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いつか、また



「あ、お帰りー」


「顔色が悪いよ? もしかして仕事の話?」


「あぁ、そうだ」


 レールさんとの話を切上げ、二人の元へ戻ってきた俺。

 なるべく平静を装っていたのだが、やはり顔色が優れていないらしく、玄翁さんに心配された。

 隣に立っているロボ娘は先ほどまでテンションが高かったのだが、俺の様子がおかしいと理解してから寄り添う形で俺を支えている。

 普段だったら振り払っているところだが、それをする気力もない。


 近いうちに俺の店は潰れる。

 だが、それは最終目標ではないだろう。あくまでも俺の店を潰すのは警告だ。

 この王都でもう店を開けないとしても、他国まで行けば店を開けるかもしれない。そうなっては商会も手が出せない。

 だから、俺が店を開けない状況にして、その技術をどうにか聞き出そうとするはず。

 こういう時は近しい者を人質にするのだろうが、生憎俺はそんなものでは揺らがない。他人だからな。


「レナさん。スランさん。申し訳ありませんが、御主人様は体調が優れません。これにて、お暇させていただきます」


「いや、まだ話がある。帰るのはもう少し待ってくれ」


「かしこまりました」


 気を使ってか、ロボ娘がもう家に連れ帰ろうとする。

 だが、俺はまだ大事なことを話していない。他でもないロボ娘のことだ。

 それを蔑ろにしてはいけない。俺はまだ、ロボ娘の保護者なのだから。


「なぁ、玄翁さん。頼みがある」


「え? 私に?」


「他でもない。玄翁さんにだ」


 保護者とは、文字通り保護する者。外からの危険、脅威、破壊から守ること。

 守らなくちゃならない。これから訪れる脅威から。

 他人ではなく、身内なのだから。


「頼む。ロボ娘を置いてやってはくれないか」


「え? ちょ、置くって……」


 俺は久方ぶりに頭を下げた。

 それも、誰かのために頭を下げたのなんて初めてだ。

 自分のためではなく、身内のために。


 頼みを聞いた玄翁さんは話に付いていけなくなり、言葉に詰まっている。

 それもそうだ。何の脈絡も無くこんなことを頼まれたのだから。それも、出会って数ヶ月の男に。

 それでも、なんとか噛み砕いて理解してくれようとしているのを見て取れる。


 そんな俺たちに助け船が。


「そんな説明も無しに言われたって分かりませんよ。ちゃんと説明してあげてなさい」


「スラン……」


「まぁ、出会って初めてで、それもヒューマノイドスライムに言われているようじゃダメダメですよん。ほらほら、頭を上げて!」


 そう言われてみて納得する。

 やっぱり少しくらいは話すべきか。全部話すのは癪に障るから話さないとして、せめてロボ娘を置けなくなることだけ話しておくか。


「実はだな、ロボ娘を置けなくなってしまったんだ」


「……どうして?」


「御主人様。私も説明を求めます」


 さて、何から説明したものか。

 まさかダルニード商会が俺の鍛冶技術を求めていたのに、俺が断って腹いせに店を潰しにかかってくるからロボ娘を置けなくなっただなんて言えるわけがない。そこまで言う義理は……頼む側としてはあるのかも知れないが、俺が言いたくない。

 そうなってしまっては人の良い玄翁さんのことだ、きっと手伝うとか言い出すだろう。

 周りに助けを求めるだなんて糞喰らえ。自分のケツは自分で拭く。


「店をたたむことにしたんだ。でも、俺には退職金に色を付けるくらいしか出来ない。他の職の斡旋なんて出来る伝手も無い。だから、どうか置いてやってはくれないか?」


「店を? いきなりどうしてさ」


「ちょっとな」


「そこは濁さないでよ! ちゃんと話して!」


「……わけあって店を続けることが出来ないんだ。もちろん、何もなしに頼むつもりはない。当面の間は金を支払う。理由は……ゴメン、後で必ず話すから今は聞かないでくれないか?」


「…………絶対だよ? お父さんに掛け合ってみるよ」


「ありがとう」


 玄翁さんは納得はしていないが理解はしてくれた。

 まぁ、ことが終わった後でも話すつもりなんて毛先も無いけれども。


 これで唯一の身内の安全が確保できそうだ。

 それでも、闇討ちされそうになる可能性は拭えないけれども、ロボ娘なら返り討ちに出来るんじゃないかな。

 不可視の光線を出せるし、体だって合金で出来ている。ちょっとやそっとじゃ壊れない。

 この前、小さな地震が起きた時に壁に掛けてあったミスリル銀の剣が落ちてしまったことがある。その切っ先が近くにいたロボ娘に掠ってしまったのだが、逆にミスリル銀の剣が掛けてしまったという守備力を誇るからなロボ娘は。


