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人生、ネギとリンゴとトマトを食べていれば案外何とかなる



「失礼する!」


 勢いよく観音開きの扉を開ける。

 となれば、その際に大きな音が鳴るのは必然のこと。

 その音に驚いた者たちが何事かと扉を開いた者、ベズワルへ傾注するのも必然と言えるだろう。

 しかし、ベズワルはその視線の数々をその身に浴びてもどこ吹く風。気にせずに奥へと進んでいく。

 目的地は窓口。だが、その窓口には誰もいない。


 ベズワルがやってきたところはギルドだ。

 目的は、いわずもがな白黒男。


「今日は支配人も副支配人もいないですよ、副騎士団長」


「貴様は?」


「俺はアゾットって言います。貴方とは面と向かって話したことは無いですけど、騎士団から送られてきた以来には何度もお世話になっているつもりです」


 誰かいないものかと中を覗き込んでみるが誰もいない。

 どうなっているのかと思い、窓口から視線をはずしてエントランスホールに目を向けたときだ。

 こちらに歩み寄りながら話しかけてくる優男が一人。ベズワルはここのメンバーの一人だと結論付けた。

 名はアゾットという。見たことも無い顔だとベズワルは思う。


「副支配人がいないのは存じているが、なぜ支配人はいないのだ?」


「支配人はちょこっと野暮用で。ましてや、騎士団(そちら)とは関係ないことなんでね」


「……そうか」


 あまり歓迎されていないと感じたベズワルは早々に本題に入ることにする。

 どうやら彼が今ここの責任者らしく、この男以外に近寄って来ようとしない。

 それならば好都合と、少し微笑む。


「実は今日は騎士団とは関係ないことだが、訊きたいことがあってな」


「なんでしょう?」


「このギルドに白黒の服を着た男がいると聞いた。その者に関して少し訊ねたい」


「…………」


 彼は心当たりがあるのか、少し表情が曇る。

 どうもあまり望まれている話題ではないようだ。


「……マクラギが、どうかしたんすか?」


 あの男はマクラギと言うらしい。


「いや、なに。少し素性が明らかでないのでな。騎士団としては怪しい者を調査するのも仕事だろう?」


「どうしたんすか? さっきは騎士団とは関係無いって言ってましたけど、早々ボロを出すなんて調子悪いんすか?」


「……ふん、そうだな、今の私は調子が悪い。それでいて気が動転している。今日は出直すとしよう」


 実際、今のベズワルはすこぶる調子が悪い。

 心臓は長距離を走ったみたいに鼓動し、息はどこか乱れている。

 いや、調子が悪いというよりも、急いでいると言った方が歯車が合う。焦っているのかも知れない。

 このぬるま湯に浸かっている現代で、少しでも期待できそうな人物の出現に。


 男として、戦士として、血が昂ぶっているのかも知れない。

 かも、知れない。


 だからこそ、このままおめおめと引き下がっては戦士の名折れ。




◆ 鍛冶師視点 ◆




 我が段ボールハウスへと戻ってきた俺。

 肌寒くなって来た季節にはもってこいの家だ。家賃ゼロで案外住み心地が良い。

 最近は娯楽室まで作ったりして楽しんでいる。というか市道にこんなものを置いてしまって良いのだろうか。

 もはや段ボールハウスの域を越えて一軒の建物みたいになっている。雨が降ればビニールシート必須だが。


 近くのガラクタ置き場から拾ってきたランタンに火を入れ、明かりを点ける。

 その瞬間、俺は思わず腰を抜かしてしまった。本来なら誰もいるはずの無い居住区スペースに無骨な男が一人座っていたのだ。

 色黒で顎ひげを蓄えた筋肉隆々の巨漢。鎧を着こみ、その鎧にはこの国の国章が刻まれている。


 俺はこの人物を知っている。

 黒の国のクエストでは欠かすことの出来ない人物にして珍しく好感の持てる共感ポジションの人物。

 この国の副騎士団長のベズワルだ。


 そのベズワルが、段ボールで出来た椅子に座っている。

 それなのにも拘らず歪まない椅子はかなりの強度を誇る。それが分かったとてどうするのか。


「な、なんですかアンタ! 人の家に勝手に上がり込んで!」


「それについては詫びよう。私のことは知っておいでかな? この国の騎士団の副騎士団長を担っているベズワルだ。以後よろしく頼む」


「ど、どうも」


 突然のことに困惑する俺。

 それもそのはず。こんなイベントなんて知らないし、この段階でベズワルと会える乱数は存在していないのだから。

 それ以前に、自宅……それも薄暗い中に筋骨隆々の巨漢が居座っていたらホラーだって。マジで心臓に悪いってば。


 とりあえず落ち着くために何故か俺が客人用の椅子に座って相対する。

 ランタンの光で映し出されたベズワルはそれはそれは強面で僕は委縮してしまうのです。

 どこかの髭魔王を彷彿させるな、この光景は。


「貴殿はマクラギ殿……で、間違いないですかな?」


「え、えぇ」


 まさか、俺がこんなところに段ボールハウスを建造したのが苦情を受けて副団長直々に俺に立ち退き命令を出しに来たのか!?

