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人魚の国



「ここから入るんです」


「こんなところが……」


 彼女に案内され、やって来たのは港町から岸沿いに数キロほど進んだところにある洞窟だ。

 洞窟とは言えども、小さな洞穴のようで人一人が通れるくらいの幅しかない。ましてや海水が浸水しているので泳がなければ入ることすら叶わない。


 またこの冷たい海に入ることになるのか。


「俺、一応泳げるけど……せいぜい二十メートル程度なんだが」


「大丈夫です。私が抱えて泳ぎますから!」


「さよか……」


 今度こそ凍死しそう。

 それでも、これしか方法は無いというので意を決して学生服を脱いで四次元ポーチの中へ入れる。

 装備扱いなので問題なく収納できたが、さすがにパンツ一丁は辛い。物凄く辛い。

 四次元ポーチは耐水性があるのか、海の中に入っても中身が濡れることは無かった。


 ちなみに俺に露出癖は無い。


「お腹周り……」


「腹筋はあっても贅肉もあるの! ちゃんと皮下脂肪の内側にあるから!」


 俺は痩せ型ではない。

 筋肉ある人が皆腹筋が割れていると思うなよ。

 腹筋があっても中肉程度に肉が付いていたら腹は出るんだからな。


「では私の元へ来てください」


 ニッコリと彼女が笑う。

 彼女が抱える形となればもちろん直に柔らかさを感じるわけでして、上半身だけ見ればもちろんムラムラするわけでして、生物学上魚だとしても……魚だな、うん。

 なんてことはない。相手は魚だ。魚に欲情する……人はいたらしいけど俺はその類ではない。

 そうだ、俺は人間至上主義だ。人間以外はみんな糞だ。ビバ人間。


 強い心を持って彼女の元へと向かい、ゆっくりと進水する。

 冬の冷たい海は身に堪える。北海道の冬の海は五分で体の機能が停止するとか言ってたな。

 白の国って雪国だよな。俺って死んだかもしれない。

 まぁ、適切な対処をしてもらえれば生き返れるんだけども。


「失礼します」


「……ぉぉ」


 アカン、早くも煩悩が俺の心の中で裸踊りし始めたぞ。

 背中に感じる柔らかさはただの肉の塊だ。脂肪の塊だ。

 良いか、背後にいるのはただの魚だ。焼けば美味しくいただける魚だ。


「……私って、体には結構自身があったんですよ? あ、もしかして……」


「いや、ノンケだよ、違うからね。それよりも早くしてくれないかな。近いうちに死ぬかもしれないから……!」


「あ、ごめんなさい……」


 いやいや、大したプロモーションをお持ちですよ貴女は。

 小振りとは言ってもそこそこあるからちゃんと自己主張しているから。

 そんなことよりも早くも足の感覚が無くなってきているんだ。煩悩とかそう言う問題では無くなって来たんだよ。


 彼女は俺を抱え、海の中へと入る。

 俺の呼吸を配慮してか、立ち泳ぎに近い方法で洞窟の中へと入る。


 この時点でかなり寒い。幾ら彼女の体温が高いからと言ってもコレは無理がある。

 よくゲームのプレイヤーは平気だったな。超人だよ超人。


「そして、ここから潜ります」


「……そうか、俺に死ねというのだな」


「御望みとあれば……その、私が口移しで……」


「いや、もう既に呼吸すら苦しくなってきているから、もういいです……」


 明かりの無い洞窟を進んでいくとピタリと彼女が止まる。

 俺には見えないが、どうやらここで突き当りらしい。ここからは海中に潜るとのこと。

 死刑宣告を受けた俺はこれも運命かと思い受け入れることに。死に戻りはきついが、何とかなるだろう。


 しかも、もう手足は動かず、呼吸することもままならなくなっているため、近いうちに死ぬ。

 それならそれで問題は無い。大分死生観が麻痺してきているが、この世界では当たり前なんだから慣れるしかない。


 それに口移しなんてされたら余計に呼吸なんかできないって。


「…………」


 うん、目の前が暗くなって来たな。

 あ、死ぬ。目の前が真っ暗どころか真っ赤になったよ。

 HP(ヒットポイント)ゲージが真っ赤っかだよ。生まれた時から真っ赤だよ。


「……」


 これって複上死なのか?




