朝、眠気が取れない時は水分を摂ると良い
◆ ??? ◆
「姫様! 姫様!」
「どうしたのです。私はここです」
「おぉ、これは姫様。沐浴中、申し訳ありません。至急、耳にお入れしたいことがございまして」
「これ、侍女たちも離れなさい。して、ベズワルがそこまで慌てるなんて……何があったのです?」
その日、ベズワルは足早に向かうところがあった。
宮殿の一角。宮殿内にある一国の姫のために用意された場所。
建物の中だというのに川が流れ、木々が覆う中で木漏れ日が溢れる場所。木々からは小鳥の囀りが聞こえ、雑音と言う物がない場所。
姫様、アンジェリカ姫のために腕利きの職人と魔法使いに造らせた“森”だ。
結界で丸ごと森を切り抜き、結界を納める部屋へ移したこの場所。
ここは姫様専用の沐浴場。切り抜いた森は聖地として赤の国の南に広がる森で、一時は冒涜的だと批判されたこともあったが、そもそも聖地を守護する精霊に赦しをもらって造ったので問題は無い。
そんな沐浴場にいた姫様は突然のベズワルの訪問に驚きはしたが、直ぐに平静を取り戻す。
直ぐ傍で姫様を守るべく配置された侍女たちは例え副団長とも在ろう方でも得物を手にしてベズワルを牽制したが、直ぐに姫様が下げさせた。
そもそも姫様に護衛が必要なのかも甚だ疑問だが。
「実は……白の国よりやって来た者がおりまして……」
「白の国……白王からの使者なのですか?」
「いえ、その者は遣いの者ではなく、最近赤の国に移住して来た者です。その者……マクラギというのですが、今大会の本戦へ残った者なのです」
ベズワルの口から“白の国”という単語が出た瞬間、姫様の表情が一瞬だけ強張る。
白の国、ではなく白王からの使者かと思ったのは、過去の怨恨からなのかもしれない。しかしながらベズワルはその言葉の意味に気付かないままそのまま説明を続ける。
「あぁ……十二人の一人なのですか? 貴方がここまでして報告に来るのなら、腕が立つのでしょう」
物腰柔らかな姫様の前では自然と背筋が伸びて行くことにベズワルは気付いていた。
騎士団長としての姫様は女性であることを気にしてか、男勝りの口調をしている。対する今の沐浴中の姫様は一国の姫としての姫様。
今の姫様は騎士団長ではないのでどこか聖母のような包容力を持っている。
上司としての姫様か、仕えるべき主としての姫様。ベズワルはこの姫様に惚れ込んだのだ。
「えぇ、過去にドラゴンを討伐した経歴を持つ者です」
「ドラゴンスレイヤーなのですか! となればレベルは……いえ、今朝方貴方が私に言った通りではそれほど高いレベルを持つ者はいなかったのでは?」
「私も信じられないのですが、どうやら単騎で討伐したのは本当のようです。実際、レベルは低かったですが、屠竜が付加された武器とドラゴンスレイヤーの称号を持っていました」
「…………そう、ですか」
姫様が訝しげな表情をするのも無理もない。
それもそのはず、ドラゴンとは強者・絶大・覇者の三拍子がそろった魔物。とある地域ではドラゴンの中でも上位に君臨しているドラゴンは神格化されているほど。
弱いドラゴンでも最低百レベル……それも数人いないと討伐どころか撃退することも難しい。だが、恩恵は素晴らしい。
その鱗は金剛のように硬く、爪は石を抉り取る。武器や防具に用いれば類を見ない強さと強固を誇る。
それを、低レベルかつ単騎で討伐したとなれば何か間違いがあったと思っても仕方がない。
ベズワルも最初……いや、今も思っていることだろう。
だが、万が一。万が一にして本当のことだとしたら。
「それはとても……」
姫様はにっこりと笑う。
「楽しいことになりそうですね」
◆ 鍛冶師視点 ◆
「うむうむ。いやぁ、私が睨んだ通りです! アンタは凄い!」
「ネヒトさん、飲み過ぎですよ」
「おいおい、宴の席にそれは野暮だぜ? ほらほら、飲め飲め!」
「俺はもうたっぷり飲んだよ! アゾットさんも、もうウォッカ五本空けてるんだぞ?」
「あぁ。次はウイスキーだ」
夜もどっぷりと更け、夜鳴き鳥が囀る中、俺の段ボールハウスから黄色い声が飛び交う。
右にはアゾットさん。正面にはネヒトさん。テーブルの上には何本も転がる酒瓶。肴は今日の俺の戦果。
ベズワル副騎士団長が帰った後、早めに休もうとしたところ何故かやって来た二人。
どうやらネヒトさんは決闘場にいたらしく、俺が大会の本戦に進んだことを祝いに来てくれたのだ。
アゾットさんはギルドにベズワルが来たことを知らせに来たのだが、俺とネヒトさんが二人で酒盛りをしているのを見た途端に混ざったのだ。
もう日付も変わろうかというところ。
