甘言
◆ ◆ ◆
「くひっ、くひひひぁあははははははっ!」
笑いが止まらなかった。
つい先ほど、俺の手で造った赤サンゴの装飾品を手紙を添えて浜辺に置いてきたところ。
知ってしまえばなんてことは無かった。赤サンゴはなにもノミや金槌で加工する物ではない、研磨するものだった。
考えてみれば分かることだ。あの脆い赤サンゴを叩いて加工しようとするだなんて阿呆の極み。
とある海藻で磨いて形を整えるだけの簡単な作業。こんなものすら考え付かなかったのか人類は。
「俺の! 俺の時代だ! 世界が俺を欲する!」
だが、今は俺の技術。
人類でただ一人だけ、貴重な赤サンゴの装飾品を作ることが出来るのだ!
イグニード商会なんぞに教えるものか。コレは俺の技術、独占だ!
メイには別れのプレゼントと称して加工法を教えてもらい、見つかる可能性があるということでメイが座っていた岩場に赤サンゴの装飾品を残して去る。
これでメイと会うことは一生無い。加工法が出回ることも無い。金が舞い込む。
これほど楽しいことがあるだろうか。
「今帰った!」
「おぉ、帰ったか先生。その様子じゃ、上手くいったようだな」
「あぁ、上手くいった。俺でも赤サンゴの装飾品を作ることが出来た」
上機嫌でイグニード商会の会長室の扉を叩き、会長に報告する。
会長は俺が帰ってくるのを心待ちにしていたのか、俺を見るなり立ち上がって迎えてくれた。
そして紙巻き煙草を一本差し出して来た。こんな上機嫌の時に吸うんだ、さぞや美味いことだろう。
「で? 先生が造ったものは?」
「これだ、見てくれ。あまりこだわらずに造ったから価値は低いが、それでも本物だ」
「ほぉ……いや、このシンプルさが逆に良い味を出している。それに、技術も熟練された技師にも劣らない。先生、これは凄い」
「そうか? いやぁ、照れる」
紙巻き煙草に火を点け、一気に吸い上げる。
噛み煙草とは違い、この体に悪そうな味がたまらない。
会長に俺が造った赤サンゴの装飾品を渡す。
どうやら、鍛冶と同じのようで手順を踏んで造ればそれなりの物が出来るらしい。
実際、専用の海藻で無骨で商品にならない赤サンゴを磨いてみると、直ぐに装飾品へと変化した。
アイテムの名前も“赤サンゴ”から“赤サンゴの小物”になっていた。これなら容易に量産できる。
「……それで、先生。その技術、教える気はないんだろ?」
「…………そうだと言ったら?」
会長も上機嫌なのか、いやに人懐っこい強面の笑顔で赤サンゴの小物を返して来た。
しかし、空気が一変。会長の周りの空気が変わる。それと同時に会長の表情も真剣そのものになった。
その空気の中、話す内容は赤サンゴの加工法のこと。
当然ながら、この加工法を教えるように言うのかと思っていると、俺の考えを読み取った言葉を言う。
にやりともせずに、真剣な表情で。
俺はそれに対して少し気圧されてしまい、引いた言葉を返す。
「…………」
「…………」
少しの静寂。
外からはラジオの音らしきものが聞こえてくる。
それが逆に、恐怖心を煽った。
「別に構いやしねぇよ」
「は?」
「別にどうこうするつもりはねぇってんだ。考えてみれば、有益にするにはどうすれば良いのか一通りわかっているつもりだ」
静寂を破ったのは会長だった。
じっと見つめ合っていると、痺れを切らしたのかどうかわからないが、唐突にフッと笑った。
その後に俺が座っている来賓用のソファの向かいにまでやって来た。
両手にはエールの瓶。片方を俺に差し出してきたので受け取る。
少し温かった。
「この加工は先生に一任しようと思っている」
「……理由を聞いても?」
会長はどこからか栓抜きを取り出してエールの栓を抜いて、高そうなグラスにエールを注ぐ。
それをグイッと煽ると、大きく息を吐きだして満足気に笑顔を浮かべた。そして、俺も飲むように促している。
いつの間にか俺の目の前には会長とおそろいのグラスがあった。
会長から栓抜きを受け取り、エールをグラスに注ぐ。注ぎ方が下手なのか、泡の方が比率が多くなってしまう。
気にせずにエールを飲むと、少し驚く。エールがキンキンに冷えているのだ。
何かグラスに細工でもしているのだろうか。
「この技術が確立されれば、大量生産が可能になる。だが、赤サンゴの装飾品は希少価値が高いからこそ価値がある。俺が部下共に造らせて、市場へと流しても儲かるのは最初のうちだ」
「そりゃそうだな。だが、加工法は知っていてもいいんじゃないのか?」
「アンタには教える気が無い。それだけで充分だ。俺はアンタとはなるべく仲良くやりてぇんだ」
「お互い様か」
