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尻拭い



◆ ◆ ◆




「マクラギ様がどこにおられるか存じている者はおりませんか」


 薄暗い、カンテラのような光で照らされた空間に良く響いた。

 一見、西洋のパブのような印象を感じるこの空間は俗にギルドと呼ばれる場所だ。

 そのギルドには良く人が集う。この時も例外ではない。


 がやがやと騒がしいこの空間に声が通るのかと言われれば答えはNOだ。

 だが、その声の主が特別だった。声の主はこのギルドの支配人だったのだ。

 常日頃からギルドのメンバーたちはギルドの支配人の言葉に耳を傾けていた。もちろん、重要な話が主にだったから。


 だから、この時もギルドのメンバーたちはそう思ったに違いない。

 金になる仕事が入ったのか。国から重要なクエストでも受けたのか。これから不定期に訪れる狩猟クエストでも起きるのか。

 どちらにせよ、支配人が持ち込む話は話題に欠かなかった。


「どなたか、マクラギ様の行方を知る者はいませんか?」


 先ほどとは違って静まり返った空間に、もう一度声が響く。

 先ほどは聞き逃しがあったかもしれない。だが、今回は聞き逃しという言い訳は通用しない。

 だからこそ、支配人の質問の意味がよく分からなかった。


 マクラギ。

 つい先日までよくギルドに顔を出していたドラゴンスレイヤーの鍛冶屋。

 レベルが低いにもドラゴンを単騎で討伐することに成功しており、このギルドの間でも出世頭候補として有名だった。

 つい先日までは。


 今日日、もはやこのギルド内では知らない者どころか、“外”から訊きに来る者まで現れるほどの有名人。

 それもそのはず。この国、否、世界でも五本指に入る強さのアンジェリカ騎士団長もとい赤の国の姫様と引き分けた猛者なのだから。

 それも、誰も成し遂げることの出来なかった姫様の“殺害”を成し遂げることが出来た唯一の人物。

 情報が集うこのギルドで、有名にならない方がおかしかった。


 そんなギルドの頂点に身を置く支配人が、彼の居所を知らないということがよく分からないのだ。

 だから、誰も声を上げない。支配人が知らないのなら、ギルドのメンバーが知っている謂れも無いのだから。


「支配人が知らないなら、私どもが知っているわけないんじゃないですかねぇ」


 のっそりと壁が動く。

 ギルドのメンバーたちの心を代弁したのはギルドの中では異色のネヒト・ジェントルマンだった。

 オーク族の上位種であるオログ=ハイと言われれば説得力のある背丈と恰幅。その大きな背中よりも大きな大楯。巨木の幹のような腕。柱のようにしっかりとした脚。

 そして何よりも、岩からノミなどで削りだされたかのような無骨のような顔。

 子供をこよなく愛す心優しき守護神がそこに立っていた。


「俺もそう思いますよ」


 次に声を上げたのは、ネヒトの傍の席で座って自身の得物である“アゾット剣”を手入れしているアゾットだった。

 彼はランクこそ低いものの、ギルドのお抱え地質学者としてそこそこの顔の広さを持つ者。

 リーダーシップにも優れており、また彼を慕うものも多いせいか支配人と副支配人が留守の時に代理を任されることも少なくない。


 故に、彼の発言力は必然と高くなる。


「それに、私どももマクラギ殿を捜しているんです。祝賀会でも上げようかと家に行っても、あの作り込まれた段ボールハウスすら見当たらないですしねぇ」


 ネヒトが溜息を吐く。

 彼は支配人の捜し人とつい先ほどまで共にいた。

 噂の人から英雄に変わる寸前まで、背後からそっと、それでいて力強く押し出してやった本人でもある。

 英雄と引き分け、王宮の病棟へと運ばれたと聞いた時は上級区まで足を運んだが、ついぞ会うことは叶わず今に至る。

 淡い希望を抱いて住居としているおおよそ段ボールハウスとは言えないクオリティの家へと赴いたが、何者かに撤去されたのかいつも通りゴミ置き場があるだけだった。


 今は、仕方なしに情報を求めてギルドへと足を運んだが、満足に得られずに一杯ひっかけているのであった。


「あの、彼に何かあったのですか?」


 次に声を上げたのはアゾットの傍らでちびちびと安酒をたしなんでいた女性、ヨフィ・エル。

 彼女は枕木に苦手意識を抱いていたが、良心か好奇心か気が付いたら口を挟んでいた。

 その苦手意識も、彼女自身が無くそうとしている最中だ。


「あ、いえ……特に彼に何かあったということではございません」


 口を濁す支配人。

 事前に、ギルド自体に見放されていたと枕木本人から聞いていた二人は訝しげな表情を浮かべる。

 そのことを知らないヨフィは特に何も思わなかったが、ネヒトとアゾットの両名は支配人に疑心を浮かべているのだ。

 しかし、支配人の視線がヨフィに向いているので、二人が訝しげな表情を浮かべているのを支配人が気付くことは無かった。


「ただ、我がギルドから英雄が誕生したことを素直に祝福したかったのです。我がギルドの誇りだと」


 その手のひら返しに、思わずネヒトは声を上げそうになるが、それを事前に察したアゾットが制する。

 同時に、ネヒトも酒が廻っているのだと理由付け、今自分がやろうとしていた行動を反省した。

 彼が、ワイン瓶を何本も空けてようやく酔えるというのにも拘らず。


「へぇ、良く言うよ。見放したくせにさ」


 静まり返っていたギルド内に新しい声が響く。

 見れば出入り口に人影が見える。その人影は躊躇なくギルド内に入り、支配人の目の前までやって来た。

