人は全世界の生物の中で持久力がトップクラス
無事に門までやって来た。
衛兵はこの首都に出入りする者たちを検査しているのだが、もはやそれは成り立っていない。
怪しい人物だって素通りできる。もちろん、俺だって例外ではない。
衛兵の横を通り過ぎる。その際にジロリとキツイ目線で睨み付けられたが、声までかけてくることはしない。
なんせ、俺は怪しくないから。
だけども、怪しい者にも限度がある。
血塗れの服を着ていれば当然声を掛けられる。
死体を引き摺っていれば声を掛けられる。
明らかに盗品を持っていれば声を掛けられる。
だから、背後にいたものは声を掛けられる。
「君、止まりなさい!」
「離して、ください」
その声は先ほど聞いたことがある。
だけれど、その声の主は先ほどスクラップになった。
他ならぬ俺の手で。
冗談半分で振り返った先には、ところどころが潰れたりヒビ割れている人型の人外が衛兵に止められていた。
片脚は半分機能停止しているのか力無く伸ばされ、両の腕は垂れさがっている。その姿決して冗談ではなかった。
元々、壊れかけていた物を即興で直しただけなので、簡単に壊れたのだろう。
割れた腹や頭部がそれを物語っている。
「壊れたんじゃなかったのか?」
「ふふ、ふふふ……私を誰だと思っているのです? 古代の……ハイテクノロジーの塊ですよ?」
「そのくせ、虫の息じゃねぇか」
どこかノイズの走った声で不敵に笑う無機物。
飛び出た右目は機能していないのか虚空を見つめているが、辛うじて残った左眼は真っ直ぐ俺を見つめている。
皮肉なことに、そこらにいる人間どもよりも真っ直ぐな瞳で。
呆気に取られている……というよりその異形の者にドン引きしている衛兵を振り払い、思いの外しっかりとした足取りで俺の元まで来たロボ娘。
何を思って、ここまで来たのだろうか。そこまでする、理由と経験はないのだろうに。
「……やっぱり、貴方には、私を壊せない。今だって、私を完全に壊せなかった」
「……いや、あのよ、あー……ちょっと怖いな、お前。ヤンデレの素質あるわ」
「ふふふ……光栄、です」
そこまで言うと、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
とうとう壊れたのか、動く気配すらない。
コレの言う通り、俺には甘えがあったのだろうか。
コレを壊した気になっていたのは、俺の勘違いだったのだろうか。
わかんねぇな。ここまで俺に固執する理由が分からねぇ。
ただ一つだけわかった。
コレは壊したくらいじゃ諦めてくれない。
手向けにでも機械油を撒いてやろうかと思っていると、門の方角から何か重く擦れるような音と足音が聞こえて来た。
その音は時が経つにつれて大きくなっていく。
「いたぞ!」
門からぞろぞろと出てくる王国準拠の鎧を見につけた騎士隊が出てくる。
その騎士たちは俺を見付けると、真っ先にやってくる。その脇にいた衛兵は腰を抜かしてしまったようだ。
俺を取り囲み終わると、その中でもより強固な鎧を見に纏った騎士が目の前までやってくる。
俺はというと、その光景に軽くちびっていた。
「どういうことか説明していただけますな? マクラギ殿?」
目の前の騎士は俺の名前を呼び、おもむろに鉄仮面を外して顔をさらけ出す。
その顔に、俺は嫌というほど見覚えがあった。尤も、今までこんな憤怒の表情を見たことが無かったが。
この国の副騎士団長、ベズワルだ。
「ど、どういうこととは」
「はぁ、しらばっくれるのも否定はしないが、こっちは急いでいる身でな。おい、連れて行け」
「え、ちょ!?」
ベズワルに気圧されて尻込みしていると、有無を言わさず俺を取り囲んでいた騎士たちが俺の腕を掴んで連れて行こうとする。
その向かう先は首都の中。幾ら声を上げても当然離す気配もなく、俺はただ引き摺られていくのみ。
抵抗しようにもがっちりと固められており、無理に動かそうとすると関節をキメてくるため迂闊に動けない。
全員、鉄仮面を装備しているせいか威圧感が半端ない。
「離せ! 離せ! 分かった! 逃げないから! 念書も書くからとりあえず離せ!」
手を動かせないのならと足を使って抵抗してようやく抜け出す。
直ぐ様俺を掴まえようと伸ばしてくる騎士を素手スキルの《体落とし》でスタンさせてそれを避ける。
間髪入れず目の前にベズワルが現れる。少し話の出来る奴が来た。
「抵抗しないのが身のためだ」
「参った。降参だ。俺だってこの人数は相手できない。けど、せめてそれも持っていかせてくれ」
そう言って門の外に転がるロボ娘を指さす。
先ほどから微動だにしていない。放って置けば処分されてしまうだろう。
「あれは? 少女か!?」
「カラクリ人形だ。せめて、それを玄翁の爺のところへ持っていかせてくれ」
「カラクリ……? あれが?」
騎士たちに囲まれながらもロボ娘のところへ戻り、自分で担ぐ。
相も変わらずかなりの重さ。力の腕輪を装備していなきゃ持てなかっただろう。
ベズワルはロボ娘の姿を見て驚愕の表情をしている。それはそうだ、傍から見たらボロボロの少女にしか見えないだろうから。
というか、さっき気付かなかったのか?
