コラーゲンを摂取することは、なんやかんやで効果がある、らしい
◆ 鍛冶師視点 ◆
「あーあ、終わった終わった」
無事に最後の十二人まで生き残った俺は立ち上がり、その場で背筋を伸ばす。
周りを見ればほとんどの人が篩い落としで見事に落ちた人たちばかり。
ある者はどこか達観したような表情で、ある人は自分の不甲斐なさに落胆し、ある人は結果に納得がいかないのか怒りを露にしている。
そんな人たちは全て篩い落としで落ちることが確定している人。どう足掻いても来年も再来年も本選に出ることは叶わない。バカみたいだ。
安心しな、代わりに優勝してやるよ。
とは言っても、俺は戦ってすらいないんだがな。
この裏技はとある勇士によって発見されたんだ。この篩い落としは初期値配置が完全ランダムで、場合によってはプレイヤーが既に何人かで包囲されている状態になることがある。
そうなっては、始まって早々四方向から攻撃されることは容易に想像できる。だが、そうはならなかった。
自分の目の前にいる敵しか攻撃してこなかったのである。普段の戦闘ならば、四方向から攻撃されてハメ殺されるはずなのだが、この篩い落としに限っては自分の前方にいる敵しか攻撃してこない。
ゲーム内では一年に一回催される大会と銘打っているが、実際にプレイするとシナリオ上一回しか大会は催されない。
そう言うことも配慮されて嵌め殺しにならないような仕様になっていると思ったそうだ。
だが、考えてほしい。
このゲームは鬱ゲーマー御用達の会社から発売されたゲーム。
今更そんな親切な配慮をあの開発陣がするわけがない。
そこで、とある掲示板に勇士が書きこんだことで掲示板に大きな波紋が広がることになる。以下原文。
『武器装備しないでしゃがんだら誰も襲ってこないんだけど』
という一文。
それがきっかけとなり、真似をする者が現れるようになり、ついにその全貌が明るみになった。
これはもちろんゲーム内の話であり、ゲームをプレイするにはハードが必要だ。この場合のハードはPC。
一口にPCとは言っても性能の差はかなりある。高性能ならば解像度は高く、キャラクターもスムーズに動く。
だが、低性能ならば話は別。ゲームはコマ送りとなってプレイするのは困難になる。
そして、ゲームによってPCに負荷がかかり、高性能とは言えど負荷が大きければコマ送りなってしまう。
このゲームは基本的に容量が多く、キャラクターも複雑な動きをするためにかなりの負荷がPCに掛かる。
そんな負荷が多いゲームで混戦をしたらどうなるか。普段の戦闘では多くても同時に八体程度しか動かない。
だが、今回の大会の篩い落としはどうだ。ブロック分けされているとは言え、かなりの人数が同時に動く。
そうなってしまっては今まで以上の負荷がPCに掛かり、ゲームをプレイするのが困難になってしまう。
だからこその、今回の裏技のようになったのだ。
篩い落としは相手と目を合わせ、武器を装備している状態だと襲ってくる仕様になっている。
そうすれば大人数とは言えど、所詮は一対一でしか戦闘は行われず、処理速度も幾らか早くなり、PCの負荷を軽減することになったのだ。
だから、相手と目を合わせず、装備無しだと戦闘にならない。
コレを発見した経緯は、素手スキルというものがあり、装備をしていない状態だと強制的にこのスキルが適用される。
その素手スキルの《首折り》という背後から攻撃すると威力が上がるスキルをしようとして、しゃがんで見つかる確率を下げて相手の背後に近づこうした結果だそうだ。
正直ガバガバなデバック作業だったんだな、と俺は思わず思ったほど。
まぁ、今はそんな仕様に感謝しよう。
「生き残った十二人は前へ出てください!」
拡声器を使ったような大きな声が闘技場内に響き渡る。
見れば、杖を装備したクックさんが下に降りてきていた。なにか魔法でも使ったのだろうか?
