門出
「ごめんください」
「あっ……待ってたよ。上がって」
「邪魔する」
特に言い訳も話すことも考えずに玄翁さんのところに来た俺。
出迎えた玄翁さんは営業スマイルから一変、俺を見た瞬間に複雑な表情になった。
それでも無理に笑顔を作り、鍛冶屋とは別の家へと上げてくれた。
家はこの前来た時と少し変わっており、ところどころに爺の趣味とは思えない飾り物もあったので、玄翁さんが模様替えをしたのだろう。
客室へ通されず、そのまま爺の部屋まで通される。
爺の部屋は、この前来た時と何ら変わっていなかった。
「客は……何しに来たんじゃ」
「アンタの娘さんに呼ばれたんだよ」
「ワシは呼んでおらん。帰れ」
「そうするよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
爺は部屋の中央に座り、肩叩き棒で自身の肩を叩いていた。
来訪者が来たことに気付き、顔を上げたが来たのが俺だと分かるとしかめっ面になる。
藺草で編まれた畳に座ったまま俺を見上げる爺。
そんな爺に帰れと言われたので、帰ろうと踵を返した瞬間に玄翁さんに止められた。
訝しげな表情を張り付けて玄翁さんの方を向く。
玄翁さんは俺の腕を掴んでおり、これがまた馬鹿力なので振り解けそうにない。
彼女もまた、しかめっ面をしていた。
「ロボ娘ちゃんに会いに来たんじゃないの!?」
「俺は来いと言われただけ……いや、屁理屈だな。確かに俺はロボ娘に会いに来たが、この爺が帰れってんだ。帰るしかないだろう」
「私が赦すから! お父さんも黙ってて!」
「む……」
愛娘に一喝されて黙り込む爺。
どうやら日常では玄翁さんに頭が上がらないようだ。
そんな爺を嘲笑気味に見つめていると、爺は重い腰を上げて俺を一睨み。
爺も結構レベルが高いのか、姫様には遠く及ばないが気と魔力を感じることが出来た。
爺は例の地下室へ続く階段を出現させると、着いて来いとばかりに俺を見た。
そのまま、彼は階段を下って言ってしまった。
「追ってあげて。この下にロボ娘ちゃんがいるから」
「玄翁さんは、この下が何なのか知っているのか?」
「お父さんの工房ってだけは知ってる。ついさっき知ったけど。でも、まだ何か隠しているみたい。ほら、早く」
どうやら爺はあの玄翁さんの出来損ないのことを隠したままらしい。
それもそうかと納得し、爺の後を追う。相も変わらず狭い階段を踏み外さないように慎重に降りる。
玄翁さんは来ないらしく、来る気配がない。
爺はすぐ下で待っていてくれた。
「ワシがこれまでに造ったカラクリの部品で補った結果じゃ。自分の眼で見よ」
地下室は前回見たような玄翁さんの出来損ないは見当たらなかった。
玄翁さんに見せる際に、隠したのだろう。その代わりに、違うカラクリが部屋の中央にあった。
一言で言えば、ダルマだった。
上半身に、辛うじて残った下半身に見当たらない四肢。
椅子に座っているのだが座っているのではなく、椅子に乗せられていると言った方がしっくりくる。
頭部も損傷がひどく、右前頭部は潰れているのかぽっかりと眼孔のような穴が空いており、残った左眼だけが虚空を見つめている。だが、光は宿っていた。
口元は状態が良く、動かすのになんら不具合は無い様だ。
そうだ、彼女だ。
ロボ娘だ。アレは。
「よっ」
「……っ! ご、御主人様っ!」
話しかけると、椅子から転げ落ちないばかりに首を動かしてこちらを向く彼女。
一瞬にして彼女に感情が宿ったかのような変わりように、少し驚く。
彼女は屈託のない……が、やはりどこか不器用な笑顔を浮かべて俺を見ている。穢れも知らぬ少女のように。
その笑顔がどこか、怖かった。
「俺はもうおめぇの御主人でも何でも無いんじゃなかったのか」
「あ。……でも、この際どうでも良いです。また、出会えたのですから」
「気持ち悪い姿でそんなセリフ吐くんじゃねぇよ。エクソシストを思い出す」
「毒を吐いた方が良いですか?」
「ダルマはダルマらしく喋るんじゃねぇ」
いつも以上に饒舌に語る彼女。
なんだろうか、ここまでしておいて罪悪感の欠片も浮かばない。
目の前にいるのはいつも通りの彼女。だから、俺が何も気を使う必要はないし、彼女に対して何かをしてやる必要もないし、彼女を助けてやることも無い。
そんな気分にしかならない。所詮、ロボットか。
物が言えるなら上々と考え、この場から去ろうと思う。
しかし、それはここの家主が赦してくれなかった。
「その子はな、お前のしたことでこうなったのじゃぞ」
「自業自得だと思うが」