「嫌です」


「……どうしたロボ娘。俺の言うことが聞けないのか?」


「いえ、御主人様の命となれば従います。ですが……これは私の意思です。私は御主人様の元にいたいのです」


「ひゅー! 泣けるねー」


「こらスラン。茶化さないの!」


 なんという社畜精神か。

 この期に及んで迄上司の元にいたいなんて昨今の社会では珍しい。

 転職と考えれば良いものの、ロボ娘は俺の元にいたいと言う。俺の命令だから聞くが、ロボ娘のお願いとしては俺の元にいたいらしい。

 お願いなので別に訊き遂げなくとも良いと判断し、ロボ娘の意思は無視することとする。ましてやロボットのお願いを聞くだなんて滑稽だ。馬鹿馬鹿しい。


「命令だ。玄翁さんのところへ行け。そんで、俺はもうお前の御主人様でも雇い主でも何でも無くなるから、プログラムを書き換えておけ。いいな」


「ですが……!」


「あーもーうっせぇなっ! 何で言うことが聞けねぇかなぁこの無機物が! なんならバラすか!? お前を! 今すぐにでも部品を有効活用してやろうか!?」


「御主人様の御傍にいられるのなら……本望です」


「っつー……そういうやつだったなー……くそったれ」


 ならば逆にその心を使うまでよ。


 俺はロボ娘の両肩を掴み、ロボ娘の視線と合わせるために少しかがむ。

 そして、彼女の眼をしっかりと見て、彼女を逃がさないように真顔で真摯に言い放つ。

 彼女の心を逆手にとった言葉を。


「いいか、今のお前は俺を困らせている。分かるか? お前が大好きな俺を困らせているんだ」


「っ!」


「分かったか? なら、大人しく言うことを聞け」


「……かしこまりました」


 コイツの中では俺の存在は第一位にある。

 なら、ロボ娘がいることで俺が困っているのならば、大人しく言うことを聞くだろう。

 ロボ娘が俺から離れることが俺のためになるので、ロボ娘が俺を思う心を逆手に取った素晴らしい作戦。

 上手くいったようで何よりだ。


 それが上手くいった証拠に、ロボ娘の視線が少し俯きがちになり、その瞳が若干涙を帯び始めた。

 涙が出るだなんて随分と凝った造りをしているんだなぁと感心していると、ロボ娘が俺から少し距離を取り、綺麗な一礼をした。

 腰を直角に曲げた、正にロボットでしか出来ない一礼。


「これまで、お世話になりました」


「おう。……あー……そうだな、必ず迎えに来るよ」


「っ」


 まぁ、嘘なんですけどね。


 ロボ娘が一礼したまま顔を上げないので、無理やり姿勢を正す。

 これからまだやることがあるので、実質お別れではない。そもそもまだ解雇していないのでロボ娘には帰ってきてもらわなければならない。

 その旨を伝え、店に帰ることに。


「何だか大変そうだね。今日会ったばかりだけど、何かあったら力になるよ」


「なら、攻撃から守る壁にでもなってくれ」


「あははっ。今日会ったばかりのやつに言うことじゃ無いでしょ。でもまぁ……気に入ったよ。いつでもおいで」


 スランとも別れを告げる。

 俺としては随分と前から彼女のことを知っているので今日会ったばかりという感じはしない。

 むしろ、前から旧知の中だったような気もする。こうして話してみて、やはり彼女は性格が明るい。

 それがなおさら初対面という気持ちにさせないのだろう。


 無言の玄翁さんと同じく無言のロボ娘と共にギルドを後にする。

 さて、これから忙しくなる。ついては真っ先にロボ娘のことを処理しなければ。

 書類も作らなくてはならない。面倒なことこの上ないが、経営者としてそれは手を抜いてはいけない。

 俺の店は至ってホワイトな店です。ブラックではありません。


「……ねぇマクラギ?」


「なんだ?」


 帰り道、玄翁さんに話しかけられた。

 いつも快活な声とは違った、澱んだ低い声だった。

 その声を比例するように表情もどこか暗い。


「いなくならないよね?」


「……当分の間はな」


 話の内容は、俺がいなくならないか。

 ぶっちゃけ国外逃亡でもしようかと考えていた矢先のことだから、正直驚いた。

 咄嗟に嘘をついてしまったが。


 まさか玄翁さんは気付いているのか?

