思い想い
「よくぞ来た! 俺がこの国の王、ゴウキンだ。まずは先の大会、見事だった。俺の名に置いて貴様に“武闘王”の称号を授けよう!」
「……ありがたき幸せ」
場所は移り謁見の間。
赤く目に悪い配色の壁に囲まれ、純金だろう装飾品が目立つこの空間。
足元には赤いカーペットが敷かれており、俺はそこに跪いている。跪く相手は俺の頭上。
緩やかな階段の先に鎮座する玉座には、筋骨隆々の男が赤い外套を身に纏い座っている。
国を現しているかのような赤毛の顎髭。頭髪は無く、スキンヘッドにしている頭には贅沢に宝石をあしらった王冠。
この玉座にふんぞり返るように座っているのが、赤の国の赤王ことゴウキン九世だ。
別名、南海龍王とも呼ばれている。世界最強レベルのキャラクターで、レベルは驚異の二百。
素手でドラゴンを捻り潰し、大砲で崩せぬ城壁を拳でぶち破るめちゃくちゃなキャラクターである。
病室で充分に休んだ後、動いても大丈夫なことを確認して姫様と共にこの謁見の間にやって来た。
目的は大会の優勝賞品として、なんでも願いを一つだけ叶える約束を果たしてもらうため。
ゲームの中では義父だったが、正直言って俺は赤王は苦手だ。何でもかんでも力が全てだと思っているインテリ脳筋だからだ。
しかも、無駄に頭が良いから困る。まぁ、そうでもないと国なんて治められないだろうけど。
「さて、俺は回りくどいのが嫌いでな。単刀直入に言う」
「……」
「何が、欲しい? ……とは訊かん。貴様に、我が娘アンジェリカと、この国をやろう! どうだ、嬉しいだろう!」
口端をいやらしいほど上げて、見下ろしてくる赤王。
その表情には幾つもの欲望と愉悦が見えるのは気のせいではない。
お前にこの国で叶えられる限りの物をやる、そう言っているのだと、くそったれ。
だから俺はお前が嫌いなんだ。
相も変わらず民のことを考えない王が。
「父上、少しお待ちください」
「どうした、アンジェリカよ」
と、そこに口を挟む姫様。
姫様は正装と言うべきの豪華なドレスに身を包み、その頭にはこれまた豪華なティアラが乗っている。
化粧もしているのか、先ほどよりも美しく見える。ほんま化粧は魔法やでぇ。
赤王は俺から一旦視線を外し、隣にいる姫様の方を見る。
姫様は赤王の隣の玉座に座っている。本来なら、女王が座る場所なんだろうが、既にこの国の女王は他界している。
だから、今はそこは姫様の場所となっている。
「彼は、この国を継ぐことを辞退なされました」
「なに! それは真か!? いやいや、またどうしてだ!」
助け舟のつもりか、姫様は俺が答えるよりも早く国を継ぐ意思がないことを言ってくれた。
そのことに赤王は酷く狼狽し、玉座から身を乗り出す様に俺を凝視する。目は見開かれ、表情には驚愕の色が見えている。
本当に何で辞退したのか分からないようだ。
「世界とは言わんが、この国の全てが手に入るのだぞ!? 何故、何故なんだ、答えろ!」
「父上、そう鬼気迫る問答をせずとも……。彼の者はまだレベルは四十三、父上の気に当てられてしまいます」
「四十三と申すか! そのゴミみたいなレベルでよく娘に勝てた! ほお、ますます気に行った! だから、教えてくれぬか? 何故、王である俺の願いを、退けるのかを……? 答えろ……!」
びりびりと空気は振動するほどの気迫。
怒っているのか、否、純粋な疑問を持って俺に問いかけている。
この生を十回受けたとしても巡り会えぬ好機をみすみす自分から逃すのか、分からないから訊いているんだ。
それゆえに気持ちだけが先走りしてしまい、このような怒っているかのように訪ねてきているのか。
答えはもう既に決まっている。
俺はただたんに赤の国エンドに行きたくないだけ。
後はこれを当たり障りない程度に“大きく”改編して伝えるだけ。
俺は絶対にこの国を継ぐ気にはなれないって。
「俺には、成すべきことがあります」
