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その背中の意味



 首都から少し離れた場所。

 街道に沿って歩いていくと次第に見えてくるのは鬱蒼と茂る森。

 俺とネヒトさんはそこの森……魔女の森の中を歩いていた。


「ネヒトさん、なんで戦闘で攻撃しないんですか? そんな鍛えられた体をしているのに……」


「私の腕は児童を抱きしめるためのものであって、誰かを傷つけるためのものではないのですよ。ですが、犯人には一発お見舞いしないといけないですがね」


 今回の同行者であるネヒトさんの強さは仲間に出来るキャラクターの中でも、かなり強い部類に入る。

 高いHP(ヒットポイント)に高い守備力。持っているアイテムも充実しているのもありがたい。

 しかし、ネヒトさんは戦闘で攻撃することは滅多にない。ネヒトさんの職業はシールダーなのだが、その通り仲間の盾になったり、味方の能力を上げるなどが行動パターンだ。

 装備も、しゃがめばネヒトさんの体が隠れてしまうほどの大盾のみ。しかもその大楯は手に装備するのではなく、背負って装備するタイプなので背中で守ってくれる。

 セリフも「私の背中がアンタの盾になる」というもので、その身を呈し味方を守る様も人気の一つ。


 それにしてもネヒトさん、よくサンダルで森の中を歩けるな。

 俺なんて安全靴だぜ。


「ん、いますな」


 ネヒトさんは突然立ち止まり、そう呟く。

 俺も足を止めて周りを警戒していると、右側の草むらががさりと揺れる音が聞こえて来た。

 当然ながら二人ともその音の方を見る。そして、少しの間を置いて何かが俺たちの前へ躍り出た。


 その姿はどこか狐に似ている黒っぽい魔物。

 毛を逆立て、歯を剥き出しにしている様は臨戦態勢。


「来るぞ」


 ネヒトさんが呟くのが先か、その魔物が跳びかかって来た。

 俺は安物のウォーハンマーを取り出して構えると、援護するようにネヒトさんが速度アップの魔法を唱えてくれた。

 魔物が間合いに入るに否や俺は即座に振り抜き、魔物の腹を捉えることに成功し、手応えを感じた。

 ネヒトさんの援護の甲斐があってか、動きの遅いハンマーの動作が扱いやすかった気がする。


 吹っ飛ばされた魔物はそのまま草叢の中へ消えていき、それっきり俺たちの目の前に現れることは無かった。

 俺たちの勝ちである。


「良い一撃でした」


「ネヒトさんの援護も助かりましたよ」


 こうしたように、ネヒトさんはその時の装備にあった援護をしてくれるため、安心して戦える。

 まぁ、この魔女の森自体に強い魔物はいないので簡単に倒せるのもあるが。それでも、いるのといないのでは大違いだ。


 そもそもなんで俺たちがここにいるかと言うと、ここに件の犯人がいるからだ。

 事前にネヒトさんが街で情報収集していたそうで、誘拐事件があった日に必ずこの森に入っていく不審人物がいたそうな。

 むしろ、そこまで情報があるのにも拘らず犯人を捕まえれなかったギルドの無能さって言ったらもう。プレイヤーが動かないと解決できない事件だからな、何のためのギルドだよ。

 あ、俺の店を発展させるためか。


「それにしても……あまり強い魔物は出ないものの、こんなところを拠点にするとは……なかなかに無謀なものですな。犯人は」


「こんなところだからじゃないんすか? だからおいそれと衛兵も入って来れないんでしょうよ」


「なるほど」


 適当だけどな。


「しかし、広いなぁ」


「まったくです」


 この森の一角に犯人が根城にしている場所があるのだが、如何せん森が広すぎる。さすがに俺も詳しい場所までは覚えていない。

 ゲームだったら、何回も同じところ行ったり来たりしていると同行者であるネヒトさんがヒントをくれるのだが、そのヒントのセリフが「こっちから幼女の匂いがする」という犯罪発言なのでそのセリフを聞く前に何とか辿り着きたいところ。


 しかし、現実の世界にしてみるとこんなにも広いものだとはなぁ。

 他にもかなり広いところはあるが、こういう同じような光景が続く場所はうんざりしてくる。


「仕方がありません、ここは奥の手を使いましょう」


「奥の手?」


 しばらく歩いてもまた同じ場所に戻って来てしまう状況の中、ネヒトさんがそんなことを言い出した。

 まさかあのセリフを聞くことになるのか?

