気持ち半分
首都を出発して三日。
特に大事もなく白の国へ行く方法の一つである港町へと到着した。
白の国へ行く方法は三つある。陸路、空路、そして海路である。
陸路で行くには赤の国と白の国の間にそびえる山脈を越える必要があるのだが、これはどうにも効率的ではない。
山脈に出現する魔物は適正レベルが七十と結構高い。もちろん、俺のレベルじゃ越えられそうにもない。
更に山越えとなればそれなりの食料と装備も必要で、日数もかなりかかる。ましてや、無事に白の国へ辿り着くとは限らない。
よって、陸路は無し。
空路で行くには飛空艇が必要となる。
もっとも手軽で魔物の出現も少なく、また日数も二日と経たずに白の国へ到着するだろう。
しかし、この世界で飛空艇を手に入れるには免許と莫大な費用、土地と維持費が必要になる。
俺の財力では到底買えそうにもない。
海路で行くには自分で船を買うか、港町に行って船に乗るしかない。
港町がある場所であればどこにでも行くことが出来るが、海路も海路で危険が一杯だ。
船の上とあれば魔物とは満足に戦えないであろう。ましてや空路ほどではないがそれなりにお金が必要となる。
しかし、日数もそれほどかからず、状況によっては魔物とも上手く立ち回れることも。
なにより、他にも用心棒を雇っている場合があるので、そもそも魔物と戦う必要がない場合もある。
一番無難な方法といえる。
だから俺は、赤の国北部の港町までやって来たのだ。
馬車で来たからそれほど日数も掛からなかった。ガタガタと揺れることを除けば快適な旅だった、
運賃は銀貨一枚と割と高額だが、今の俺にとってはさほど痛手ではない。
さてはて、これから海を渡るにはまたお金が掛かるのだが、この時期……冬にこの港町に訪れると、一回だけ無賃で海を渡れるイベントがあるのだ。
更に、やりようによってはお金が舞い落ちてくる可能性もある。使わない手はない。
無賃乗船とかそんなのではない。
俺はそこまで腐っちゃいないとは思っている。
やはり世の中は金だ。
金があれば愛さえ買える。思い出だって買える。
なんと素晴らしいことか。
「おや、アンタ旅人かい? だったら、手土産にでもこれを買っていきなよ」
港町に入ると待ち構えていたかのように露天商のおばちゃんが話しかけてくる。
なんでも旅人にご当地のお土産を販売しているようで、広げられた風呂敷の上には観光地によく見るような小物が並んでいる。
おばちゃんが勧めてきたのは人魚を模った石の小物だ。
少々荒さが目立つが、なかなか良く出来たものだ。作業をしてくれる機械なんてこの世には存在しないことから、ここにある物は全て手作りなのだろう。
価格も旅人から金をぶんどってやろうという意思が感じられず、懐に優しい価格だ。良くこんなので店が続けられる。
「この町は人魚の伝説でもあるのか?」
「そりゃそうさ。それで有名になったものだからねぇ。人魚が出るって伝説がある場所は、ここか白の国の首都くらいさね」
「へぇ、そりゃ面白い。一つもらうよ」
「あいよ、銅貨一枚だね」
「どうも」
「人魚の伝説が聞きたきゃ船乗りにでも聞くことだね、中には見たこともあるやつがいるようでさ」
「ありがとさん」
おばちゃんに礼を言って港町を進む。
手に入れたのは人魚の小物という一応装備アイテムだが、コレクションアイテム扱いにされている。
装備したら水属性耐性が一割付加されるが、そこまで重宝する物ではない。でも、飾り物としては良いものだ。
ちなみに、白の国へ行くことに人魚が関係している。
それもそのはず、そのイベントは人魚の国へ行って白の国まで送り届けてくれるものだから。
このシフトワールドでは人魚は一応魔物に分類されているが人間に危害を加えることは無いと言われている。
だが滅多に人前に姿を現さず、このイベントを逃してしまうと他に会えるのが一回しかない。
そして、食べると不老不死になれるともっぱらの噂。
そのため、どこぞの酔狂な貴族が人魚を食べようと必死になっているとか。
だが、もちろんそんなことは無い。食べた俺が言うんだから間違いない。
ゲームの中だけどな!
