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対価




「いやはや、ありがとうございます。ギルドを代表してお礼をさせていただきます」


 場所は移り首都に戻って来た俺とネヒトさん。もちろん、誘拐された児童たちを連れて。

 当然、そんな大所帯になったら気が付かない人はいない。俺たちがギルドに到着する頃にはギルドの支配人と大勢の親御さん方が待ち受けていた。


 ギルドの中に入るなり、抱き合う親子。

 その姿にネヒトさんは涙ぐんでいたが、俺はそれを素通りして支配人のところへ。

 もちろん、報酬をもらうためだ。


 そして、支配人は俺とネヒトさんに頭を下げている状況に至る。

 スーツで身を包んでいる支配人の横には同じくスーツで身を包んでいる女性がいる。確か、窓口兼副支配人だったはず。


「そんな、頭を上げてください! 支配人殿ともあろう方が簡単に頭を下げてはいかんですぞ」


「そうはおっしゃいますが、この事件は我々の手には余るものでした。それを解決したのですから、それ相応の態度というものがあります」


 手に余るとか言っても、むしろなんでこんな事件を解決できないのか俺には不思議だ。

 ゲームの影響力と言えばそれまでかも知れないけど、なんか納得いかないな。


 ネヒトさんは支配人が頭を下げているのが見ていられないのか、どこか焦ったように手を横に振っている。

 その謙遜も至って当然の反応なんだろう。


「そして……ネヒトさん、そちらの方は?」


「おぉ、紹介します。この青年はマクラギ殿と言いまして、今回の事件を解決するにあたって最も貢献していただいた鍛冶屋です」


「どうも、枕木智也です。下級区で鍛冶屋をしています」


 先ほどからチラチラとこっちを見ていた支配人は、ようやく俺のことに触れた。

 なんでギルドメンバーでもない人がここにいるのか不思議に思ったのだろう。そして、さも当たり前のように隣にいるものだから、関係があると思うのが至極尤もな話。


 俺はネヒトさんに紹介に預かったため、自己紹介をする。

 すると、支配人の眉毛がピクリと動いたような気がした。貼りつけた笑みからも、どことなく違和感を感じる。


「あぁ、貴方がマクラギさんでしたか。下級区で鍛冶屋を開いたものがいると、当ギルドでも噂になっていましたよ」


 その割には客が来なかったけどな。

 けれど、俺を知っているなら話は早い。こういう時に、鍛冶屋を営んでいる者が来たのならば要求するものが何なのか分かるだろうし。


 俺はネヒトさんに目配せをする。


「そこで支配人殿にお願いがあってきたのです」


「お願い?」


「このマクラギ殿、相当な実力の持ち主でして、犯人が魔法を唱える中に怯みもせずに懐に飛び込み、強力な一撃を与えるほどのです。更に、状況の判断力も高く、魔物ごとに扱う武器を変えるスタイルは他に例を見ませぬ。そこで、私はこのマクラギ殿をギルドメンバーに推薦します」


