揚げる時はカラッと
「今日は……十九日か。いよいよだ」
今日も今日とて噛み煙草を噛む。
道端に落ちていた新聞紙を拾い、今日の日付を確認する。
この新聞紙は恐らく誰かの布団なのだろうが、ありがたく貸してもらおう。
焚火の薪代わりにな。
あれから一週間ほど浮浪生活を過ごした。
金は玄翁さんのところへほとんど払ったため、ホテルに泊まる金さえ惜しい。
玄翁さんは受け取ることを拒否したが、糞ジジイはケジメとして受け取ったため晴れて貧乏生活へ。
というか、この暮らしはこの世界に来てから浮浪者として暮らしていたこともあってか、そこまで苦労しない。
浮浪者仲間も増えて食事処という名のゴミ捨て場も教えてもらえたため、餓死することは無かった。
それよりも、中々に興味深い話なども浮浪者たちから訊けて勉強になったこともある。
そんなこんなで生き抜いて、ようやく俺の復讐が動き出す時が来た。
季節は既に秋。あれだけ暑かった昼間ももどこか吹く風が肌寒く感じるようになってきた。
本格的に寒くなる前にこの生活から脱却ししなければと思う。思うだけだが。
この赤の国はそれはもう血気盛んなものが多くいる国で、王や女王も戦士として活躍している世にも珍しい国だ。
以前、言ったかもしれないがこの国には決闘場もあり、年に一回だけ催される大会もある。
その大会の受付が今日なのだ。それに、俺は出る。
何故かというと、その大会で優勝すると金貨五十枚が賞金で支払われるからだ。
五十枚だ。五十枚だぞ。それさえあれば店なんて建てなおせる。
大会は五ヶ国から勇士が集まり、その強さを競う物。
なのだが、主人公のレベルに合わせてその大会の難易度が変わるという低レベルにも優しい内容。
なので、俺のレベル……四十三レベルでも充分に優勝を狙える。
だが、問題はその後だ。
その大会で優勝することが出来れば、エキシビションマッチが行われる。
対戦相手は姫様。つまり、この国の王女様。
普通に考えれば、姫様が危ないはずなのだが、逞しいことにこの国の姫様は騎士団長で、一軍を相手取れる無類の強さを誇るというふざけたステータスを持つ。
更に、その姫様だけは主人公が百レベル以下ならば百レベル固定。
主人公が百レベル以上なら二百レベルになるという思わず笑えてくる仕様になっている。
なので、普通は周回プレイして、主人公のレベルを二百以上にあげて挑むのが主流となっている。
だが、低レベルクリアを望むものが後を絶たないらしく、プロのドM御用達の登竜門である。
攻略サイト曰く、ラスボスより強いらしい。
実際、姫様と戦うのは主人公一人のみで、サポートする仲間はもちろん、回復してくれる仲間もいない。
姫様の火力は低レベルで挑むとHPが一瞬で無くなるほど。
そうなれば、当たらなければどうということは無いという考えに行き付くのだが、姫様の行動パターンに決闘場全方位攻撃があるため、正直言って低レベルクリアは無理ゲーだ。
俺だってプレイした時は周回プレイして倒したからな。
だが、だが!
その姫様に勝つことが出来れば、国で出来ることならなんでも一つだけ願いを叶えてくれるというトンデモイベントが待っている。
正直、俺の復讐はそのトンデモイベントでないと叶わない。だから、俺は姫様に勝つ必要がある。
そんな姫様についた通称は、姫騎士アンジェリカだ。
姫様はアンジェリカという名前なのだが、その姫様が騎士をやっているとなれば、この名前しかないだろうと満場一致の結果でこの名前が付いた。
また、その名前になった理由の一つに、姫様に勝った時に選べる願いの選択肢に“姫様とホテルで一晩を明かす”という選択肢があったからなのかも知れない。
ちなみに俺もその選択肢を選びました。良かったです。
「受付開始時間は……もう始まっているのか」
日はもう高い。
俺はこれまで四次元ポーチで腐らせていた本気装備一式を取り出して装備する。
冒険者時代、よくこれで数々のダンジョンを踏破したものだ。
後、忘れずに指輪系の装飾品も装備しておく。例のごとく、属性無効のため。
「……でもなんだかなぁ、やる気が起きないなぁ」
あれだけ俺は怒っていたのにも拘らず、今となってはどうでも良くなっている俺がいた。
無理もない。俺はどんなことがあっても大抵五分後には赦すような人間ともいわれたからな。
正直、店が戻ってきたらもうどうでも良い。復讐とか……まぁ、気に入らないからギッタンギッタンにしてやるつもりだからするけれど……。
まぁいいや。とりあえず受付に向かおう。
受付をして、篩い落としがあるはずだから、まずそれを突破することを考えよう。
◆ 鍛冶娘視点 ◆
「おはよー。今日も良い天気だよ?」
「…………おはようございます」