「この期に及んで逃げるのか。お前に娘を任せると一度でも思ってたワシが馬鹿に見えるではないか」
「ホントだよな」
「……コレ以上ワシを怒らせないでくれ。お前は六号の大事な友じゃ。ワシはお前を存外にしたくはない」
「じゃあどうすれと。言っておくが、俺は払うもん払って、爺はそれを受け取ってロボ娘をある程度直した。それで一応の契約は果たされただろ」
「…………どこの成功しておる経営者はお前みたいな外道ばかりじゃ。人を蔑ろにして、人からどれだけぶんどってやろうか、それが出来ない奴は経営者として大成しないとワシも分かっておる。じゃから、ワシはいつまでもこのようなところで鍛冶屋を営んでおるのじゃな」
そう言って、キセルを取り出して蒸かす爺。
ここは密室なのに、こんなところでそんなものを吸ったら煙が充満するって分からないのか。
ということで俺も巻き煙草を取り出して火を点ける。灰皿が無いけどどうしようか。
「なんじゃ、いける口か」
「おう」
暫時の沈黙。
「……白の国に、随分と腕が立つ技工士がいると聞く。そやつならば、その子の手足を造ることも可能じゃろう」
「奇遇だな、俺はこれから白の国へ行こうとしていたんだよ。んで、俺はその技工士とやらを知っている」
「ならば、話は早い。その子のために、手足を造ってもらえ。お前にはそれをしなければならない義務がある」
「義務か。俺は義務は嫌いでね。納税も、勤労も、あと一つ何か忘れたけどそれも嫌いだ」
「ならば天命じゃな」
俺は思わず吹き出す。
「天命か! 天命となっちゃ仕方ないな。あーそういやロボ娘の退職金が少し少なかったな、しゃーねー、行くか」
「素直じゃないのう」
「うるせぇ爺。小言なんか聞きたくないんだよ」
今までの事が嘘のように手のひらを返した俺は、再びロボ娘の方へ向き直る。
ロボ娘は相も変わらずニコニコとしている。自分がどれだけ不幸なのも知らないで。
俺がどれだけ不幸なのも知らないで。
「どこかへ行かれるのですか?」
「あぁ、今からお前の手足を持ってくる」
「……! 私はなんて幸せ者なんでしょうか。感謝してもしきれません」
不幸者がそうのたまう。
「白の国は何かと嫌な噂がたっておる。十二分に気を付けるのじゃぞ」
「俺を誰だと思っている。世界最強の兵士に勝ったんだぞ」
「そう言えばそうじゃったな。どこもその話で持ち切りじゃ。おそらく、白の国へ行くにしても、何らかの形でその功績が助けてくれるじゃろう」
「そうだと願いたいね」
爺からの激励という気持ちの悪い者を受け取った俺は、それ以上ロボ娘と話すことなく地下室から出る。
爺は着いてこなかったが、代わりに爺の私室で玄翁さんが待っていてくれていた。
俺が帰ってきた途端、俺の方に近づいてきて不安そうな表情を受かべる。
不思議と、彼女の表情に罪悪感を感じた。
「……どうだった?」
「話てきたよ。んで、これから白の国へ行ってロボ娘の手足を造ってくれる技工士に会いに行ってくる」
「そ、その人ならロボ娘ちゃんを“治して”くれるの!?」
「多分な」
「……マクラギ、マクラギは……ううん、何でもない」
「気になるな。言えよ」
「何でもないったら何でもないの! しつこい人は嫌われるよ」
「俺はもう嫌われ者だから良いんだよ」
「なにそれ」
ロボ娘が直るかも知れないと聞いて表情は一変、彼女は笑顔になった。
やっぱり玄翁さんは不安そうな表情より笑顔が絵になる。女性全般に言えることかもしれないが。
「私は何も出来ないけど……頑張ってね!」
「おう。んじゃ、早速行くわ」
「え? もう?」
「あぁ、善は急げって言うだろ?」
「……なんかマクラギらしくない。きもっ」
「うわー、それめっちゃ傷つくわー」
そんなことを話しながら玄関口へ到着。
見送りは彼女一人だが、見送りがいるだけで万々歳。
異国の地へと行くにはいつになっても勇気がいるものだが、俺は白の国へと行ったこともあるので気持ちは軽い。
「門まで送るよ?」
「いや、ここまでで良い。それよりも、ロボ娘の傍にいてやってくれ」
「うん、そうだね。それじゃあ、またね」
「おう」
別れの言葉を口にして俺は歩き出す。
目的地は白の国。これからの拠点は白の国になりそうだ。
白の国は気候的に涼しい国だ。この服装では少し辛いものがある。
さて、白の国では何をしようかな。
もちろん、ロボ娘の手足なんてどうでも良い。
あの場限りで繕ったことだし、もうこの国に帰ってくることも無いし、別に良いだろう。
新しく店も立てなきゃならないから、しばらくを稼ぐことから始まりそうだ。
どうでも良いことで俺の旅を邪魔させて堪るものか。