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卵の黄身を醤油に三日漬けると日本酒に合う肴になる



◆ 鍛冶師視点 ◆




「はい、これが集束力ってやつですかーそうですかー」


 場所は決闘場に移り、気分は最高に悪くなる。

 気乗りしないところに連れてこられて駄々をこねる姿はまるで子供のようだと思うが、こんなにも上手くいかないものなのか。


「すげぇな、わざわざ副騎士団長が名指しで呼びに来るだなんて」


「それほど、お目に掛かられているのですなぁ。いやはや、マクラギ殿は鍛冶の腕も一級品ですが、戦いも一級品ですからなぁ!」


 なぜか控室にまで着いてきた二人が俺を見て笑う。

 その笑顔に他人ごとに対する面白味が混ざっていることを隠そうともしていないのがこの二人の良いところ。

 ここで変に同情される方が嫌味に聞こえるからな。


 さてはて、ここまでお膳立てされたんだ。

 今更出ないとは言わない。ちょっと不満があるだけだ。

 なんせ、一度手放したチャンスが何の見返りも無く戻ってきたんだ。怪しみもする。

 いったい、この大会に俺が出ることで何のメリットがあるのか。大会が盛り上がると言われればそれまでだが。


 控室替えらは決闘場内の様子は分からないが、聞こえてくる歓声で何が起きているのかだけは分かる。

 ちなみに、出場者たちの好感度もあるらしく、観客のそれぞれが各々の出場者を応援しているようだ。

 皆どこどこで負けるのかが決まっているんだけどな。毎年のごとく。


「ちなみに、一回戦はどうなったのよ?」


「どうやら、俺の対戦相手が棄権したらしく、俺の不戦勝らしい」


「なんだよ、結局あれから急いでいけば間に合っていたんじゃないか」


「どうだろうな」


 俺は絶対に終わったんだと思っていたが、副騎士団長が融通を聞かせてくれたらしく俺の出場順を変えてくれたのだと。

 なぜそこまでお膳立てされるのか全く見当が付かない。というか、なぜ俺はそこまで重要視されている?

 何か俺の知らない水面下でやり取りが行われているのか?

 何故だ、何故なんだ。


 まさか俺が注目されているとか?

 自分で言うのもなんだが、それはあり得る話。

 俺は篩い落としで誰とも戦わずに残ったので、見ている側としては相当目立っていただろう。……本当にそうか?

 篩い落としの最中は人がずっと動き回っていたはずだ。そこで、しゃがんで動かない者がいたとしても目立つだろうか?

 むしろ、見えないのではないのだろうか。塵芥が舞う中、俺は目立っていたのか?