カーテンを開け、暗い部屋に太陽の息吹を招き入れる。
その後、部屋の隅で“いつも通り”うずくまっている友達に挨拶をする。
彼女はロボ娘ちゃん。私の友達で、人間のような心を持つロボット。
少し前から私の家で暮らしているのだけれど、以前の彼女とは思えないほど憔悴しきっている。
私の知る彼女は、主人の元で働けること、共に時を過ごすことに至上の喜びを感じる彼女。けれど、今の彼女はその主人を事実上失ってしまった。
最初の頃なんて酷いなんてものではなかった。
部屋から出ず、その場から動かず、ただ依代のベッドのパーツを抱きしめ、虚空を見つめるだけの毎日を過ごしていた。
初日、彼女の主人が様子を見に来てくれたことがあった。尤も、私が連れてきたのだけれど。
その時の彼女は……この世から救済された表情をしていた。だけれど、そんな彼女の表情を見てしまった主人は、何も言わずにその場から去ってしまった。
その後の彼女の表情は……思い出したくもない。
今では色々と心の整理もつき始めているのか、こうやって挨拶をして、少しではあるが部屋から出るようになった。
それでも、彼女は未だに彼女の主人を待ち続けている。その理由は主人の何気ない一言。
今思えば、彼女を心配させたくないとの思いで発した言葉なんだろうと、彼女がどう思うかなんて考えていなかった一言なんだと思う。
ただ一言、“必ず迎えに来る”と。
「ねぇ、今日はね闘技場でね、お祭りがあるんだよ。一緒に行かない?」
「ですが……」
「いいのいいの。サボるのは今日が初めてじゃないからさ。えへへ」
あの人の事だ。
彼女のことを迎えに来るとは思えない。
良い人に見えて本質は冷徹で飽き易い性格を持つ彼女の主人。
一見、人のために行動しているように見えるけれど、その全ての行動が自分のためにしかしていないのが見ていて分かる。
最初、あの人は彼女のことを解体して生活の足しにしようとまでした人だから。実験用として売り払おうとも。
「ささっ。着替えた着替えた!」
「は、はい……」
「うーん……やっぱりひび割れと脱毛……特に右腕と右側頭部が目立つね。少し寒くなって来たことだし、服装は長袖で髪型はサイドアップにしてみようか!」
けれど、彼女の唯一の支えになっているのはあの人なのは間違いない。
彼女を救えるのは、マクラギしかいないのはよく分かっている。心苦しいけれど、私では救えない。
そして、悔しいことに私はマクラギに何度も助けられている。そして、彼の優しさを知ってしまった。
そうなってしまっては……私は彼を嫌うことが出来ない。
彼は一応、私と彼女のために頭を悩ましてくれた。最終的に全てマクラギのためだったとしても、その過程で私たちは救われたんだ。
それは間違いない。だから、悔しいんだ。
そんな彼がどうしてこうも歪んだ性格をしているのか、と。
「お父さんに直してくれるよう頼んでみたけど……ロボ娘ちゃんの素材が何なのか分からない以上、手が出せないんだって」
「いえ、翁様には体を動かせるようにしていただいたので、これ以上ご迷惑を掛けるわけには……」
「いいのよ、そんな謙遜しないでも。お父さんったら孫が出来たみたいだって喜んでいたから」
お父さんはもう結構な年だ。
私が結婚して、子供が出来れば孫を見せて上げれるのだろうけど、正直今のところ結婚願望は無い。
私……というかお父さんの技術目当てで近寄ってくる人はたくさんいる。私の旦那様となれば、次の当主は必然的に私の旦那様になるから。
私だって女の子らしくなくて、魅力がないのは分かっている。
服だって……正直タンクトップとか作業着とかしか持っていない。体つきだって筋肉が付いているせいか妙にガタイがよく見えてしまう。
女の子らしい柔らかさは……ないよねぇ。
ちなみに、ロボ娘ちゃんの服は私のおさがり。
今になっては着れなくなっちゃったけど、ロボ娘ちゃんにはぴったり。
それにしても……やっぱり造られたからなのか、女性である私の眼から見てもロボ娘ちゃんって可愛いなぁ。
胸だってそれなりにあるし、この太ももなんて撫でまわしたくなってくる。
おっと、いけないいけない。
涎が垂れて来た。
「……? レナさん。何か落ちましたよ?」
「え? これ、ネジ? なんでまたネジ?」
「耳の辺りから落ちたように見えましたが……」
「なんでだろう……まぁ、いいや」
ロボ娘ちゃんを着飾っていると、不意に私の傍にしゃがみ込んで何かを拾い上げた。
それは、木で出来たネジだった。聞けば、私の耳辺りから落ちてきたらしい。
この前、倉庫を整理した時に髪に着いたのかなぁ。でも、私ちゃんと毎日お風呂入っているし……不思議だ。
まぁ、別に良いけれど。