「すんません」
「ん? なんだ? 連絡船なら今日はもう出ないぞ」
「いや、人魚を見たことがある船乗りがいると聞いて……」
「あぁ、それは俺だな。なんだ、聞きたいのか。そうかそうか」
港の波止場へと足を運び、そこで作業をしている船乗りに話しかける。
訊けば、この人が人魚を目撃した人らしい。知っているけども。
ついでに話の内容も知っている。けど、訊かないとイベントが進行しないのだから仕方がない。
「あれは満月が綺麗な夜のことだった。彼女と喧嘩しちまって桟橋で頭を冷やしていたんだ」
「そこで人魚を?」
「あぁ、少し離れた岩の上に人影が見えたんだ。あんなところで何をしているのかと思ってよく見てみると、そいつはなんと尾びれが付いているじゃないか。そんで、あっちも俺に気付いたのか慌てて海中に潜っちまったんだ」
「へぇ」
「惜しむらくは、その人魚が男だったってことかな。でもまぁ、人魚が本当にいるんだと俺はえらく感動したね」
「貴重な話をありがとう」
「なんもなんも。そういや、今晩は満月だったな。もしかしたら会えるかもしれねぇぜ? んじゃな」
そう言って船乗りはどこかへと行ってしまった。
これで人魚イベントが発生する。今日の夜に波止場に行くと人魚がいるので、その人魚に人魚の国へ連れて行ってもらえるのだ。
本来ならば魔物である人魚の力を借りたくないどころか根絶やしにしたいところなのだが、俺にとって有益な存在なので仲良くしても問題は無い。
上半身はまんま人間だしな。美男美女ぞろいだと聞く、風俗とかあるのかしらん。
さて、夜まで時間を潰すか。
◆ ◆ ◆
宿屋で飯を食ったり観光したりしているうちに夜になる。
船乗りが言った通り今日は真ん丸に輝く満月だ。でもおかしいな、俺が知る限り昨日は三上弦月だったような気がする。
あれか、イベントの影響力か。
大きな満月が頭上にあるおかげか夜なのに道を歩くのに明かりが必要がない。
とても大きな満月。スーパームーンと言うやつではなかろうか。こんな大きな満月見たことが無い。
まるで、直ぐ頭上にあるようだ。
「お」
波止場へ行くと、テトラポットに寄りかかるようにして人魚がいた。
水底のように深い蒼の髪の毛は腰まで伸びており、濡れているために肌についている。
愁いを含んだような目線に緑色の瞳が月光に照らされて怪しく光っているようにも見える。
その視線の先には自身の尾。鈍く照らされた水色の鱗はまるで一つ一つが宝石の様。
しかし、尾ひれは何者かに襲われたのかボロボロだった。そのせいで“彼女”はこの危険な場所で休んでいるのか。
思わず思う。綺麗だ、と。
一つの芸術のようなソレは見る者を虜にして、無意識的に手を伸ばしてしまいそうな、そんな魅力を彼女から感じる。
少しだが、世の芸術家が彼女らを好んで追い求めるのが分かったような気もする。
「あの……」
「っ……!」
バレない様に波止場を乗り越えて彼女が寄りかかるテトラポットに近づき、声を掛ける。
すると、愁いを帯びた瞳から一変、恐怖と驚愕が入り交ざる瞳へと変わった。好意を抱いて近づいたため、その瞳を見るには少し心が痛んだ。
俺は怖がらせてはいけないと思い、両手を上げて脅威は何もないことを相手に伝える。
だけれど、それだけで警戒を解かせることは出来ないだろう。
そして、俺が近づいても海中に逃げないところを見れば、尾ひれがボロボロでは満足に泳ぐことが出来ないのだろう。
「こ、怖がらないで。俺に敵意は無い」
「い、いや……」
「怪我しているんだな、ちょっと待ってろ」
俺はじりじりとゆっくりと彼女に近づく。
しかし、俺から逃れるためにずりずりと引き摺るように後退る彼女。それが更に尾ひれを傷つけているとは知らずに。
俺は意を決して彼女の元へ駆け寄ると、四次元ポーチから回復薬を取り出す。
対する彼女は俺に抱く恐怖からか必死に抵抗して腕を振り回したり尾を動かす。
だが、そんなものは痛くも痒くもない。
「大丈夫だ、もう大丈夫だから」
「やめて! いや、いや!」
抵抗できないように押さえつけ、無理やり治療する。
強化済みの樫の杖を装備して杖スキルの《リライフ》を唱える。
このスキルはHPを徐々に回復させるスキルだ。それと合わせて回復薬を尾ひれに優しくふりまく。
傍から見たら襲っているようにしか見えないが、俺は善意でやっていること。
うん、全く問題ない。
「ごめんなさい……お父さん、お母さん。先立つ娘をお許しください……」
「いや、取って食ったりしないから」
「え……?」
「ほら、もうだいぶ回復したろ?」
