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肉に柑橘系のエキスを混ぜると柔らかくなり美味しくなる



 粉塵の中から覗くギラギラとした眼。

 久しぶりの獲物を見付けたような獣のような印象を感じる。

 その場合の獲物はもちろん俺。狩られる側だということだ。


 目の前には鬼人。人にして過去には神として崇められたこともあるドラゴンをその身一つで討伐し、一国の姫にして最強の兵士となった。

 そんな、化物が目の前にいるというのにも拘らず、俺は逃げもせずに得物を向けている。

 実にバカだと笑ってやりたい。俺は勝てない戦いはしないはずだ。


 なら、なぜここに立っている?

 今でも相手を睨み付けて得物を向けている?

 理由は一つ。勝てる可能性があるからだ。

 それでも、限りなく低い。


 あ、やっぱり訂正するわ。

 勝てる可能性があるから立っているんじゃない、戦うしかないから立っているんだ。

 もう逃げることすら許されない状況だからこそ、こんな化物を相手にしようとしているんだ。

 でないと、こんなトチ狂った行動が説明できない。


「では、五分は持ってくれないか? 頼むから」


 粉塵が完全に晴れて視界良好となった。

 それを確認するかのように姫様は頷き、得物をまっすぐこちらに向ける。

 その言葉の五分の理由は分からないが、一つだけわかった。

 俺は五分くらい持ってくれると姫様は思っているんだ。


「《火突》」


「んん!?」


 姫様は剣をこちらに向けたままスキルを使った。

 そのスキルは《火突》と呼ばれる、本来はプレイヤーが使うことの出来ないスキルだ。

 元々火属性の魔物が使ってくるのだが、何故か姫様は使うことが出来る。


 スキル自体は小さな火の玉をまっすぐに飛ばしてくるスキル。

 威力も大したことが無い。だが、使う側によってそれは変わる。

 姫様が使った《火突》は、通常よりも大きくてとても速いものだった。

 あわや直撃かと思ったが、俺は脊髄反射で身を翻して回避することが出来た。ネヒトさんがくれた果実水がなかったら確実に当たっていただろう。


 それでも、掠りはしていたためにダメージが俺に入る。

 掠ったというのにかなりの威力。能力を底上げしたというのにも拘らず、HP(ヒットポイント)の1/3が削られてしまった。

 バカにならないダメージだ。


 俺は四次元ポーチから回復薬と飲むとHP(ヒットポイント)が微量ながらも自動回復する活性薬を取り出して使用する。

 何かのためと思ってこういう戦闘で使う薬は大量に持っているから、思う存分使える。


「早く、早く……!」


 俺は四次元ポーチの中を漁り、火耐性を上げてくれる指輪を取り出して装備する。

 コイツがなくちゃこの戦いは絶望的だからな。


「しゃおらぁ! 完全回復!」


 例のごとくのみ終わった空瓶をそこら辺に投げ捨て、姫様の方へ向き直る。

 そこには既に姫様はいなくなっており、纏っていた一陣の風が残っているだけ。その風も消え去った今、どこにいるかなんて捜さないと見つからない。


 右、左、後、前、見当たらない。

 ともなれば、限られる。


「ふっ」


「んぐぅ!」


 直ぐ様、大楯を装備してしゃがみ込む。

 その瞬間に襲い来る真上からの衝撃。腰から膝、そして足裏へと伝わった衝撃波は地面に抜けて行く。

 残った余波が俺の体を苦しめ、苦痛に歪む俺の顔。耐え切れず口から声が漏れる。


 防御姿勢を取ったものの、それをものともしない一撃。

 大楯というのはそもそも守りに優れている武器。武器といったら齟齬があるかも知れないが、武器に分類されているのだから武器なのだ。

 その大楯を装備して、ゲームで言うコマンドの防御を選択してこれだ。しかも、この大楯は俺が限界まで強化した能力向上版だ。

 そして底上げされた守りを加えればそう簡単にダメージは与えられるものではない。


 それらを無視して俺の体にダメージが来た。

 俺のHP(ヒットポイント)は赤ゲージまで削られて目の前がかすんでくる。

 脚は痺れてまともに体勢を保てない。堪らず膝を着く。


 しかし、自動回復が付加されているので、少し経つと体が動くようになった。

 このままジッとしていると次が来るので転がるようにその場から移動すると、先ほど俺がいた場所に間髪入れずに衝撃が迸る。

 その余波で吹っ飛ばされる俺。幸いダメージはない。


 体勢を立て直して回復薬を飲む。もちろん空瓶は投げ捨てた。

 が、しかし。しかしだ。それは不毛を意味している。

 おそらく、また俺が彼女の方を振り向いても、彼女はそこにはいないだろう。

 そして、捜している間に確定一発で死ぬ一撃がどこからかやってくる。それをいなしたとしても、俺のHP(ヒットポイント)は悲鳴を上げていることだろう。