 嫌だよ俺は。ネヒトさんのことは結構好きだから、そんなスタッフのおふざけセリフなんて聞いた暁には笑いが止まらなくなってしまうよ。


 そんな俺の想いも空しく、ネヒトさんはポケットから布きれを取り出す。

 白いハンカチにも見えるその布きれをネヒトさんは鼻まで持っていくと、思い切り嗅ぎ始めた。

 もう吸引力が強すぎて顔の輪郭が浮き出るほど嗅いでますがな。


 いや、ちょっとまてよ、その布きれ……。


「こっちです。こっちから幼女の匂いがする」


 パンツだこれぇええええ!?


 ちょ、ちょっと!

 ゲームじゃ見れなかったけどこんなことしてたのかよコイツゥ!

 俺も嗅ぎたけしからんぞ。スタッフのおふざけで済まされるものじゃないよ、何考えてんの、これ作った人たち。

 こんな裏設定だったのかよ、このイベント……。


「いや、あの、ネヒトさん? それって……」


「あ、これですかい? これは親御さんから預かったものでしてね、自慢じゃないですが私は児童の匂いならそこらの犬より嗅ぎ分けられる自信があるんですよ」


「いや、その……もういいです」


 そんな口端を上げて歯をギラつかせながら笑うことないでしょうに。

 ここに衛兵がいたら真っ先にお縄に付くのはこの人なのではないだろうか。

 と言うかもう気にするのは止めよう。この何が悪いのか分かっていない無邪気な顔を見ていたらどうでも良くなってきた。


 親公認の時点で既にツッコむ気も失せた。


 それから、ネヒトさんの嗅覚を頼りに森の中を進む俺たち。

 さすがに魔女が潜む森と会って中々に薄暗く迷いやすい地形だが、ネヒトさんの嗅覚をもってしてみればなんてことは無かった。

 しばらくネヒトさん先導の元進んだ先に、拓けた場所があった。

 その拓けた場所に建つ山小屋の様な家。手入れがされていないのか、ところどころ朽ちている。


「あそこです。あそこで匂いは途絶えています」


 ともすれば、そこに犯人がいるのだろう。

 もしくは連れ去られた子供たち。ちなみに、この犯人は児童の転売目的でこの山小屋に集め、後でまとめて奴隷商に売り払おうとしている。

 しかし、この犯人は如何せん年下趣味、オブラートを外せばペドフィリアである。だから、ゲームでは中の光景は中々にショッキングな光景が広がっていた。


 今からあの中に入る必要があることに、少しやる気を失くす俺。

 俺にリョナ趣味は無い。


「開けますよ」


 俺は山小屋のドアに手を掛けてネヒトさんに合図する。

 ネヒトさんは頷き、臨戦態勢をとった。どうやら、犯人との対決には手を出すようだ。


 ゆっくりと開けるドア。それでも、立て付けが悪いのか軋みながら開く。

 中は明かりが無く真っ暗だが、中で何かが動く気配がした。

 けれども、それは犯人ではない。連れ去られた児童たちだった。


 中に広がっていた光景に思わず目を下げる俺。

 一糸纏わぬ姿の児童たちは俺を怯えたような眼で俺を見ていて、その体は震えている。

 これ以上中にいると吐いてしまいそうだ。


「ネヒトさん、後……お願いします」


 そうネヒトさんに言い、外の空気を吸うべく山小屋から出る。

 外の空気を思いっきり吸い、中で吸った空気を全て出す様に吐き出す。


 あー……なんだろう、この感じ。

 想像していたよりはマシだった。見た限りだと血痕とか死んでいる児童はいなかったけど、なんだろなぁー……くそ。

 ムカつくとかそう言うのじゃなくて、安心したとかでもなく……ただただ気持ち悪い。

 汚ねぇ。臭ぇ。畜生。


「……誘拐された児童たち全員がいました。多少衰弱はしていますが、命には別状ないでしょう」


 しばらくして中からネヒトさんが出てきた。

 山小屋の中から児童の泣き声やネヒトさんを呼ぶ声が聞こえて来たから、児童たちの希望にはなっただろう。

 児童たちの俺を見る目が完全に狂人を見る目だった。気持ち悪い。


「精神的には?」


「……よろしくないでしょうなぁ」


 このシフトワールドが発売されて、掲示板をすぐに埋め尽くしたのはこのクエストの事だった。

 もともと販売元の開発会社はコアなものを多く販売しており、その中には吐きゲーや鬱ゲーと称されるものもあった。それでも、ゲームが売れたのはその販売しているゲームがシナリオやゲーム性共に評価されていて、根強いファンがいたから。

