利害の一致
珍しく寝坊することなく起床した俺。
窓から覗く外は、いつものように喧しい。
身支度を終えた俺は、今からその中に入っていくことに少しうんざりする。
今日は素材確保のため、ギルドに入るためのクエストをやる。
ギルドはギルドメンバーの紹介がなければ入れないのだが、今回やるクエストがギルドメンバーの手助けなので、クリア報酬としてギルドに入ることが出来るんだ。
俺はそのクエストのギルドメンバーに会うのが少しだけ楽しみ。そのギルドメンバーは、キャラクター人気投票でも上位に位置するほど愛されたキャラクターなんだ。俺個人としても好意を抱ける人なので、実際に会うのが楽しみというわけだ。
外に出ると、相も変わらずの喧騒。
俺が鍛冶屋を開いているところは、赤の国の首都だ。
その首都は区画があり、中心に行くほどランクが高くなって地価も高くなっている。
そのうちの一番外側、一般的に下級区と呼ばれる場所に俺の鍛冶屋がある。
下級区は首都でも一番治安が悪いところで、路地裏に入ったら身の安全を保障できない。
それでも、メインストリートには活気が溢れる屋台が出店しており、外からやってくる冒険者に物を販売していたりする。俺の鍛冶屋はそのメインストリートから外れた場所にあるのと、実績が無いとのことであまりお客さんはやってこない。
俺としても、忙しくないのは嬉しいこと。経営者としては嘆くことなのかもしれないが。
けれど、たまにはお客さんがやってくるし、他の店よりも格段に安く置いてあるため纏め買いしてくれる人もいる。食う分には困らない程度が一番だ。
「おっちゃん、串カツ一本ちょうだい」
「あいよ、二度浸けは勘弁な」
メインストリートでやっていた屋台に良い匂いのする串カツが売っていたので一本購入。
この世界の通貨はゲームの色が強いのか世界共通だ。俺としてはありがたい。これで国ごとに違ってたら面倒な手続きをしなくてはならなかったことだろう。
ちなみに、通貨の種類は三種類ある。
ありきたりな“銅貨”“銀貨”“金貨”の三種類だ。
銅貨が一番価値が低く、金貨が一番価値が高い。銅貨百枚で銀貨一枚分。銀貨十枚で金貨一枚分だ。
俺は銅貨一枚を百円玉のようなものと思って使っている。
銅貨一枚を店主に支払い、揚げたての串カツにたっぷりと特性味噌タレを付けて一口。
その際に、串カツの衣と特性味噌タレが地面に落ちる。揚げたてと言うことで中々の熱さだ。
噛んだ瞬間に衣の“しゃお”という噛みごたえと同時に豚肉の肉汁が溢れだし、口に中で特性味噌タレと混ざり合った味は格別だった。キンキンに冷えたビールが飲みたい。
「ごちそうさん。美味かったよ」
「あい、またどうぞ!」
串カツを食べ終え、店主に一言掛けてから出店を離れた。
熱い食べ物を食べたせいか、額に汗が伝う。腕で拭っても汗はなかなか止まらない。
俺は手拭いを捩じり鉢巻きにして頭に巻き、学生服を二の腕のところまで腕まくりをする。後は自然に汗が引くまで待つしかない。
再び歩き出した俺が向かう先は下級区よりも奥、中級区だ。
中級区は下級区よりも内側にあり、平民以下が暮らしている。
下級区には中級区に暮らすことが出来ない、いわゆる収入が少ない人が暮らしており、逆に中級区には収入がそれなりの人が暮らしている。その中級区のとある場所に俺は用がある。
しばらく道なりにメインストリートを歩くと、段々と街並みが変わっていくのが分かる。
家の材質や、歩いている石畳の道の作りが違うなどの変わっている場所が目に見て分かる。すなわち、俺が今歩いている場所は中級区だと言うことに他ならない。
俺としては、首都の玄関口である下級区を率先して都市開発するものじゃないかと思っているが、そこはゲームなので大人の都合というものがあるのだろう。
中級区には量販店や商店が一か所に集まった商店街や、学校、レストランなどがあり、街並みは元の世界にもあるような光景だ。
