梅とウナギは食べ合わせが良くないと言われているが、実は合いすぎるためにそう言われている
◆ ??? ◆
「それで、今年の出場者はどうなんだ?」
「例年とあまり変わっておりません」
「そうか……この国も落ちたものだ。優秀な戦士が集まらないとは……」
真っ赤な宮殿の一室。
コルクボードを持ち、眼鏡をかけた女性は淡々と出場者たちのレベルや熟練度などを報告している。
それを聞くのは筋骨隆々の男。顎髭を蓄え、強面に分類される顔をしかめっ面にして不機嫌を表している。
特徴を述べるなら、顎髭の代わりに何もない頭髪だろう。
筋骨隆々の男はベズワルと言う。
この国、赤の国の騎士団の副団長。数々の功績により、国王より“熊の子”という称号を授かり、その名に恥じない勇猛な戦い方をする男だ。
ベズワルは眼鏡をかけた女性を退かせると、深く椅子に座り込んだ。椅子は巨体がもたれ掛ったことにより、少し湾曲してその体を支える。
かなり古い木の椅子だ。柔軟性はあるが、無理な扱いをすればすぐに壊れてしまうだろう。
「失礼する」
「……これはこれは姫様。このような場所に何の御用で?」
「疲れた顔をしているな。大会のことか?」
「えぇ、まぁ」
ベズワルが椅子に座り、少しの間目を閉じていた時のことだ。
三回のノックの後、この部屋に入ってくる人物がいた。真紅の鎧を着こみ、その鎧よりも美しい赤髪を棚引かせた女性だ。
赤レンガで造られた宮殿と相まってか、その赤色は少し目に悪い。
とてもではないが。女性にしては珍しい口調をしているこの女性はベズワルの直属の上司でもあり、護衛対象でもある。
名をアンジェリカと言う。この国の王女様だ。世界でも珍しく女性の騎士でもあり、騎士団の騎士団長でもある彼女はとても強く、むしろ護られるのはベズワルの方が多い。
そんな関係に、ベズワルは少し引け目を感じていることは内緒だ。
そんな姫様を前にしたベズワルは姿勢を正し、立ち上がることはしないまでも、その姿勢は目上に対してのものだ。
しかし、慧眼を持つとまで言われている姫様の前では無力のようで、つい先ほどの出来事を悟られてしまう。
すっかり安心しきっていたベズワルの痛いところを突かれてしまったというわけだ。
「今年も猛者は現れていないのか……」
「姫様が満足なさる戦士はこの御時世にはおらんのでしょうか」
「この国に私を負かせる者は当にいない。私は強くなり過ぎてしまったのか……このままではこの国が――」
「姫様」
「……心にもないことを。すまん」
ベズワルが姫様の言葉を遮るように呼ぶ。
自分が言い過ぎてしまったことに気付いた姫様は素直に詫び、頭を下げた。
おおよそ、一国の姫様がすることではないが、ここにいる姫様はあくまでも騎士団長としての姫様。
ここにおいては上司と部下に過ぎない。
しかし、姫様が言うことにも一理あるとベズワルは思う。
事実、この国には……正しくはこの国の軍には姫様に勝てる者はいない。
第一にレベルの違い。この国の軍にはピンは二十、キリは八十までのレベルを持つ者たちがいる。
詳しくはレベル二十は兵卒、レベル八十はベズワルである。そんなレベル八十という世界でも高いレベルなのにも拘らず、姫様はレベル百だ。
この世界ではレベルの差というのは実力の差以外の何物でもない。二十という差、それは絶望的までに大きな壁なのだ。
次に熟練度の差。
姫様は剣スキルを極めており、世界でも有数の剣士。【剣聖】という称号を取得しており、この国では父親である王を除いて最強を誇る。
剣スキルを極めた姫様が繰り出すスキルは正に神業。目にも留まらぬ勢いで繰り出される剣閃は斬られたという認識を無くすと言われている。
