トートロジーってなんやねん
「んじゃ、これでお願いします」
「はい。では、今後ともよろしくお願いいたします」
「よろしく頼みます」
翌日。
俺は詳しいことを決めるためにギルドに来ていた。
向かい側には支配人と副支配人のクックさん。俺の右隣にロボ娘。
そして何故か知らないが左隣に玄翁さんがいる。
支配人とクックさんはもちろんのこと、従業員であるロボ娘には知る権利と俺がいない時のためとしているのは当然のこと。
だが、俺はどうしても商売敵のはずの玄翁さんがいることに疑問を隠せない。という出て行くように頼んだのに、最後まで居座り続けているのはちょっといただけない。
こうして俺の情報を提示しているわけだから、どんな些細なことでも商売敵に渡るのは避けたい。
だのに、ここにいるのはおかしい。俺の言うことは尤もだろう。
「へぇ、マクラギって守銭奴かと思ってたケド、そうでもないんだね」
「おいコラ。俺は自分とロボ娘が食える分だけありゃいいんだよ。つーか、出て行けって言ったはずなんだけど?」
「え? もしかして……マクラギ、怒ってる?」
「おう。怒ってる。オメェよ? 仮にも商売敵なんだからさ、俺の店の情報を何故オメェに出さなきゃいけねぇんだ? 幸い大したもんは耳に入ってねぇだろうがよ、分別ってもんが分からねぇのか?」
「商売敵って……私はそんな……」
「あ?」
「……ごめんなさい」
最初は自分で気づいてくれて途中で退出してくれるかなって思ってたけど、話を聞いて頷いているだけで出て行く素振りは無い。そんな態度に俺は怒っても良いと思うんだ。
出て行くようにもいったしさ。無理やり追い出せばよかったと思う今日この頃。
そんな我慢が嫌いな俺は空気の読めない玄翁さんの一言で怒ってしまう。
コイツだって一応、鍛冶を任されている鍛冶師の一人のはず。それをこんな友達感覚でやられてもらっちゃいい加減紐が切れてしまうだろうに。
それを分かっていなかったのか、俺の言葉を聞いて渋々謝った。
「あの……」
「あ、すいません。では、俺たちはこれで失礼します。ほら、行くぞ」
「あ、うん……」
怒って心が落ち着いたおかげか、周りに目が回せるようになった。
そこで、支配人とクックさんがこちらを見て苦笑いをしているのが目に映った。
今のやり取りを見ていたのだ。そりゃ、苦笑いもする。
何を馬鹿なことを、とでも思っていることだろう。
俺は直ぐに謝罪をし、玄翁さんの手を引いて支配人の部屋を後にする。
その後ろをトコトコと着いてくるロボ娘。ロボ娘のことだろうから、今の会話を完全に記憶しただろう。便利なものだ。
「ふぅ……喜べロボ娘。当分食いっぱぐれることは無いぞ」
「だったら給料を増やしてください」
「検討する」
「それは増やさないとのことですね。ちっ」
「あー……機械油くらいは増やしてやる」
「ふっ。ちょろいですね」
「おいコラ」
この契約のおかげで、相手から切られない限り食うのに困らなくなった。
今の支配人とクックさんとの談合で、一年契約を結び、取引の定価を決めたのだ。
品物は様子見として、数種類だけ。いきなり何種類も注文されて、期日まで間に合いませんでしたってなったらお互いが困るからだ。
ましてや、客の脚注商品も少しある。コレは疎かにしてはいけない。
内訳は以下の通り。
鉄の剣(伝説的)は銀貨三枚。十個纏めて注文したら一割引き。
鉄の短剣(伝説的)は銀貨二枚。同上。
鉄の大剣(伝説的)は銀貨五枚。割引は無し。造るのが思った以上に大変なため。
鉄の鎖帷子(伝説的)は不定。サイズにより価格が変化。注文の際に値決め。
スケイルアーマー(伝説的)は同上。
実験もあってか、今回の契約ではこれだけだ。
この内訳を見て分かる通り、これからかなり忙しくなる。
俺が休む暇が少なくなってしまうのは仕方ないとして、これ以上ロボ娘の負担を増やしてはいけない。
ただでさえ、良く働いてくれているのだから。
「あのさ……やっぱり、馴れ馴れしいかな?」
「あ? なにが」
「いや、あの……私、マクラギに甘えちゃってたのかもね。あはは……」
来る忙しさに嫌悪と期待を抱いていると、何の脈拍も無く玄翁さんが何やら意気消沈した様子で話しかけてきた。
いや、話しかけてきたというより、自分に語り掛けている方が近い。言い聞かせているように。
そんな様子の玄翁さんに面倒だという気持ちが沸々と湧いて出る。
なんだか無性にこんな“自分が最初から悪かったからダメな子な自分可哀想”みたいな奴は見ているだけで腹が立ってくる。
例え、自覚が無かったとしても、そう言う輩は見ているだけでムカつくもんだ。
だから、傷口に塩を塗りたくりたくなる。
「あぁ、少し厚かましいところもあったな」