もちろんここには武器屋もあれば防具屋もある。なぜなら冒険者はまず下級区よりもギルドがある中級区を目指す。すると、必然的にそこを中心に店や家が連なっていくということで、そういう武器屋もこの中級区に固まっているのだ。
とうぜん、店のグレードを上げるためには下級区を抜け出して中級区に店を開く必要がある。まぁ、まだ先の話だけどな。
中級区のメインストリートを進んでいくと、住宅街に辿り着く。
その住宅街の外れに、大きな一階建ての建物が建っている。その建物は広い敷地の中に建っており、敷地の中には砂場や滑り台などの子どもが遊ぶ遊具が設けられているのが見て分かる。
そこが今回の目的地、幼稚園だ。
その幼稚園の入口に、とある人物が立っていた。
二メートルを超える身長。岩から削り出したかのような無骨な顔。短めに切られた髪の毛はオールバックで整えられており、口から覗く歯は親指のようだ。
また、身長が高いだけではない。着ている服の上からでも分かる隆々の筋肉。二つの大胸筋がまるで金属製の胸当だ。
しかし、その見た目とは反して着ている服は白い半袖のシャツと、ベージュ色の短パン、それにエプロンとなんともシュールな光景となっている。
ちなみに、そのエプロンには“アイ・ラヴ・チルドレン”と書かれているのだが、それが更にシュールさを増している。
その見た目が不審者の男は、眉間に皺を寄せていて不機嫌だというのが分かる。
その眼は見る者を射殺すような眼光を放っており、通り過ぎる人は皆目を合わせ無い様に視線を低くして歩いている。
俺だって事情を知らなかったらそうしていただろう。
「あのー、どうかしたんですかい?」
「なんですか、アンタ」
ちょっと気圧され気味の心を奮起させ、その筋肉隆々男に話しかける。
声が震えていたのは仕方ないと思いたい。
「いや、困った顔していたんでね」
「……困っているの確かですが」
それもそうだ、今この筋肉隆々男は困った事件を抱えているのだから。
だから、俺は話しかけたんだ。
「俺は、この街に来たばかりでしてね、色々街を回っていたんですがここに幼稚園があると聞いてやって来たんですわ」
「そうだったのですか」
嘘だ。
ホントはこの筋肉隆々男が抱えている事件を目当てにやって来た……だなんて言えたものではない。
ここは街を観光していた一般人を装うのが一番いいだろう。
筋肉隆々男は一応俺の話を信じたのか、眉間に寄せていた皺を離し、俺に笑いかけてきた。
それでも、その笑顔は一般人からしたらかなりドン引きするほどの悪い笑顔だ。元の世界でもここまで凄味の出せる人なんて知らない。
「実はですね、最近起きている事件はご存知ですか?」
「事件なら、毎日起きているでしょう。姫様がまた悪漢に向かって行ったとか、下級区で窃盗があったとか……児童誘拐事件、とか」
「む」
わざとらしく“児童誘拐事件”というと、その言葉に反応した筋肉隆々男。
もちろん、全部分かった上で俺は言っている。
実は、この筋肉隆々男は幼稚園を経営している園長さんだ。
結果からいうと、この筋肉隆々男は児童誘拐事件のせいで幼稚園が成り立っていない状況にある。
なぜなら、度重なる児童誘拐事件のせいで親御さん方が児童を外に出していないのだ。ギルド側からも、児童誘拐事件のことは大きく警告しており、今や幼稚園に通っている児童は一人もいない。
そうなっては困るのがこの人、園長である筋肉隆々男だ。
児童がいないのであれば幼稚園は成り立つはずもない。本人としても頭を抱えている状況と言うわけだ。
けれども、この筋肉隆々男が懸念していることは幼稚園の事だけではない。
もしかしたら、もう一方の懸念の方が大事かもしれない。それは、児童の心配だ。
この筋肉隆々男はエプロンにも書いてある通り児童が大好きなんだ。ロリータでもショタでも児童が大好きなために、これ以上児童に被害が及ぶ前にギルドメンバーでもある自分自身がこの事件を解決しようと、ここにこうして立っていたんだ。
