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二十日間、同じことをしたら習慣となる



◆ 鍛冶師視点 ◆




 秋風が吹く季節。

 景観を楽しむことの出来る紅葉は、見る人を穏やかにする。

 だが、ここにそんな心を落ち着かせたいものなんていない。


 まるで決闘場内に熱帯になったかのような錯覚に陥る。昂ぶる熱気。

 飛び交う怒号に似た歓声。降り注ぐ先は一人の男に向けて。

 秋だというのに、まるで心は夏のままのようだ。


 観客が何を言っているのかは分からない。

 コレは本当に怒号なのかもしれない。それすらも分からないくらいの歓声。

 そんな観客に向けて、俺はニヒルに口端を上げる。


 だが、視線は一点に。

 俺の瞳に映っているのは、主賓席で座っている紅の鎧を装備している女性。

 その女性の瞳に映っているのはもちろん俺。隣で笑う赤王。


「不服だが、来てやったぜ」


 もう自棄だと言わんばかりに俺を鼓舞する心臓。

 どくどくと絶え間なく全身へ血液を送り出して、いつでも動けるように準備してくれている。

 頭も冴えわたっている。緊張すらあるものの、その緊張は身を強張らせるものではない。

 最高の戦いが出来るよう、緊張しているのだ。


 もう開き直った。

 戦うしかないんだな。戦いたくないけども。

 ここで負けても俺には本来関係ないのを先ほど気付いた。

 店をやり直せるほどの金もつい先ほど無くなった。もうこの国で店を開くつもりはない。

 ここで負けようが勝とうが、俺は白の国へ行くことにした。さらば、第二の故郷よ。


「おっほぉ、こんな緊張するのも久しぶりだな」


 主賓席から降りて来た女性。言わずもがな姫様。

 最強の姫様。勝てたのならば、その手に栄光が納まるだろう。

 姫様は俺をまっすぐ見たまま歩いてくる。闊歩と言っても良い。それだけで威圧感が半端ない。

 幾つもの敵を屠って来た代償か、彼女に勝てる者はほんの一握り。


 アナウンスなんてもう機能しておらず、歓声に掻き消されいているが恐らく俺の登場と姫様のことに何かしら言っているのだろう。なんて言っているのか聞こえないが。

 ちなみに、そのアナウンスを担当している人は赤の国のギルドの副支配人、名前は……なんだったけ、忘れたでや。結構マジで。


「遅かったではないか」


「聞いたことないですか? わざと戦いに遅刻することで、相手を怒らして冷静を失わせるって」


「聞いたことは無いな。だが、搦め手としては好手だと評価する。現に、私は貴様に幻滅していたところでな」


「そりゃよかった」


 姫様を前にしてもスラスラと言葉が出てくる。

 心臓がバクバクしているのに、口は面白いくらいに回る。

 減らず口でいつ叩き斬られるかも知れないという中で、俺は虚勢を張っている。

 まるで、そうでもしないと潰れてしまいそうに。


 目の前にいる金髪を棚引かせ、紅の鎧に身を包んだ美女は装飾品という遊び心の無いヘルムを被り、一歩近づいてくる。

 先ほどまでは主賓としての騎士団長。今は、俺と対峙する敵として。そのような面立ちで立っている。


「ルールを確認する。其方のアイテムの使用の制限は無し。私はハンディキャップとして使用できない。どちらかが戦える状況でない状態になったら終了とする」


 ヘルムの中で微笑む。


「禁じ手は全面的に使用不可。ただし、偶然を除く」


 偶然を除く。

 その微笑みが意味するのは、戦いの中では仕方のないことだと言っているようなものだ。

 もし、必死に繰り出した攻撃が禁じ手となっても、それを確かめる方法が無いために“偶然を除く”という言い方をしているのだと思う。

 だから、俺が格下である限り禁じ手も赦されるのだろう。


 ありがたい。

 なんせ、俺が考えている作戦は、禁じ手以外の何物でもないのだから。


「では、始めるとしよう」


 姫様が右手を真上にあげる。

 すると、それまで騒がしかった決闘場内が静まり返った。

 見上げてみると、観客の誰もが口を閉ざしてこちらを見ている。

 不気味すら覚えるその光景に少し怖気づいてしまったが、それをグッと飲み込む。


 これからもっと怖いことになるのだから。


「我が父上からの御言葉だ。心して聞け」


 その言葉通り、主賓席に座っている赤王が立ち上がっており、観客の全員が赤王の方を見ている。

 普通の王ならば絶対に民衆の前に姿を現さないはずだろうに、どこまでも自信があるのか民衆の前に姿を見せている赤王。

 自分が殺されるどころか、殺してみろと言わんばかりの笑顔で民衆を見ている。

 口を横へ広げ、歯を見せるような笑顔はまるで獣が威嚇しているかのようだ。


「これより! 当大会のエキシビションマッチを開始することを宣言する! 光栄に思え、お前は今最強に最も近い者だ! 心せよ、負けた暁にはこの世で最も惨めな者だ! 貴様も、貴様らも、俺を殺す気で戦え! 観ろ! 大将首は目の前だッ!!!!」


