天に吐いた唾
「どこに行ってたんだ?」
「お花摘みに」
「なんじゃそりゃ」
それから何事も無くアゾットさんとヨフィさんのと元に戻ることが出来た俺。
どうやら俺が戻る頃には地質調査は終わっていたらしく、坑道の入口で二人が俺を待っていた。
俺の顔を見た二人は面白いことに両極端な反応を示した。
もちろん、アゾットさんは親しみのある顔。ヨフィさんは暗い顔だ。
「なにか収穫はあったのか?」
「いや、なにも。ただ……人間って言うのは恐ろしいことに、自然の鉱脈が枯れていた。こういうのは埋めるものだけど、こうして放って置かれているところを見ると、この採掘場の管理体制が知れているね」
「そうなのか」
やっぱり調べるにはあの鍾乳洞しかないのか。
あ、そうだ。あの時、坑道の鉱脈を確かめる時に採掘した鉱石を渡しておくか。
「これさ、ちょっとそこらで採掘したもんなんだけど、良かったら何かに役立たないか?」
「鉱石……? これはボーキサイトだね。アルミニウムともいうけど……まぁ、せっかくだし調べてみるよ」
物は試しというアゾットさん。
ボーキサイト鉱石を幾つかアゾットさんに渡し、この場を離れることに。
現場監督は勝手に出て良いと言っていたが、やっぱり一言掛けるべきなんだろうか。
一応、報告はしておこう。
ということで事務所に寄る。
だが、何故か事務所には誰もいない。換気扇は回っているが、人の姿は見えない。
一応事務所の周りも見てみたのだが、人の気配すらしない。
時間は三時を少し回ったところ。昼食ということでもあるまい。
「仕方ない、置手紙して帰るか」
「そうだね」
仕方がないので現場監督の机の上に書置きを残して後にする。
出入り口のところには依然として見張りがいたが、帰ることを告げると何事も無く出れた。
なにやら後ろ髪を引かれる思いだが、これ以上何が出来ようか。
「それで、マクラギは本当はどこに行ってたんだ?」
「だから、お花摘みに行ってたんだよ」
「そんなわけないだろう。どんだけでかい糞してたんだ」
「おうおう。難産だったぜ」
「良く言うよ」
首都に帰る道。
話題は俺のこと。
俺があそこで別れた後、どこに行っていたか。
話では、あの坑道内で俺は採掘していたということだが、ホントは俺は抜け出して塩の杭を取りに行っていた。しかしながら、俺は話す気はないので適当にはぐらかすしかない。
そう言えば、お花摘みに行くって本来は女性が使う物なんだったっけ。
アゾットさんは俺が話す気が無いと分かると、それ以上何も言わなかった。
当然、ヨフィさんは口を閉じたまま。もしかして、関係が修復できないところまで来ているのだろうか。
「それにしても……あの人たち、なんで頑なに拒んだんだ? マクラギは何か知っているようだったけど」
「何も知らないさ。ただ、何か隠しているようだったから、カマ賭けてみただけ」
「ふーん。何を隠してたんだろうな」
「さぁ? 貴金属でも発掘したんじゃないのか」
「そんなもんか」
「そんなもんさ」
そんなことを話しながら魔女の森を抜け、街道を通り、首都まで戻ってきた。
終始ヨフィさんとは会話らしい会話は出来なかったが、また次の機会に出も聞いてみるとする。
一日空けていた首都は何ら変わりなく、いつも通り賑わいがある。
下級区はこういうのがあるから俺は好きだ。中級区の方がもっと好きだが。
「それじゃ、今日はありがとう」
「あぁ、また何かあったらよろしく」
「後日、報酬を持っていくよ」
首都に着いた時点でパーティーは解散。
報酬は後日届けに来るというので、俺は戻ろう。
店番はロボ娘に任せていたから、大丈夫だとして……ホントに大丈夫だろうか。
何か問題が起きていたらと考えてしまうのが俺の悪いところ。
それでも早く帰ることに越したことは無いな。
塩の杭を早く部屋に飾って眺めて妄想したいし。
がやがやと五月蠅いメインストリートから、少し人通りの少なくなった道へと外れて店へと急ぐ。
