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明日よりも、今日よりも、重い日



◆ ◆ ◆




 あれから一週間は経っただろうか。

 会長の影響力は凄まじいもので、着工からわずか数日で俺の鍛冶施設が完成した。

 それも場所が中心街に近い場所。人通りも多く、土地代も所場代もかなり高そうなところをポンッとくれた。

 だが、今回は外へ売り出すことを押し出しているわけではなく、あくまでもイグニード商会へ売ることを前提としたブランド物なので、あくまでもお客へ売るのはあまり価値の無い物ばかりとなる。

 それでも、かなりの性能を誇るが。


 店先にはイグニード商会の系列店であることを証明するステッカーも貼ってあり、周りから邪険に扱われることも無い。

 それは、ここら一帯がイグニード商会の手が掛かっていることに他ならない。

 向かいの小売店だって、隣の喫茶だって、系列店ではないもののイグニード商会に関わっているのだろう。


 ということで順調な滑り出しだ。

 このままこの地に骨を埋めることになれればいいなとは思う。

 まぁ、元の世界に帰るからそんなことにはならないだろうが。やっと落ち着けたんだ、失敗はしたくない。


 しかし、そんな思いを軽く払拭するのがこの世界なのだ。


「マクラギ殿はおるか!」


 朝早く、寒い中布団から這い出てようやくコーヒーを飲もうとした矢先、店先にそんな声が響いた。

 聞いたことも無い、男性の声だ。俺は居留守を決め込むことにする。


「マクラギ殿はご在宅かっ!」


 先ほどよりも大きく、はっきりとした声が響いた。

 軍人のような、腹から声を出しているような、そんな声だ。


 声が一度目よりも近く感じたので、閉めていた店の中まで入って来たのだろう。

 コーヒーを一口啜って息を吐きだす。寒い日のコーヒーは上手いもんだね。こういう日はブラックではなく少し砂糖を入れたカフェオレが飲みたくなる。


「いるのは分かっているのだぞ!」


 面倒事はもう御免だと思っている節があるため、目に見えた厄介事には首を突っ込みたくない。

 だから、こうしてようやく危険だと思って戸棚の後ろに隠れるのだ。コーヒーを片手に。


「ええい! 国王様よりの通達だ! 居留守の際は謀反の意があると見受けられるぞ!」


「いやいやいや、国の者でしたか。そうであるならばそうとおっしゃってくださいよ、もー」


「…………」


 ガラリと居住区と鍛冶区を分ける薄い引き戸を開けて店内へと踏み入れている使者と相対する俺。

 国からの使者は衛兵の服を身に纏っており、胸元には幾つものバッジがあるところからそれなりの地位の者であることが分かる。


 国からの使者は俺を見て眉間に皺を寄せているが、今の俺にはそんなことは関係ない。

 俺はこの人から大事な用件をしっかりと聞く義務があるんだ。どこぞの野郎が来たのであれば問答無用で居留守を使うが、国からの重要な使者であるならばもてなさければ罰が当たるというもの。


 むしろ俺が困ったことになる。


 それはそうと、なんだろうか。

 何か納めていない税金でもあったのだろうか。

 国民の義務は果たさないといけないからね。誰だよ、義務が嫌いとか言ったやつは。


「……こほん、あー……国王様からの通達である」


 国からの使者は懐から書類を取り出し、俺の目の前で読み上げる。

 なにやら教壇に立って作文でも発表する小学生のような光景だ。


「赤の国から遥々白の国までご苦労である。ついては、赤の国の姫君と戦い、見事に勝った貴殿と一度会い見えたい。是が非でも謁見に来るように……とのことだ」


「白王が? わ……かりました」


「私は伝えた。これより失礼するが、くれぐれも無視することが無い様に」


 そう言って店から出て行く使いの者。

 俺は渡された書面を見ては、どうするかと思案するばかり。


 要はこう言いたいのだろう。

 姫様に勝つ者ほどの実力者を、今のうちに懐に入れたい……と。

 白の国は軍事力は五国の中では最低に位置している。治安がなまじ良いばかりか、あまり軍の力も強くはない。

 軍が出動するとなれば、それこそ大規模な魔物の掃討戦でない限り出てくることは無い。


 その代わり、白の国はギルドが盛んで軍とも提携しており、ギルドでは異例の国軍と仲が良い状態となっている。

 赤の国ではギルドに対してあまり良い顔をしていない。青の国ではギルドは完全に見下されている。緑の国ではギルドは敵対関係にある。黒の国ではそもそもギルドが存在していない。

 そんなものなのだ。


 だからこそ、この国は珍しい。

 そして、国軍の兵力を望んでいる。

 それがギルドへのアピールなのか、それとも単純に俺の力が欲しいのか。


「……バカかってんだ」


 俺は何を自惚れているのだろう。

 そこまで俺に対して価値があるのだろうか。俺は無いと思う。

 たかが一人加わったところでどうにかなるものではないし、俺という個人がそこまで評価されているとは思い難い。


 ということは、どこかしらから俺がここにいるかも知れないと触れ回った人がいる可能性がある。

 俺のいるところなんて国へ届け出ている時点でお察しだから、俺が白の国へ行ったということを教えた人物がいる。


 ということは、一人しかいない。

 赤王だ。赤王が俺がここにやってきていると……いや、待てよ。

 そもそも赤の国と白の国は絶好関係にある。それは白の国が赤の国への援軍を一方的に撥ねたから。

 だから、赤王が白王へ教えたのは少々信じられることじゃない。


 じゃあ、いったい誰が?