 おおよそ一国の主であろうものが口にする言葉ではないことを叫び、この戦いの開戦を宣言した。

 それと同時に降って沸いたような歓声。俺は思わず耳を塞ぐ。

 目の前にいる姫様は既に得物を手に持っており、俺を見据えている。


 狂っているのか。

 この国の王も、目の前の姫様も、それを楽しむ民衆も。

 今の発言を問題と思わないのか。おかしいと思わないのか。

 王は王であるからこそ傲慢でふんぞり返り、姫様は姫様であるからこそ装飾に強欲で、民衆は民衆であるからこそ現状に怠惰であるべき。それがあるべき姿。

 それらが一切ないこの光景は、狂っている他ならないのだろう。


「最初の攻撃は挑戦者からだと、決まっているものだ。どこからでも良いから来い」


 とのこと。

 俺は得物を構えずに四次元ポーチの中に手を突っ込む。

 脳裏に四次元ポーチの中を思い浮かべ、とあるものを取り出す。

 こちらから先制攻撃を赦してくれるだなんて、とっても優しいんだなぁ(棒)


 取り出したのは色とりどりの瓶。

 水色の鮮やかな物から紫色の毒々しい色まである。

 それらの栓を開けると、躊躇なくその中身を飲む。中には炭酸の物も混ざっているために飲みにくいことこの上ない。

 これらは早い話能力を一時的にあげてくれるアイテムだ。


「ドーピング……? 見たことのないアイテム……」


 ぽつりと姫様が言葉を漏らす。

 戦闘狂と一部では名高い姫様も目にしたことが無い能力アップアイテム。

 それもそうだ。これらは市販されていないのだから。


「数ヶ月前から溜めていたネヒトさん御手製の果実水。全部投入だ」


 俺が飲んだのはネヒトさんが何かある度にくれた果実水。

 しかも、市販されている物よりも純度が高く、性能も良い。ましてや重複するのだからありがたい。

 数にして十七本。お腹の中がたぷたぷで少し気持ち悪い。水っ腹ほど空しいことは無いな。


 力・守・敏捷・運・攻撃速度・スキルラグの底上げ終了だ。

 空瓶をそこら辺に投げ捨てて、俺は強化済みのスレッジハンマーを装備して姫様に詰め寄る。

 自分でも驚くくらいの速さで少し躊躇うが、気を取り直して得物を振り上げる。


 姫様は約束を律儀に守ろうとしているのか俺が得物を振り上げても何もしてこない。

 姫様くらいにもなれば、このくらいの速さなんて屁でもないだろうに。


 充分に力を溜めに溜めて、思い切り振り下ろす。


「《スタンプ》!!!」


 槌スキルの中でも一点集中型のスキルを発動し、思い切り叩き付ける。

 姫様の中では少し予想外のことだったのか、得物を中段に構えていた状態から防御態勢を取ろうとする。

 しかし、攻撃速度とスキルラグをかなり縮めた俺の攻撃に間に合わず、脳天に直撃する。

 その瞬間、力が地面へ抜ける余波で粉塵が辺りに巻き上がった。俺もどうなったか分からない。


 直ぐ様様子を見るために距離を取り、粉塵が晴れるのを待つ。

 この粉塵の中で追撃を掛けたとしても、当たる気がしなかったからだ。

 なんせ、約束は果たされ、相手はもう動くことが出来るのだから。


 その光景に息を飲むように話し声はすれど、先ほどよりも静かになる観客席。

 俺も息を飲み、晴れつつある粉塵から目を離さない。離したら、この世と離れてしまいそうだから。


 そして、粉塵が晴れる頃、姫様らしき人影が現れた。

 姫様は被っていたヘルムを押さえており、何やらしきりに位置を確認している。


 そして、一言。


「ヘルムが歪んでしまった。もしや貴様、ベズワルより強いのではないか?」


 現れたのはもちろんピンピンしている姫様。

 ダメージはさほど見込めない。結構、俺の攻撃の中で威力が高い攻撃だったんだが、この結果からすると俺は満足にダメージを与えられないらしい。


「さて、と」


 途端に雰囲気が変わる。

 姫様の周囲に一陣の風が舞い、周囲の塵芥を吹き飛ばす。

 魔法を使ったわけではない。ただ、威圧感を放っただけ。

 たったそれだけで、周囲の風の流れが姫様を中心に変わったのだ。

 いったいどれだけの死線を潜ればその域に辿り着けるのだろうか。


「私は毎年、挑戦者に最初の一撃を赦している」


 歪んだヘルムを投げ捨て、双眸が炎天下の中で妖しく光る。

 口角は醜く弧を描き、白く並んだ歯は威嚇している様。しかし、どこか楽しそうに。

 先ほどまでの厳粛な騎士団長様はどこへやら。目の前にいるのは無邪気な女性。


 それは、狂望か。


「だが、ダメージを与えたのは貴様が初めてだ」


 それは、嬉々か。


「そして」


 それは、


「痛みを感じたのは十年ぶりだ」


 狂喜か。

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