表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/137

大義名分



「段ボールって、温かいんだなぁ」


 マイホームという名の段ボールの中で独り言ちる。

 まさか段ボールで一夜を明かすことになるとは思わなかった今日この頃。

 恨みったらしく見つめるのは更地に成り果てた今は無き店。有能な土木作業員だったらしく、日が暮れる前に俺の店は見事になくなってしまった。

 土台どころか糸クズ一つ残ってやしない。今度何かを取り壊す時は彼らに頼もう。


「けっ」


 噛み煙草を路肩に吐き捨て、直ぐに新しい噛み煙草を口へ放り込む。

 紙に包まれた煙草を吸いたいところだが、なんやかんや高く付く。噛み煙草が一番リーズナブルだ。

 いつか巻き煙草を吸えるようになりたいね、まったく。


「マクラギ殿……」


「ん? おぉ! ネヒトさんじゃないですか! 一緒に噛み煙草どうです?」


「いや……これはいったい……」


「どうにもこうにも、俺は邪魔者みたいでしてね。こうして厄介払いされちまったんですわ」


「ギルドの方は何と?」


「……おっかなくて手が出ないそうですよ。あのヘタレ共。貴族が絡むと途端に力を無くしやがる」


「やさぐれてますなぁ」


 半ば自棄に噛み煙草を噛んでいると、俺のお得意さんのネヒトさんがやって来た。

 その表情はどこか呆けたようなもので、更地になった土地と俺を交互に見ては驚いている。

 この様子からして情報がネヒトさんから漏れたとは気付いていないのだろう。実質、ネヒトさんには罪は無い。

 俺が広めるように言ったのだから。


 ギルドにはもちろん報告した。

 ギルドともなれば、真相は分かっていることだろう。

 更に、ギルドに登録する際に住所も教えたと言うことは、その住所が本当かどうかを確かめるために権利書も一緒に調べられた。

 その時には間違いなくあそこは俺が借りている土地だった。だのに、ギルドが出した答えは俺が虚偽の報告をしていたことになっている。

 根回しをされたのだろう。俺は完全にあの支配人とクックさんに見捨てられたのだ。


 何がギルドの宝だ。

 少しでも信じた俺が馬鹿だった。くそったれが。潰したろか。

 やっぱり人は信じないに限る。信じなければ裏切られることも無いし、期待することも無い。

 だって、信じるだけ無駄だから。


 ネヒトさんは俺の段ボールハウスの横に腰掛け、大きな溜息を吐く。

 ネヒトさんが二メートルを超す巨漢だとしてもその姿は圧巻だが、どこか温かい。

 例えるなら、父親の背中だ。俺の親父は……今頃ビールでも飲んで野球を見ているのだろうか。


 隣に腰掛けたネヒトさんはごそごそと懐をまさぐり、とあるものを取り出した。

 俺の視線はそれに釘づけになる。


「一本どうです?」


「そそそそそそ、それは巻き煙草! それもシガレットじゃないですか! 頂きます!」


「ははは、いける口で良かったです。私の周りは禁煙家ばかりでしてね」


 なんとそれは紙巻き煙草……シガレットだった。

 この世界では高価なもので、中級区の人たちでも手を出すのに渋るほど高いものだ。

 それをネヒトさんが持っていて、俺に勧めている。もちろん、喜んでいただく。


「すぅー……くはぁー」


 マッチで火を先端に近づけ、息を吸いながら着火させる。

 そして、ゆっくりと吸って口の中から器官に送り、味わってから吐き出す。

 まさかこの世界でシガレットを吸える日が来るとは思わなかった。元の世界で吸っていた感覚が戻るようだ。

 長い間吸っていなかったからむせるかと思ったが、そんなことは無かった。むしろ、良く染み渡る。


「ネヒトさんが喫煙家だったとは」


「いやね、園児を相手している身としては我慢しなければならないんですが……どうにも手放せなくてですねぇ。こうして、休みの日に園児がいないところで吸っているんです」


「はははっ、俺もそうですよ。おしゃぶりみたいなもんです。コイツが無いと、落ち着かなくて」


「おしゃぶり! それは言い得て妙ですなぁ。私はこんな歳にもなっておしゃぶりが棄てられないとは……いやはや、コレは棄てられません」


 お互いにおしゃぶりを銜えながら話に花を咲かせる二人。

 気を使ってのことか、ネヒトさんの方から話を振ってくる。やれ園児が可愛いだとか、やれ園児が微笑ましいとか。

 ネヒトさんに気を使わせると、なぜか申し訳なくなってくるから不思議だ。