その後、騎士団の護衛付というVIP待遇を受けながらも玄翁の爺のところまで辿り着く。
背負って歩くたびに関節の軋みらしき音が耳に入ってきて不快感が募る。それでも、珍しいことに俺はそれを投げ出すことはしなかった。
どういう心境の変わりようだろうか。
「爺! いるのか!」
「なんじゃ、今日は店じまいだと……なんじゃ、小僧か。しかも騎士団の面々も……」
「これを頼む」
「んな!? どういうことじゃこれは!」
「金はこれで。そんじゃ」
鍛冶屋の戸を叩き、中にいるであろう玄翁心昭を呼ぶ。
それでも出てこないので戸をガンガン殴っていると、ようやく出てきた。
しわくちゃな顔を歪ませて俺の顔を見る爺の顔をも、騎士団を見ると顔色が変わり、ぐちゃぐちゃになったロボ娘を見ると驚愕の表情に変わる。
俺はロボ娘を店先に乱暴に置くと、呆気に取られている爺の顔に巾着袋を投げる。
その中には優勝賞金の金貨数十枚が入っている。何枚か抜いているが。
言いたいことと任せたいことを終わらせると、俺は再び騎士たちに囲まれながら決闘場を目指す。
大体来るのが早すぎるんだよ、コイツら。俺がいないことが俺だけ大げさにとらえているんだよ。
うわぁ、嫌だなぁ、怒られるのかなぁ。
◆ ??? ◆
「なんだと!? どこにもいない!?」
「はっ! 控室にもおらず、トイレにも姿は見えないとのこと!」
「もう五分もしたら始まるのだぞ! 隅々まで捜せ!」
「はっ!」
普段なら人がいないことで音が響かないはずの会議室に怒号が響き渡る。
普段は怒鳴らないベズワルもこの時までは声を荒げずにはいられなかった。
エキシビションマッチが後五分後に予定の時刻となるのだ。それなのにも拘らず、挑戦者がどこにも見当たらない事態が発生したのだ。
本当ならば予定の十五分前には控室の中にいることを決めていたのだが、姿を現さない。
それならばと廊下やトイレを探せど姿が見えない。
刻々と時間が近づくにつれて焦る気持ち。
何よりもベズワルはこのことを自分の上司である姫様の耳に入れたくないと思っていた。
毎年幻滅していながらも挑戦者と戦っていた姫様を近くで見てきたベズワルは、その姫様の表情が忘れられない。
姫様が求む挑戦者、もとい王様の望む婿が見つからないのは国としての危機でもある。
しかし、ベズワルは知っていた。
姫様は本当はこのシステム自体が気に入っていないのだと。
「失礼する」
と、噂をすればなんとやら。
今はベズワルの上司としての騎士団長、もとい姫様がベズワルがいる会議室までやって来た。
そのことにベズワルは焦る。どうしてここに姫様がいるのか。
もう少しでエキシビションマッチが始まるのにも拘らず自分のところに来るのか。
なぜ、そんな訝しげな表情をしているのか。
ベズワルは見当もつかなかった。
「っ! これは騎士団長殿! このようなところに何か? それよりも、定刻まであと幾許か。待機なさってください。もし、何か入用ならば侍女に……」
「何を焦っているのだ」
ぎくり。
ベズワルの背筋に悪寒が走る。
それはこの場に姫様が現れたことではない。
自分の中を見透かされたかのような心境になったからだ。
ベズワルは動揺を隠せない。
「ベズワル。何があった。包み隠さず話せ」
「……っつー……それは……」
「私にも話せないことなのか?」
「…………」
暫時の沈黙。
破ったのは姫様。
「少し前、しっかりとした挨拶も出来なかったと思い、控室に行ったのだ」
「…………」
「けれども、そこには一人の巨漢を除いて誰もいなかった。優勝者はどこかと訊ねた。巨漢が言うには用を足しに行っていると」
「…………」
「そして先ほど、トイレから慌ただしく出てくる兵士を見付けた。訊ねると、口を濁された」
「……うむぅ」
「ベズワル。優勝者は、どこにもいないのではないか?」
「………………はい」
嘆息。
またしても幻滅した顔で溜息を吐く姫様。
麗しい顔には似合わない表情。ベズワルはその表情を知っていた。
毎年、挑戦者と戦い終わった時の顔だ。その時と、変わらない表情をしていた。
最も見たくない表情。
「た、ただいま兵に捜索させております! 見つかるのも時間の問題かと!」
苦し紛れの言葉。
その言葉はベズワルの本心ではない。
この時間で見付けても戻ってくるのにも時間がかかってしまう。
そして、ベズワルの嘘を見抜けない姫様でもない。それが分かっていながらも、嘘を吐かざるをえなかった。
その表情を見たからには。
だから、次に帰ってくる答えが、
「もう、いい。観戦者には私自ら説明する」
「ですが……」
「……こうなっては、黒の国のバカ皇子と結納をせざるを、えないのかもしれないな……」
妥協の言葉。
その言葉を吐き捨てると同時に会議室を後にする姫様。
その表情は、今まで毛嫌いしていたあの表情よりも酷く、似合わないものだった。
「……赦さぬぞ、小僧」
呪いの言葉のように吐く。
「必ず見つけ出してやるッ!」
それは、奮起だった。