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人間に想像できることは、全て実現できるらしい



◆ 鍛冶師視点 ◆




「んぁ? っつー……」


 目を開ける。

 途端に襲い来る頭痛。片頭痛などの痛みではない。

 目の奥が重い痛みに襲われるこの感覚は、考えなくとも二日酔いのものだと分かる。

 気持ち悪い。吐きそう。いや、吐くね。


「おぼろろろろ……」


 近くにあった紙袋の中へ思いのまま吐くと、そのまま生ゴミを集める場所へ投げる。

 窓から投げることによって隣にあるゴミステーションへ入るという画期的なシステム。どうだ、参ったか。

 しかもこのゴミステーション、臭いが漏れてこないので隣に俺が住んでいても臭いが全くしないという画期的なもの。しかし、虫は集る。


 立ち上がるのが億劫なので、とりあえず上体だけ起こす。

 周りに転がる酒瓶やゴミ。それと死屍累々。

 ネヒトさんは豪快にいびきを掻いて寝ているが、抱きしめているのが俺の抱き枕なのは少し許せん。

 アゾットさんはまるで死んでいるかのように静かな寝息で寝ている……って、ホントに死んでるんじゃないのか?

 真っ青だぞ、顔が。


「おい、起きろ。あ、やべ、ホントに死んでる」


 死因が急性アルコール中毒とか笑えんぞ。

 顔色は正に死人。息もしていないし命の鼓動も聞こえない。

 俺は仕方がないのでアゾットさんの懐をまさぐり、アゾット剣を取り出す。

 そのアゾット剣の柄頭でアゾットさんの頭を小突くと、見る見るうちにアゾットさんのHP(ヒットポイント)が回復していく。

 それと同時に顔色も良くなる。もうそろそろ目を覚ますだろう。


「うっ……気持ち悪っ! おぼろろろろ……」


「うわ、ここで吐くなや! 段ボールだから滲み込むんだぞ!」


 生命を維持するだけの回復を済ませたのか、アゾットさんが目を覚ます。

 死に戻りと二日酔いのダブルパンチで堪らず段ボールの床へ胃の中の物をぶちまけた。

 そこの床は張り替え決定だな。


「死ぬまで飲むなよ……」


「マジか、俺死んでたのか……だからこんな気持ち悪いのっうぷ」


「吐くなら外行け!」


 死に慣れているのか、アゾットさんは特に気にすることなく現実を受け入れた。

 この世界じゃ死ぬことなんて日常茶飯事だからな。しかも、アイテムや魔法とかで蘇れるのだから死生観は希薄なものだ。

 だが、寿命や病気などで死んだ場合は生き返ることは出来ない。そもそも生き返ることが異常なのだが、この世界では常識だ。

 それでも、生き返る条件は人間としての形を保っていることに限るがな。脚をもがれても腕が一本なくたって生き返れるが、頭がさよならバイバイしていたり、内臓に大きなダメージを負っていたら生き返れない。