「ほお、成すべきこと、とな。もし、良かったら聞かせてくれまいか」
「それは……世界一の鍛冶屋となることです。そして、想い人と共に添い遂げ、幸せな日々を送ることです」
「鍛冶屋……想い人、とな?」
俺の言葉に、首を傾げるような仕草をする赤王。
きっと、こう思っていることだろう。世界一の鍛冶屋にならずともこの国で一番の金持ちになるのだぞ、想い人ならそこに我が娘がいるではないか、と。
それに見合う対価ではないと思っている顔だと俺は思う。
その証拠に、赤王は更に疑問が現れたという表情になる。
その隣にいる姫様はどこか感心した様な、それでいて少し悔しそうな表情をしている。
彼女の心の中なんて、俺にはわからないが。
世界一の鍛冶屋とは、商業エンドのこと。
一番道程が楽と言えば楽なシナリオで、俺が今現在まで進んでいたシナリオだ。
そして、想い人と明言しておくことで、姫様以外に心に決めた人がいることを仄めかしておくことでアクセントを加えることが出来る。
「父上、私は先ほど彼に父上が仰ったことを、申しました。そして、同じ答えを受け……いえ、もっと覚悟のある瞳を受け、断られました」
「ふむ」
「父上、私たちの想像以上に、彼の覚悟は硬いようです」
「……ではどうするのだ。アンジェリカよ、お前は脆弱なる者に惚れているのではないか?」
「その通りです。ですが、彼の物の心は別の女性に御執心。私の恋が芽生える前に決まっていたことなのです」
「その言い方だと、続きがあるのではないのか?」
「はい」
一度こちらを一瞥して、息を吸いこみ口を開く。
「なれば、奪い取るまで」
「…………」
その言葉を聞いた赤王は、一度目を見開いて驚き、しかし直ぐに口端をいやらしいまでに上げると堪え切れなかったように、
「だぁっはっはっは! そうか! そうかそうか! さすがは我が娘! 武人とはそうであるべき!」
おおよそ一国の王とは思えぬ下品な笑い声を謁見の間に響かせた。
その横で微笑む姫様。謁見の間の端の方で頭を痛めている面々。多分、臣下たちだと思う。
俺の方へ向き直った赤王は口端を上げたまま、俺を見降ろして楽しそうに口を開いた。
さぞや、自信に満ちた心だろうに。
「聞いたか! この世界最強の兵士が、他人を蔑ろにしてまで貴様を欲しているのだ! 最高の誉れと知れ!」
「……ありがたき、幸せ」
そこまで面白そうだった赤王は、ピタリと笑うのを止めて俺を見る。
背後には可視出来るまでに膨れ上がった気と魔力が渦巻いているのが見える。
その横にいた姫様も何事かと目を見開いて赤王を凝視した。
何か怒らせたっぽい俺は震えあがり、思わず目を逸らしてしまった。
しかし、それが間違いだった。赤王は立ち上がったのか謁見の間には重厚な足音だけが響いている。
そして、俺のところまで来た赤王。俺は当然、顔を上げられない。
そして、しゃがみ込み、俺の耳元まで顔を近づけてきた。
そして、一言。
「……小僧、何が“ありがたき幸せ”だ。あまり俺に嘘を吐くでない」
「…………」
そこまで言った赤王は立ち上がり、また豪快に笑った。
それまで何もなかったかのように笑い、再び玉座に戻った。
その時にはもう滲み出るどころか拡散していた気と魔力は収まっており、肩にかかる圧力も無くなっていた。
それまでは顔を上げることが愚かしいまでに感じていたが、今となっては簡単に上げることが出来る。
ここまで凄いものなのか、気と魔力ってものは。良いねぇ、ほしいねぇ。
「それで、貴様は何が欲しいというのだ。我が娘よりも、この国よりも、何が欲しいというのだ?」
これはあれか、嘘を吐いちゃいけないって言われたから、本音を言うしかないかな。
うん、そうだ。そうに違いない。
「では、王家の指輪をください」
「なに!? あれを欲するか! はっはぁ! 確かに、アレは“国以上”に価値のある物かもしれんな!
