人外娘って正直無理
「ほらほら、早くシャワー浴びてきてください。ギルドに備え付けてありますので」
「そうさせてもらう」
不覚にも嘔吐してしまった。
けれど、してしまったものは仕方がない。すっきりしたのは確かだ。
今はこの服にこびりついてしまった嘔吐物をどうにかしたい気持ちの方が勝る。
ヒューマノイドスライムのスランの言う通り、大人しくシャワーを浴びて来よう。
「すまんな」
「いえいえ、これが仕事なのでー」
吐いたことが相当恥ずかしかったのか泣きじゃくる玄翁さんを連れてシャワー室へと向かう。
ギャルゲーなどではお約束のシャワー室が一つしかないということは無いので安心していただきたい。
ラッキースケベは死に絶えると良いのです。
どういうわけか、着替えである学生服が用意してあったことにツッコんではいけないのだろうか。
というかこの世界に学生服と言う概念が無いので、ここに着替えがあるということは俺の家から持って来るしかないわけで、しかし俺の家の鍵は俺とロボ娘しか持っていないので他の人物が入るには鍵を破らないといけないわけで……考えるのを止めよう。
どうせご都合主義の世界だ。気にするだけ無駄無駄。
体の汚れを落とし、マルタのヴィーナスが経営している冒険者応援店で牛乳を購入して一息。
マルタのヴィーナスは俺が来ると険しい表情をしていたが、俺が牛乳を持っていくと渋々売ってくれた。それでも、警戒はしているようだが。
こうやって普通に買い物しているうちに警戒を解けば、入退店を繰り返すことが出来るようになるだろうか。
ここが使えないだけでも、かなりの痛手だからな。
自分のレベルが上がるごとに品物も変わっていく。つまり、良いものが安価で買えるかもしれないというメリットがあるから。
そんなことを考えてながら牛乳を飲んでいると、女性用のシャワー室から玄翁さんが出てきた。
かなりげんなりしているようだ。表情が暗い。
「よっす」
「あっ……ごめんね」
「さっきは気にしたろうが、今はもうどうでも良い」
「そっか」
玄翁さんは俺の隣まで来ると、壁にもたれかかりしゃがんだ。
その様子からはいつもの元気溌剌な彼女は一切見えない。さきほど、せっかく元気になりかけていたというのに。
人を元気にするのは割に合わない。自分が疲れて終る場合の方が多いからだ。
自分のガラでもないとは思う。どちらかというと、俺は人を虚仮にする方が得意だから。
人を元気づけるのは割に合わない。
けれど、彼女を元気づけないと、俺の居心地が悪い。
っていう、理由が欲しいだけなのかもしれない。彼女をどうにか元気付ける理由が欲しいがために、素直になれないのを隠すために。
「あー……ほれ」
「……フルーツ牛乳?」
「飲め。俺のおごりだ」
「……いいの?」
「俺はフルーツ牛乳は嫌いなんでな」
「……クスッ。ありがと」
不器用ながらも、彼女にフルーツ牛乳を渡し、再び牛乳を飲む作業に戻る。
俺はフルーツ牛乳が嫌いだが、牛乳は好きだ。ということは、俺は最初から、彼女にフルーツ牛乳を渡すために買ったのか。
素直じゃない俺のことだ。そのために買ったのだろう。
彼女がフルーツ牛乳が好きなことは、ゲームで知っている。
時として、俺の行動が分からないと思う。
自分なのに、たまに自分らしからぬ行動に出ることがある。
そして、いつもそのことを後悔するんだ。何であんなことをしたのか。後で考え直しても分かるはずもない。
自分の考えでは絶対にしないことなのだから。けれども、いつぞやか気付いたことがある。
俺は素直になるのを嫌がるんだって。
だから、そう言うことがあった時は、珍しく俺が行動だけ素直になったのだ、と。
だから今、後悔している。
彼女に買ったフルーツ牛乳代があれば、夕食から一品減ることも無かったろうに。
「マクラギが奢ってくれたことって、初めてだね」
「そりゃあな。誰かに施す金があれば、自分で使うからな」