 少しでも、会話が途切れないように。


「そう言えば、お嬢さんはどちらへ?」


「お嬢さん……ロボ娘のことですか?」


「えぇ、その可愛らしいお嬢さんのことです」


 話す内容を考えるのが苦しくなって来たのか、話はロボ娘のことに。

 確かに、今はここにいない。そして、もう俺の店の従業員ではないので来させるつもりもない。

 なのだが、あの時感じた怒り。あれは明らかにロボ娘を泣かせた奴に対する怒りだった。珍しいこともあるもんだと後で思ったっけか。

 まぁ、泣かせた奴というのはもちろん俺。強いて言えばダルニード商会だ。

 というかダルニード商会に押し付けたいんだな、俺は。


「あいつは……」


 彼女は今、玄翁さんのところに厄介になっている。

 あの糞ジジイがなんて言うか少し不安だったが、むしろ喜んで迎え入れたという。孫が出来たみたいで嬉しそうだと玄翁さんから後日談。

 だがしかし、彼女はまるで壊れたようにベッドの支柱を抱き締め、部屋の隅から決して動こうとはしなかった。

 先ほど、玄翁さんから連絡が届き、様子を見に行ったのだが……あれは相当塞ぎ込んでいた。部屋の隅でベッドの支柱を抱きしめてどこを見るでなく泣いていた。


 感情が無くなった時とは違う……あれは心が砕けた表情だった。

 外を知らず、温もりを知らず、友情を知らず過ごして来たロボ娘はそれらを知ってしまった。

 それを知ったからこそ、それらを壊される悲しみは相当だ。人はその悲しみを生長するにあたって何度も経験し、立ち上がって克服するもの。

 だが、ロボ娘はその立ち上がりを知らない。言わばロボ娘は心が成熟した赤ん坊と同じ。

 その状態で壊されたのなら……容易に立ち上がれない。


 俺は思わずロボ娘に話しかけていた。

 ホントは声を掛けず、顔を見たら帰ろうと思っていたのだが、その姿を見た瞬間に声を掛けていた。

 “ロボ娘”と。


 そして、彼女は虚ろな目で俺を見て、不器用な笑顔を浮かべてこう言うのだ。

 “迎えに来てくれたのですね”と。


 俺はそれを聞いた瞬間、踵を返して帰ってしまった。

 玄翁さんと糞ジジイに何か言われた気がするが、無視してこの場所に帰り、自棄になったように噛み煙草を噛んでいたのだ。

 俺は彼女から逃げたのだ。それ以上、掛ける言葉が見つからなかったから。


 それらを分かっていながら、俺は口にする。


「解雇しましたよ。もう、働き先ではないですからねぇ。今は、玄翁さんのところにいます」


「心昭殿のところにですか。よくあの頑固ジジイが雇ったものです」


「まったくですわ」


 すっかり短くなったシガレットを踏み潰して消火する。

 それと同時に立ち上がり、背伸びをして体を伸ばす。今日はやることがいっぱいある。

 まずは……そうだな、情報から集めなくては。


 俺は今、相手の出方を知らない。


「マクラギ殿、このまま泣き寝入りするつもりですかい?」


 立ち上がっても目線が同じくらいのネヒトさんが俺に言葉を投げ掛ける。

 その表情はどこか挑発しているようで、口端が吊り上がっている。その言葉の意味を、分からない俺ではない。


「まさか。ちょうど大義名分が欲しかったところでしたから」


「店を潰されたことですかい?」


「そんなの、今となってはどうでも良いです」


 そう。

 そんなの、俺が手に入れた大義名分に比べれば小さい小さい。

 それで動いても良いが、それじゃあ俺が本気になれない。店なんてまた建てれば良い。

 店はもう手に入らないというわけではないから。


「じゃあ、なんです?」


 少し当てが外れたという表情をしているネヒトさんが再度投げ掛けてくる。

 その様子からすると、俺がこのまま大人しくするつもりではなかったと知っているようだ。

 俺の中を見透かされたようで、思わず苦笑してしまう。


 俺が手に入れた大義名分。

 前の俺だったら鼻で笑い飛ばしていることだろう。

 その時の俺は知らなかったんだから。誰かを理由につけて誰かを倒すということを。


「見たくなかったものを見せられたんです。これ以上のこと、何があるって言うんですか」


 俺のための涙。

 そんなものを見せられた日には、奴さんには目にもの見せてやらねば。


 よくもそんな気色悪いものを見せてくれたなって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