気取った醜女
「どうっすか。割と出来ていると思うんすけど」
「こいつぁ、すんばらしい! 性能も段違いですよ」
「それは良かった」
依頼されていたネヒトさんの大楯の強化が終わったのでそれを見てもらっている最中。
ネヒトさんは仕上がった大楯を見るなり目を輝かせ、称賛の言葉を漏らした。
出来るだけ強化をしたので、性能で言えば中盤ではメイン盾として活躍できるほどまでになった。終盤では……うん、まぁ、愛があれば何とか使えるんじゃないかな。
「では、これを受け取ってください」
「え……? こんな大金……良いんですか?」
「えぇ、えぇ、お納めください。私としても、この大楯の性能には限界を感じていたんですが……愛で何とか使っている状況でした。おかげでこれからもコイツを使えそうです。そのお礼も兼て」
「ありがとうございます」
次に出るのは当然大人の話。依頼料である。
正直、強化を十回ほど行えば強化限界値になる。この大楯を強化限界値までにするのに鉄鉱石は四十個を使った。鉄のインゴット二十個分だ。
しかも、仕入れ値はタダ。かかったのは労力だけなので、そこまで依頼料はとらないつもりだった。
しかし、目の前に出されたのは金貨五枚。
大金だ。物凄い大金だ。この首都の中級区の一月の平均的給与は銀貨三枚に銅貨五十枚だ。労働者の最低賃金は銅貨七十五枚。
銅貨百枚で銀貨一枚分。銀貨十枚で金貨一枚分。
それを踏まえて、今回の依頼料は驚くほどの大金だ。正直、受け取るのに少し引ける。
でもーせっかくのご厚意だしー。
受け取らないのもネヒトさんの心を傷つけちゃうかもだしー。
ここは甘んじて受け取るのが一番だと思うしー。
やっべぇ、テンション上がるわー。
そうだ、忘れないうちに言っておくか。
「ネヒトさん? これはお願いなんですが、俺に強化してもらったとか言ってもらえると……」
「あぁ、構いませんよ。なんせ、世界でも少ない鍛冶技術を持っていますからねぇ。ましてや腕も良い! これを言わずとして何を言えば良いのか」
「ありがとうございます」
これで宣伝はバッチリだろう。
現に、この前のネヒトさんと共に連続誘拐犯を掴まえた時はネヒトさん経由でお客さんが増えたこともあったのだから。
ネヒトさんならこのことを周りの人に言うだろう。人が良いネヒトさんは強面だが愛想がよく、近所の子供たちの人気者。
悪く思う親なんていない。
渡す物も渡し終えたので、世間話もそれなりに済ませて幼稚園を後にする。
幼稚園から出る際に、ネヒトさんから攻撃力強化のポーションを貰った。リンゴ味で炭酸も入れてあるとのこと。
作ったは良いものの、戦闘の際に炭酸水は飲みにくいとのことで余していたそうな。ミネラルもたっぷりだそうで単なるジュースとして飲むのが良いと言っていた。
コレは美味しそうだ。
けれど、なにか発泡系統の食べ物と食べ合わせないようにとのこと。
例えば、ラムネ菓子と食べ合わせると胃の中が大変なことになるそうだ。気を付けよう。
「あぁ、後……造った武具はギルドへ持っていくと良いですよ。あそこは玄翁の爺さんのところと、上級区の商会からしか武具は買い取っていないそうです。きっと、持っていけば良い値段で買い取ってくれますよ」
「マジっすか。この後早速行ってみます」
帰り際、良い情報を聞いた。
ギルドで武具を買い取ってくれるそうだ。この設定はゲームでは無かった設定だが、現実寄りではそうなのかもしれない。
それもそうだ。あそこは訓練場やギルドランクの低いギルドメンバーに対しての武具の支給なども行っている。
その武具はどこからか仕入れないといけないものだ。そうなれば、他から買い取るのも頷ける。
早速持っていってみよう。
「じゃ、行きますんで」
「はい。また、何か入用があったらお伺いします」
幼稚園を後にして、早速ギルドへと向かう。
ここからギルドへは結構近い。同じ中級区なので当たり前だ。
四次元ポーチの中を漁ってみると、予備として持っていた鉄の剣と鉄の剣があった。それも強化済みのだ。
これをサンプルとして持っていってみよう。
「えーっと……」
徒歩数分でギルドへと到着。
ギルドに来るのは久しぶりだ。ギルドでクエストが受けられるのだが、ぶっちゃけ無理してやる必要はないから放置している。
必要なクエストはやるが、お使いクエストや金稼ぎの為のクエストはやる気が起きない。