ロボ娘が店番をするようになってから、心なしか来客が増えたような気がする。というかロボ娘目当てで来る人が増えたような気がする。
そりゃ、見てくれは可愛いから、人が釣られるのは分かる。中身が機械だと知ったら、離れて行くかもしれんがな。
店の裏口から、居住区へと入り、そこから店へと回る。
幾ら店の者だとしても、店側から入っていくのは違うと思って行動だ。
そうして、居住区と店を隔てる厚い扉を開け、店側へと入る。そこにはいつも通りのロボ娘の後ろ姿と、何故かカウンター側にいる玄翁さんの姿が。
店の従業員でも無い玄翁さんをカウンター側に入れていることに少しムッとするが、おそらく無理言って玄翁さんが入ったのだろうと納得する。
しかし、そこからが問題だった。
玄翁さんが俺を見るなり、凄まじい形相で俺に歩み寄って来たのだ。
さすがの俺もこれには少し後退ってしまう。
玄翁さんが俺の元まで来ると、胸倉を掴み、凄まじい力で俺を持ち上げる。
いったいその細い腕のどこにそんな力があるというのだろうか。ゲーム補正なんだろうけど。
男が女に簡単に持ち上げられるのはプライドが傷つきますな。
「おい、随分とご挨拶じゃねぇか」
「ねぇ、何か言うことがあるんじゃない?」
「離せ」
「違う」
「ただいま」
「おかえり……って違う!」
何やら凄く御立腹な玄翁さん。
俺がまた知らぬ存ぜぬうちに何かしてしまったのだろうか。
いや、何も心当たりはない。ここ数日は玄翁さんと会っていなかったから怒られる謂れは無い。
彼女の眼は俺の眼から離さず、俺の語り掛けてくる。心なしか息も荒い。
相当怒っているようだ。彼女がここまで怒っているところを見たことが無い。
それに比べてロボ娘は何の反応も示さず、カウンターに座って客のいない店内を見ている。
その光景が少しシュールだ。
「良いから離してくれ。何か話があるんだろう? 胸倉掴まれてたら苦しくて敵わん」
「あ、うん……ごめん」
俺は少しイライラしながら玄翁さんに言うと、玄翁さんは自分のしたことが少し行き過ぎたのだと理解したのか素直に謝って離してくれた。
勢いが削がれた玄翁さんは近くにあった小さな椅子に腰かける。
俺もそれにならって腰掛ける。
しかし、勢いが削がれたとは言っても彼女の怒りが収まったというわけではないらしい。
静かな怒りが隣からピリピリと伝わってくる。なんだか居心地が悪い。
「あー、マクラギさ。また、あの娘に酷いことしたでしょ」
「あの娘って……ロボ娘か。特にした覚えはないな」
「へー……」
前を向いて俺に話しかけていた彼女がこちらを向く。
俺は彼女の顔を見るこちはせずに、ロボ娘に倣ってただ目の前を見続ける。決して怖いからというわけではない。
彼女はそれが不服だったのか、少し語気を強めて俺の言い放つ。
「あの娘を見て、何か思わない?」
「……良く仕事をしていますな」
「そうだね。でも、違うでしょ?」
彼女はそう言うが、俺には心当たりがない。
ロボ娘は今もしっかりと店番をしている。本人の話をしているのにも拘らず、こちらの話を聞かずに店番をしているのは褒めたものだ。
ああして、ホントは聞いているのかも知れないが。
しかし、彼女が何の根拠も無く怒る人でもないと俺は知っている。
それを裏付ける何かがあるのだろう。それを聞かないには始まらない。
「なぁ、ホントに言われている意味が分からないんだ。だから順を追って説明してくれ」
「…………」
俺は意を決して彼女の方を向き、彼女に問いかけると、彼女は少し覚めた目で俺を見て溜息を吐いた。
その一連の行動に少しイラッとするが、グッと飲み込む。俺が悪いかも知れないのだから、ここで怒るのはお門違いだ。
これで俺が悪くなかったら怒るがな。場合によっては手も出るぞ。
「マクラギさ、毎日あの娘と顔を合わせているんでしょ? なら、分かるんじゃない?」
「全然。全く」
呆れを通り越して蔑みの視線を俺に向ける彼女。
その視線が俺の胸へとぐさぐさ刺さる。抉り込むように。
その視線を感じた俺は無意識のうちに冷や汗を流していた。
あれぇ?
