殴る力をつけたいのなら、握力を鍛えると良い
◆ 鍛冶師視点 ◆
腹も膨れて、時間も良いところまで潰したところで闘技場へと戻る。
着崩した学生服が最近恰好良いと思い始めてきたので、そろそろ本当に防具を変えたい。
気になっていた学生服の守備力だが、なんとまさかの0という頭を抱える結果に。しかも、この学生服……いわゆる固定装備というもので、俺は胴・脚には学生服しか装備できないハンディキャップを背負う羽目に。
装備が出来る部位は残り、腕・頭しか自由に装備が出来ない。そのため、その部位に装備する防具は気が遠くなるほど厳選した。
それがこの“ゴッドフリートの鉄腕”と“弁慶の脛当て”という装備。
ゴッドフリートの鉄腕と弁慶の脛当てはユニーク防具と呼ばれるもので、この世界には一つしか存在しない。
そのため、入手するのもかなり苦労した。このゲームのことを知っていてでも苦労したのだから、かなりの難易度だった。
自力救済権を乱用した貴族ゴッドフリート・フォン・ベルリヒンゲンの仲間となり、私闘と呼ばれる戦いを一回も敗退することなく勝ち続けて金を相手貴族からふんだくり、その額が金貨十枚稼いでやっと手に入るゴッドフリートの鉄腕。
私闘一回につき銅貨十数枚なので、計算すると一万回私闘に一回も負けずに勝利しないと手に入らない。
せめての救いが、やり直しが何回でも出来るところだったな。もう一回苦しめるドンってか。
そのため、その頃の俺の暮らしは狂っていた。なんせ、一日に私闘を一回しても一万日掛かるからかなり切り詰めていた。
朝起きて私闘して朝飯食って私闘して牛乳飲んで私闘して昼飯食って私闘して牛乳飲んで私闘して夜飯食って私闘して牛乳飲んで私闘してシャワー浴びて寝るという毎日を送ってたら、いつのまにか金貨十枚以上、貴族百人以上領土五十以上その他もろもろを破産に追い込んでいた。
ルーデル閣下もびっくりだ。
自力救済権とは違法行為ではあるが、仕方のない場合のみ赦される行為で、この場合の自力救済権は貴族が自力で暮らしていけなくなったので、相手の領土の境目で言いがかりをつけてその言いがかりを私闘で解決することらしい。
そして、私闘で勝利することで賠償金として銅貨十数枚が手に入るシステムだ。
それはもちろん、相手も自分で暮らしていけなくなっているという意味でもあり、そんな相手から何回も銅貨数十枚を賠償金として奪えばどうなるか?
答えは簡単。
相手は餓死するか領土を失うことになる。
そのためか、何回か同じ貴族相手に私闘を挑むと、そのうち私闘を挑めなくなる。上記の通り、死ぬか土地を追われるからである。
中には、もう賠償金を払えば明日食べるパンがない、という貴族もいた。その貴族には美しい妻と可愛らしい娘がいたが、俺がその貴族相手に私闘で勝ったがために、その妻と娘を質に入れるという結果に。
おかげで、俺がその周辺の地域に行けば誰もが傍若無人だと言われる始末。
もう、その地域を学生服で歩けない。噂では、“陰陽のケダモノ”と呼ばれているらしい。失敬な。
ちなみにこのゴッドフリート・フォン・ベルリヒンゲン、実在するドイツの騎士だそうだ。
こんなクエストになるくらいなんだから、さぞや酷い貴族だったのだろう。
「……この鉄腕って、確か義腕だったよな? なんでジャストフィットするんだ」
決闘場へ行く道中、しっかりとゴッドフリートの鉄腕を装備する。
この防具の能力は力を二倍にして守備力を五十上げる代物。しかし、その代わり戦闘で逃げることが出来なくなり、盾(大楯を除く)を装備できなくなるというデメリットがある。
まぁ、決闘中は逃げることが出来ないし、俺は盾を使わないからデメリットにすらならない。
続いて弁慶の脛当てを装備する。
弁慶の脛当ては“太古の猛者”と呼ばれるユニークモンスターを倒すことで手に入るドロップアイテムだ。
この太古の猛者は適正レベルが百五十と非常に高く、周回プレイでないと倒せない者も多い。
そんな太古の猛者は種族ではアンデットに属しているが、どういうわけか即死攻撃が効くモンスターなのだ。
というわけで、俺がとった行動は太古の猛者から離れたところで短剣スキルの《隠密の影》を使って、ゆっくりと背後に近づき、同じく短剣スキルの《バックスタブ》という背後から攻撃すると大ダメージ+稀に即死攻撃のスキルで倒した。
とは言うものの、その試行回数は錯乱するほどのものだった。
そもそも、即死攻撃は基本的に発動率が低い。
レベルも関係しており、相手よりレベルが高いほど即死攻撃が効きやすく、低いほど効きにくいというもの。