これからは来る機会がありそうだ。
「すんません」
「あら、マクラギさんではないですか。こんにちは」
「こんにちは」
とりあえず窓口へ向かうと、受付嬢兼副支配人のクックさんがいた。
一回か二回くらいしか顔を合わせていないはずなのに憶えてくれていたことに少し感動を覚える。
クックさんはこう見えて凄腕のギルドメンバーだ。けれど、彼女が出動したところをついぞ見たことは無い。
「今日はどうなさいました?」
「なんでも、ここに武具を持ってくれば買い取ってくれると聞きまして」
「そう言えばマクラギさんは鍛冶屋でしたね。えぇ、基準値をクリアしているのならば、買取いたしますよ」
「ホントですか」
「元々、ギルドはトレジャーハンターたちが集うところでしたから。武具だけでなく発掘品もあれば買取いたします」
へぇ、元々トレジャーハンターの本部だったのか。
そこから派生して今のギルドになったと。それは初めて知ったな。
俺は四次元ポーチから鉄の短剣と鉄の剣を取り出してクックさんに渡す。
クックさんは品定めでもするかのような目でそれらの武具を見始める。その際に、彼女の慧眼がキラリと輝きを増したのは気のせいではないと思いたい。
「サンプルとしてお渡しします」
「これは……凄いわね。貴方、これほどまでの腕を持っていたの? 大きな声じゃ言えないけれど、心昭さんのところより良いわよ……これ」
「御世辞が上手いっすね」
当たり前だ。あそこは良くて一回強化した良質の武具までしか造っていないからな。
対して俺は良質を越えた十回強化した伝説的までのランクまで強化してある。性能だって段違いだ。
それでも、鉄の武具なのでたかが知れているけれども。
「ちょ、ちょっと待ってて」
クックさんは何やら慌てた様子で窓口の奥に消えて行った。
待つこと数分。バタバタと大きな足音を立ててクックさんが戻ってきた。
髪が若干乱れているところを見ると、結構走って来たのだと理解できる。
その様子にギルドにいた他のギルドメンバーたちが何事かと、こちらを見ている。
背中がむず痒い。
「支配人がお呼びです。こちらへ来ていただけますか?」
「あ、はい」
ギルドメンバーたちの視線を浴びながら支配人室へと向かう俺とクックさん。
その姿を見てギルドメンバーたちが何やらこそこそと噂話を始めたのが分かる。聞いた話だと、俺はギルド内での評判はあまりよくないらしい。
それもそうだ。他の連中と関わろうとしないで、他の人たちからの評価が高かったら奇異な視線を向ける。
支配人室へと入ると、俺が渡した二つの武具を見定めている支配人の姿があった。
その眼は真剣そのもの。しかし、俺たちが入ってくるのを確認した後、二つの武具をテーブルに置いてしまう。
そして俺に向けられる支配人の表情はいつもの人が良さそうな貼り付けた笑顔なんかではなく、まるで自分が理解できないものを見るような表情をしていた。
「お待ちしておりました、マクラギさん」
「ども」
促されるまま支配人の対面のソファーに座り、相対する。
依然として奇妙なものを見るような表情の支配人だが、敵意は感じられなかった。
「話というのは……この二つの武具。マクラギさんが打ったことで間違いはないですか?」
「はい」
「どこからかの遺跡で発掘した代物ではないのですね?」
「はい」
なんだか詰問されているようで気分が悪い。
仕方がないとしても良い気分ではないな。
「これが本当ならば、是非とも買い取らせていただきます」
「良いんですか?」
「しかし」
支配人の重苦しい口から出てきた言葉は俺を喜ばせるものだったが、条件があるようだった。
その眼光が意味するものは、俺に疑いを掛けているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
「一度、貴方の工房にお邪魔させていただきたい。出来るなら、今から」
「えぇ、構いませんが」
「よろしいですか。では、支度をしますので暫しお待ちください。ロビーで待っていてもらえますか」
「はい」
疑うのは当然のこと。
なんせ、ここまで武具を打てるのだとしたら大変なことなのだろう。
しかし、今だ俺が他人事にしか思えないのは気のせいだろうか。どことなく自分のことじゃない、もっと別の人の事に思える。
……あぁ、そうか。
俺、今まで人に期待されたことないんだったな。