 それとも貴族関連で俺は島流しにするとかの勅令がでたのか!?

 いずれにせよ油断は出来ない。今までほとんどゲーム内での知識頼りだったせいか、こういう突然の事態に対応できない場合がある。

 確かベズワルのレベルはこの時点だと八十。間違っても相手にしたくはない。


「まずは大会の本戦出場、おめでとうございます」


「あぁ、ありがとうございます」


「突然のことで申し訳ない。少し……私情で聞きたいことがあったのだ」


「なんでしょう?」


 私情……ということは少なくとも騎士団は関係ないということになる。

 それだけでも肩の荷が下りた気になってしまうから不思議だ。問題は何一つ解決していないというのに。

 ベズワルは少し咳払いをする。何か言い難いことでもあるのだろうか。


 っと、俺はお客さんにお茶も出さないで何をしているんだ。

 これで玄翁さんだったら叩き出しているが、相手は騎士団のお偉いさん。それももしかしたらお世話になるかも知れないんだ、下世話には出来ない。

 媚を売っておいて損は無い。


「いやぁ、すんません。お茶も出さないで」


「いや、お構いなく。コレを聞いたら変えるつもりだったからな」


「そうですか」


 ということはホントに私情でここに来たらしい。

 もしかしたら建前という可能性も捨てきれなかったので、ちょっと安心。


 ベズワルはボリボリと顎を掻くと、ずいっと身を乗り出して来た。

 少しだけ距離が詰まる。


「貴殿は四十三レベルでドラゴンを倒したそうだな」


「え、えぇ。まぁ」


「ふむ。では、ドラゴンスレイヤーを持っているのか?」


「はい、これです」


「……これは」


 聞きたいことと言うのは俺がドラゴンを倒したかどうからしい。

 考えてみれば合点が行く。この世界ではドラゴンは強さの象徴にして戦士の象徴。

 手練れが幾人も集まって討伐するのに、俺が一人で倒したとなれば噂にもなるだろう。

 実際、ギルドでもしばらく噂になって、あちこちから一緒に依頼をしてくれないかという誘いもあったのだから。

 ほとんど断ったんだけどね。


 ベズワルはドラゴンスレイヤー……つまり、ドラゴンに止めを刺して血を浴びた“副王の剣”をお求めということで何の疑問も抱かずに渡す。

 この剣についてはまだ分からないことが多いから研究中なんだよな。今分かっているのは、守備力無視でダメージを与えられ、ドラゴンに対して絶大な力を発揮することだけ。

 まだまだ分からないことがありそうだが、一人の力ではこれが限界かな。


「……確かに、ドラゴンスレイヤーですな。それに、称号もドラゴンスレイヤー。……これはお返しします」


 神妙な面立ちで俺に“副王の剣”を返すベズワル。

 その表情はどこか切羽詰っているようにも見える。額には汗も見受けられる。

 更に、受け取る時に手も震えていた。コレは一波乱ありそうだな。


「最後に一つだけ。貴殿は……短剣スキルを使わずに隠密のようなスキルを使えるのか……?」


「いえ、使えません」


「……そうか」


 短剣スキル以外に隠密のようなスキルはないし、俺は短剣でしか使えない。

 どこかに忍者をモチーフにしたキャラクターが使えるらしいが、生憎俺はタダの人だ。忍者ではない。


 ベズワルは俺の答えを聞くと、一回だけ頷いて立ち上がった。

 どうやら帰るようだ。お見送りをしよう。


「邪魔をしたな」


「あ、いえ」


「貴殿が大会で戦う姿を、私は……いや、俺は楽しみにしている。それでは」


 そう言って、ベズワルはマイホームから去っていった。

 ベズワルが座っていた段ボールチェアは予想通り歪んでおり、なぜ崩れなかったのか不思議で仕方がない。

 こんなにも強度が高いのなら他にも使えそうだな。なにがあるだろうか……。


 って、それよりも、何がしたくてここにベズワルが来たんだ?

 それも私情って。ますますわからない。俺に何が言いたくて、俺から何を聞きたかったのだろうか。

 まぁ、考えても分からないのだけれども。


「さて……明日まで暇だ」


 大会の本戦は明日。

 それでもまだ時間がある。明日は相当忙しいだろうから、少し早いが休もう。

 先日備え付けたシャワーが結構気持ちよくて重宝する。よく湿気で崩れないものだ。


 それはシフトワールドクオリティなのだと、無理やり納得したが、やはりおかしいな。

 この段ボールに何か特別な力でも宿っているのだろうか?


 ……それこそないな。

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