「じゃあ、なんで奢ってくれたの?」
「……わからん」
俺は、素直ではない。
「ほれ、スランにお礼を言いに行かなきゃ」
「そうだね。って、スランちゃんのこと知っているの?」
「知っているよ。魔物だ」
「そうだけど……まぁ、いいわ」
お互いに飲み終わり、牛乳瓶をリサイクルの籠に入れて、スランにお礼と謝罪を言いに行くことに。
人の嘔吐物を片付けるのは、仕事は言えどもなるべくやりたくないことだ。それをしてくれたのだから、お礼と謝罪をしなければならない。
しかし、彼女は魔物だと言った途端、玄翁さんの顔色に少し陰りが見えた。
まさか俺の知らない設定があるのだろうか。今までにもあったために少し身構えてしまう。
だが、玄翁さんはそれ以上続けることなく、スランのところへ行くことを促した。
ギルドの酒場へと戻ると、そこには既に俺たちの嘔吐物を掃除し終え、他の仕事に取り掛かっているスランがいた。
スランは真面目に仕事に取り組む姿がギルドの人たちの眼から見ても働き者として認められている。
そんな彼女の傍らにはロボ娘の姿。俺を待っているのだろう。
「あ、災難だったね」
「見苦しいものを見せて済まなかったな。ましてや片付けてもらっただなんて……」
「いーのいーの。ここの人たちは優しいし、私としても、ここの人たちなら仕え甲斐があるってものよ」
そう言って朗らかに笑う彼女。
彼女はヒューマノイドスライムのスラン。
赤の国のギルドに勤める用務員さんだ。やることは多岐にわたって様々。
清掃はもちろん、ギルドメンバーの相談窓口やクエストの斡旋。護衛や道案内など様々なことをやってのける凄い魔物。
パーティーメンバーとしても有能で、その肉体故か物理攻撃を無効にするというとんでも能力を持っている。しかし、魔法攻撃は倍加してしまうが。
プレイヤーの間ではヨフィさんの超回復とスランの物理無効の壁パーティーを組むことが一時期流行った。
物理主体の魔物相手には無類の強さを誇るからな。
その反面、ヒューマノイドスライム族は武器や防具などを装備することは出来ない。体が柔らかすぎるため、防具を装備しようものなら体は潰れ、武器を装備しようものならその手は地についてしまう。
そのため、彼女をパーティーに入れるのはよく考えて、しっかりと作戦を練ってからの方が良い。
というのがスランのゲームでの評価だ。
問題なのがゲーム中の世界観でのヒューマノイドスライムだ。
ヒューマノイドスライムは大昔に人間と共に歩むことを選んだ魔物という設定だ。
しかし、魔物という事実は消せないのも事実。そのため、ヒューマノイドスライムは人間以下……酷いものなら家畜以下の身分だった。
赤の国においてのヒューマノイドスライムの扱いは白の国に次いで良心的な扱いだ。
人間並みとはいかないが、最低限の権利は約束されている……と言うのが表向き。一歩間違えば人身売買ならぬ魔物売買の被害に遭うヒューマノイドスライムは多い。
白の国は珍しく人間と同じ扱いで、青の国では迫害すべき魔物、緑の国では入国禁止、黒の国では奴隷や性奴隷として扱われている。
実際、ヒューマノイドスライムの抱き心地は最高で、一度一晩を共にすると人間では満足できなくなるくらいだとゲーム内では言われている。
マニアックな人が書いた自伝だと、ふわふわのむちむちのとろとろ、だそうだ。
俺は人外はNGなのでどうでもいいのだが。
それに目を付けた奴隷商は遺伝子配合などを繰り返して、性奴隷前提のヒューマノイドスライムを造って大儲けした事例もある。
しかし、そのことが白の国内で猛反発が起こり、その奴隷商は捕まってしまった。そのため、性奴隷ヒューマノイドスライム……ホワイトヒューマノイドスライムの流通は表向きには無くなってしまった。
だが、大金をはたいてホワイトヒューマノイドスライムを買う貴族は少なくない。
尤も、ホワイトヒューマノイドスライムは寿命が五十日しかないのだが。
