落とし処
「おやおや、こんなところに生ゴミが転がってますなぁ」
「ん? ……誰ですか」
「同じギルドの仲間の顔を知らないとは……っと、貴方はマクラギ様でしたな」
「俺を知っているのか?」
「えぇ、えぇ、同じ業界ですからねぇ」
スランを交えて話に花を咲かせていると、わざとスランにぶつかるように傍を通る男が現れた。
すれ違いざまにスランのことを生ゴミと言ったので、ヒューマノイドスライムを良く思っていないことがよく分かる。
人外をゴミと思えるところは賛同できるが、ヒューマノイドスライムは様々なことに利用価値があるから正式には生ゴミではない。せめてゲル壁と呼んでやれ。
そして、当然のごとく不快感を表すスランと玄翁さん。ロボ娘は無反応だ。
突っかかるように反論した玄翁さんを余所に、その男の視線は俺の方に向いた。俺のことを知っているようで、同業者ということはこの男が上級区の商会に関わっているのだろう。
更に、一経営者の顔を知っているということはそれなりに俺を見ていないとできないこと。その商会ではそれなりの地位にいるのだろうな。
まぁ、全部俺の想像なんだけども。
「私は上級区で営んでいる商会に勤めている者です。生憎、本日は名刺を持ち得ていないので、なにとぞご勘弁を」
「あぁ、はい。やっぱり商会の方でしたか」
男の身なりは小奇麗なもので、皺の無いスラックスを履いており、上は夏ということで薄めのワイシャツを着ている。ネクタイを締めているところを見ると、営業関係なんだと思える。
そして、ギルドにいるところを見ても、どう見ても取引先に外回りしに来ているようにしか見えない。
痩せ型で中背。耳が微妙に尖っているのでエルフ族だろう。それなら、ヒューマノイドスライムを嫌うのも頷ける。
エルフ族は緑の国出身の人種で、やや尖った耳に細長い顔、吊り上がったキツネ目などが特徴で、人間の美人とは掛け離れた容貌をしている。
魔法に長けており、森の中でのゲリラ戦を得意としているために強襲部隊として他の国でも仕えていることが多い。
赤の国でのエルフ族は珍しいが、見ないということは無い。
前述しているように、緑の国にはヒューマノイドスライムはいない。
弾圧していないだけマシで、緑の国の法律でもヒューマノイドスライムを入国させてはいけないが、危害を加えることもいけないとされている。
本来、エルフ族は静寂を好むので敵を意図的に作ることはしない。それでも、この男のように例外はいるが。
そうでなければ商会なんかに勤めていないだろう。
「さてさて、前置きはこれくらいにして……ここからは大人のお話をしませんか?」
「……スラン、玄翁さん。悪いけど、席を外してくれないか」
「え? う、うん。分かった」
それまで取引先に向けるような笑顔だった男は、スッと真顔になりこう切り出してきた。
大人な話ということでお金が絡むことだと思い、従業員であるロボ娘を覗いた二人には悪いが御退出願う。
玄翁さんは気付いていないのかスランを連れて離れて行く。ロボ娘は何かを悟ったのか俺の隣まで来る。
「では、こちらで」
酒場ということで近くのテーブル席に着く俺たち三人。
そうすると、懐からごそごそと何かを取り出した。小さく長方形型の紙。どう見ても名刺だ。
なるほど、さっきはわざと出さなかったのか。その真意はまだ分からないが。
名刺にはダルニード商会と書かれており、男の名前と役職も書かれている。
男の名前はレール・ダルニード。役職は営業部長。納得がいく、取締役の身内か。
「この度、マクラギ様がギルドと提携を結ぶ形を取られたということを小耳に挟みまして、こうした形で申し訳ございませんがご挨拶を、と」
「そうですか。俺……自分は名刺を持っていなくて……」
「いえ、形式ですのでお構いなく。あ、私はレール・ダルニード申します。一応、ギルドメンバーでもありますのでお見知りおきを」
そう言ってギルドカードを提示するレールさん。
ランクはA。最高ランクがSなのでかなり上のランクだ。相当、ギルドに貢献してきたのだろう。
それに倣って俺もギルドカードを提示する。ロボ娘はギルドメンバーではないので持っていない。
ちなみに俺のランクはGランクからDランクまで上がっている。
思いのほかドラゴンを倒したり、クエストをこなしたり、他の人たちの助けをしているうちに上がっていたようだ。