当時の俺のレベルは三十。太古の猛者のレベルは百五十。差はマイナス百二十。
この時の即死攻撃が効く確率は0%。この数字だけで絶望感が漂ってくる。
だがしかし、いずれも即死攻撃が効く確率は0%と表示されるが、このゲームでは小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下の確率で即死攻撃が効く。気が遠くなるほど低い確率だが0ではない。
十分にレベルを上げ、武器や、素早さを上げるアイテム類を完璧に揃え、何度も何度も挑戦すれば即死攻撃が可能。
発見されなければ回避率が下がる為、即死攻撃が効く確率が多少上がる。
エルムドアも真っ青だ。
そんなわけで、慎重に太古の猛者に近づき、《バックスタブ》で攻撃して即死しなかったら直ぐ様そこから逃げて、相手がこちらを見失ったら再び背後から《バックスタブ》をするというだけの毎日を繰り返し、開始一週間で運良く入手することが出来たのだ。
しかし、能力は絶大だ。
装備すると特殊スキルの《威圧》が発動し、相手の攻撃力と守備力を30%下げて、素早さを半分にするというトンデモ能力。そして、なにより大きいのがコレを装備している限り、相手からの攻撃でクリティカルヒットしなくなるのだ。
これだけでもかなり違う。だが、残念ながらこちらの守備力は上がらず、回復魔法や補助魔法を使えなくなるというデメリットがある。
それでも、この装備を使う魅力は充分にある。
この二つが冒険者時代に使っていた防具だ。
後は、強力な武器たちを引っ提げて決闘場で優勝するだけ。
決闘中は回復アイテム以外のアイテムは使えるので、そっちも上手く使って行きたい。
まぁ、HPに気を付けていれば負けることは無いと思うが。本番はその後だし。
「説明会を受講なさる方は奥にお進みくださーい」
「おっと、ちょうど良かったな」
かなり早めに決闘場に着いたのだが、着くなり早々受付の姉ちゃんが説明会をするとの呼びかけをしていた。
ちょうど良いのは良いのだが、もしもギリギリに決闘場へと向かっていたのならと考えると少しゾッとする。
ともかく、案内に従って奥へと進む。この説明会は周回プレイをするに当たって何度も聞いているので正直寝てても良い。
説明会の内容はこうだ。
殺しはダメ。節度ある戦いを。呪われた武具は使用不可……等々。
そもそも、この大会での決闘場では結界が張られており、どういうわけかHPが0になることは無い。この大きな決闘場全域に張っているのだから、さぞや高尚な術師が張っているのだろう。
その結界をもっと他のことに使えばいいのにと思うのは俺だけだろうか。
ともかくまぁ、俺にとっては吐き気がする内容なので聞き流す。
なーんか微妙に過保護なんだよなぁ。
「では、これにて説明会を終わります。この後、毎年恒例の篩い落としが行われます。係の案内に従って決闘場内へとお進みください」
もう一歩で微睡の中へ落ちそうなとき、説明会を終える声が聞こえて来た。
それと同時に移動を始める挑戦者たち。俺もその中を目を擦りながら移動する。
そんな俺を訝しげな表情で見る視線を感じた。もっぱら、俺が眠そうにしているのを見て弱そうだと思ったのだろう。
周りを見れば、皆それなりの身なりをして身を固めているのにも拘らず、俺は上が白で下が黒の服を着ていて、両腕には黒いガントレットを着け、両脚に具足のような脛当て、更に首には民族首輪のようなネックレス、両手首にはガントレットの上からごっつい腕輪、両手指にはガントレットの上から指輪を填めているのだから目立たないわけがない。
俺だってこんな人がいたら注視する。
そんなこんなで決闘場内へと到着。
決闘場内はまんまグラディエーターたちが戦うようなコロッセオの様な内観だ。
広さは百人の戦士が混戦しても充分に広いくらい。地面は砂で覆われ、よく見てみれば砂の中に歯などの戦いの歴史が垣間見える。
おあつらえ向きに挑戦者の数も百人くらいだ。
ぐるりと辺りを見渡してみると、観覧席の中央に二つの豪華な椅子と、他の観覧席とは違う観覧席を見つけた。あそこの二つの椅子に、この王国の王様と王女様座り、豪華な観覧席には他国の客人などが座るのだろう。
この大会だって、いわば貴族の娯楽だ。蠢く庶民の姿を見て面白おかしく笑うのだろう。
ダメだ、腹が立ってきた。
他に目を向けてみると、一般の観覧席にはちらほらと人影が見える。
この篩い落としの一般開放されているのか、この戦いを見に来たのだろう。物好きな。
中には酒を片手に見ている者もいる。まんま娯楽だな。
まぁ、今はこの篩い落としを生き残るだけを考えよう。