それが意味
「それで? 俺に話ってのは?」
目の前で椅子に綺麗な姿勢で座っている商会の会長、イグニード。
傍には秘書らしき細身のエルフが立っている。その手には懐中時計とメモ帳が握られている。
この秘書が会長のスケジュールを管理しているのだろう。この忙しい商会を動かしているのだから、相当優秀なのだろう。
会長の机にはたくさんの書類があるが、どれもきれいに整理されている。
資料が並べられた棚も分かりやすく纏めてあり、如何にも仕事が出来る人の部屋だと思わせれるだろう。
「まずは、コレを見てくれないか?」
「へぇ、赤サンゴか。まぁ、俺がこの目で見てやろうじゃないか」
俺が会長に見せたのはメイからもらった人魚の鱗が付いた赤サンゴのペンダント。
それを見た会長は特に顔色を変えることなくそれを手に取った。
見慣れているのか、それとも模倣品が横行しているのか、そのどちらかだろうがこれは正真正銘の本物だ。
俺が、しっかりと体温の高い彼女からもらった、本物だ。
会長は吸っていた葉巻を一旦灰皿へと置き、赤サンゴのペンダントを鑑定し始めた。
引き出しの中からルーペを取り出してまじまじと見る様は正に商人。一つの傷も荒れもほつれも見逃すまいというその眼は、見倣うところがある。
手触り、艶、比重、そのどれもを確認し終えたのか、赤サンゴのペンダントから目を離して大きな息を吐いた。
「間違いなく本物の赤サンゴで造られたものだが、稚拙な技術と鱗の艶を見てもまだ未熟な人魚が造ったものと見て間違いない様だな。赤サンゴの中では価値は低いが、それでも大金になるにはちげぇねぇ。で? アンタはこれを売りに来たわけじゃねぇんだろ?」
そう言って俺に赤サンゴのペンダントを返す会長。
受付嬢から粗方の説明を受けたのか、食い入るように俺を見てくる。
再びは葉巻に手を伸ばし、口に咥える様は横暴を姿にしているかの様。豚鼻をヒクつかせ、金になるかならないかを嗅ぎ取ろうとばかりに。
彼は一言で言えば豚型のオークに似ている。
恰幅と言い、目つきと言い、豚鼻と言い、オークをそのまま人間にしたような見た目だ。
こんな見た目重視の業界で、彼のような者が営業を重ねて成り上がるのは珍しい。それだからこそ、信用出来るところもあるのだろう。
「俺は人魚の国を見付けた」
「……へぇ」
「その場所を教える代わりに、一つの商談に首を縦に振ってくれないか?」
俺は早速本題に入る。
あくまでも上から目線にこだわり、彼に“商談”を持ちかける。
彼は俺が人魚の国を知っていると言っても、赤サンゴのペンダントを見た時と同じように顔色一つ変えなかった。
まるで、予想していたかのように。今までもあったかのように。
イグニード会長は葉巻を灰皿に押し付け、火種を消すとまた大きく息を吐いた。
そして、机に肘をついて指を組んだ。その瞬間、彼が一回りも二回りも大きく見えた。
まるで、彼の気迫がそうさせているかのように。
「あのよ小僧。そんな話、この白の国では五萬とあるんだ。やれ人魚の住処を見つけた。やれ人魚の死体を見つけた。この国じゃな、そんな話は日常茶飯事なんだ」
もう一度、大きく吐き、
「大方、その赤サンゴのペンダントで俺を信用させる気だったんだろうが……バカにするのもいい加減にしろよ」
一睨み、
「これまで俺をそうやって騙そうとしてきた奴らは沢山いた。だからこそ、そいつは冬の海に沈んでいった。お前のような青二才が相手する程、俺は落ちぶれちゃいねぇ」
落ちぶれていないからこそ、
「このイグニード商会を嘗めるな、小僧。今なら見逃してやるから帰れ」
気迫の言葉が俺の身に突き刺さる。
俺をここで殺すのではなく、帰れと言った。
こんな俺を殺すほど、落ちぶれてはいないって言っているのだ。だから、見逃してやると。
だが、姫様の気迫に触れた俺はこの程度の気迫は何とも無かった。
むしろ涼しい……寒いとも言える。どんなものが気迫か、と。
だから、俺は言い返せるのだ。
「小僧だと? 嘗めるなよジジイ。俺は命なんか安売りしねぇ」
「…………俺がこの座について、そんな口を聞いた奴はお前を含めて三人しかいねぇ。それにな、俺の気を浴びてもまだ口が聞ける奴はそうそういねぇんだ」
