結末
目も眩むような強烈な光と同時に溢れ出るように燃え上がる劫火。
彼女を中心に燃え広がった劫火はまるで、周囲にあるありとあらゆる物を燃え尽そうとばかりに決闘場内を覆い尽くす。
地は焦げ、空気は熱され、一種の無酸素状態にまでしてしまう。その日はいつぞやか世界を燃え尽した天の火の様。
このスキルを受けたものは見境なく倒れる。
ましてや人なんて耐えられるものではない。それもそうだ、人は火に弱い生き物。
それを彼女は分かっている。だからこそ、このスキルを使ったのだから。
だけど、相手が悪かった。
「なんだ、本気って言うからどんなものかと思ったけど、大したことが無いな」
「な……」
劫火が鎮火して、価値を確信していた姫様に言い放つ言葉。
それは幻滅の言葉。俺は知っている、姫様が恐れる言葉は幻滅と呆れだと
俺が無事で、尚且つダメージを与えてすらもいないと気付いた彼女の表情は初めて見る物だった。
自身のあるスキルだった。これがどれだけ強く危険なスキルかも分かっていた。
それなのにも拘らず、俺は立っている。それが信じられないという表情だ。
「しっかし、めちゃくちゃなスキルだよな……」
改めて今の状況を確認する。
あちこちに残り火が見えるが、そんなことは些末なこと。
黄土色だった地面は真っ黒に焼け焦げ、一部融解して固まったのか波打っている。
臭いも酷いものだった。
観客席にまで被害が及ばぬように張られた結界も臨界を迎え、徐々に溶け出す始末。
そのことに危機感を覚えるどころかより一層盛り上がる観客に狂気を覚えてしまう。
赤の国に伝わる奥義《炎天下》は、その名の通り天下を燃やし尽くすスキルだ。
プレイヤーはある一定の条件を満たすことで赤王から伝承することが出来るが、それは今重要ではない。
問題なのはその威力と有効範囲。ゲーム内では戦闘フィールド全域というふざけた性能を誇る。
この場合の戦闘フィールドは決闘場内。避けることも出来ない大ダメージ確実のスキルだ。
けれども、相手が悪かった。
「でも、俺には熱くとも何ともなかったんだが?」
「な、なぜ……」
相当自身のあったスキルなのか、起きた事実を受け止められないでいる姫様。
そのタネは至って簡単。俺には火属性が聞かないのだから。
火の指輪を全部の指に装備しているために、俺に対する火属性ダメージはゼロとなる。
しかし、姫様はそのことを知らない。姫様の常識では、いや世界の常識では装飾品は二つまでと決まっている。
それも、同じ部位には装備できないのだから、分かるはずもない。
「くっ。《爆炎波》!」
だがしかし、そこは幾つもの戦線を潜って来た姫様。
反省会をすぐに終わらせて違う手を打って来た。
姫様が剣を振り上げて真っ直ぐこちらに向けて振り下ろすと、その軌跡をたどるように炎の衝撃波がこちらに向かってきた。
これも姫様固有のスキル。一般人には真似が出来ない。もちろん俺も。
俺はそれに対して笑みを浮かべながら大楯を装備して備える。そんなことしなくとも俺には効果無いのだが、そうすることで意味を持たせることが出来る。
当たり前のように、大楯に当たって弾ける衝撃波。
大楯の魔法防御の値を差し引いたダメージが俺に来るが、火属性なので強制的にゼロとなる。
いやぁ、全く持って素晴らしいね。
これで、姫様には俺が大楯で防いだようにしか見えない。
「なるほど、火耐性を持つ大楯か。そうか、対策していないわけがないからな」
「どうでしょう?」
「ならば、剥ぎ取るまで!」
再び溢れるほどの気を纏いながら突っ込んでくる姫様。
俺はそれに対して大楯を構えたまま迎える。だいたい、今の姫様の一撃なんて大楯でしか防げないし。
大楯スキルの《大防御》を使ってやっとギリギリ耐えれるって状況だし。
