きっと誰よりも望んでいる
「お待たせしました。どうぞ、中へお入りください」
謁見の間へとニオンさんが入って行ってから数分。
重厚な謁見の間扉が開いてニオンさんが出て来た。
分厚く巨大な扉はまるで国王の権威を現しているかの様。もっとも、ただの扉なのだが。
謁見の間へと足を踏み入れるとまず目に付くのは天井から吊り下げられたクリスタルのシャンデリア。
白いカーペットが敷かれた先には輝くような白い階段。その先には国王が鎮座している玉座。
白で統一された空間に白銀に金糸が施された玉座は一際威容を放っている。
しかし、それだけ。
国王が纏うには些か質素な外套に、作業着のような服。頭に乗っている王冠は装飾されている帽子の様。
白髪混じりの黒髪は少し薄く、それを隠す気が無いのかカツラらしきものは見受けられない。
縁の無い眼鏡を掛け、皺が目立つ頬は虚仮ており、華奢な体は赤王とは全く違う。
まるで威厳の無い姿。人目を気にして周りを窺っているのが目に浮かぶようである。
このおおよそ一国の主とは思えない風貌をした者こそ白の国の王。
西海龍王の称号を持っており、国王にして世界から“無能王”とまで呼ばれた男。
白王敖閏である。
「やあやあ、わざわざ来てもらって悪いね。本当は僕が行かなきゃいけないんだろうけど、何分忙しくてね」
「国王様。国王様がおいそれと民へ歩み寄る物ではありません」
「そうは言うけど、やっぱり国王が民の目線を知らないとダメだと思うんだよ。ただ、椅子で威張っているのが国王とは思えないんだ」
「また、無視されたいのですか?」
「…………それでも僕は、無能でも、国王なんだ。僕が、やらなきゃいけないんだ」
階段の下まで歩き、いざ跪こうとしたところ、無能王が俺に語り掛けて来た。
か細く、今にも消え入りそうな弱い声だ。実際、無能王はレベルも低く、スキルも確か一つしかない。
どんなスキルかは公開されていないので知らない。けれども、無能と烙印を押されているんだ。大したものではないだろう。
しかし、考えは一著前なもので国王のあるべき姿を語っている。
けれども悲しいかな、そんな国王はどこもかしこも滅亡しているのに。
それのこの無能王、街へ出ても気付いてもらえない上に、気付かれても無視されるという始末。
国民の声を聞こうにも国民は答えず、ただ黙々と自分の毎日を過ごすだけ。
それもそう。
なんせ、無能王は自分がかわいくて自国の兵を出兵させず、赤の国を見殺そうとしたのだから。
……とは言っても、そんな設定はこの世界に来るまでは知らなかったから一概にもそう言えない。
実際、無能王が気付かれないのは知っていたが、無視されていたのは知らなかった。
だが、無能なのは変わらない。
国政も、何もかも側近のニオンさんがこなしているのだから。
「僕が君に会いたかったのは他でもない。南海龍王の姫様を倒した、その強さを少しばかり貸してほしいんだ」
「御言葉ですが国王様。自分はもう戦いからはなるべく身を置きたいのです。中央街の近くに工房も建てました。これからは鍛冶師として過ごしていきたいのです」
「いやいや、なにも軍門に入れとは言わないよ。ただ、軍の兵士たちは何かと……平和ボケをしているんだ。恥ずかしいことに、僕が無能なばかりに……」
「と、言いますと?」
「軍の兵士たちに少しばかり発破を掛けてほしいんだ。君ほどの腕を持つ者なら、きっと兵士も耳を傾けるはずなんだ……頼むよ、この通りだ」
そう言って、無能王は頭を下げた。
仮にも一国の主ともあろうものが何の功績も武勲も無い男に頭を下げたのだ。
意識が低いとか、姿勢が低いとかの次元ではない。国王が頭を下げてはいけないものだということを知らないのだろうか。
国王は玉座でふんぞり返って勅令を出してこその国王だ。決して自分よりも身分が低い者に頭を下げてはならない。
その国で一番位の高い者なのだから。頭を下げるだなんて歴代の国王を侮辱していることと同じこと。
それを分かっちゃいない。
だから、俺はこの目の前にいる無能王に対してとてもムカつく。
国王の意識も無い者がその玉座で何をやっているんだ。お前は誰だ。西海龍王だろうが。
五国の一角だろうが。バカ野郎が。
「ふざけんなよ。国王が頭を下げるだって? いったい何を考えているんだか」
「この愚弄者が! 国王様になんて口を!」
「やべっ」
そばにいるニオンさんに怒鳴られてハッとする。
どうやら小声でだが声に出していたらしく、直ぐ様近くにいた近衛兵に囲まれてしまった。
仮にも一国の主。その主に侮辱ともいえる言葉を吐いたのだから当然ともいえる結果だろう。
