人を最も殺している生物は蚊
◆ 鍛冶娘視点 ◆
「いや、凄かったねーマクラギ。誰とも戦わずに生き残るなんてさ」
「そうでしょうか。私にはただ惨めにうずくまっているようにしか見えませんでしたが」
「辛辣だね……」
「ですから、いつものように私利私欲のために動けば良かったのです」
決闘場を後にした私たち。
驚くことにマクラギが誰とも戦うことなく最後の十二人に残ったのは結構凄いこと。
ロボ娘ちゃんはそれを良く思っていないのだけれど、私は凄い褒めてやりたい。でも、マクラギのことだから正直に受け取らないのだろうけど。
ロボ娘ちゃんにマクラギに会いに行こうと言っけど、頑として首を縦に振らなかった。
理由は言わずもがな。マクラギに会うのが怖いそうだ。私は会いたいのだけれど。
それからというもの、私たちは近くのカフェに移動してお茶しているのだけれど……さっきからロボ娘ちゃんが仏頂面。
どうもマクラギが一騎当千する姿が見たかったのだそうだ。訊けば、マクラギは他から強い強いと言われているのにも拘らず、自分は見たことが無いのが気に入らないのだとか。
どこまでマクラギLOVEなのさ。
「ん? あれぇ、ヨフィさん? おーい、ヨフィさーん」
何気なく店内を見渡してみると、入り口にヨフィさんが立っているのが見えた。
どうやら一人のようで、いつもアゾットさんと一緒にいるヨフィさんが一人でいるのが妙に印象深く感じた。
どうせなので呼んでみる。すると、ヨフィさんはこちらに気付いたようで、案内しようとした店員に断りを入れてからこちらに向かってきた。
ブラウスとスカートのところを見ると、今日はオフみたいだ。
「奇遇ですね、レナさん」
「ホント、すっごい奇遇! あれ、ロボ娘ちゃんってレナさんと面識あったっけ?」
「えぇ、何度か」
「じゃあさ、ちょっと混ざらない? 話したい話題があるの」
「ちょうど暇していたし、良いですよ」
「やたっ」
私たちが座っている席は窓際に位置していて、日当たりの良い席だ。
四人用の席に通されたためにヨフィさんが座るスペースは充分にある。私の隣にヨフィさんが座ると、待っていたかのように店員がやってくる。
頼んだのはフラペチーノ。私はそう言うの分からないからいつも紅茶なんだけど、やっぱり女性って感じがするヨフィさんは飲むものまでオシャレだね。
「そう言えば、旦那は?」
「旦那って……まだ私たち結婚していないですよ?」
「誰もアゾットさんって言ってないよ? お互いに愛し合っている自覚はあるんだねぇ」
「か、からかわないでください!」
真っ赤になっちゃって、かーわーいーい!
「アゾットは、今はギルドにいます。支配人と副支配人が留守にしているので、代わりに残っているんです」
「ふーん。アゾットさんって、確かBランクだったよね。それで代わりを任されるって凄いじゃない!」
「そうですね。私の自慢の彼です」
「うぐっ……仕返しするなんて性格悪いよぉ?」
「ふふふ。さぁ? 最初に正確悪いことを言ったのは誰でしたっけ?」
「……へーへー。私が悪かったですよーだ」
目の前で笑う彼女は女性の眼から見てもとても眩しかった。
とてもいい子。そんないい子が、とても良い人と出会えて、話して、笑い合って、恋をして……愛を語り合うだなんて……とても幸せそう。
こんないい子だから、もちろん幸せにならないと割に合わない。
良いなぁー私もそんな良い人と一緒になりたいなぁ。
「それで、話したい話題って、なに?」
「あぁ! そうだった! ヨフィさんって、大会の篩い落としを見に行った?」
「予選会ですか? いえ、私は行ってないですけど……」
「実はさ、それにマクラギでてたんだけどさ」
「マクラギ……さん」
話を戻して、話したい話題……マクラギが篩い落としに出ていたことを言うと、途端に表情を曇らせる。
明らかに眉間に皺が寄っている姿は、ヨフィさんにしては珍しいものだった。
ヨフィさんは人を嫌うことはあれど、それを表情に出す人ではない。それなのに、こんなにも嫌悪の表情を表に出すのは、少し驚いた。
その様子をロボ娘ちゃんも感付いたのか、少し目の色が変わった。
ぶっちゃけ、ロボ娘ちゃんってマクラギのことになると少し怖くなる。どれだけマクラギのこと好きなのさ。
「御主人様と、何かあったのですか?」
「え? いえ、なんでも……」
たまらず質問したロボ娘ちゃん。
自分でも気づいていなかったのか、ハッとした表情になり、寄っていた眉間のしわを触るような仕草をする。
コレはどう見ても何かあったとしか思えない。ロボ娘ちゃんもそう思ったのか、納得していない表情をしている。
ここでこの話題を避けるほど良い性格をしていない。
「ふっふっふ……さぁ、ヨフィさん。ちょこぉっとお話がございましてねぇ」
「へ、へぇー? そ、それでマクラギさんがどうしたの?」
「どうしたのはそっちのことじゃないですか? ほらほら、おねぇさんに話してみなよ?」
「私の方が年上なのですが……」
「それを言ったら、私はここにいるどの人間方よりも年上ですが」
「さすが数百年生きたロボ娘ちゃんは格が違う!」
じりじりとヨフィさんを追い詰めていく私とロボ娘ちゃん。
窓際のため、逃げる方向は限られているけれど、それに手を回さないわけがない。
私はがっしりと腕を掴み、ロボ娘ちゃんは吸い込まれそうな瞳でヨフィさんを見つめている。
いや、なんだかホントに吸い込まれているような……ロボ娘ちゃんの方に風が吹いているの?
