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赤サンゴの誓い



「到着です」


「うぅ……死ぬ……」


「大丈夫です。ささ、脱いでください。私が温めて上げます!」


「いや、遠慮しておきます……」


 数キロに及ぶ海を渡り、海岸へ辿り着いた俺。

 どうやら人魚の国とつながっている洞窟は無人島の切り立った崖にあるらしく、人が泳いで近づくのは無理そうだ。

 更に、浅瀬なので大きな船では近づけず、ボートなどの小さな船でしか近づけないようだ。


 確かに、あそこなら人に見つかることは早々ないだろう。

 冒険家とかいたらすぐに見つかりそうなものだけど。


 それよりも、今回は死ぬことなく辿り付くことが出来た。

 人魚の国へ行くみたいに潜っていくことが大前提ならば生きたままは到底叶わないことだろう。

 というか俺に教えてもいいのだろうか。


「……あの、一つ……お願いがあるのですが」


「なんだ?」


「また、会っていただけますか?」


「何を当たり前なことを」


「本当ですかっ」


 当たり前のようで、難しいお願いを俺は聞いた。

 ハッキリ言って、もう会うことは無いだろう。実際、人魚の国へ行くイベントは一回きり。

 他で人魚を見る機会と言えば、没落貴族の地下室に吊るされている干からびた成れの果てだけ。

 それ以外で、人魚を見ることはこのゲーム内では赦されていないのだ。


 それが、設定だ。


 だが、この不安そうな表情をした彼女に、そんなことが言えるであろうか。

 俺は冗談は嫌いだが、嘘は好んで使う。だから、嘘を吐くことにした。


 いや、もしかしたら、この世界が人魚に関してゲーム寄りではなく現実寄りならば、もう一度とは言わずいつでも会えるかもしれない。

 コレからに行動に左右されるだろうけども。


 だとしたら、コレは嘘なんかじゃない。

 立派な、約束だ。


「あの、これを」


「これは?」


「私が作った赤サンゴのペンダントです。まだ、習いたてだから下手糞ですけど、受け取ってください」


「……あぁ、ありがとう」


 いよいよお別れという時に、彼女から贈り物をもらった。

 それは赤サンゴのペンダントというユニークアイテムだ。これはイベントの最後にもらえる装備で、装備すると運を三十も上げてくれる優れもの。

 なにか状態異常で不安があったならこれを装備すると良い。毒や麻痺になる確率が格段に減る。

 ましてや、王家の指輪と合わせて装備すると効力が六十にもなる。ありがたくもらっておこう。


 しかし、コレは俺が知る赤サンゴのペンダントとは違う。

 赤サンゴのペンダントは加工された赤サンゴが紐で結われた代物なのだが、これはそれに人魚の鱗が一枚付けられている。

 見るに、この艶と色から察するに彼女の鱗なのだろう。性能に変化はないが、素直に嬉しい。


 ちなみに赤サンゴは人魚にしか加工出来ないため、赤サンゴで造られた装備自体が大変貴重になっている。

 市場に出回ることは無く、海岸に流れ着いている人魚が落した物を偶然拾うことしか手に入れる方法しかない。

 更に言えば、プレイヤーが入手できる赤サンゴの装備はこれのみである。ゲームの中ではお金に困ったらコレを売っていたが、さすがに今回は売れそうにない。


「それでは、その……またね」


「おう、またな」


 踵を返し、季節にそぐわぬ雪が積もった地面を踏み抜く。

 歩き出して直ぐに、背後で水が波立つ音を聞いた。きっと、彼女が海中に潜ったのだろう。

 真上には依然として輝く満月。空には雨雲一つないのに、何故か雪がしんしんと降っている。


 濡れた体にはかなりきつい。

 そう言えばパンツ一丁だったことを思いだし、タオルで体を拭いて早々に服を着る。

 片手にはパラライリキュール。もう片方には回復薬。

 お酒でも飲んで体を温めようという寸法だが、むしろ危ない気がしてきた。


「……ははっ」


 ふと、背後が気になり振り返ってみると、海から顔を出してこちらに手を振っている何者かの姿が見えた、

 その姿に思わず笑い声が漏れだした。俺は軽く手を上げて振り替えした後、もう目鼻先にある白の国の首都へと駈け出した。




◆ ◆ ◆




「ふぅ、着いた」


 白い息を吐きだして一息つく。

 赤の国とは違い、白煉瓦で造られた景観は中々に新鮮なものだ。

 ここが白の国の首都だ。ちなみに来るのは初めてではない。


 海に面したこの首都は、港もあるので人の出入りが激しいところだ。

 ここも人魚伝説があり、もし白の国からゲームを始めた人はここで人魚と会うことになる。