 もちろん、このゲームも例外ではない。このシフトワールドが販売決定した時、どんなゲームなのか議論された時もどうせ王道的なゲームではないと予想されていた。


 そして販売された当日。プレイヤーを良い意味で裏切ってくれた。

 自由度の高いオープンワールドに、幾つもの職業に幾つものシナリオ。今までのが嘘のような良心的なキャラクターたち。

 更に職業によって自分の店が持てたり、自分の行いによってほぼ全ての街や国に影響するというシフトワールドは王道を超えたゲームだった。


 しかし、事件はその翌日に起こった。

 例によって寝る間と食事を惜しんでゲームをする人たち……いわゆる攻略本や攻略Wikiを作る人たちによってその事柄はネットを通じて拡散した。

 それがこのクエストである。


 今までシリアス展開はあれど常識の範囲内のシフトワールドだったが、このクエストを皮切りに徐々に本性を表し始めた。

 開発会社の病気ともいえる症状。表現が生々しすぎる病気だ。

 今まで我慢していたのが「いいや、我慢できないねヒャッハー!」と言わんばかりに妙に現実味がある表現が露見し始めたのである。


 このクエストが発見された時の掲示板に、こんなコメントが書きこまれた。

 「やっぱりね」「期待を裏切らないな。悪い意味で」と。


「これからどうするんですか」


「とりあえずは病院ですな。その後は親御さん方に会わせるのが一番よろしいでしょう」


 ちなみに、この後の児童たちはギルドの保護下に置かれて日常に戻ることになる。

 アフターケアがされていたかどうかはプレイしている時では明白にされていなかったから、今後児童たちに笑顔が戻るかどうかは分からない。

 悪ふざけが過ぎるスタッフたちのことだから、良い様になるのか疑問だけど。


「あぁ、ネヒトさん。来ましたよ」


「はい?」


 俺が見る方向、背の高い草むらがガサリと揺れて顔を出す人。

 黒い外套を羽織り、深くまでフードを被った人物。その人物は山小屋の前にいる俺たちに気付いたのか駆け足で近づいてきた。

 その背中には杖らしき棒が見える。装備からして魔法使いだ。


「あ、あ、もう来たんだね、早いね。中をか、勝手に見たらダメなんだよ」


 魔法使いは俺たちに近づきながらそんなことを口走る。

 ゲームだったらここで選択肢が出るのだが、この世界にはそんなものは無い。

 ちなみに選択肢は「悪いな、商品の確認だ」と「お前が誘拐事件の犯人か」だ。

 この選択肢から察するに、この魔法使いは俺たちを奴隷商だと思っているのだ。蛇足だが、前者の選択肢を選択すると本当に児童が買える。


「俺たちはお前を捕まえに来たんだが」


 俺は犯人がこっちに来る前にそう言い放つ。

 すると、犯人の脚がピタリと止まる。まるで人形のように直立不動になり、フードの中から覗く口は笑顔から一文字になった。


「おま、お前ら、ぎぎぎギルドだなぁ! ゆ、ゆるざん!」


 今までの好意的の態度が一変。背負っていた杖を手にしてその場で構える犯人。

 ネヒトさんもどういうことなのか理解したのか、体勢を低くして見る者をちびらせるほどの威圧感を放ち始める。

 俺も鉄の短剣を装備して腰を落とす。


「うああぁおあおおおお!!!!」


 犯人は奇声を上げながらめちゃくちゃに魔法を放ち始めた。

 火の球だったり雷の閃光だったりまちまちだ。だが、そのどれもが狙って放っているわけではないので一発も当らない。