俺もいい加減酔いが回って来たしそろそろ止めたいところなんだが、ネヒトさんはほろ酔いで気分が良さそうで止まる気配は無く、アゾットさんは酩酊状態で止まるどころか加速している。
完全に野郎どもだけで完成された宴。酣はまだまだ訪れず、これからまだ盛っていくかのよう。
「えぇ、えぇ、私ゃ見ていたんですよアゾットの若旦那。マクラギ殿は腕も良いが頭も良い! ましてやスキルや技術の精練さと言えばもう……! なんと誰にも気づかれずに最後まで隠密を貫いたのですぞ」
「へぇ! そいつは凄い!」
「敢えて戦うことを避けることで本戦への力を溜めるとは……いやはや、戦わないとはまさに目からウロコ! まるで道端に転がる石ころのような隠密でした」
「なんせ、マクラギはあのドラゴンを一人で討伐したんだ! しかも、まるで生きているかのような業火の中を踊るように避け、ドラゴンに一太刀! 俺は思ったね、マクラギはいずれ天下を取るってね!」
「ほぉ! 私も又聞きですが聞きましたぞ! レナ殿は大層嬉しそうに話していましたなぁ」
「俺もその場にいたかったぜ……!」
酒も酒で肴も肴。
かなり盛り上がっているが、実はこの会話はもう何度もしている。
酔いも回って同じことを言いだした時はさすがにげんなりしたね。最初は照れ臭かったが、今じゃ聞き流している。
ちなみに、俺がドラゴンを討伐したことを知っている人は案外少ない。ギルドの人たちは知っているが、ギルド外となると知っている人は皆無に等しい。
それもそのはず、ギルドの人たちでも半信半疑の人たちばかりだから。
低レベルでドラゴンを討伐ーだなんてことは、隕石を金属バットで打ち返したと言っているようなもの。
そんな眉唾物と分っている者をわざわざ言いふらしたりはしない。だから、そのことでからかわれることもしばしば。
俺も口で自慢することはしない。照れ臭い。
だから、俺はギルドの中ではホラ吹きと呼ばれることも。
まぁ、もう行かないから良いんだけどさ。
「そう言えばここに来てびっくりしたんだけよ、なんでホームレスみたいな生活しているんだ? 店は?」
「アゾットの若旦那。アンタ、御存じないので? マクラギ殿はその手に大きな技術を持っているのですが……それを妬んだものが、ここいらの土地を所有している貴族に吹き込んだのです」
「ってことは追い出されたのか! ギルドは何をしているんだ!」
「まぁ、お察しです。ギルドは……昔はそれはそれは大きな力を持っていましたが、いまや貴族に尻尾を振っている状況。嘆かわしいことに……マクラギ殿は……うぅ」
「んだと!? よし、マクラギ。俺がガツンと言ってやるよ! 俺はあそこの顧問地質学者だ。殴り込みにいくぞ」
「いや、もう……眠たいんだけど」
お酒が気を強くしているのか次第に語気と感情が昂ぶっている様子。
対する俺はちびちびと酒を飲み、二人が話していることをボーっと聞き流している。
二人とも俺を心配して言ってくれているのだろうが、正直良い迷惑なんだよな。友人と呼べる関係かどうかは怪しいがお節介は感謝している。
そして、ギルドはもうどうでも良い。
これから新しいルートを開拓するつもりだし、そもそも赤の国を出て行こうとも思っている。
まぁ、今言うことでもないけども。
「あのさぁ、俺はもうギルドに顔を出すつもりはないし、どうでも良いんだって。この大会で金を手に入れて、またそこで店開くだけだよ」
「何て寛容なのだろうかマクラギ殿は……! やはりこの世界は正直者が馬鹿を見るのでしょうかねぇ」
「いや、本当にどうでも良いんですよ、ネヒトさん」
実際問題、もうどうでも良い。
ぶっちゃけどうにもならないことだったし、あの時はあの時で頭に血が上っていたからしょうがない。
まさか俺がロボ娘が泣いている姿を見て怒るとか……無いわぁー。後で思い返してみて、なんであんなに怒ったのだろうと思う自分がいる。
確かに、店を失ったこととギルドに裏切られたのには腹が立った。だけど、過ぎたことをとやかく言っても仕方がない。
この大会で大金が舞い込むのは確定だし、今度はもっと大きい店が建てられる。それでいい。
そのついでに、あの商会と貴族には痛い目に合ってもらうだけ。
うわぁ、楽しみ。
「……マクラギ。悪い顔してるぞ」
「え? あぁ、ただ人の不幸は蜜の味だなって」
「人の不幸ほど、酒の肴になることはないですからなぁ。まぁ、まだ笑える不幸に限りますがね」
「ん? ってことは、この酒宴って俺の不幸を啜りに来たのか!」
「おっと、そこに気付くとは、さすがマクラギ殿!」
「だぁはっはっは! いやぁ、実に甘い蜜だなぁマクラギ!」
「うるせぇ! 酒だ! もっと酒を寄越せ!」
この後めちゃくちゃ酒飲んだ。