「ほう、ネヒトさんにそこまで言わしめる者ならば、断る理由を探す方が難しいでしょう。ようこそ、赤の国のギルドへ!」


 大げさな評価に少し照れる俺。

 いつだって褒められるのは慣れない。社会なんて貶されてなんぼだし、褒められる方が異質だ。


 そして、支配人公認で晴れてギルドに入ることが赦された俺。

 改めて周りを見渡してみると、結構な人数がこちらを品定めをするように見ている。

 その中にはゲームではお世話になったキャラクターもいた。きっと、この世界でもお世話になることだろう。


「改めて歓迎するわ。ようこそ、ギルドへ。私は窓口のクックよ、よろしくね」


「あ、どうも」


 これから入会手続きとかをするのだろう、窓口のお姉さん兼副支配人のクックさんが俺に話しかけてきた。

 レディスーツにタイトスカートの色気たっぷりのお姉さんだ。実際、年齢も結構いっている。

 栗色のショートヘアーが良く似合う方。これからも長い付き合いになるので、仲良くしておいた方が良いだろう。

 ちなみに、年齢に関してはタブーなので気を付けよう。


「はい、じゃあここに氏名・年齢・生年月日・住所・職業・レベル……あと出身国を書いてね」


「わかりました」


 ネヒトさんに別れを告げ、窓口までやって来た俺。

 クックさんは窓口の奥から一枚の紙を取り出してくる。俺の目の前に出されたその紙には入会手続き書と書かれていた。なんか面倒な項目もあるような。


「書きました」


「じゃあ、御拝見っと」


 一通り書いた紙をクックさんに差し出し、それを食い入るように見るクックさん。

 あまりにも怖い顔で見ているので、少し笑えてしまう。


「うーん……やっぱり見たことのない名前ね。それに、出身国が白の国ですって?」


「え? はい、そうですが……」


 一応、俺の出身国は白の国っていうことにしておいた。

 理由は俺が一番好きな国だから。あの国は景色はもちろんのこと、飯も美味い。なにより、王様に共感が持てるし、一番仲良くできそうだから。

 しかし、クックさんは訝しげな表情で俺を見ている。その眼は完全に敵を見るような眼だ。


「まさか、白の国の密偵じゃないでしょうね?」


「そんな馬鹿な話があるか! 何で密偵なんかしなくちゃいけないんだ」


「何で? 今の赤の国と白の国の関係を考えればすぐに分かるでしょうに」


 なんと、俺を白の国の間者か何かと思っているようだ。それも結構真面目に。

 当然ながら俺は反論する。当たり前だ、俺は白の国は好きだが、赤の国も二番目に好きな国だ。そんなこと頼まれてもしない。

 面倒くさいから。


 それに、俺は実際には白の国出身ではない。北海道生まれの千葉育ちだ。

 だがしかし、そんなことを言っても信じるはずがない。別世界の事なのだから。


 けれども、分からないことがある。

 赤の国と白の国って険悪な関係だっただろうか?

 少なくとも、赤の国に魔物が攻め入ったイベントでは白の国は騎士団総出で助けに来てくれたことがあるため、とりわけ仲が悪いようには思えない。仲が悪いなら好機と魔物と同じく攻め入ってくるはずだ。

 だが、クックさんが嘘を吐いているようにも見えない。だったら、なぜ?


 ともかく情報が少なすぎる。出身国を特に考えず決めたのは軽率だった。

 今は切り抜けるために嘘を吐いて躱そう。


「いやぁ、白の国とは言っても辺境から来ましてね、そういう国交関係には疎くて……」


「ふーん……」


 どうやら効果が薄い様だ。

 依然としてクックさんは訝しげな表情で俺を見ている。クックさんは副支配人だ、クックさんに疑惑を持たれてしまっては元も子もない。

 せっかく一日を使って得たチャンスだ。それも、このチャンスを逃せばこの国ではギルドに入ることが出来ないかもしれない。

 そうなっては鍛冶屋を続けていくことも難しくなってくる。そうなっては本末転倒だ。


 しばらくの間クックさんから睨まれる。

 額からは嫌な汗が伝って来る。しかし、それを拭う動作さえ疑いをもたれてしまうのではないかと思えてくるから困ったものだ。


「あれ? その人がネヒトのおじさんが言ってた人でしょ? 仲間が増えてうれしいよ」


「あぁ、玄翁さん。えっと、この人はちょっと……」


「ん? 何か問題?」


 無言の会話を破ったのは俺やクックさんではなかった。

 背後から女性の声が聞こえ、俺の横までやって来た人物がいる。

 鼠色の髪を無造作にうなじのところで切り揃えており、その上からゴーグルを装着している。

 髪の色と同じ鼠色の瞳は大きく、端整な顔には煤が付着している。その煤は汗を拭った時に着いたと思われる。

 女性には珍しくヨレヨレの灰色のタンクトップを着ており、ズボンは黒色の作業着だ。


 この女性らしからぬ恰好の女性を俺は知っている。

 中級区で鍛冶屋を営んでいる玄翁心昭の一人娘、玄翁レナだ。

 名工と称賛される玄翁心昭の跡継ぎで、この世界にしては珍しい女鍛冶屋。師である玄翁心昭曰く、その腕はまだまだ未熟と言われているが、傍から見たら立派な鍛冶屋。その腕は名工の名を必ずしや継ぐだろうと言われている。