そんな紳士たち御用達のヒューマノイドスライムだが、伝説にも多く登場する。
その中でも最も有名なのがメタルライトヒューマノイドスライムだ。このメタルライトヒューマノイドスライム、実は実在していたのだが、遠い昔に乱獲されて絶滅している。
なぜメタルライトヒューマノイドスライムがこんなにも有名なのかと言えば、その体を構成しているゼリー状の物体が極めて優秀な武具の元になるからだ。
メタルライトヒューマノイドスライムから造られた武具は無類の強さを誇り、かの有名な【勇者】の装備が一式メタルライトヒューマノイドスライムなのはあまりにも有名。
俺もいつかその武具をこの手で造ってみたい。
ゲーム内では一回だけ造るチャンスがあるのだが、その入手難易度から“誘惑の蜜壷”とプレイヤーの間で言われている。
俺は正規のルートでメタルライトヒューマノイドスライムを入手したという情報を聞いたことは無い。尤も、チートやデータ改竄して手に入れたとは聞いたことはあるが。
「どうしたの? あたしの顔に何か付いてる?」
「あ、いや、なんでもない」
スランに話しかけられて我に返る。
彼女の瞳に俺が移っている。考え事をしていてスランの顔を見ていたようだ。
せめて彼女から何か武具が造れればいいのだが、そうは問屋が卸さないだろう。
ちなみに彼女の容姿だが、人間とほとんど変わらない。
人と同じように肌色の皮膚。人間と変わらない繊維状の髪の毛。服を着ていて、二足歩行。
しかし、彼女らが人間と異なるのは材質と体の末端、それと臓器が核しかないことだけ。
彼女の指先は灰色のゲル状で、髪の毛の毛先も灰色のゲル状。
それを隠す様に手には手袋をしていて、髪型も毛先にあまり目が行かないような髪型だ。彼女の場合はツインテールで、地面すれすれまで伸ばしている。
顔を見て話すには、毛先まで目が行かないことを考えてのことだろう。
もちろん、彼女らは服を着るという習慣は無い。自分の体を服のように変化させているのだ。
つまり、ヒューマノイドスライムは常に全裸なのだ。
見た目は普通に服を着ているように見えるため、紳士諸君が喜ぶことは無い。
「あー……まぁ、あまり気を落としなさんな。吐くことなんて誰にでもあるよ」
「慰みになっていないような気もするが」
「あっははは! なーんだ。ロボちゃんに聞いてた話だと、貴方は相当酷い男だって聞いてたケド、そんなんでもないみたいだね」
そう言って彼女はロボ娘の方をチラリと見た。
意外にもおしゃべりなロボ娘のことだ。俺のことも話していたのだろう。
なのだが、俺はそこまでロボ娘に辛く当たっていただろうか。
そんなロボ娘は少しムッとした表情となり、声量はそこまで大きくは無いものの早口でこう言った。
俺たちの中に入り込むように。
「御主人様は酷い男ではありません。私をしっかりとロボット扱いしており、プライベートには私のことを気遣って接触しておりません。そう申したではないですか、スラン嬢?」
「いや、でもさぁ……普通そう言うのって……しかも貴女を解体しようとしていたんでしょ?」
「私に利用価値が無かったからです。それを無理にでも拾ってもらい慈悲をいただきました。確かに、少しがさつで先のことを見据えない人ですけど、私の恩人には違いありません」
「うわぁ……コレが噂に聞く歪んだ愛情かぁ……」
ロボ娘が露にする感情。
俺は褒められ慣れていないので少し居心地が悪くなってしまう。
俺には面と向かってこう言うことを言わないロボ娘だが、主人である俺を守るためなら自分の感情を出すところ、凄く胡散臭いです。
また何か考えているのではなかろうか。ロボ娘は玄翁さんに俺から何をされたのかを胸を張って言うので、俺には相当なとばっちりが来る。
俺としては勘弁もらいたい。
そう言えば玄翁さんが静かだと思い、彼女の方を振り向くと……。
「…………」
ロボ娘の方を、心配気に見ていた。