 このクエストの難易度だって高いものではない。よっぽどのことが無い限り負けることも無い。


「ネヒトさん、俺の力を上げることって出来ますか?」


「……あぁ、任せなさい」


 ネヒトさんに頼みごとをすると、ネヒトさんは一瞬の間の後に懐から液体の入った瓶を一つ取り出した。

 俺はその瓶を受け取り、飲み干すと自身の力が上がるのを感じた。


 次に、俺はさらに姿勢を低くする。


「《無間》」


 短剣スキルの一つ《無間》を発動する。

 《無間》とは対象との距離を無くして肉薄する短剣スキルなのだが、このスキルは使い慣れると切り札にもなるスキルだ。

 相手と肉薄することは危険極まりないことなのだが、同時に相手にとっても危険に晒されると同義。ここぞって時にくらいしか使わないが、逆に使いこなせれば心強くなる。


 そして、狂人魔法使いに肉薄した俺は瞬時に武器を鉄の短剣から樫の杖に持ち替える。

 杖に持ち替えればもちろん、短剣スキルは使えなくなって杖スキルが付けるようになる。

 そこから使うスキルは、杖スキルの中でも屈指の使えないスキル《炎拳》だ。


 《炎拳》はその名の通り炎を纏った拳で攻撃するスキルで、威力に関しては力に左右される。非力な魔法使いにしてみれば恐ろしいほど使えないスキルだ。

 しかも、間合いもかなり狭いという近づいたら負ける前提の魔法使いにしては致命的なスキル。


 だがしかし、職業ボーナスに左右されない鍛冶屋ならば話は別だ。

 序盤を越えた中盤に差し掛かっている今、属性攻撃の重要性が分かる頃合い。

 さらに、もともとは魔法使い用のスキルのため、力の低い能力を考慮されてか他のスキルを見ても力の影響力が高い方にある。

 そのため、このスキルはプレイヤーの力がそこそこあって、属性攻撃が有効な相手にはかなり使えるスキルに早変わりをする。


「《炎拳》!」


 ネヒトさんによって底上げされた力で放たれた《炎拳》は犯人の腹に食い込み、確かな手応えをえる。

 魔法使いは守備力が最低値。だからレベル差があってもかなりのダメージが見込めるはず。


 だが、俺の攻撃はこれだけに終わらない。

 腹に食い込んだ拳を振り抜くと同時に、腰を捻ってそのまま背後に投げ飛ばす。

 すると小さな弧を描いて吹っ飛び、ちょうどネヒトさん辺りに落ちた。


 俺の狙いはこっち、ネヒトさんの元へ無防備のまま犯人を近づけること。


「ネヒトさん!」


「っ。相分かったぁっ!」


 俺の意図を理解したのかネヒトさんは地を揺るがす程吼え、その巨体には見合わぬほど俊敏に動く。

 その巨体から放たれるフルパワーは想像しただけで凄まじい。


「私の腕は児童をを優しく抱きしめるもの!」


 犯人に近づいたネヒトさんはその場でしゃがむ。


「私の胸は児童を力強く受け止めるもの!」


 はち切れんばかりの両脚の筋肉が更に膨らみ、パワー溜められて……弾ける。


「そして、私の背中はぁっ!」


 地面より高く飛び上がったネヒトさんは、そのまま犯人に迫る。


「児童を脅かす者から守るものだぁああああ!」


 背中に装備された大楯。

 そこに加わる体重・スピード・硬さ=破壊力。

 叫び声を上げる間もなくネヒトさんの背中に押し潰された犯人。


 こうして、俺の鍛冶屋の命運を分けるクエストは成功に終わった。

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