「自分は枕木智也って言います。こっちは従業員のロボ娘です」
「ロボ娘です」
「はい、よろしくお願いします」
自己紹介も終わり、ここから本題に入ることだろう。
ちなみに言っておくが、レールさんがこれから何を話すのかは見当が付いていない。皆目と言って良いほど。
むしろこのタイミングで話しかけてきたってことは俺を目当てにここにやって来たわけで、俺が今日ギルドで商談をするって分かっていたわけで、俺がシャワーを浴び終えてから来たわけでして……俺のことを遠目で見ていたのか。
そしてきっかけを作るためにヒューマノイドスライムであるスランを利用して近づいてきたってわけか。
なんか怖い。腹の探り合いをしているようでなんか怖い。
「それでは……我が商会とも提携致しませんか」
「……なるほど」
「理解が早くて助かります」
あー……そういうことかよ。
くっそ、もう離れるには不自然だよ、くっそ、くっそ。
そうだよな。それしかないよな。
こいつ、俺を潰しに来やがった。
「貴方の技術力には目を剥かざるを得ません。是非とも、我が商会に“入りませんか?”」
「……いやいや、自分のような若輩者がダルニード商会にだなんて……おこがましいにも程がある」
「あまり御謙遜なされてはご自分の価値を下げかねません。貴方の技術力は“世界でも”類を見ないものです」
「…………ネヒトさんか」
「……えぇ、えぇ。彼も私たちには“お世話”になりましたからねぇ」
結局は自分で撒いた種だったか。
それがこの商会の耳に入ったことによって巨木にまで成長したってこと。
この枯れ木エルフ……知っていやがる。
今日、どういう内容の商談がここで行われたか。俺の強化技術がどのようなものなのか。
そして、俺のような下級区で細々とやっている鍛冶師が、上級区で貴族御用達の商会に目をつけられるとどうなるのか。
至って簡単。
その技術を渡さなければ潰すって言っているんだ。
「どうですか?」
「……っふぅー」
これまで何の対策を取らなかったツケが廻って来たんだ。
これで、強化技術を渡さなければ法に触れない範囲でじわじわと追い込まれていくことだろう。
そうなれば、従業員で身内も行く先も無いロボ娘は路頭に迷ってしまう。それは経営者としては何とかしたいところ。
けれども、強化の技術はプレイヤーにしか扱うことが出来ない技術だったはず。
明記されてはいないが、作中では技術があったはずなのに誰一人として行っていなかったのは出来なかったからなのではないのだろうか。
技術は確立されている。なのに誰も出来ない。それはプレイヤーじゃないから。
そうなれば、俺がコイツらに技術を渡してもコイツらが強化が出来ないともなれば……恐ろしいことになる。
あちらからしてみれば、俺は嘘を教えたと思うことだろう。
それ以前に、コイツらに技術を渡して強化が出来たとして、この世界に強化が出来るのは俺とコイツらしかいない。
そんなどこからも必要とされる技術を、他にもできる弱小鍛冶師がいたところで邪魔になるだけ。
技術は独占してこそ儲かる。どっちみち、俺は潰されてしまうだろう。
八方塞がり。
どう足掻いても潰されることが前提なわけだ。
俺が生き残る道は今のところない。
「…………」
「どうかなさいましたか? 御主人様。そんなに見られては少々不快です」
チラリとロボ娘の方を見る。
これからすべきは、ロボ娘の働き先を探すことかも知れん。
そもそもロボ娘には関係の無い……とは言えないが、この話し合いに参加させるべきではなかったな。
俺のミスだ。認めよう。
そんな俺の視線にレールさんは気付いたのか、再び営業スマイルで俺に話しかけてくる。
俺にはその笑顔が下種な笑顔にしか見えないのは充分に分かると思う。
「大切な方なのですか?」
「……そうですね。大切です。ですから……失うわけにはいきません」
「突然の告白! 何の脈絡も無い衝撃の言葉に私は動揺を隠せません!」
なんだか一人で盛り上がっているロボ娘を余所に、俺は腹を括る。
この先どうすれば良いのかなんてとっくに分かっている。そんな簡単なこと、俺が分からないとでも。
そこまで俺は利口ではないけれど、バカでもない。自分で言うのもなんだが。
だからこそ、
「この話は無かったことにしてください」
「……よろしいのですね?」
俺のために死ね。