臆病風に吹かれた様に腰を退いて、相手の手先に当てようと腕を伸ばして小突いたり、得物同士を絡ませて手先に掠らせて戦う。

 なんと惨めなものか。それが、今の今までのジャックの戦い方だ。


 しかし、当の本人であるジャックは納得がいっていない様子。

 少し不満げに口元を一文字にして、少し眉間に皺が寄っている。


「御言葉でありますが、効率が良いことには何の問題も無いのではないでしょうか」


「お前……ロマンが無いな」


「無いな」


「で、ですが!」


「あのな、何も恰好だけじゃねぇんだよ。例外を除くすべての武器の戦い方が同じなら、戦術も糞もねぇだろうが。阿呆が」


「そうじゃ。ワシが訓練兵の時代はそんなことは無かったのにのぉ……どれ、見ておれ。ほれ、お前も構えんか!」


 ジャックは効率を訴える。

 確かに効率が良いのは本当に良い。効率が良いと言うのは最善の手と言うこと。

 戦場で最善ほど良いものはない。最善を尽くせば、自然と勝利が舞い込む。

 しかし、それは自分が相手よりも最善の手を持っている場合のみ。


 なんせ、効率重視の戦い方なら、相手も同じ戦い方になる。

 効率が良いんだから。あまり振りかぶらず、あまり動かず、あまりダメージも負わない。

 なるほど、最善の手だ。だからこそ、頓着状態となる。


 それのどこが悪いのか分からないジャックは成長しないだろう。

 そう思っていると、見かねたのか酔っ払い爺さんが立派な軍刀を抜刀して構えた。

 俺にも構える催促してくるが、古株とは言え階級的に下っ端の爺さんが何で軍刀を持っているのか疑問を持たざるをえない。


「おいおい爺さん。手加減してくれよ? アンタ、俺よりレベル高いんだろ?」


「レベル百五十の化物に勝った者が良く言うわい。ほれ、行くぞ」


「っ」


 以前、レベル差がどれだけ絶対的なものか話しただろう。

 レベルが五も違えば、それは適正ではない。レベル差は相手との絶対的な力の差だと言うことは十二分に分かっている。

 だからこそ分かる。この目の前にいる飲んだくれジジイがどれ程強いのかを。

 レベル相応の気を纏い、レベル相応の気迫を放出し、レベル相応の自信を秘めている。


 ただそこで軍刀を構えているだけなのに凄く大きく感じる。

 口端は大きく弧を描いているが目は笑っておらず、俺の一挙一動を見逃すもんかと瞬き一つしていない。

 息遣いも息を吐く時が一番の隙になることを理解しており、息を吐く時が一番警戒している。


 小手先では勝てない。

 真っ向から向かっては勝てない。

 そう思わせてくれる。


 姫様の時よりはかなりマシな方。

 それもそうだ。あっちはレベル百五十なんだから。

 それでも、まだ姫様は対処法があった。魔法も完全に防ぐことが出来て、手の内も知っていた。

 だが、片やこっちは完全に初見。どんな戦い方をしてくるのか、どんなスキルを使って来るのか。

 皆目見当もつかない。固有スキルも所有しているかも知れない。魔法も多彩な物を使ってくるかもしれない。


 何もかもわからない。

 だからこそ、


「…………」


「来ぬか。優秀じゃな」


 突っ込むことが出来ない。

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