「うぅ……」
「公私混同。それはいただけないねぇ」
「……ごめんなさい」
あぁ、ダメだ。
なんか背筋がゾクゾクしちゃう。なんか背徳感が良い具合に俺の心を突いてくる。
しかし、そんな俺の行動を見ていたロボ娘はおもむろに落ち込む玄翁さんの近くまで歩み寄る。
それに気付いた玄翁さんが何事かと少しやつれた顔でロボ娘の顔を見た。
感情のあるにもかかわらず、ロボ娘の表情は無表情。能面を張り付けたような顔をしていた。
その様子に気圧されたのか、玄翁さんの表情が少し険しい表情になる。
「大丈夫ですよ」
身長差があるので、ロボ娘がどうしても見上げる形となってしまう。
そんな身長の低いロボ娘は玄翁さんの顔へと両手を伸ばし、両頬をその人工の手で優しく包み込んだ。
彼女の手は、人間のそれよりもふわりとしており、より包み込みやすい優しい手だということを俺は知っている。
彼女は依然として険しい表情をしている仔羊に優しく微笑み、聖母のような……人工物が聖母なわけがないが、何も知らない人物が見たら勘違いするほど、その光景はどこか神々しいものだった。
彼女の銀髪も相まってか美しく見えるから不思議だ。帽子をかぶっているのであまり見えないが。
そんな彼女が、仔羊に告げる。
「御主人様はああ見えて引き摺らない御人です。きっと、五分後にはどうでも良くなっていることでしょう」
「そうなの?」
「そうなの」
本人を前にして良く言えるなあの機械が。
確かに、俺は怒っても五分後にはもうどうでも良くなって気にしないことが多い。
何故なら、憤りを感じて怒る。相手に怒る。怒り終えたら、もうお終い。
そいつが嫌いならまだしも、仲の良いもの同士なら、そんなことなんてどうでも良くなる。
怒ったら腹が減った。一緒に飯食いに行こう、だなんてザラだ。
よく知っているなロボ娘。一ヶ月くらいしか一緒にいないのに。
それを告げられた玄翁さんはおずおずとこちらを向く。
どこか小動物が大きな動物の様子を窺うような感じだ。良い具合にくすぐってくれる。
「えっと、もう怒ってないの?」
「俺の商談の際に出て行かなかったのはもう怒っていないぞ。訊かれちゃったならもう仕方がないし、忘れろったって忘れれるもんじゃないしな」
「じゃあ、さっきのは? 公私混同とか……」
「あれか? 玄翁さんの私は可哀想的な態度が気に喰わなかったから突っかかっただけ」
「なにそれ!?」
俺が悪戯に突っかかっただけだと分かると、玄翁さんは俺の両肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしてきた。三半規管が絶望的な俺はたったそれだけのことで酔ってしまう。
のど元まで出かかっている。あ、ダメ。吐いちゃう。
「レナさん……御主人様の顔色がなすびに……」
「え? あ」
そのことを言い表すなら、ダムの決壊。
怒濤の波は前面のみならず、足元まで及び、浸食範囲を広げていく。
玄翁さんが気付いた時にはもう遅い。その怒濤の波は既に彼女の服に掛かっているだけでなく、滲み込み、肌まで届き、その熱が更に不快感を与えるだろう。同時に、耳や骨を伝って不快な音が浸透する。
一拍遅れて、彼女の悲鳴。
ギルドではムードメイカー的な存在の彼女の悲鳴に反応しない人はいない。
「あー……」
続いてロボ娘の諦めたような声。
それは汚いものを見るような眼をしており、やや呆れたような表情をしていた。
そんなロボ娘に気を取られていたせいか、ダムをぶち壊した輩の不可解な反応に気付くのが遅れてしまった。
「うぶっ……」
まさかの二個目のダムが決壊してしまった。
貰いダム決壊なんて初めての経験だ。辺りに酸っぱい臭いが充満し、それがどこか香ばしいスメルのように感じるから不思議だ。
そんな現実離れした光景を見ているからか、彼女の朝ごはんは魚だったんだな、とか冷静に考えてしまった。
うん。
「大参事や……」
我に返り、呟く。
いや、遅すぎた。遅すぎる。
行動に移るのが遅すぎた。むせる。
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
この惨状に言葉も出ないし行動にも移れないでいると、パタパタと誰かが駆け寄って来た。
その手にはバケツをモップ。服装はまんまメイド服を着ており、青いツインテールの髪が走る歩幅に合わせて揺れている。
俺は“彼女”のことを知っている。
いや、知っていた。
このギルドで雑用係として雇われていて、同時にギルドメンバーでもある彼女。
俺がゲームをプレイするにあたって良くお世話になっていたパーティーメンバー。
「今、お掃除いたします!」
名前はスラン。種族はヒューマノイドスライム。
“魔物”だ。