 人が倒れて見やすくなってきた時には、俺はその倒れている者の中の一人としてしか認知されていなかったのではなかろうか。


 うん、やっぱわかんねぇ。

 仮に、俺が見えていたとして、目立っていたとして、そこで俺を注目していたとして、俺に期待を抱いている人は皆無だろう。

 そこにいた俺は力無くガタガタと震えあがっているようにしか見えない。情けないと、弱いと、侮蔑するのが常識だ。

 そこで俺が強そうだ等と思う者がいたとしたらそいつは非常識だ。このご時世で非常識は害悪だ。

 非常識は死ね。


「ほら、そろそろ出番みたいだぜ」


「相手は……赤の鎧の戦士、ですな。どうやら斧を得意とする者のようだ」


「ま、負けたらまた飲みに付き合ってやるよ」


「けっ、大会に出る時に、負けることを考えるバカがどこにいる」


 当然のように蒼衣の戦士は姿を現さない。

 というわけで、必然的に、“いつも通り”に戦う相手は赤い鎧を装備した戦士。

 魔法は使ってこないので、遠距離から延々と攻撃してれば勝てる。足も遅いので、早々追いつかれることは無い。

 普通に弱い相手だ。


 ちなみにその次はピエロ男。

 投げナイフを得意としているが、その一つ一つの攻撃力は大したことが無いため、防御を固めればなんてことない。

 近接では会心率高めの一撃を放ってくるが、弁慶の脛当てがあれば問題ないので雑魚。


 決勝戦は旧時代の鎧を装備した老兵。

 コイツは普通に強い。レベルに見合わない力と足の速さが結構厄介。

 それでも防御は低いので、隙を見て攻撃を当てて行けば勝てない相手ではない。

 ちなみに、遠距離攻撃は弾くので近接限定になる。魔法防御も高いので、やはり近接での戦闘となるだろう。


 それらを無事勝ち抜けば晴れて姫様、姫騎士アンジェリカとの戦闘となる。

 説明不要。今戦える相手で間違いなく最強の相手。

 圧倒的火力で、相手をねじ伏せる剣捌き。相手の攻撃を捉えさせぬ足捌き。並半端な魔法は掻き消す魔法の質。

 そして、絶対的な運を持つ。それらが彼女を無敗の騎士団長へと押し上げた実力。


 まぁ、これはゲームの中だからあり得ることだけどな。

 現実だったら例外を除いて女性が筋力で男性に勝ることは無いし、魔法なんてものはない。

 そして、これまた例外を除いて女性が騎士……それも騎士団長になるだなんて無礼極まりない。

 そもそも女性が武力を掲げるだなんて、幾らなんでも駄目だろう。そういうのは、男のやることだ。


 これはゲーム中だから、あり得るのだ。




◆ 無機物視点 ◆




「マクラギ、来ないね」


「そうですね。先ほど、筋骨隆々の男性がスケジュールの変更を言い渡したところを見るに、御主人様はここに来ていないのでしょう」


 茹だる様な熱気。

 耳をつんざく黄色い歓声。

 秋口の景色を静観する楽しみを捨て、ここにいる人々は夏を惜しむように目の前で行われる戦いに我を忘れている。

 そんな光景を、私は冷ややかな目で見ているのだった。そこに、望むものがないから。


 隣には私の数少ない友人のレナさん。

 こんな人間でもない私にとてもよくしてくれる……変わった人。

 その友人は、私と同じく冷ややかな、ではない。悔やむ様な目で私を見ている。

 理由は一つ。目的の人がこの場に来ていないから


 目的の人とは御主人様。

 未練がましくも私は御主人様の勇士を見るためにここまでやって来た。

 見るだけなら、赦されると思うから。それなのにも、彼はここに姿を現さない。

 きっと、彼のことだ。遅刻することになって、面倒になり、そのまま寝ているのだろう。


 だから、ここに来ることは無い。

 それが分かっているのに、私はこの場から去ろうとしない。

 隣に友人が居座っているからではないことは分かっている。一言声を掛けてここから立ち去ればいいだけの話。

 それでも、私はここから動かない。


 期待しているのでしょうか?

 私が、御主人様に。性懲りも無く。


「準々決勝が始まっちゃうね……」


「……そうですね」


「……帰る?」


「いえ、私は見ていることにします」


「そっか」


 友人は、立ち上がらない。

 私の隣で、一緒に同じ方向を見ている。

 決闘場内では拡声魔法を使っているのか、良く響くアナウンスが流れている。

 もうすぐ準々決勝が始まるアナウンスだった。それと同時にオーディエンスが湧いていく。

 それでも、ここにいる二人は変わらない。


 ふと、視線をずらして来賓席の方へ向ける。

 そこには、資料などで見た人物立ちが暇そうに座っていた。

 確か、各国のお偉方が来賓としてやってきているはず。


 そこで、私はふと疑問に思った。

 この場に、王もいるはず。なれば、国を留守にしても良いのだろうか、と。

 それに、一国の王ともあろう方が護衛も少ない中で、良く平気で観衆の前に現れたものだ。

 暗殺されると、不測の事態を恐れていないでしょうか。


 この疑問は、私の中で治まらなかった。


「レナさん。ふと、疑問に思ったのですが、なぜこのようなところに一国の王がいるのでしょうか」


「うーん、昔からみたいだよ。今じゃ、王がやってくるのは白の国だけだけど、白の国は赤の国に良く思われていないのに、なんで姿を見せるんだろうね」


「……良く、思われていない?」


「うん。いつだったっけ。結構昔に、この国に魔物の大軍が進行してきたんだ。そこで、各国も非常事態だと思ったのか臨戦態勢を取ったの。でも、自国を守るので精一杯。だけども、戦況は不利。そこで友好条約を結んでいた白の国に応援を求めたんだけど……結局応援は来なかった」


「何故ですか?」


「わかんない。それから、赤の国と白の国は仲が悪いの。でも、貿易とかは変わらずやっているらしいけど」


「そうだったのですか」


 白の国とこの国の間にそんなことがあったとは。

 確か、私のデータが正しければ御主人様は白の国の出身でした。

 御主人様に聞けば何かわかるのでしょうけれど……そこまで足が動かないですね。

 怖いのでしょう。御主人様に会うことが。


「……え?」


「どうかなされ……あれは」


 準々決勝が始まったのか、声高くアナウンスが響き渡り、会場のボルテージが上がった。

 レナさんは決闘場内の方へと視線戻し、驚き……いえ、疑問の声を上げた。

 つられて私も視線を向ける。そこにいたのは、いるはずのない人物。


 少しけだるそうにしている姿。

 黒と白のダサい服を着ていて、黒い腕甲に異国の脛当てを装備した姿。

 けれども、相手を気圧させる威圧感を放つ存在感。

 私の中の御主人様。


「マクラギだ!」


 私が、待ち望んでいた人がそこにいた。

 仰々しい斧を軽々と持ち上げ、一点だけを見つめている。

 当然、私たちがここにいることを、彼は知らない。


「うんうん。私は信じてたよ。マクラギは絶対来るって!」


「本当ですか?」


「ホントだよ。マクラギなら必ずって!」


 そう言って胸を張る友の姿は、少し滑稽だった。

 思わず笑ってしまうほどに。それほどまでに、彼がここに現れただけで私たちが変わったのだ。

 不安そうな表情から打って変わって上機嫌。もちろん、私も。


 だからこそ、私はロボットなのだ。

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