全てを諦めて今なお娘の帰りを待っている両親に謝罪する彼女。
優しく語り掛けるのも馬鹿馬鹿しくなって来たので現状を彼女に見せてやる。
俺の尽力の甲斐があってか彼女の尾ひれはだいぶ回復していた。それを見た彼女はキョトンとした表情になる。
「言ったろ、もう大丈夫だって」
「え……なんで……」
「こんなところにいたら、人間に掴まって売り飛ばされちまうぞ。早く帰んな」
「えと……その……ありがとう」
助けられたと彼女は理解したのか抵抗するのを止めて落ち着く。
よくよく見てみればかなりの別嬪さんだ。人間だったら他が放って置かないだろう。
人魚には体に何かを見に纏うという習慣がないのか、上半身は裸だ。小振りだが、しっかりと自己主張している彼女の胸は見ていて幸せな気分になってくる。
いかんいかん、煩悩退散煩悩退散。
「どうして、助けてくれたの?」
「あー……なんだ、その……俺は美人には弱いんだ」
まさか人魚の国へ連れて行けなんて言えない。
だが、嘘を吐くわけにもいかない。というわけで嘘ではないことを彼女に告げる。
実際、俺は美人には弱い。この美人というのは容姿だけでなく中身も伴った場合のみ有効だ。
中身が糞なら、そいつは糞だ。
「ご、ごめんなさい! 私てっきり襲われたとばかり……」
「いや、そう思われても仕方がないよ。行動自体は襲っているようなものだったし……済まん」
「あ、謝らないで! 良かった……見つかった相手が貴方で」
そう言って微笑む彼女。
やはり美人は笑顔が似合う。いつの世もそれは同じなんだな。
「誰かいるのか?」
「っ!」
「のわっ!」
突如頭上から声が聞こえた。
その瞬間、俺は彼女に抱き付かれるような形で海中へと引き摺りこまれる。
耳元でうるさく鳴り響く水の音。全身に感じる冬の刺す様に冷たい水。息が出来ないため固く閉じられた口。
その出来事に理解が追い付かず混乱する俺。そして、満足に準備をしていなかったために直ぐに息が苦しくなる。
堪らず、閉じていた口を豪快に開く。
辛うじて残っていた空気も海中へと霧散し、苦しさは際立って強くなった。
だが、直ぐに俺の口元が柔らかい何かで包まれる。閉じていた眼を開いてみると、良く見えないが彼女の顔が目の前にあった。
息が出来る。
絶え間なく空気が俺の口の中へ送り込まれる。
そうか、彼女に息を吹き込まれているのか。
「ぷはっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
次の瞬間には海中から顔を出していた。
目の前には彼女。泳いで岸にしがみ付くと、ここが先ほどまでいた場所とは違う場所だということが分かる。
それでも、数十メートルしか離れていないが。
「ごめんなさい! 咄嗟に貴方を引き摺りこんでしまって……!」
「いや、助かったよ。あそこで見つかってたりしたら俺が大変なことになっていた」
どうやら外にいた船乗りが波止場にやってきていたようだ。
もしかして昼間に話した船乗りだろうか。どっちにしろ、助かった。
「それに……呼吸のためとは言え……その……」
「あ、あれはノーカンだよノーカン! 気にすることない! むしろ助かったし!」
「そ、そうですか……」
柔らかい唇だった、うん。
それよりも寒い。
凍え死ぬ。冬の海ってこんなにも寒いものだったのか。
体が震えて動けそうにない。アカン、手に力が入らへん。
「うぅ……」
「大変! 唇が青白いですよ! 寒いのですか!」
「むしろ寒くない方がおかしい……!」
「ええと、この場合は……えいっ!」
掛け声と共に柔らかい物が俺に覆いかぶさる。
見て分かるのだが、彼女が俺に抱き付いている。柔らかい。なんだこれは。
そして温かい。彼女たち人魚は体温が高いのか身震いするほど温もりを感じる。
しばらく抱き合った後、末端はまだ凍ったように冷たいが、胴体はだいぶ温まった。
後はこの濡れた服をどうにかしたい。
「あ、あの、ありがとう……」
「い、いえ……節操の無い行為ですが……その、良かったです」
良かったです(意味深)
「……あの!」
「なんだ?」
「その、お礼がしたいのですが……よろしければ私たちの国へ、来ませんか?」
来た、これが目的だったんだ。
目の前の至福に酔いしれている場合ではなかった。
彼女は頬を染めて恥ずかしげにこちらをチラチラと見るような仕草で誘っている。
裸の美人に誘われたら断る理由が見当たらない。否、断るわけがない。
「……喜んで」
「本当ですか! やたっ!」
あぁ、やっぱり笑顔が一番だな。