 そして、回復するために飛び退き、回復して彼女を捜す鼬ごっこ。


 だとしたら、だ。


「《スキップ》!」


 俺は移動用のスキル《スキップ》を使用してその場から離れる。

 《スキップ》は進行方向の十歩先に瞬間移動することの出来るスキルだ。

 だが、使い勝手はすこぶる悪い。ゲーム内では特に気にすることが無かったが、このスキルには大きな欠点がある。

 それは進行方向先にある物は通り抜けられないのと、ぶつかったらとても痛いこと。

 それと、俺の頭が処理に追いつけないことだ。


 《スキップ》はワープするわけではない。とても速く動いているからそう見えているだけ。

 その間は俺ももちろん見えているし、三半規管がヤバいことになる。気持ち悪いどころじゃない。

 現に俺は今、とても気持ち悪い。


 だが、それが今は最善。


「お見事!」


 そんな声が背後から聞こえてくると同時に聞こえてくる轟音。

 俺がさっきいた場所に姫様が攻撃したようだ。だから、最善。

 俺に攻撃するのが分かっているのなら、そこから移動すればいいだけのこと。それも、かなりの速さで。

 そして、俺は姫様を“背後”に捉えることが出来た。


「しゃらぁ!」


 振り向きざまに俺は四次元ポーチの中から取り出した物を投げつける。

 投げたものは二つ。一つは回復アイテムの一つの、パラライリキュールという状態異常の麻痺を治してくれるアイテム。


 パラライリキュールはその名の通りお酒だ。

 未成年がコレを飲んで状態異常を治しているのは少し突っ込みどころがあるが、この際それは流す。

 問題なのはそれが酒だということ。酒は可燃性がある。

 それが大事。


「《オウム返し》!」


 直ぐ様、俺は強化済み鉄の剣に装備しなおし、剣スキルの一つの《オウム返し》を使う。

 このスキルは直前に受けたスキルをそっくりそのまま相手に繰り出すことが出来るスキルだ。

 俺が直前に受けたスキルは姫様が使った《火突》だ。その《火突》を姫様……ではなく、俺が投げたパラライリキュールに当てる。


 その瞬間、爆炎と共に燃え上がる。

 だが、火に特化した姫様のことだ、これくらいなんでもない。


「小賢しい!」


 その証拠に、爆炎をものともしていない姫様が煙を突き破ってきた。

 けれども、本命はそっちじゃない。俺が投げたもう一つの方だ。

 投げたうちのもう一つは魔物を状態異常の盲目にする閃光弾だ。それが今、おあつらえ向きに煙を突き破って来た姫様の目の前にある。

 起爆も問題ない。


「くぅ!?」


 迸る閃光。

 当然、間近で強烈な光を見てしまった姫様は苦悶の表情を浮かべて目を閉じる。

 しかし、この閃光弾はプレイヤーが見ても問題ない。これがプレイヤー補正というものだろうか。

 動き出したらそう簡単には止まらない。姫様の足元には一つの空瓶。

 俺がさっきからまきびし代わりにバラ撒いていた空瓶。


 その結果は、容易に想像できる。


「ぬぅ!?」


「もらったぁ! 《スキップ》!」


 空瓶を踏んで体勢を崩した姫様にぶつかるように肉薄する俺。

 装備していた剣はしまい込んで、今は空手。そこから繰り出すはもちろん素手スキル。


「《体落とし》!」


 体勢を崩していた姫様を素手スキルの《体落とし》で地面へ叩き付けてスタン状態にさせる。

 この状態は全ての行動が一時的に制限される。だから、防御も取れない。

 そこにぶち込むは俺の一番攻撃力のあるスキル。


「《スタンプ》!!!」


 ものの一瞬で強化済みスレッジハンマーを装備して振り上げる。

 溜める力は己のために。振り下ろす先は相対する現実に。

 溜めに溜めた一撃を、己の欲望のために振り下ろす。


「ぬんッ!」


 力むと同時に口から声が漏れ出る。

 爆音と共に広がる衝撃波。地面を伝い、辺りに万遍なく染み渡る。

 その直後に舞い上がる塵芥。視界は一瞬にして奪われる。


 俺は確かな手応えと共にその場から離れる。

 濛々と立ち込める塵芥の中は見えない。だが、きっと。きっと、彼女にダメージが入っていることだろう。

 入っていなければ困る。主に俺が。


 そして、


「随分と、器用なことをする。貴様は演出家が向いているかも知れない」


 目を赤く腫らした姫様が、凛とした表情で現れた。

 その距離の閃光弾を受けてもなお失明しないとは、どこまで人外なんだと、思わず感心してしまう。

 その表情から察するに、先ほど同じくらいのダメージしか与えていないのだろう。


 考えてみるが、


「だがそれ以上に、戦士が向いている」


 この状況は絶望的かもしれない。


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