「…………めんどくせ」


 考えていてもしょうがない。

 もともと俺は考えるのが苦手なんだ。できることなら考え事はしたくないタイプだしな。


 行けばわかるさ、王宮へ。




◆ ◆ ◆




「……さむっ」


 王宮への召喚を受けたその日の午後。

 俺は王宮へと足を運んでいた。寒空の下、大したもんだと誰か褒めてくれ。


 王宮へはよく国民も足を運んでいるのか、ちらほらと人の往来が見える。

 赤の国とは違うのは、こうやって国民が王宮へと足を運べることだと俺は思う。

 赤の国は武力国家のため、国王の首を狙う者がいる割合が高いそうだ。恨みを良く買ってそうだし。

 そのため、一般市民は王宮へ足を入れることすら叶わない。でもその割にはよく国民の前に姿を現しているよな、赤王って。


 しかし、白王はそう言うことは一切無い。信頼されているのか、それとも他の……。

 ともあれ、こうやって幾らか気軽(?)に会える分、マシだと思いたい。白王は赤王とは違って血気盛んな国王ではないから。


「うへぇ」


 王宮へと続く階段を見上げて嫌な溜息を吐く。

 雪国だというのに階段が設けられているのは少々物申したい。俺は雪国生まれだが、寒さにはなれないし、滑る時は滑る。

 だが俺は知っている。恐ろしいのは凍った道ではない。

 最も恐ろしいものは凍った道の上に薄く積もったパウダースノーなのだと。

 意外と氷だけの道は滑らないものだ。冬靴が無いのが悔やまれる。


 そういや、内地の方に冬タイヤがないことに驚いたな。スタットレスタイヤの必要性を全くわかっちゃいない。


「お勤めご苦労様です」


 階段を上り終え、王宮の番をする守衛に頭を下げて中へと入る。

 常に王宮の門が開かれており、行き交う人々の笑顔が平和を保障している。


 王宮の中は国のシンボル色でもある白で統一されており、敷かれているカーペットまで白色だ。

 大理石を磨いた床はピカピカで、掃除も隅々まで行き届いている。

 きっと、トイレも綺麗だろう。トイレが綺麗なところは全てが綺麗なところ多いからな。


 エントランスホールは民間人も結構いるらしく、端の椅子に座って休んでいる御婦人もいる。

 食堂も一般解放されているので、昼食を摂りに来る者も多いのだろう。今度来てみよう。


「謁見の間は、と」


 柱に地図が掛けてあり、それを頼りに謁見の間へと向かう。

 さすがに気軽には謁見できるものではないらしく、謁見の間の近くまでやってきた時は関係者しか見かけなくなった。

 その関係者も俺を見て訝しげな表情を浮かべているところを見る限り、民間人がここまでやってくることは珍しいみたいだ。

 きっと、迷い込んできたとでも思っていることだろう。


 やがて謁見の間までやってくる。

 喧騒の音楽もどこへやら。静まり返った空間と、白で統一された景観が寂しさと不安を増長させた。

 ここには、一人しかいない。


「ここで、何をやっているのですか?」


 背後から声を掛けられる。

 振り返ると、そこには一人の女性がいた。

 寒いというのにコートも羽織もせずにレディーススーツを着こなしていて、赤縁の眼鏡を掛けている。

 その女性は少し伸びた茶色い前髪を煩わしそうに横へ掻き、俺を訝しげ……不審者でも見るような眼で見ていた。


 ここに詳しい人だろうか。

 俺は少なくとも知らない。ゲームの中ではこんな人は見なかったし。


「いや、あの……今朝方、遣いの者に召喚状を受け取りまして……」


「召喚状……? あぁ、貴方がマクラギさんでしたか。わざわざご足労いただき、ご苦労様です」


 疑われてるのも嫌なので正直に話すと、女性は合点が行った表情になり、俺の名を呼んだ。

 そして訝しげな表情から一変、にこやかな営業スマイルへと変わった。やはりこの人はこの件に一枚かんでいるようだ。


「ご紹介が遅れました。私、国王様の秘書をしておりますニオン・ドゥと申します。以後お見知りおきを」


「へ? あ、ニオンさんですか? これはどうも……」


 聞いてみれば彼女、国王の秘書……つまり側近のニオン・ドゥさんだそうだ。

 しかも、俺はこの人を知っている。ちゃんとゲームにも出てきたじゃないか。専用グラフィックではなくモブと同じグラフィックだったけども。

 そりゃ見たことが無いはずだ。


 ぶっちゃけ言って、この白の国では白王はそこまで気にしなくても良い。このニオンさんこそ気に掛けなければならないのだ。

 何故なら、この白の国の実権を握っているのはこのニオンさんなのだから。

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