◆ ◆ ◆




「ぅ……ぅ……」


「っ! お気づきになりましたか!」


 激しい吐き気と頭痛に苛まされながら目を開ける。

 そこには久しく見ていないようで、つい先ほど目にした女性の顔があった。

 とても美人には似合わない表情で、酷いものだった。ぽたぽたと俺の顔の上に涙が落ちてくる。


 あぁ、死に戻りか。

 でも、姫様の時ほどじゃない。

 あの時は凄まじい攻撃で死んだが、今回は凍死だったっけか。

 死んだときの度量で死に戻りの程度が違うのか。なるほど。


 だけれど、そう何回も味わっていてはいけない苦痛だな。


「あら、目を覚ましたのね。よかったわね、メイちゃん」


「うん! お母さん私、海藻持ってくるね!」


「えぇ、いってらっしゃい」


 体を起こして周りを確認する。ここはどこかの屋内のようだ。

 生活感あふれる部屋で、おおよそ男性の趣味ではない飾りつけの部屋だ。


 部屋の中には人魚が二人……この場合は二匹なのだろうか。

 片方は先ほどの人魚。もう片方は金髪で妙齢で美人の人魚だった。

 会話から察するに彼女の母親なのだろう。


 彼女は部屋から出て行ってしまい、その代わり彼女の母親が俺の元までやってくる。

 鱗は彼女ほどの艶は無いが、それでも大人の妖艶さを放つ魅力をお持ちだ。


「あの子が外から人間を連れてくるなんて驚いたけど、まずはお礼を言わないといけないわね。あの子を助けていただいてありがとうございます」


「いえ、その……」


「あの子、今まで人間のことを怖がっていたけれど、これからは分からないわね。貴方のように良い方と悪い方の区別の付け方を教えないと」


 そう言ってクスクスと笑う彼女の母親。

 彼女とは違ってかなりたわわに実った果実に思わず目が行く。

 そのことに彼女の母親も気付いているのか、わざと目の前で上げて見せた。

 俺はやはり大きい方が良い。


 彼女が戻ってくる前に情報整理でもしてみる。

 どうやら俺は死んでいるうちに人魚の国へ着いたらしい。

 行くためには死ぬことが前提ならば、これほど覚悟が必要な旅は無いだろう。


 それにしても……呼吸が出来るということはここは地上なのだろうか。

 それを前提として聞いてほしい。人魚が空中を泳いでいる。浮いているのではない、泳いでいるんだ。

 宇宙の法則でも乱れているのでしょうか。


「お母さん! 持ってきたよ!」


「あら、お帰りなさい」


 ぽけーっとしていると、部屋に彼女が戻って来た。

 手には海藻を持っている。きっと、俺のために持ってきてくれたのだろう。

 赤く細い海藻だ。刺身の盛り合わせについていそうな海藻だと俺は思った。


 それと同時に、ここで刺身を食ったら猟奇的に思われるのだろうか、とも思った。


「ほら、食べて。一応、人間でも食べれるから」


「海藻って生でも……食えるよな、うん」


 受け取り、もしゃもしゃと食す。

 塩味が利いていてなかなかイケる。食べると同時に体力も回復した。

 しかし顎が疲れる。病み上がりにはなかなかキツイ。


「うん、ありがとう」


「良かった……えへへ」


「この子ったら、貴方が目を覚まさないって言って大変だったのよ? 目を覚ますまで傍にいるって聞かなくて……」


「ちょっとお母さん!」


 ありきたりだが、良い子だ。

 こんな子が泣き崩れる姿も見てみたいものだが……こんな時には野暮な考えか。

 元気でかわいい子は笑顔が一番だ。美人は微笑みが最高だな。


「それで貴方たち……どこまで行ったの? A? B? まさかC?」


 この母親は何を聞いているのだろうか。


「娘さんにAまで奪われました」


「あらー……意外と積極的なのねメイちゃんってば」


「そ、それは仕方なく! でも……悪くは、無かったけど」


「おいこら」


 そう言うと、母親も茶目っ気があるのか俺に乗っかって来た。

 それに慌てたように彼女が必死で取り繕うが、少し考えた後にまんざらでもない表情になった。

 そんな反応されられると俺が困る。主に俺が困る。


「そう言えば……」


 少し気まずい空気になったところで、空気の流れを変えるためか母親が胸を強調するように腕を組んだ。

 思わず俺の視線も釘づけ。それに嫉妬したのかムッとした表情になる彼女。

 これは脈有りと見てよいのだろうか。


「彼の名前は? メイちゃん」


「え? ……そう言えば自己紹介もしてなかった」


 そう言って愕然とする彼女。

 そう言われてみれば自己紹介すらしていなかったな。

 自己紹介していないのにキスをしているとはコレ如何に。


「んじゃあ、改めて……俺は枕木智也。よろしく」


「私はメイ。人間みたいに名字はないんだ」


「そうなのか。メイ、よろしく」


「うん、よろしくね……マクラギ。えへへ、マクラギ!」


 彼女……メイは俺の名前を呼んで笑う。

 その屈託のない笑顔に、少し毒されてしまいそうで思わず目を逸らす。


 俺みたいなクズには毒だな。

 彼女とは、少し距離を置いた方がいいかも知れないな。

 俺のために。非情な手段が取りにくくなってしまう。


 まぁ、他の命なんて自分の命に比べたらどうでも良いんですけどね。


「今帰ったぞ」


「あら、お帰りなさい。お客様がお見えになっているわよ」


「客……? って、人間!? 何故ここに人間が!?」


 なんだか俺に似合わないほんわかした空気が流れている中、それをぶちぎるようにドアが開かれた。

 現れたのは中々恰幅の良い男性の人魚だった。メイの母親と同じく金髪で、メタボリック生活習慣病まっしぐらなのだが、腕だけは筋肉が凄い。

 それで顎髭も凄い。髪型もオールバックと相まって似合っている。

 アメリカにいそうなお父さんだ。


 メイの父親は俺を見るなりどこから取り出したのか得物であろうトライデントを構える。

 何故ここに俺が、というよりは人間という種族がここにいるのか理解できないという表情をしている。

 いかに人魚から人間が歓迎されていないか、そしていかに家族の女性陣の警戒心が薄い……いや、少なくともメイの警戒心は大丈夫か。母親の警戒心が薄いかが分かる。


 そして、


「ここに、何をしに来た!」


 人間が人魚の国に不法侵入しているという事実が分かった。

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