よかろう、くれてやる!」
王家の指輪。
それは赤の国に伝わる『クラウン・ジュエル』と呼ばれるユニークアイテムで、凄まじい性能を誇る装飾品だ。
王家の指輪は装備しても防御力が上がるわけでも、力が上がるわけでもない。とは言っても、属性耐久が上がるわけでもない。
王家の指輪は、それらのプラス効果を増長し、マイナス効果を打ち消す能力を持っている。
例えば、俺が装備している火の指輪は火属性耐久を一割プラスして水属性耐性耐久を一割マイナスにする性能だが、王家の指輪を装備すれば火属性耐久を二割プラスにして水属性耐久のマイナス効果が無くす性能にすることが出来るんだ。
だから、火の指輪は片手だけで事が済むのだ。更に、水属性耐久は下げないで。
コレを手に入れるのが富国強兵イベントだけだったので、誰もが通る道であったのは確かだろう。
でも、ゲームでは装飾品は二つまでで同じ部位には一つ以上装備できなかったので、そんな効果は見込めなかった。
だが、この世界では違う。この世界だと、この装備はとんでもなく活躍する。
それが手に入るのだ。涎が出てしまう!
他にも『クラウン・ジュエル』はあるのだが、今は良いだろう。
それでも、壊れ性能は間違いない。赤王が腰に差している剣も『クラウン・ジュエル』で、“白柄の剣”と呼ばれるとんでもない性能を誇る。
いつかあれも手に入れたいものだ。
「良いのですか、父上。あれはこの王家に伝わる『クラウン・ジュエル』では?」
「よいのだ。ここで腐らせるよりは、いつぞや世界に名を轟かす物が使った方が良かろうて」
「それもそうですね」
「後で遣いの者を行かせる。王宮の入り口で待っているが良い」
少し不安な表情で赤王に耳打ちする姫様。
しかし、そこは南海龍王と呼ばれる者。些細なことは気にせずにあるべき物はあるべき者へと言い返す。
そこまで寛大な赤王だ。だが、さっきのは本当に怖かった。
だって、ズボンが冷たいんもの。多分ばれてるな、これ。
そうだ、この際だ。聞いておきたいことを聞いておこう。
「もう下がって良い。最後に訊きたいことはあるか?」
「えっと、なら……最近、下級区で一つの店が潰されたって話をご存知ですか」
「店……そう言えばそんな話を馬鹿貴族が話していたな。覚えているか、アンジェリカ?」
「えぇ、自分に断りなく店を開いた罰だと。本当は自分の虫の居所が悪かった気晴らしにすぎぬのでしょう。何度目でしょうか」
一応、そのことは耳に入っているんだな。
「では、それに対して救済処置はとったのですか?」
「ふん、弱小なる店が一つ潰れたところでどうするというのだ。それに、そのようなことに一々構っていられぬ! どこにでも野垂れ死んでおればよい」
「気の毒とは思いません。所詮は貴族の戯れに過ぎないこと。残念でしたと言うしかありませんね。ましてや下級区でのこと。あのようなところに住んでいる者など、どうでも良いのです」
へぇ、訊いてよかった。
コイツらの底が知れたよ。
「では、もう下がります」
そう言って立ち上がり、一礼をしてその場を後にする。
そして、謁見の間から出るところで立ち止まり、後ろを振り返ってこう吐き捨てた。
「あぁ、その店。鍛冶屋だったそうで、今は白の国へ行こうとしているみたいですよ」
俺は背後から聞こえる声を無視して謁見の間を後にした。