しかも、俺はとんでもないことをしてしまった。
せっかく、この国に馴染もうというところにこの出来事。この国を追い出されるどころか、処刑されてしまってもおかしくない。
また逃げなければならないのか。何で俺はこんな初歩中の初歩をミスしてしまったのか。
そんなことばかりがぐるぐると頭の中を回る。
だから今、俺は助かる方法しか考えていない。
逃げ道があったら、直ぐ様飛びつくだろう。
だから、
「僕は大丈夫だよ。彼は全く間違ったことを言っていない。それのどこがいけないんだい?」
「国王様!」
「いいんだ。僕は……無能でなければいけないんだ。マクラギくん、そうだね、なら……僕は国王として命ずるよ。そのことを赦す代わりに、どうか軍の兵士たちを見てやってくれないか?」
「……承りました」
「うん、ありがとう」
にこりと疲れた笑顔で、そう言った。
やつれ、頬も虚仮て、疲弊した顔でそう命じられた。
一言言っておくが、俺は別に無能王のことは嫌いではない。
好きではないが、嫌いにはなれない。それは黒の国のシナリオ、魔王討伐エンドでわかるのだが……今は語る時ではないだろう。
……いったい誰に語るというのやら。いつか、誰かにこの世界の全てを話すのもいいかも知れない。
もっとも、全てとは言っても知っている全てのことだが。
さて了承してしまったが、軍の兵士たちに発破か。
こんなイベントは無かったはず。軍に関わるイベントならあるが、それは個人の物で決して軍全体に関わるイベントではなかったはず。
詳しくは軍にいる新米兵士を立派にするというイベントなのだが……正直に言ってそのイベントは俺でもかなり後味の悪いイベントとなる。
しかし、その新米兵士はそのイベントを経ることによってかなりの成長を遂げる。それこそ、ゲームでの最終メンバーに選ばられるくらいの強さだ。
……これが、その新米兵士に繋がるイベントなのだろうか?
「では、失礼します」
「あぁ、あと一つだけ。いいかい?」
「……なんなりと」
もう話も終わったので足早にここを去ろうとした時、最後に一つだけと無能王が俺を呼び止めた。
変な予感がするが、俺の予感は嫌なこと以外には当たらないので特に気にすることなく訊ねる。
無能王は少し言葉を選んでいるのか間を置いてこう言った。
「君は……どこから来たんだい?」
「……それは」
それは、
「どこか、遠くからです」
「そう、か。うん、わかったよ。それじゃ、明日からお願……やってくれないか」
「はい。それでは」
俺は近衛兵たちに睨まれながら謁見の間を後にした。
◆ ◆ ◆
「はぁ、なんてこった」
自宅につき、コーヒーを啜りながら独り言ちる。
その溜息の理由は言わずもがな。必要のないことを引き受けてしまったことに対してと、やらなくても良いイベントを消化しなくてはならないことに対してだ。
なんだか知らないところで集束力が働いているとしか思えない。
なんだか誰かに操られているような……とかバカげたことまで思い出す始末。
俺の暮らしに安寧の言葉は無いと心に刻んだ俺はコーヒーを啜る。
そう言えば、俺は元々こんな性格ではなかったような気がする。
この世界に来る前は心で思っていても、表では取り繕って至って普通を演じていたはずなんだが……この世界に来て、自分の思い通りに事が進むかもしれないと思うようになってからはクズ度が進んだような。
そもそも俺の性格ってどんな性格だっただろうか。ゲラゲラ笑っていたのだろうか。ほくそ笑んでいたのだろうか。
そのどちらでも無いような気もする。わからん。
それこそ、絶対的な存在に性格を変えられてしまったのだろうか。
「アホか」
自分で自分を一蹴する。
それが本当であれ嘘であれ、前の性格も今の性格も俺なんだ。
何も気にすることは無い。環境が変われば人間性格も変わるものだ。そうだ、おかしくはない。
おかしいのはこの境遇だ。
考えても見ろ。何で都合よく別の世界が存在して、何で都合よくその世界が俺のやっていたゲームにj酷似していて、何で都合よく事が進んでいるんだ。
バカか。こんな世界に来れば早々に死んでお終いじゃねぇか。
これは、あの年増魔女っ娘に聞いてみるしかないな。
お前は一体誰なんだ。この世界は何なのだ。天文学的確率じゃ効かないことだぞ。と。
そもそも、なんで俺はプレイヤーの立ち位置なんだ。
他の奴と間違えて連れてきたとは言っても、俺がプレイヤーのシナリオを歩く必要も無いじゃないか。
これじゃあまるで……。
「……」
これじゃあまるで、俺のために用意されたものじゃないか。