それは何を意味するのか。
騎士団長が姫様。その騎士団長に敵わない。
そうなれば、騎士団の士気にも関係してくる。そこまでの雲上の存在ならば、目指す意思も弱くなるというもの。
そして、それが限界にも思えてくるのが人間というものだ。姫様という限界を知ると、それ以上がないと思ってしまうのである。
故にそこには、怠惰が生まれる。
それ以外に姫様の言葉には違う意味も込められていることを、ベズワルは察した。
この国は王族が前線に立って戦うという歴史上でも稀有な国家だ。故に王族は強者であることが前提とされ、弱者は宮殿の敷居をまたぐことも赦されていない。
強者とは腕っぷしはもちろん、文学にも精通しているとのことだ。
だからこそ、王様の一人娘で唯一の子どもである姫様の婿となる者は、姫様よりも強くてはならない。
だが、前述したとおりこの国に姫様に敵う者は王様を除いて誰一人としていない。
唯一、姫様を負かすことが出来たのは【女神】に寵愛されし【勇者】のみ。しかも、その【勇者】は女性で既婚者だというのだから泣きたくもなる。
このままでは、国家の存続にかかわる。
「母君が亡くなってから幾数年。跡継ぎは私以外にはいない。しかし、父上は私を一人の女性として護れる者以外に婿は取らないと……これでは本当に……」
「御安心ください姫様。このベズワル、如何様なことが起ころうとも、姫様の御傍におります。なんなら、この私目が」
「貴様は私よりも弱い。貴様では力不足だと何度言ったら分かる」
「…………」
ベズワル、何度目かの玉砕。
◆ ◆ ◆
「頭が痛い……」
姫様と別れたベズワルは形式上でも大会に顔を出さなくてはならないため、決闘場へと向かっていた。
正直、ベズワルは大会に出たとして、楽勝に優勝できると自負している。
それもそうだ。昔はまだ魔物の攻勢も厳しく、また隣国とのいざこざもあったためか、腕を磨く兵士や冒険者は多くなった。
それが今ではどうだ。ある程度砦や城壁が築かれ、昔と比べて魔物たちが人間を襲わなくなったせいか腕は鈍り、生死観が見直されて随分と温い世の中になった。
十年前の大戦をふと思い出す。
その時のベズワルは騎士団の副団長ではなく、せいぜい小隊の頭目を任される程度だった。
その頃から姫様は勇猛で、まだ十三になったばかりだというのに並の兵士では歯が立たない御転婆だったと記憶している。
そんなおり、この赤の国に魔物の軍勢が襲い掛かった。とても統制がとれており、まるで軍勢が一つの獣のように動くため苦戦を強いられた。
そのため隣国に止むを得ず救援を求めたが我関せず。
友好的な関係を築いていた白の国には無視をされ、緑の国は飛び火が来るのが怖いと言われ、青の国には魔法を金輪際使用しないと誓えるのなら助けると言われ、黒の国には隷属するなら考えなくもないと言われる始末。
特に白の国から何の援助もなかったのは王様はとてもショックを受け、それ以来白の国とは敬遠気味なのだ。
そんな時からだ。
決闘場も興が冷めたように静まり返ったのは。
「首尾はどうだ?」
「これはベズワル副団長殿。準備は滞り無く進んでおります」
「そうか。出場者は?」
「たった今から篩い落としが始まるところです。出場者たちのデータをご覧になりますか?」
「いや、いい。城で見てきたからな」
「そうですか」
決闘場へと到着したベズワルはまず受付へと向かい、顔なじみとなった妙齢の女性に話しかける。
この女性は毎年のように決闘場の受付嬢を勤め、その変わらない美貌はベズワルも認める。もう四十近いはずなのに、と思うベズワル。
見た目では二十代後半でも十二分に通用する美貌だ。
今から恒例の篩い落としが行われるとのことで、観覧席へと向かうベズワル。