 俺がゲームの中でもお世話になった一人。そして、この世界でもお世話になるだろう人物だ。


「え、えぇ少し……」


「へぇ。どんな?」


「それは一応個人情報の関係で話せません」


「ふーん……ねぇ、今クックさんと何の話してたの?」


 密偵かも知れない人すらの個人情報をおいそれと話さないクックさんに感心していると、玄翁さんは俺に話を振ってきた。クックさんからは聞き出せないと思って標的を俺にしたのだろう。

 振られるとは思っていなかったので、少し心臓が跳ねるのを感じた。


 これは……チャンスなのか?

 ここで事情を話せば、もしかしたら玄翁さんを味方につけることが出来るかも知れない。

 よし、話してみよう。ここでダメだったら、もうチャンスが無いと思え。


「えっと、窓口のお姉さんが俺が白の国出身だと言う理由で渋っているんだ」


「へぇ、まぁ確かに白の国出身だったら怪しまれても仕方がないか」


 あれ、これは選択を間違えたか?

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「でもさ、仮にも私らの仲間を助けてくれて、この街の害悪を消し去ってくれたんだよ? それに、白の国が悪いだけであって、白の国の住人が悪いわけじゃないでしょ?」


「そうは言いますが、これは国際問題に関わるかも知れませんし……」


「いいじゃん。だったら、様子見で入れてみれば? そこで何か怪しい動きをしたら即刻追い出せば良いだけの話」


 お、これはいけるんじゃないのか?

 思いのほか玄翁さんが押している。それにしても、目の前で俺のことを言われるのはあまり気分が良いものではない。

 もし、玄翁さんが来てくれなかったら俺は怒鳴っていただろう。


 よく見て見ればクックさんの額に汗が浮かんでいる。

 あまり玄翁さんの言うことを無下にしたくないのか?


「……分かりました。ここは一旦信じてみましょう。無礼を働きました、申し訳ありません」


「いや、そんないいですよ、気にして無いです」


 嘘です。思いっきり気にしてます。

 心の底ではおもっくそ気にしてます。


「良かったね、えっと……マクラギ、だっけ?」


「はい、そうです」


 玄翁さんにはこの世界でも助けられてしまった。

 思えば、この赤の国を拠点としてプレイしていた時はよくパーティーに入れていたな。

 この世界でも仲良くできそうだ。そうなると嬉しい。


「そうだ、三日後さ、私の用事に付き合ってくれない?」


「用事?」


「うん、そうだよ。近くの鉱山に鉱石の採掘兼護衛に行くの。同じ鍛冶屋なら、損はしないと思うよ?」


 なんということか。

 俺がこのギルドに入って素材不足を補う方法がこんなに早く出来るとは。

 俺は元々、この玄翁さんと一緒の時に起こるクエストを目的にギルドに入ろうとしていたんだ。

 それに、この玄翁さんの口振りだと、おそらくあのクエストが発生したのだろう。願ったり叶ったりだ。


 しかし、三日後か……。

 俺の予定ではまだ先を予定していたのだが、少し早すぎる。

 レベルが足りるかどうかわからない。レベルが低いと、もしかしたら目的のクエストをクリアすることが出来ないかもしれない。

 それに、今後そのクエストが起きるとは限らない。ゲームでは一回きりのクエストだったので、念入りに準備をしてから臨んでいたから、少し……いや結構不安だ。


 だが、断ったりしたら、それこそもうそのクエストは発生しないかも知れない。

 ちくしょう、誤算だ。


「はい、マクラギさん。ギルドカードです」


 玄翁さんと話しているうちに手続きが終わったのか、窓口の奥からクックさんが一枚のカードを差し出してきた。

 それには、いつ撮ったのか俺の顔写真と俺のギルド内の階級が書かれていた。もちろん、階級は一番下だ。


 それを見て満足したのか、玄翁さんはニッコリと笑って俺にこう言った。


「ようこそ、ギルドへ! 私は貴方を歓迎します!」


 その笑顔が、少し嬉しかった。

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