 その人物は車椅子を押しており、その車椅子には人形のような綺麗な少女が座っている。

 支配人は、否、ギルドにいたメンバーたちはその人物のことを知っていた。


 名を玄翁レナ。

 赤の国でも有名な工匠、玄翁心昭の一人娘である。


「見放した? 何をおっしゃっているのですか?」


 当然ながら、ヨフィに注がれていた視線は玄翁へと移る。

 その表情はいつも通り変わらない何を考えているのか分からない笑顔だったが、彼女は額にうっすらと光る汗を見逃さなかった。

 それで好機と見たのか、自信ありげに笑みを浮かべた。


「マクラギなら今はいないよ。白の国へ行くってさ」


「し、白の国へですか!? なぜわざわざあのような野蛮なところへ……」


「私のためです。御主人様は、私のために足を運んでいるのです」


「貴女は……確かマクラギ様のところで働いている……」


 支配人は理解が出来ないとばかりに驚いた。

 実際、赤の国での白の国の印象は悪い。理由は至って簡単、赤の国が魔物の大進行を食い止める際に協定により助けを求めたのだが、特に理由を言うでもなく援軍を拒んだのである。

 それから、赤の国内での白の国への評価は低い。それは、同じギルドという立場でも同じだった。


 だから、白の国へ行くと聞いて驚いたのだ。

 そうまでして何故、白の国へ行くのか。答えたのは車椅子に座った少女だった。


 車いすに座っている少女は、透き通るような白い肌にアイスブルーの髪の毛を持つ綺麗な人形の様だった。

 造り物のような整った顔立ちに、華奢で庇護欲をそそる様はどこか薄幸さを支配人は感じた。

 彼は彼女のことを知っている。一度、枕木が鍛造した武具を買い取る時に同席した従業員だったと記憶していた。


 しかし、その時とは違って健康そうには見えなかった。

 腕や脚は服から覗く肌が顔や首元の肌とは違って義腕や義足のような見た目をしている。

 そのことを裏付けるように彼女は車椅子に座っている。


 そんな子のために枕木は白の国へ行ったのだと言う。


 何故か?


「そんなことよりも、私は一言訊きたいんだけど……マクラギを、商会に売ったって本当かな?」


「なっ……何を言っているんですか。それに、先ほども見放したと」


 支配人が何故枕木が白の国へ行ったのか訊こうとした時、それを遮るように玄翁が言葉を紡ぐ。

 その言葉は、おおよそ支配人が同意できる内容ではなかった。


 だが、動揺まで消すことは出来なかった


「俺も聞いたぜ」


「私ゃ、しっかりとこの耳で聞きましたよ。えぇ、聞きましたとも。本人からねぇ? マクラギ殿がとある技術を身につけたと聞いたダルニード商会が近づいてきて、その技術を独占しようとしたということを。その際、彼は貴方方ギルドに助けを求めましたが……なんでもギルドはダルニード商会から手切れ金を受け取っていたとか……」


「なにをでまかせを!」


 それにあやかるアゾットとネヒト。

 実際に支配人が言う様にネヒトが言ったことは少し嘘が混じっていた。

 もちろん、手切れ金というくだりだが、それ以外はホントのこと。

 枕木がダルニード商会に目を付けられ、助けを求めてもギルドはその背後にいる貴族を恐れてマクラギを見放したのだ。


 この話は傍から訊いたら信じられるものではない。

 だがしかし、それを口にする人物が人物だったため、嘘かホントかギルドメンバーたちは疑心暗鬼に駆られることに。

 片や信頼という言葉を体現した様な学者。片や誠実という言葉を体現した様な心優しき漢。

 そして、ギルドの中でもマスコットのような立ち位置にいる工匠の娘。


 その人物たちの影響力か、本当なのではと疑い始めているのだ。


 そして、


「なにより、私はこの目で見ました。御主人様の、私の居場所を……壊していく、削っていく彼らを……」


 枕木の元で働いていた従業員が証言する。

 それが、決定打となった。


 あれよあれよとざわついていくギルド。

 支配人を訝しげな表情で見る目。疑心に満ちた言葉。それらが突き刺さる。

 とても、死線を潜ってもいない管理職には耐えられるものではなかった。


「ふざけるな! 何も知らないで言わないでもらいたい!」


 思わず吼える支配人。

 その表情はいつもの能面のような笑顔ではなく、焦りが見え隠れする憤怒の表情だった。

 それが更に信憑性を高めたのか、より一層疑心は広がる。


「仕方がなかったのです! バックにいる貴族様の機嫌一つでこのギルドは潰れてしまいます! 貴方方だってただでは済まなかったはずです! それを何ですか、本当に!」


 叫ぶ。

 仕方がなかったのだと。

 皆のためだと。枕木は尊い犠牲だったのだと。


「でもそれって、支配人の首が飛ぶだけじゃん? ギルドは世界で護られている機関なんだよ? 私たち、関係ないじゃん」


 冷静に、玄翁が言い返す。

 ただの自分の保身だと。


 その言葉の通り、ギルドは世界各国にある機関で、国とは半独立した存在でその意向は各国の王政と貴族によって違いはあるが、そのほとんどがギルドの条例によって定められている。

 同時に、その機関部である幹部などの選考は国の王政や貴族によって決められている。だから、この場合困るのは支配人と副支配人などの役職を持っている者だけなのだ。


 それを分からないギルドメンバーたちではない。


 この時点で、支配人の信用は地まで落ちた。

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