そして、この案件に手を貸して、クエストをクリアしたら俺をギルドに紹介してもらえる、はず。
「実はですね、その児童誘拐事件のせいで困っていることがあるんですよ」
「それって、この誰もいない幼稚園と関係は……あるんでしょうね」
「えぇ、まぁ……この危険なときに幼稚園には行かせないそうで」
「それで、困っていた、と」
「御明察です」
最初から知っていたけどな。
……そう言えば、変じゃないかな。わざわざこんな事件に首を突っ込む人なんていないだろうし、協力者として考えても少し俺って怪しいな。
こんな幼稚園に関係ない俺が、この街に来て間もない俺がわざわざ危険なことに足を踏み入れる理由が無い。
俺も児童が好きだから……は衛兵に通報されてもおかしくないな。これじゃあ俺は変態だ。
じゃあどうするかな、別に正義感が強いって言えばそれまでなんだろうけど、ギルドに入ってからはこの人とも交流がそこそこあるだろうし、そこまでして正義感溢れる男を演じるのは疲れてしまう。
ここは本当のことを話してみるのも手かもしれないな。
「じゃあ、俺も乗っかりますよ。その事件に」
「なんですって?」
「行くんでしょう? その犯人を捕まえに」
俺がそう言うと、筋肉隆々男は驚いた顔をして、再び俺の顔を訝しげな表情で見始めた。
おそらく、俺が考えていることが分かっていないのだろう。なんで、この見ず知らずの男が協力しているのか。なんでこれからやろうとしていたことが分かるのか。
そんなことを考えているのだろうな。
「実はですね、俺は最近下級区で鍛冶屋を開きまして、どこかしらのパイプが欲しいと思っていたんですよ」
「パイプ……?」
「はい、ですから……もし、俺が貴方の役に立てたならギルドに紹介してもらえませんか?」
「…………アンタ、それが目的かい?」
「はははは、まぁ……そうです」
そこまで言うと、筋肉隆々男は腕組をして俯いた。
きっと、俺を連れて行くかどうか考えているのだろう。ゲームでは、プレイヤーが協力しないとこの児童誘拐事件は解決しない。俺がプレイヤーかどうかは知らないけど、このクエストがゲーム寄りなら誰か白髪協力しない限り解決することは無い……と思う。
俺が知る限り、この児童誘拐事件はこの一週間で毎日起きていた。昨日だって新聞に児童誘拐事件の記事があった。
つまり、一日に一人の児童が必ず誘拐に遭っていた。それに、このお人好しの筋肉隆々男は何回も犯人を捕まえようと動いていたに違いない。
そして、解決できなかった。
けれども、それは俺の想像のことで本当かどうかは分からない。
筋肉隆々男は、腕組を解いて無骨な顔を俺の顔に近づけてきた。
その威圧感に思わず身動ぎ圧してしまう俺。怖い人には耐性が無いのです。
そして、俺の眼をしばらく見ていた筋肉隆々男は数回頷き、ニッと口端を上げた。口から覗く白い歯がギラリと光る。
「いいでしょう、気に入りました。私もそろそろ応援を頼もうと思っていた頃でしたから」
「そうですか。てっきり断られるかと」
「はっはっは、いやぁ最近の若い者にしては大したものです。ギルドにいる若い連中は少し頼りないですが、アンタは少し信じてみましょう」
どうやらクエストは無事に起きたようだ。
これでこのクエストをクリアするだけだ。正直に言って、一番の難所はこのクエストに参加することだったからなぁ。
ゲームだったら幾ら断っても協力するまで待ってくれていただろうが、この現実世界ではそうもいかない。俺が断っていたり、逆に断られていたらもう無理だっただろう。
そう言う可能性があるのが怖いところ。
信頼の証か知らないが、筋肉隆々男はその木の幹の様な太い右腕をこちらに向けて伸ばしてくる。
握手を求めているようで、特に断る理由のない俺はその手を取る。
「私の名前はネヒト・ジェントルマンだ。よろしく頼む」
「俺は枕木智也だ。よろしく」
その手は、父親の手よりも大きかった。