目ぼし
「どうぞ、狭いところですが」
「お邪魔致します」
場所は俺の工房。
約束通り支配人とクックさんを連れて来たのは俺が武具を打っている姿を見せるため。
その面達はとても強張っており、こちらとしてはおちゃらけ様にもおちゃらけない。そんな空気だ。
店側にはいつも通りの光景。店番をしているロボ娘。それと品物を見ている玄翁さん。
……玄翁さん?
「やっほー。お邪魔してるよ」
「なにしてんの」
「なにしているのって……あの娘に会いに来たのよ。でも、仕事中ですからって相手してくれないんだー」
「アンタだって仕事があるでしょうに」
「まぁねー……って、支配人? クックさんも?」
品物を見ていた玄翁さんはこちらに気付き、手を振りながら俺の元までやって来た。
あの出来事の後、俺はロボ娘と共に玄翁さんに謝りに行った。癪に障るが、仕方ないこと。
玄翁さんは自分も熱くなり過ぎたと言って謝ってくれた。そして、ロボ娘に感情が戻ったことを知ると、まるで自分のことのように喜んだことはまだ記憶に新しい。
何とか関係を修正したは良いものの、あれから更に遊びに来るという名目で監視が増えたような気がする。
そんな玄翁さんは背後にいた支配人とクックさんに気付き、理解が追い付かないという表情になる。
それもそうだ。ギルドの長がこんなところに出向いているんだからな。
「レナさんも来ていたのですか」
「あ、いや……もしかしてお邪魔ですか?」
「どうですか、マクラギさん」
「別に大丈夫ですよ。見られてもどうってことは無いんで」
「だそうです」
「ちょっと待って。理解が追い付いていない」
頭上にクエスチョンマークが浮いている玄翁さん。
仕方がないので、これまでの経緯を説明する。すると、先ほどまでの表情が一変。
険しい顔つきになり、俺を何か得体の知れないものを見るかのような目で俺を見ている。生唾を飲み込んだのか、彼女の喉が上下するのも見えた。
「……ねぇ、私も……ご一緒しても良いかな」
「良いぞ」
「そ」
おおよそ予想通り、玄翁さんも俺の鍛冶を見るそうだ。
その表情は鍛冶師としての表情か、それとも別の何かか。俺には分からない。
ともかく、その視線怖いんで止めてもらえませんかね。敵意じゃないって分かっていても鋭い視線は嫌いなのです。
次に俺は店番しているロボ娘のところへ向かう。
「ロボ娘。今からちょっと大事な話するから、客に店長いるかと訊かれても、通すんじゃねぇぞ。メモって詫びの一言入れとけな」
「かしこまりました」
せっかく、良い機会だってのに邪魔されちゃかなわんからな。
客は優先すべきものだが、それよりも優先するものはある。客は神じゃねぇ、ガキ大将だ。
ともかく、これで場所は整った。
俺は金床と炉に向かい、鍛造する準備を始める。
すると、そこからもう始まっているのか、クックさんはボードを取り出して俺の一挙一動を書き込み始めた。
支配人も食い入るような眼で俺の手元を見ている。玄翁さんも同様だ。
物凄くやり辛い。
「えっと……ちょっと近くないですか?」
「おおっと、これは失礼しました」
少し……というかかなりやり辛かったのでそれとなく促してみると、意外にも直ぐに離れてくれた。
のだが、少し時間が経つとまた身を乗り出してきた。いやいや、どれだけ興味津々なのかと。
気を取り直して炉に火を入れ、鞴で風を送って火を大きくする。
どうやらこの動きすらも記録の対象になるらしく、背後からカリカリと耳障りな音が聞こえて来た。
こういう時は無視に限る。
火が充分に大きくなるのを確認した後、素材である鉄のインゴットをやっとこで掴み、炉の中へ突っ込む。
炉の中を覗き込み、鉄のインゴットの様子を見る。タイミングは鉄のインゴットが赤く熱せられ、やっとこのが少し鉄のインゴットにめり込むくらい。
それでも、充分に熱せられたのならば自動的に炉から吐き出されるので、別に見なくともいいのだけれども。