一応、本選に出場する十二人の顔を覚えておくためだ。しかし、それは数日の間だけのこと。
一週間も経てば忘れ去るだろう。
出場者たちは皆ベズワルのレベルの半分にも満たない者たちばかり。
かろうじて四十レベルを超えている者たちはいるものの、それでもこの国では中堅も良いところだろう。
冒険者としては通用するだろうが、兵士としては役に立たない。掃除係が落ち着くことになる。
「……はぁ」
観覧席に到着したベズワルは、ちょうどよく戦いの始まりに間に合うことが出来たようだ。
決闘場の上空で杖スキルだろう魔法が爆ぜ、篩い落としが始まった。その初動だけ見たベズワルからはため息が漏れる。
たったそれだけでレベルの低さが理解できたのだ。そもそも、今回の出場者たちのレベルが低すぎる。
例年通りならば、一人くらい六十レベルの者がいてもいいのだが、今回の最高レベルは四十三。
実に低レベル。使うスキルもよくて中級。見ていて欠伸が出てしまいそうだ。
「……?」
そんな中、一人だけ動かない者がいるのに気付いた。
白と黒の服を纏い、腕に黒き腕甲を装備し、脚に東洋の脛当てを装備する様は、正に不恰好とも言える。
そんな男が、得物も構えず、ただジッとしているのだ。その目線の先には剣を振りかぶった男。
このままではあの男はダメージを受けてしまう。それなのに動かない。
まさか諦めてしまったのだろうか。
そのことにベズワルは憤慨する。温くなったとはいえこの決闘場は戦う物が集う神聖な場所。
そのような場所で戦うことを放棄し、諦めるのはとても赦せるものではなかった。戦士として、副団長として。
そもそも、この大会そのものが姫様の婿を決めるためのものなのだ。それを知る者は少ない。
この大会で優勝した猛者は姫様と戦える権利を得る。そして、勝った暁にはこの国で可能な限りでの願いを叶える。
それは次期国王とも意味しているのだ。
そんな重要な大会で、姫様に想いを寄せるものとして赦せるはずがなかった。
その憤慨はかつて大戦で負けたことにも匹敵するほど。
ベズワルはその男の顔を注視する。
憎き顔を忘れないため。これが終わった後に報復するため。
そのため、ベズワルは見てしまった。
憎き男がその場に座り込むのを。
「……!」
ベズワルの怒りは頂点に達し、今にも心臓がはち切れそうなほど鼓動する。
怒りで脳の血管が切れるというのはあながち間違いでもないのかも知れない。
だがしかし、その怒りも次の瞬間には吹っ飛んでしまった。
憎き男に斬りかかろうとしていた男が、まるで最初からなにもいなかったかのようにその横を素通りしてしまったのである。
何ゆえそのような行動に出たのか、ベズワルには理解が追い付かなかった。
それどころか、恰好の的であるはずの憎き男に誰も襲い掛かろうとしていない。
その場で無防備にも座り込み、ジッとしているのに。
ベズワルは最初、他の者たちはいつでも始末できると思って無視をしているのだと思った。
だが、その考えは徐々に変わっていく。
他の者たちは憎き男をまるで気付いていないかのように蹴り飛ばしたり、傍を駆け抜けて行く。
憎き男に躓いた者たちは、何に躓いたのか分からないと言ったようにキョロキョロと辺りを見渡し、やがては気にせず戦いに戻っていく。
その様子は、ベズワルから見て演技ではないと理解した。
だからこそ不思議なのだ。
何故、あの男に気付いていないのか、と。
結局、最後まであの男は誰に攻撃されるわけでなく、最後の十二人になるまで生き抜いてしまった。
戦わず、誰一人傷つけることなく本選に出場するなぞ、聞いたことも無い。
だからこそ、ベズワルは憎き男の顔を覚えれた。