一瞬で俺に肉薄し、得物を振り上げて斬り下げてくる姫様。
俺はそれに《大防御》で対応するが、大楯を通じてくるダメージが半端ない。
一気に目の前が赤くなる。これで追撃なんてきたら倒れてしまう。
ちなみに、今の姫様の攻撃は全て炎を纏った攻撃となるので、この斬り下げを防いだとしても炎のダメージが来るので対策していなかったら詰む。
かなり凶悪な性能だ。これには結構苦労したが、今はその心配もない。
「これなら、避けられるまい」
一回の攻撃で俺のバランスが崩れ、スタン状態となってしまう。
この状態での回避行動は出来ないため、ここで俺は攻撃を受けたら負け確定。
なんの演技もなく、普通に攻撃を受けただけでスタン状態になってしまった。姫様の攻撃にスタンが付加されているなんて聞いたことないぞ。
目の前に突き付けられる掌。
その手のひらには物凄い魔力が集められていくのが見て分かる。
可視できるほどの濃い魔力が今、俺に向けて放たれようとしている。誰が見てもオーバーキルだ。
俺はこの攻撃を知っている。ゲーム内で散々苦しめられたスキルだ。
だからこそ、
「《大炎波》!」
愉悦に浸れる。
「効かねぇな」
「な、に……?」
既に目の前は真っ赤のはずなのに、俺は虚勢を張る。
息も絶え絶えだった息遣いは無理して平静を装い、姫様を見下したように睨む。
俺の腹にめり込んでいるはずの衝撃波はどこかへと霧散して、跡形も無くなった。
その光景を呆気に取られた表情で見ている姫様。
それもそうだ。姫様は剣術だけでなく魔法にも長けているため、剣術と同じ頻度で魔法も使ってくる。
その自身のあった魔法が、大楯という防ぐ物もない敵の体にぶつけたのにも拘らず、相手には効果がない。
俺だったら恐怖を感じるわ。なまじ、自分の力が強いと分かっているほど。
攻撃を受けたために俺のスタン状態は解除されている。
ということで直ぐ様攻勢に移るために強化済みスレッジハンマーを装備する。
しかし、さすが姫様。俺がスレッジハンマーを取り出した瞬間に距離を取った。
むしろ、それが目的だったりする。
姫様に恐怖と疑問を与えたとは言っても、今の俺は虫の息。
そこで俺はネヒトさんお手製の回復薬よりも効果の高い果実水を取り出して飲む。
なぜ、そこで普通の回復薬を飲まないのか。答えは至って簡単。
普通の回復薬を飲んだら、姫様に回復したと伝えているようなもの。だったら、姫様が見たことのない果実水を飲んだ方が覚られない。
むしろ、コイツはいったい何を付加したんだと思わせることも出来る。
精神攻撃は定石。
「貴様……いったい何者だ……」
「何者でもないですよ。ただの鍛冶屋だ」
「貴様ほどの者……今まで話にも上がらなかったのがおかしいくらいだ。名前を聞いておこう」
「え、嫌ですよ。覚えられたら困る」
「は?」
ここまで追い詰めたのが自分でもびっくりだ。
相手も同じなのか、敬意を払っているのか俺の名前を聞いてきた。当然俺は拒否する。
国外にまで行って王政派の人間に付きまとわられたら堪ったものではない。とは言っても、副騎士団長に見バレしているから意味ないけれども。
これも、煽りとして使わせていただく。
「俺に勝ったら、教えても良いっすよ」
「ふん、強いものが吼えたら、威厳が損なわれるぞ。《爆炎波》!」
「ほっ」
俺の言葉に憤りを感じたのか、先ほども使ったスキル《爆炎波》を使ってきた姫様。
俺はそれを更に煽るように右手で弾くように掻き消す。まぁ、掻き消しているんじゃなくてダメージがないだけなんですけども。
もう運ゲーなんて嫌だ。畳みかける。
「じゃあ、こうしましょう。お互いに一番威力のあるスキルで勝負しましょう」
「……それをして何のメリットがある?」