それだと、なんか恰好悪いので俺はそうしているだけのこと。
他のところは知らん。
鉄のインゴットが充分に熱せられたところで炉から取り出し、金床に置いて金槌で叩いて行く。
この金槌で叩く作業も、別に同じところを叩いていれば良いのだが、それだと格好がつかないので万遍なく叩くようにしている。
他のところは知らん。
やがて、叩かれた鉄のインゴットが細長くなったのを確認した後、冷却水のが満たされた水槽の中へ突っ込む。それと同時に凄まじい水蒸気が工房に満たされる。
これで第一段階終了。
この工程を後一回繰り替えして同じものを造る。
そして、二本の細長く成形された鉄の棒をやっとこで掴み、炉の中へ突っ込む。
やがて二本の鉄の棒が熱され、融解して一本の鉄の棒になった頃合いを見計らって炉から取り出し、金床に置いて金槌で叩く。
この工程も例のごとく適当にやっていても良いのだが、恰好を付けたい俺はそれっぽくしている。
他のところは知らん。
それが終わるとようやく完成だ。ちなみに造っていたのは鉄の剣。
時間にして約十分。実際に武具を造るならばかなり早く造れているのだろうが、ゲーム基準で考えれば糞ゲーも良いところ。
現実寄りとなってしまうと、こういうところで時間を取られてしまう。
「で、出来たのかね?」
「一応、出来ましたけど、完成ではないです」
「うん?」
あ、今言葉おかしかったな。
これから強化に入る。鉄の剣だけでなく、例外を除いてほとんどの武具は十回強化できる。
一回強化したらアイテム名の横に“良質”と付き、二回強化したら“優良”、三回強化したら“優秀”、そして十回強化したら“伝説的”と付く。
支配人に渡したのは伝説的の武具なので、あと十回の強化の工程が残っているというわけだ。
俺の背後で鍛冶姿を見ていた三人は、俺の鍛冶が終わったものだと思っているようだ。
何回も確認するが、この世界で強化の技術を会得しているのは俺だけだ。だから、この三人はそのことを知らない。
本番はこれからだ。
武具にもよるが、鉄の武具シリーズの強化に必要な素材は鉄のインゴット二個だ。
強化の仕方は簡単。造った武具を素材で挟むようにやっとこで掴み、炉の中へ突っ込む。
そして、融解してきたところで取り出して金床に置き、金槌で叩く。
例のごとくこ(ry
一回の強化を終え、鉄の剣(良質)となったところでその工程を後九回ほど繰り返す。
その様子をなにやら驚いた様子で見ている三人。未開の技術はこうも驚かれるものなのか。
俺も驚いたな、友達に可愛ければ男もイケるって言った友人に……。今元気にしているだろうか。
そして十回強化し終えた鉄の剣(伝説的)がこちら。
性能にしてバニラの八倍の攻撃力を発揮できる。それでも、店で買える銀の武具シリーズの方が強いのだけれども。
値段はこっちの方が安いのだろうが、より多くの手間がかかるからあまり実用的ではない。それなら銀の武具を打っていた方がコストパフォーマンスも良い。
でも、浪漫があるだろう?
「出来ました。こちらです」
「これは……確かに素晴らしい……」
時間にして二十分。
鉄の剣製作と合わせて一本三十分で出来る。
やっぱり割に合わないような気もする。しkしあ、そこは浪漫でカバーできるから良しとする。
「ホントはもっといい素材があれば、もっと良い武具を造れますが……俺が出来るのはこれが精一杯です」
もちろん嘘。
ボーキサイト鉱石、つまりアルミニウムのインゴットで良いものが造れる。
造らないのは、俺の鍛冶レベルが低いからである。しかも、これがまた上がりにくい。
やってられるかってんだ。
「今の……もしかして強化? どうしてマクラギが……?」
「あ。いや……えっと」
不思議そうに呟く玄翁さん。やはり鍛冶屋の一人娘ともなれば強化のことを知っていても無理はない。
それはそうと、そう言えば俺は強化が出来る理由を考えていなかった。
なんか……なんか良い言い訳は無いものか。
教えてもらった?