エールを飲み、煙草を吸う。
クソ美味い。煙草が吸えて、酒が飲める毎日ってのは最高だな。
「で? アンタはそれをいくらで買ってほしいんだ?」
「あ? んなもんタダで良い。あ、手間賃くらいは欲しいかなぁ」
「……理由を聞いておく」
一時はどうなるかと思った加工法の件は無事に済んだので、次は赤サンゴの装飾品の話に。
会長のことだから、知ろうとしないことに何かしらの理由があるのだろうが、俺は別に構わない。
利用して、利用されるのだから。
そして、もちろん赤サンゴの定価の話になる。
会長は赤サンゴの装飾品を求めているのだから。だから俺は言ったんだ。
無料で良いと。
「俺は加工法が知りたかったんだ。これ自体になんの価値もありゃしない」
「……なるほど、アンタは物よりも技術を財産としたのか」
「あぁ、俺が何個も造れば数は増える。だが、技術は一つしかない。会長が言った通りさ、造りすぎれば赤サンゴの価値は無くなる。でも、技術は俺しか知らない」
さっき会長が言った通りだが、赤サンゴの装飾品は希少価値が高いから高額なだけで、流通すれば価値は下がる。
しかし、数はあれど造れる人が一人しかいないのならば、技術の価値は格段に増え上がる。
物は必要とされずとも、俺は必要にされる。どこに行ったって、俺は必要とされるんだ。
だから、俺は赤サンゴの装飾品なんかには興味は無い。装備しても大した恩恵は受けられない。
持っていても宝の持ち腐れになってしまう。だったら持っていても仕方がない。
必要とあれば、特許みたいな形で技術を貸し出せば金になる。
どうせ俺が造るのを制限するんだ。価値は下がることは無いと思う。
「いやぁ、こうなっちゃ先生を余計にもてなさなきゃならねぇな」
「はっはっは、心にもないことを」
「おう、思っちゃいねぇ」
お互いが苦笑し、酒を互いに注ぎ合う。
煙草と酒の臭いが充満する部屋の中、むさ苦しい男が二人。
なんだか心地の良い空気の中で、俺はとあることを思いだした。
とても大事なことを。
「人魚の方はどうなったんだ?」
「あぁ? 人魚か。裏で貴族共にちらつかせてやったら物凄い勢いで食い付きやがる。あいつら、人魚の肉にしか興味ないんだな」
「不老不死ってやつか。あんなの、眉唾だったぞ。現に死んだからな」
「食ったことあるのか!?」
「あぁ、まぁ、一応……」
商談の手土産としての人魚たちの行方を聞いていなかったので、訊いてみるとやっぱり貴族共から引く手数多だったらしい。
人魚の肉は食した者を不老不死にするという伝説があるが、そんなことは無かったんだよな。
ゲームの中で食った後にダメージを受けてみたら普通に死んだし。
しかし、そこは貴族共。金で粗方の物を手に入れた貴族共が恐れるのは死だけとなる。
昔から人魚の肉の伝説を知った貴族共は気が狂ったように方々に尽くして人魚の肉を手に入れようとしていた。
そこに、人魚の肉を手に入れることが出来たという商人が現れれば、もちろん求める。
完全に金になる。
だがしかし、人魚の肉には不老不死の効果などない。ただの散財に過ぎないのだ。
「いやぁ、儲けさせてもらったぜ。一夜にして純利益がここ数年分だもんなぁ」
「そいつは良かった」
「しかも、この機会に新たな契約先を拡張することが出来た。金の匂いにつられて擦り寄って来た者共もいる。これでバカ兄貴に勝てる」
そう言ってニヒルに笑う会長。
人魚の肉以外でも、骨を漢方として売れば金になること間違いない。
鱗でも旅行者向けに売ったら金になる。毛髪だって、内臓だって、全て売れる。
それに手を伸ばしているに違いない。
「実はここに人魚のハツとレバーがある。食ってみろ」
「おぉ、レバーは刺身か」
会長はふと何かを思い出したかのように重い腰を上げて部屋の端に歩いていく。
そこには小さな冷蔵庫のような物があり、中から何かを取り出した。
会長曰く、人魚の心臓と肝臓らしい。
心臓にはよく火が通してあり、冷蔵庫に入れていたはずなのに焼きたてだった。
肝臓は刺身で食うらしく、一口サイズに切られている。
酒の肴にはなるか。
「ハツは……牛に似ているな。レバ刺しは結構いける。つまみになるなぁ」
「なかなかイケるだろ? この人魚はかなりの美人さんだったぜ」
「ほぉ、一目見たかった」
「部下に言っても誰も食いやしねぇんだ。こんなに美味いのになぁ」
「養殖も出来るかもしえれねぇな」
「おぉ、そりゃあ良い」
こうして夜は更けていく。
このことで、俺の立場は保証されたも同然だ。
今後は、白の国で悠々自適に暮らして行こう。
まぁ、そうはいかないのだろうがな。