 だからこうして釘を刺すようなことを言うのか。

 少しどころかかなり抜けていると思っていた玄翁さんの評価を少しばかり改めなければならないな。


 やがて玄翁さんも途中で別れ、俺とロボ娘の二人に。いや、一人と一機になった。

 ロボ娘は俺の腕にしがみ付いており、邪魔なことこの上ない。柔らかな膨らみが俺の腕に当たっているが、これがロボットだと思うと萎えてしまった。

 出来れば本物の感触が味わいたい。


 やがて中級区から下級区に入った。

 そこで違和感を感じる。ロボ娘もどこかおかしいと気付いたのかキョロキョロと辺りを見回している。

 その違和感を解消しようと、中級区と下級区を分ける間所の衛兵に訊ねてみることに。


「あのーなんかあったんすか?」


「ん? あぁ、なんでも貴族の管理地区に無許可で店を開いたやつがいるらしい。それで、最終通告も無視したから今から取り壊すらしいぞ」


「……手が早いな」


 俺は衛兵との会話もそこそこで切り上げ、腕に抱き付いているロボ娘を振り払って駆け出す。

 おそらく、その無許可で開いた店というのは十中八九俺の店のことだろう。随分と手を回すのが早いことで。

 かなり暇なんだろうなとは思うが、若い芽は早いうちに抜いておかないと面倒になるため、その行動は褒めたものだ。


 メインストリートから一本道を外れ、居住区内に入る。

 その居住区内に一軒だけある古びた外観の店。そこが俺の店だ。

 しかし、その店があるはずのところには白く大きな布で覆われており、中から大きな物音が聞こえてくる。

 取り壊しているのだろう。


 俺は躊躇なくその中へ入る。


「すんません」


「あーダメだよ君! 勝手に入ってきちゃ!」


 中へ入ると、店だった部分はほとんど取り壊されており、商品は端の方に乱雑に置かれていた。

 良かった。商品は差し押さえていないようだ。


 近くにいた作業員だろう人物に話しかけると、注意された。

 それもそうか。


「この店の店主ですが」


「あぁ、アンタが。アンタもバカなことをしたな。貴族様なんかのところに」


「貴方たちの雇い主は?」


「ここら一帯の土地を持っている貴族様だよ。アンタが勝手に店を開いているから取り壊せって」


「置いてあった商品はどうなる?」


「せしめられるだろうねぇ。残念だけど」


「そうか」


 おそらく商会の方から手を回したのだろう。

 ここいらの土地は買うのではなく、持っている貴族から借りる形となっている。

 俺はここの土地に店を開いていた人から家屋を買い取り、土地の契約更新をして名義を俺に代えてもらって経営していたのだが……貴族の声一つでそう言うのは無くなってしまうのだろうな。

 今の俺は契約していない土地に勝手に店を開いた犯罪者だ。くそったれが。


 と言いつつ俺は勝手に幾つかの商品と非売品を四次元ポーチに入れる。

 その作業員はその一連の行動を黙って見ている。そして、価値の高い武具や強化済みの武具を回収し終えた。

 その光景を見ていた作業員が一言。


「まぁ、アンタがそんなことをしていないのは分かっているよ。理不尽でここいらを追い出される奴は多いんだ。それくらい、見ていなかったことにするよ」


「恩に着る」


 話の分かる作業員で良かった。

 と、そこにちょうどロボ娘がやって来た。

 走って来たのか、ところどころ服が乱れている。被っている帽子も少しずれている。

 それでも、彼女が必死に走って来たのが伝わってくるので、心配してくれたことが分かるのが少し嬉しい。


「御主人様……これはいったい……」


「どうもこうも、解体作業中だ。言っただろ? わけあって店を続けられなくなったんだ」


「ですが……なんてことを……」


 少し表情を変えるのが下手糞のロボ娘だが、今の表情からは絶望感が漂ってくる。

 この状況の深刻さが分かったのだろう。だが、何をして良いのか分からないのか辺りをただキョロキョロとしている。

 いつも冷静に物事を運ぶロボ娘がここまで取り乱すと言うことは、やはり今の状況は大変なんだろう。

 俺は最初からこうなるのが分かっていたため、大したショックは無い。

 だけれど、来るのが予想よりもかなり早かった。そこは驚いた。


「……あれは……ダメです!」


「おわっ!?」


 それまでオロオロしていたロボ娘だったが、とあるものを目にした瞬間に飛び出した。

 その飛び出した方向には別の作業員の姿。ロボ娘はその作業員が持っていた物を強引に奪い取り、それを守るように抱え込んだ。

 それは円柱状の物体で、太く短い物だった。見る限りそれは木の棒のようだが、ロボ娘はそれに思い入れがあるのだろうか。


「ロボ娘。邪魔しちゃダメだろう」


「嫌です……! これは、これだけは……!」


「それはなんだ?」


「これは……これは……! 御主人様が、私に、私にと買っていただいた……大切な、大切な……っ!」


「……もしかして、ベッドか?」


「……私の……宝物……」


 ……あぁ、そういうことか。

 彼女が抱きしめていたのは今は面影の無いベッドの支柱だった。

 彼女はそれだけは何としても、離さないと言わんばかりに抱きしめ、泣いていた。

 彼女にとってはそこまでの物だったのか。


「…………」


 なんだこの気持ち。

 この胸のもやもやとした気持ちは。

 ロボ娘が泣いている姿を見ると、胸の辺りに靄がかかったような感情。


「…………」


 なんだ、俺……誰かのために怒れるじゃん。

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