「姫様がこのまま“普通”に俺に負けるか、お互いに全力を尽くしたスキルで打ち負かされるか、だと思いますが」
「ふふふ、貴様の中では私が負けることが決まっているようだな。いいだろう、貴様を、一片の誇りの欠片もなく消し去ってやろう」
来た。
これで、最後の運ゲーに勝てば俺の勝ちだ。
俺の作戦は、どうにかして姫様のHPを半分まで削って、一番威力の高いスキルを使わせることだ。
たったそれだけ。ただし、全てが運ゲーだから成功する保証なんてどこにも無かった。
だから、ここが正念場だ。これですべてが決まる。
決闘場内はいつの間にか静まり返っており、みんながみんな、俺たちを見ては固唾を飲んでいる。
赤王までもがこちらを驚いたような、それでいてとても楽しそうに見ている。
それだけではない。他の来賓席に座っている各国の者たちも片時も目を離すことなく見ている。
それほど、楽しい戦いなのだろう。
「驚いている。先ほどまで生きも絶え絶えだった貴様が、搦手で私をじわりじわりと削っていた貴様が、こうして私を力でねじ伏せようとしているのが、どうしようもなく不思議だ」
姫様から放出されていた気が、今度は姫様に集まるように集中している。
膨大な気と魔力が更に姫様の力を増幅させ、最強の一撃を繰り出すためだけに昇華している。
このレベルの低い体にとってはかなりの毒。近くにいるだけで倒れてしまいそうになる。
だが、そういうわけには行かない。これが、最後だ。最後なんだ。
ようやく、解放されるんだ。
「行くぞ」
姫様に集中していた気と魔力は、その手に持っていたドラゴントゥースに注ぎ込まれ、膨大な力を宿した光の剣となる。
このスキルはこの場限りのスキルとなる。この戦いでしか見られないとあってか、動画サイトでもかなりの再生数を誇る。
そして、そのことをスタッフが知らないはずもなく、後に配信された修正パッチによりかなり派手で豪華なスキルへと変化した。
その代わりに威力も格段に上がるという皮肉までがテンプレ。
このスキルは、竜属性と火属性と物理という三拍子からなるスキルで、その威力を計算しようと猛者が解析した結果、終盤に登場するドラゴンを確定三体を屠ることが出来るという笑えてくるもの。
本来なら、このスキルは姫様をギリギリまで削らないと使ってこないのだが、そこまでやる気力もない。
俺はそれに対して、“副王の剣”を装備して迎え撃つ。
コイツで決める。これが、俺の切り札だ。
「これが、私の全力……!」
まさに光だといえる。
「《竜神撃》!!!」
まるで、ファンタジーに出てくる炎の竜のような。
それは、全てを包み込んで塵も残さないという意思のような。
だから、最強の一撃なんだと。
俺の目の前に迫る大きな光。
辿る地面を燃やし、熔かし、喰らおうとする竜。
その歯牙が、俺に噛みつこうと口を開く。
だから、俺は、
「《カウンター》!!!」
スキル発動と共に“副王の剣”を振るう。
このスキルはその名の通り、相手の攻撃をそのまま受け返すスキル。
《カウンター》は全ての武器でも使えるが、使っている武器と同じ武器でしか返せないでメリットがある。
だが、返ってそれが好都合。俺も剣、姫様も剣。
そして、重要なのがそれが“副王の剣”ということ。
《竜神撃》は竜属性。対して副王の剣は屠竜属性。屠竜属性は竜属性に対して威力は二倍。
つまり、姫様の全力の攻撃を二倍にして受け返すのだ。あの、バカみたいに強い攻撃を、更に強くして。
だが、勘違いしてはいけないのは、撥ね返すではなく、受け返すということだ。
つまり、俺にダメージが無いわけではない。火属性は無効としても、その他二つは受ける。
だから、良くて相打ち。
「いっけぇえええええええ!!!」
俺が最後に見たのは、二体の紅き竜神がぶつかり合う姿だった。