誰にだよ。ここで適当な人物を創っても直ぐにバレるに決まっている。
組織に嘘を吐いても意味がないことを知ったのは高校生の頃。万引きは良くないね。
何故か知っていた……は現実味が無いな。
そんなことを言っても赦されるのは主人公ぐらいだ。残念ながら俺は主人公ではない。
……ここはどう切り抜けるか。
「あー……俺の独学だよ」
「独学ぅ?」
「なんかこれ出来んじゃね? って感じでやったら出来た」
「うそぉ!?」
嘘は言っていない。
初めて強化した時も、こうやったら出来るんじゃねってノリでやったら出来たからなぁ。
嘘は言っていないよ、嘘は。ホントのことをも言っていないけれども。
「マクラギ様」
「はい」
「貴方の腕を認め、貴方の工房から武具を買い取らせていただきます」
なんだかいきなり口調が畏まった支配人。
心なしか頭も低い。それに倣ったのかクックさんも頭が低い。
なんだか申し訳なってくる。
「つきましては、武具の買い取り価格はそちらが提示していただいても結構です」
「え!? 良いんですか!?」
「はい。たった今、貴方は我が赤の国のギルドの宝となりました。そのことも踏まえてのことです」
「え、えぇー……」
なんと買い取り価格は俺が決めて良いとのこと。
それが何を意味するか分からない俺ではない。どれだけの値段を吹っ掛けても構わないということだ。
それはもう取引ではない。一方的な売り付けだ。
それを、それを一介の経営者が提示して来たのだ。
中小企業とかのレベルではない。ギルドというとてつもない大企業が提示して来たのだ。
つまり、大金をはたいてでも俺から武具を買い取りたいと言っているのだ。
それはもう、俺をギルドで独占するということと同義。
更に、ギルドの宝とまで言われちゃったよ。
そこまで言われたら流石の俺でも何だか怖くなってきちゃうよ……。
やべぇ、逃げたい。
「えっと、じゃあ……鉄の剣が銀貨一枚……いや、俺のところは銅貨六十枚か。なら……」
俺の店は他のところよりも安いのが売り。
だったら、その基準で考えないと。そして、鉄の剣を一本造るのに十分かかる。強化し終えた鉄の剣(伝説的)は一本造るのに三十分。
なら、鉄の剣三本分の価格に手間賃をつけて……。
「なら、この鉄の剣一本銀貨二枚に銅貨五十枚でどうでしょうか?」
「なっ!? そ、そんな安価でよろしいのですか!?」
「安価……あ。銀の剣よりもかなり安いな……えーっと……どうするかな……」
銀貨二枚に銅貨五十枚って性能に比べてかなり安い部類だな。
銀の剣が銀貨五枚のを考えるとかなり安い。それで性能が少し低いくらいなら、俺だって鉄の剣(伝説的)を買うな。
だったらもう少し吹っ掛けてみるか。
「じゃあ、一本銀貨三枚で良いですよ」
「え……」
「正直、かかっているのは時間と手間だけですから」
「いや……あの……」
「あ、言っておきますけど、量産は難しいですよ。出来るのは俺だけなんで。しかも、店の武具も打たなきゃならないんですから」
「あ、はい……」
これを量産してくれだなんて言われたら堪ったもんじゃない。
売っているのはこれだけじゃないし、他の武器や防具だって打たなきゃならないんでね。
そうしたら、俺はいつ休むんだ。営業時間外は働きたくないでござる。
採掘だってしなきゃならないし。人を雇う金も無い。ロボ娘だって全部仕事を教えたわけじゃないしな。
「あと、えっと……こ、この技術は一子相伝なので、め、免許皆伝の弟子にしか教えません。も、門外不出です」
「えぇ!? そうなの!? なんでよ!?」
「アレだ。北斗聖拳だって一子相伝だったし(震え声)」
「ちゃんと目を見て言って!」
後で何か言われたら困るので、あらかじめ強化の技術は教えないと言っておく。
というか俺しか出来ないのに教える必要ないし。そもそも教える気が無いし。俺にしか出来ないことは、俺しか出来ないままで良いから。
という覚悟も玄翁さんに睨まれて早くも揺らぎそうです。
「では、マクラギ様。詳しい話は後ほど伺いますので、一旦我々は失礼します」
「アッハイ」
何やら慌てた様子で俺の店から出て行った支配人とクックさん。
その表情は険しい。一大事だということなのだろうか。いや、一大事なのか。
きっと、コレから重要な会議を開くのだろう。
ほんの一日だけで大きなパイプが出来てしまった。
ギルドという潰れ様が無い企業とのコネクションが出来たのなら万々歳。
それも、こちらが切られることは早々ない。
……あれ、なんかフラグたてちゃったんじゃね?
「……で? 玄翁さんは後何か用事でもあるの」
「え? あ、あと……マクラギ。やっぱり凄い人だったんだね! 株が急上昇だよ!」
「俺の人間性については?」
「下がったままだよ」
「んなバカな!」