とりあえず言われるがままクックさんの方へ向かう。すると、俺と同じく向かって行く十一人の姿。
どうやら、これが本戦の面子のようだ。
クックさんはやってきた十二人の顔を見ようと視線を動かし、俺を見た瞬間に体が強張っていたように見えたのは気のせいではないだろう。
「……おめでとうございます。あなた方は晴れて本戦へ出場することが決まりました。つきましては説明会を行いますので、先ほど説明をした会議室にてお待ちください」
それだけ言ってすたこらと去っていくクックさん。
そんなに俺と同じ場所にいるのが嫌か。奇遇だな、俺もだ。
ということでさっきの会議室に戻ろう。
その際に本戦の面子を確認しておく。
魔法使いっぽい法衣を着こんだ荘厳な男性。如何にも戦士だと言わんばかりの鎧を装備した男性。
軽装に身を包み、短剣を装備した男性。筋骨隆々で武器を装備していない男性。
重そうな戦斧を担いだ男性。軽装だが、大事な部位は重点的に重厚な装備で固めた男性。
旧時代の鎧を装備した老兵。大振りな大剣を引き摺るように装備した優男。
笑顔を絶やさないピエロ男。シンプルながらにも立派な業物を装備した男性。
そして、蒼衣の戦士。
皆、“いつもの”面子だ。
いつも通りの、ゲーム通りの面子。幾らゲームを周回しようと、変わらない出場者。
そして、初戦で戦う相手も決まっている。最後に紹介した蒼衣の戦士だ。
他の出場者と当たる確率は完全にランダムだが、初戦だけはこの蒼衣の戦士なんだ。
結論から言うと、蒼衣の戦士とは戦えない。
大会当日になって辞退して不戦勝となるからだ。理由は分からない。
だから、実質俺はシード枠となる。
蒼衣の戦士とは一回だけ別の機会で戦えるが、それは今は話す時ではない。
よく見なくても分かるが、本戦へと出場しているのは皆男性だ。やっぱり体格や筋力は男性の方が優れているからだろう。
女に生まれなくてホント良かった。
◆ ??? ◆
「おい! 今すぐ出場者名簿を見せろ!」
一つの怒号が決闘場のロビーに響き渡ったのは篩い落としが終わってから間もなくだった。
声の主は筋骨隆々の男。顎ひげを蓄え、無骨と言う言葉を表したかのような男性。
そんな男が受付に向かい、声を荒げたものだから注目の的になるのは火を見るより明らかだった。
対する怒号を一身に受けた受付嬢の肩が跳ねていたのは言うまでもない。
「ベズワル副騎士団長様……?」
「良いから、出場者名簿を見せてくれ! 後、装備の一覧も!」
「か、かしこまりました」
鬼気迫るベズワルの気迫に圧され、さすがのベテラン受付嬢でもこれには営業スマイルを失う。
直ぐ様カウンターから出場者名簿と出場者に関する備考が書かれた書類を取り出してベズワルへと渡す。
ベズワルはそれを受け取ると、流し読みしながら次々とページをめくっていく。
それを、受付嬢は何事かと見守るだけ。
ただでさえ存在感の大きいベズワルのことだ。
この場に居るだけで篩い落としを見に来ていた人たちの注目を浴びるのは必須。
それだけではない。彼が醸し出すただ事ではないオーラはその手の者でない者でさえ注目するほど。
「……いた!」
その行動もすぐに終わりを告げる。
ベズワルがページをめくり始めて数秒。名簿で言えば中間辺り。
ベズワルが目的とするページを発見したようだ。ベズワルは食い入るようにそのページを見る。
目は血走っており、かなり危険な臭いがする。
それを感づいたのか、受付嬢は軽く身支度をしてその場を離れる準備をし出した。
しかし、それは杞憂と終わる。ベズワルは暴れるようなことはせず、ただ大人しくそのページを見るだけ。
「出身……白の国? あの服は民族衣装か? 主な功績……ギルドにてメンバーに対し多大な貢献。鉱山にて奥に巣食う魔物と……ドラゴンの討伐!?」
ベズワルは思わず声を荒げた。
その声に思わず身構える受付嬢。
ベズワルが驚くのも無理はない。ドラゴンと言えば有数の実力者のみが挑むことが赦される強さの象徴。
ドラゴンの討伐は戦う者にとっての誉れ。戦士なら誰もが憧れるドラゴンスレイヤー。
ベズワルとてそれは例外ではない。
ベズワルはドラゴンと対峙したことはこれまでに何度もある。その中の一匹は騎士団の仲間と共に何とか討伐することに成功していた。
一対一なんて自殺行為。そんなもの、この国の姫様か国王でしか聞いたことが無い。
ギルドでも討伐するにはS級のギルドメンバーがパーティーを組んでやっと倒せるという。
それなのにも拘らず、ベズワルが見るページ。とある男の情報が書かれた項目。
そこにはまぎれもないドラゴンと相対し、討伐したという記述。それには驚かずにはいられない。
思わず二度見したほど。
「そんなわけが……」
そこで思い出す。
いつぞや、騎士団の兵たちが話していた内容を小耳に挟んだ時のことを。
とある新人のギルドメンバーがドラゴンの討伐に成功したと。将来有望な戦士だと楽しそうに話していた。
そんな者がいるのなら是非とも騎士団に入ってほしいと思っていたが、その人物はギルドメンバー。ギルドと騎士団は提携する間柄。
そんな中で意図的に引き抜きを掛けるのは良くないと執政に言われ諦めたのだ。
それが、今さっき見た男なのか。
誰にも気づかれることなくその場に座り込み、まるで道端に転がっているような石ころになりきって篩い落としを生き残った男。
名前は“枕木智也”というらしいが、ベズワルには読めなかった。見たことも無い字だった。
「邪魔をしたな」
ベズワルは出場者名簿から目を離し、受付嬢へと返すと踵を返して決闘場を後にする。
目的地はもちろん、赤の国のギルド本部だ。
結局、受付嬢はいったい何のことか最後まで分からないままその場で呆けた顔をしていたと言う。