「そいつは光栄だ」
「良いだろう小僧。そこまでいうからには俺を信じさせるものを持っているんだろう。見せてみろ」
にやりとニヒルな笑みを浮かべてイグニード会長を見下ろす。
それを見た、聞いた人たち……それと壁の向こう側からも殺気を感じた。
会長の一言があれば、直ぐにでも得物を持った怖いおじちゃんたちが勇み込んでくるのだろう。
だが、この程度の修羅場、越えなくてはどうするのだ。
まぁ、これ以上の決定打は持っていないんですけれども。
「見せると言うより、見てもらった方が早いと思うが」
「見るぅ? なにをだ?」
「人魚だよ。ちょうど、このために仲良くしている人魚がいてね」
「……へぇ、アンタ、中々やるじゃないか。それが本当だとしたら、人を出してやっても良いぜ」
もう信じてもらうにはメイを見せるしかないと思い、会長へ提案する。
メイを見せるのはなるべく使いたくない手だったが、仕方ない。俺の未来のためだ。
会長は秘書を呼び寄せ、耳打ちする。
秘書は何回か頷いた後、会長に向けて一礼して部屋を去った。
それを見届けた会長はにやりと口角を上げて見せる。
「アンタに人を付ける。信頼できる者だ、そいつが本当にお前を人魚が中良さそうに話しているのだったら、営業部の人間を回してやる。その後、確認が取れ次第、人魚の国へ向かう。俺自身が」
「そうしてもらえるとありがたい」
「小僧、今更嘘でしたなんて言うなよ。アンタはもう後戻りできないところまで来ているんだ。正直言って、俺はお前を信用していない。どうせ嘘だと分かっているからな。だが、そんなアンタに人を回してやるんだ、それ相応の覚悟はしておけよ」
それ相応の覚悟。俺の命ですね分かります。
っていうか商会ってこんなブラックなところじゃないだろ。
スタッフはいったい紹介にどんなイメージ持っているんだよまったく。
商会が街の裏の首領で人の命が会長の機嫌一つで消えるとかどこのファンタジーだよ。
でもここってファンタジーだな。
何の問題も無かったわ、ごめんごめん。
「お呼びでしょうか」
少しして、会長室に入ってきた人物が現れた。
その人物は先ほど俺をここまで案内して来た如何にもエリートな男性で、俺の隣に並んだ。
青色のビジネススーツを着こなし、眼鏡をかける様はまさしくエリート。その眼鏡を指紋で一杯にしてやりたい。
「おう、悪いな。そこの小僧についてやってくれないか。なんでも、俺に人魚の国へのルートを教えてくれるそうだ」
「そうですか。かしこまりました」
エリートは会長の言うことに眉を少しも動かさず了承した。
会長と同様に慣れているのか、興味が無いのか、また別の指示を受け取っているのか。
別に指示って言ったら俺の始末だろうけど、こんな低レベルの奴に負ける要素が無い。集団で来られたら困るけども。
「あぁ、それと。小僧、一応……アンタの持ち込む商談ってのは何だ? 訊いておこうじゃないか」
「信用していないんじゃないのか? 俺だって、まだアンタらを信用していない」
「……そうだったな。それでいい。それでいいんだ。なかなか良い答えだ。もう良い、行け」
なんだか不安になってきたところで、会長から俺が持ち込むはずの商談が何か訊いてきた。
俺はそれに素直に答えるのがなんだか癪なのでけむに撒いてみると、なんだか納得された。
適当に答えてみたら正解に辿り着いた時ほど拍子抜けするものはない……と思う。
会長に帰るよう言われたので、俺は踵を返して会長室を後にする。
その後を斜め後ろを着いてくるエリート。目つきが鋭いので、凄く様になっている。耕してやろうか。
名前くらいは聞いておいた方が良いか。
「なぁ、名前は?」
「なぜ、答える必要があるのですか?」
「あぁそうかい」
どうやらそう言う空気ではないようだ。
ともかく、これで証明できれば俺はこの白の首都で大きなパイプが出来る。
赤の国では失ったが、白の国で手に入れば問題ない。今回はギルドを頼るつもりはない。
ギルドを利用することはあるだろうが、俺が頼りにすることは無いだろう。
そう言えば、どうやってメイと会えば良いのだろうか。