 メイが現れたとは限らないけれども。


 学生服だけだとかなり寒い。

 せめてマフラーくらい欲しいところだ。


「いやぁ、変わっていないな」


 街を歩きながらそう呟く。

 ここに来るのは半年ぶりだが、中々になつかしい感じがする。

 それだけ、ここで過ごした日々が濃かった証拠。


「お、あったあった」


 首都を進み、辿り着いたのは赤の国の首都で言う上級区。

 白の国は区画で別れておらず、関所なども無い。当然、下級区も無いために貧困層を垣間見ることは少ない。

 一般で言う、住宅街と商店街の違いだけ。


 そんな高級住宅が並ぶ中、目立つところに建っているのがこの建物。

 ここはイグニード商会という、白の国の首都の市場を牛耳っている商会で、この商会のおかげか、街は良く発展した。

 また、貧困層の人々を中心に雇用を進めており、給与も悪くないため貧困層からは絶大な信頼を得ている商会でもある。

 街の人々を守っていると言っても過言ではない。


 それでも、貴族などの間では怪しい取引もされているが。


「ごめんください」


 俺はイグニード商会の戸を叩き、中へと入る。

 中は外とは違って暖かく、赤い絨毯が敷かれていて高級感あふれている。

 装飾も見事なもので、豪華なのだが皮肉さも無い造りが好感を持てる。


 真っ直ぐ進むと、受付に突き当たる。

 金髪の受付嬢がこちらを訝しげな表情で見ているが、ここは雇われと客の関係。

 俺に粗相が無い様にと丁寧に対応してくれた。


「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」


「会長のイグニードに会いたいんだ」


「……失礼ですが、アポイントメントはお取りですか? もしくは紹介状などは?」


「どっちも無いけど、これじゃあ会う口実にならないか?」


 やはりそう簡単に会長であるイグニードには会えないらしく、受付嬢からアポイントメントか紹介状を求められた。

 もちろん、今来たばっかりで会ったことも無いためにそんなものはない。


 しかし、俺には奥の手がある。

 商会の会長が会わざるをえないものを。


「……それは! ……失礼致しました。査定とのことでしたらただいま係の者をお呼びします」


「いや違う」


 俺は四次元ポーチからとあるものを取り出す。

 それを目にした受付嬢は目を丸くする。さすがに商会本部の受付嬢ともなれば見る目が違う。

 俺が見せたものを一瞬で何なのかを理解した。しかし、それを査定してほしいと思ったのか、受話器を取ってどこかへかけようとする。


 しかし、俺はそれを制す。


「新しい商談についてなんだが?」


「……少々お待ちください」


 そう言うと、一度受付嬢は受話器を置いて別のところへ繋げた。

 会話を俺に聞かせないためか、小声でなおかつ受話器を持っていない手で口元を隠している。

 受付嬢はしきりに頷き、やがて話がまとまったのか受話器を置いた。


「ただいまご案内いたします。少々お待ちください」


 なにやらかなりへりくだった様子で俺にここで待つように言うと、そわそわと落ち着かない素振りを見せる受付嬢。

 俺をチラチラと見ているところ、俺が持っている物が気になるのだろう。もしくは、俺が何者なのかを。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 受付の奥の通路から男性が出てきて、俺に奥へ行くように促して来た。

 如何にもエリートな雰囲気で、気に入らない。ここにいる時点で勝ち組の人生を送っていることだろう。


 男を追う様に廊下を進んでいくと、それぞれの小部屋を通り過ぎる。

 会議室や資料室。客室などもあったが、そこらに俺が通されることは無かった。


 やがて辿り着いたのは会長室。

 ここにこの商会の首領がいるのか。

 人を貶め、人を使い、人を泣かせて成り上がって来た商会の長が。

 おおよそ、人が良いとは言えない商会の長が、ここにいるのか。


 男性が扉を開けて、俺に入るように促す。

 会長室へ入ると、受付とは違った皮肉に溢れた装飾品が目立つ。

 それでも、豪華というほどではなく、むしろコレクション魂が垣間見えると言った方が良いだろう。


 入ってすぐ目に着いたのが会長の席に座る人物。

 小太りで、禿げかかった金髪を隠すことなく光らせている男性。

 彼こそが、この首都の商店などを仕切っている商会の会長。


 イグニード会長だ。

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