「お待たせしました。フラペチーノです」
「あ、ありがとうございます」
「ちっ」
あと少しとのところで、ヨフィさんが頼んだフラペチーノが届いた。
雲の糸を見たりと言わんばかりの表情にロボ娘ちゃんは露骨に舌打ちをする。
ロボ娘ちゃんも良い性格しているね。
「でさ、ホントのところ、どうなのさ? 何か嫌なことされたの?」
フラペチーノを啜り、一息ついているヨフィさんに投げかける。
これまでのとぼけたような声色ではなく、敢えて真面目に。すると、ヨフィさんは小さく溜息を吐き、観念したようにゆっくりとフラペチーノをテーブルに置いた。
それと同時に俯く。短めの前髪が、揺れる。
そこで私は気付いた。
もしかして、地雷を踏み抜いた?
「……皆さんの中の、マクラギさんを教えてくれませんか?」
「え?」
俯いたまま、ポツリと、小さな声が私の耳に届いた。
私の中のマクラギ。私の中のマクラギかぁ。
特に考えなくていいんだよね?
「私の中のマクラギ……ねぇ。ちょっと理解できない部分もあるし、自己中心的なところはあるけど、なんだかんだ言って良いやつ?」
「私は……全てにおいて感謝している恩人です。宛ても無い私を拾っていただき、働き先を提供していただき、なにより……私を、しっかりと私と認めていただける人。です」
「でもでも、最初はロボ娘ちゃんを解体しようとしてたんだよね。だけど……なんだかんだ言って助けたり、意味わかんないよね」
「…………」
私たちの、私たちなりの意見を聞いたヨフィさんは俯いていた顔を上げる。
不安に駆られたような表情だけれど、そこにははっきりとした意志を感じた。とは言っても、人の気持ちなんか私に分かるはずもないから、どうか分からないけどねー。
マクラギは人の心を読んで行動している素振りがあるから油断できない……のだけど、味方に出来れば心強い。
そう言えば、マクラギはこれまでに何度か最初から知っているかのような素振りがあった。
怖い怖い。
「実は……マクラギさんと一緒に、依頼に行ったことがあるのだけれど……」
「この前の地質調査? それとも、ロボ娘ちゃんがいた無何有の廃墟?」
「後者です。その時に……私が身を呈して炎から護ったことがあったの」
一息。
「その際に、庇いきれなかったのか、少しマクラギさんに炎が当たってしまったの。その時に……マクラギさんにそのことを責められたの」
「え……? な、何かの間違いじゃないの?」
「ううん。その後にも……私が魔物に捕らえられた時に、私ごと魔物に攻撃したことも……」
「……」
そんなことが……。
マクラギが助けられて、その時に漏れた炎がマクラギに当たって、それをマクラギが怒った。
多分、ヨフィさんは超回復能力があるから、そうやって盾になったんだと思う。
でも、マクラギに当たってしまった…………ごめん、マクラギならあり得そう。やるならちゃんとしろって怒りそう……。
それに、ヨフィさんに超回復能力があるから大丈夫だろうと、そのまま魔物に攻撃いた可能性もある。
うわぁ、こう思えちゃうことが嫌だー。
ロボ娘ちゃんの方をチラリと見る。
ロボ娘ちゃんはヨフィさんの方を見て、キョトンとした表情をしている。
どこかマクラギと似たり寄ったりな性格をしているロボ娘ちゃんのことだから、ホントに疑問に思っているのかも知れない。
「それはただたんに貴女の役割を分かっ――」
「わーわー! もうさ、そんなことは忘れて、ぱーっと、ぱーっとやろうよ! ここは私が奢るからさ! ね、ロボ娘ちゃんも!」
「そうですね、そろそろ機械油を補充しなくては」
「……なんだか上手いこと反らされているような気もするけど……そうね、アレは何かの間違いだって思うことにしましょうか」
危うく空気の読めないロボ娘ちゃんを止めて、無理やりにでも空気を入れ替える私。
これ以上その話をしたら余計ヨフィさんを傷つけるだけだ。ここは私が一肌脱ごう。
この後めちゃくちゃ食事した。