 俺はまだ死んだことはないが、死んでから生き返ると物凄く気持ちが悪いそうだ。それを死に戻りと言う。

 胃の物どころか胃ごと吐き出しそうな感じなのだそうだ。俺は御免だな。


「死ぬまで飲むやつがいるか全く……」


「残念ながら、ここ数年の死因ランキング八位に飲み過ぎというものがあるんだな」


「マジかよ」


 そんな話をしながらとりあえずアゾットさんに水を渡す。

 ついでに冷蔵庫の中から二日酔いに効く調合薬を投げて渡す。

 かなり効くが、口がよじれるほど苦い。俺も飲んでおく。


「うげぇ……相変わらずコレはひでぇ。この味を知っているはずなのに酒を止められないんだよなぁ」


「そいつは酒中毒ですな」


「お、ネヒトさん。起きたんですかい」


「えぇ。あぁ、マクラギ殿。私にも一ついただけますかな」


「ネヒトさんもですか。どうぞ」


 朝から強烈な味に顔をしかめると、ネヒトさんが起きて来た。

 ケロッとした顔をしているが、二日酔いの調合薬を欲しがっているのなら二日酔いなのだろう。

 それもそうだ。昨日は覚えているだけでウィスキーを六本空けていたからな。


 ネヒトさんへ投げて渡すと、その大きな熊手で鷲掴みしてそのまま口に入れて飲み込んだ。

 その直後、彼の表情が鬼の形相へと変わる。小さい子が見たら軽くちびるレベルだ。


「かぁー! 効きますなぁ! 気付けにも最高だ」


「そういや、ネヒトさん幼稚園は良いんですか?」


「今日は祝日。園は休みですよ。それこそ、マクラギ殿だって今日は本戦でしょう? 何時からです?」


「えっと……」


 壁に掛けてある時計を見て確認する。

 時計の単身は十三を指しており、長針も三十を回っている。

 もう昼も過ぎているのか、さすがに飲み過ぎたな。確かに腹も減っている……が、食欲は当然ない。

 でも、腹に何か入れないと力が入らないからなぁ。


 ちなみに、大会は午前十時に開会式である。

 その三十分後に第一回戦が始まる。


「あ、遅刻だ」


「え? 遅刻って……ホントかよ!」


「うん、遅刻。やべぇ。え、マジでやべぇ。えちょま……!」


 起床したばかりの頭とは言えど、この状況を理解するのには充分すぎた。

 俺が決闘場にいなきゃいけない時間は見積もっても十時二十分。もう三時間以上も経っている。

 完全に遅刻。起きた瞬間にも感じたような感覚。

 久しぶりに襲い来る血の気が引くアレ。


 俺の思考が止まる。


「うわっ、もうダメだ。あーあ。あーあーあ!」


「いや、まだ間に合うかもしれません。早く支度を」


「ダメっすよネヒトさん。完全にチャンスの制限時間を過ぎてます。今頃、準々決勝が始まっている頃合いです。早くとも、順位決めの試合が始まっています」


「良いから早く!」


「えーもう良いですよぉ。なんか面倒になってきた……」


 こんなところで寝過ごしとかお約束じゃないんだからぁ。

 いまさら行ったってそんなに甘くはない。俺は不戦敗だろうな。

 なんかもうどうでも良くなって来た。あーもう。


 そんな感じでぐだっていると、ネヒトさんが俺を無理やり立たせて着替えさせようとしてくる。

 俺はもう良いんだと言っても、ダメだと言って俺を決闘場へ行かせようとする。

 良いんだよ、俺は諦めるのが得意なんだ。


「おい、マクラギ。良いのかよ、このままで」


 相も変わらず嫌がる俺に真面目な顔をして話しかけるのはアゾットさん。

 この場に相応しくないシリアス顔で俺を見つめる目は、真剣だということだけは分かった。

 真剣ということは、俺のことを心配してくれているのだと分かる。こんな俺にだ。


 そんな、アゾットさんに応えなくてはいけない。


「良いんだよ。もう、アレだ。分かるだろ? もう間に合わないとか、無理だと分かった時に感じる妙な倦怠感。ソレだよ、ソレ」


 最悪な形で。


「お前は少しよぉ、焦るとかしないのか? それがお前の性格なんだろうけど、ダメだと分かっていてもやり遂げるとか無いのか?」


「無いな。負けが分かっている物に手を出すほど愚かじゃないつもりだ。残念ながら、俺は一矢報いるとか、最後にダメ元でやるとかしないんだ。ダメだと分かったら、次の物に手を出す」


「あのなぁ……」


 食い下がり続けるアゾットさんが説教などというバカなことをしようとした時だ。

 俺の段ボールハウスの戸を叩く……ぶち破る音が聞こえて来た。


「マクラギと言う者はいるか!」




◆ ??? ◆




「遅い」


 独り言ちる。

 場所は決闘場の関係者用の観覧席。

 見える景色は人々の波。聞こえるのは怒号にも似た歓声。

 一年に一回この赤の国で催される大会は他国へ向けた行事の一つでもある。

 その証拠に、白の国から宰相と宰相補佐、青の国から書記長、緑の国から首長、黒の国から代表と執政がやってきている。


 だがしかし、赤の国は白の国とは犬猿の仲。ましてや青の国は魔法を嫌っているために大会自体で魔法を禁じることを提示してきている。

 緑の国はエルフが治めているせいか、人間を見下している節がある。黒の国は表面上は取り繕っているが、いつどこで尻尾を出すか分からない。

 結果から言えば、この五ヶ国は対して仲良くも無い。


 それは、副騎士団長のベズワルにも痛いほど伝わってくる。

 白の国からは一応、白王と第二位がやってきているが挨拶は無し。

 青の国からは内閣から官僚の一人がやってきているだけ。

 緑の国からは領地を持っている辺境貴族という内閣とは関係の無い者。

 黒の国からは毎年のことなら来るはずの無い黒狸の黒王と第二位。

 まともな者が一人もいないことに頭を抱えざるをえないベズワル。これでは赤王も胃が痛いことだろうと思う。


 そして、一番の原因は大会が盛り上がりに欠けていることだろう。

 今も盛り上がっているように見えるが、全盛期はこれの比較にはならなかった。

 錬度の高い試合。手に汗握る様な頭脳戦。火花が飛び散る白兵戦。全てが劣っている。

 今ではこの大会という行事自体も望まれて催されているというより、消化しなくてはならない物となりつつあるのも原因の一つだろう。


 それが今日。

 今日で変わるかも知れないと思ったほどに期待していた。

 それは言い過ぎではない。ベズワルはあの男……マクラギに期待していた。

 過度な期待だったと思うかも知れないが、今のベズワルにはすがり付ける物がある時点で選択肢は無かった。


 それなのにも、だ。


「遅い」


 遅いのだ。

 日はもう真上に昇るかというところ。

 開会式は十時からというのにも拘らず肝心の男が姿を現さないのだ。

 普段なら、不戦敗として処理しているところだが本営に無理を言ってスケジュールをずらしてもらっている。

 マクラギだけでない。マクラギの対戦相手の蒼衣の戦士も姿を現さない。

 マクラギのことで頭が一杯だったが、蒼衣の戦士もあのレベルにしては中々の手練れだ。

 中でも見たことも無い青い剣を振りかざして戦う姿は未来を感じる姿だったと記憶している。


 その、どちらも姿を現さない。

 いい加減、ベズワルも痺れがキレそうになる。

 もう少しで第一回戦が終わる頃合い。制限時間はそれまで。

 それまで姿を現さなければ棄権扱いとされていしまう。


 だから、ベズワルは職権を運用することにした。


「おい、貴様」


「はっ。なんでしょうか副騎士団長殿!」


「暇そうだな。俺が今から言うところへ使いに行ってもらえないか?」


「はっ。畏まりました!」


 それは、かの男の元へと使いを遣わすこと。

 それは賭け。もし入れ違いとなって、第一回戦が終わってしまえば例年通りの結末となるだろう。

 いつも通りの、面白みに欠ける戦いが消化試合のように行われるだけ。


 それだけは避けたいところだ。


「…………」


 そこでベズワルは、普段祈っていない【神】に祈ってみることにした。

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