おかしいな。手も震えてきたぞぉ。
昔、女子を泣かせてしまった時に感じた視線と似ているぞこれはぁ。
忘れていたトラウマが掘り返されてしまったぞぉ。
やがて、ホントに俺が分からないと理解したのか、一つ軽い溜息を吐き、以前として蔑みの視線を向けながら説明してくれた。
とても簡単に。
「あの娘……感情が見受けられないのよ」
「感情?」
「今日、久しぶりにあの娘と話せると思ってきたんだけど……会ってビックリ。あの娘、人見知りするけれど、私には会った瞬間に嬉しそうに笑顔になるのよ。健気な笑顔なのよ。でも……今日会ったら笑顔どころか表情も感情すら見当たらなかった」
「表情……」
そう言えば少し前から笑わなくなったな。
別に気にしてなかったし、仕事には支障をきたしていなかったから放置しておいたんだっけ。
それが、今日になって明るみに出たと。でも、俺にはそうなった理由が思い当たらない。
チラリとロボ娘の背中を見る。
呼吸をしていないのか肩すらも動いていないロボ娘。
その背中は、何かを背負っているようには見えなかった。
「マクラギも見たでしょ? あの娘、外に出れたって言って笑った笑顔を」
「確かに最近笑っていないな。でも、それはプライベートだし、何か悩みがあるんにしても俺にはそれを聞いてやる義理も無い」
「……はぁ。なんかここ最近、マクラギの株ばっかり下がっている気がする」
失敬な。
それを口にすると自分の株も下がるってことを知らないな。
「それでさ、なんかマクラギがあの娘に何かしたのかなって」
「何で俺が何かした前提なんだ」
「だって、あの娘に訊いても『なんでもない。大丈夫』としか言わないんだもの」
なんという言いがかり。
ここまで俺に信用が無いとは思わなかった。
俺は経営者として親身に接していると自負している。公私混同しないし、ロボ娘のプライベートも尊重しているつもりだ。
陰で俺の悪口を言っていようが構わない。それを表に出さないのなら俺はとやかく言うつもりはない。
人格否定は……ねぇ?
仕事が出来なかったらその人の人格や性格を疑うのは当然な流れ。
その人の育った環境が培った賜物だとしても、求めているのは仕事が出来る人材だ。人が良くとも仕事が出来なければダメ。
そうならないために上司がしっかりと教育しなおさなくてはならない。
それでも部下に変わる気が無かったら骨折り損だが。
昨今の若者は一人一人を尊重し、人の数だけ志があるという風潮。
しかし、それでは仕事が出来るとは思えない。仕事では私事を出してはならない。
その人が嫌だとしても、それが仕事なのだからしなくてはならないし、我慢してやるものだ。
協調性を大事にしないと人間関係だって上手くいかない。嫌な人にだって尻尾振らないといけないのだ。
それを人のいないところで嫌な人の悪口を言うのも結構。俺だってその口だ。
ロボ娘は……箱入りだったこともあってか社会の構図を知らなかった。
けれど、仕事は出来る。物覚えはロボットだから当たり前として、客にだって失礼な態度はとらない。
少し難癖のある従業員だが、俺は評価している。
それなのにも拘らず、俺が疑われるのか。
くそったれが。黙ってればいけしゃあしゃあと。ぶん殴るぞ。
……って、俺の教育とか見たことないのか。
見てないからそんなことが言えるともいえるな。それでもムカつく。
「おい、ロボ娘」
「なんでしょうか?」
「ちょっとこっち来い。店番は今は良い。客が来たら対応しろ」
このまま二人で話し合ってもイラつくばかりだと踏んだ俺は店番をしていたロボ娘を呼ぶ。
呼ばれたロボ娘は相も変わらずな無表情で、こちらを向き、近くまで駆け寄ってきた。
言われてみればその表情から感情が読み取れない。
「単刀直入に訊くけどさ、笑わなくなったよな」
「はい。少し前に感情をアンインストール致しましたので」
「へぇ、それって、ロボ娘が考えて、それが最善だと思ってそうしたのか?」
「はい」
「そうか。なら、俺はもう何も言うことは無い」
ロボ娘が言うには、少し前に何か思ってのことで感情をアンインストールしたそうな。
これでこの案件は解決した。ロボ娘を店番に戻らせよう。
しかし、当然のごとくそれを良しとは思わない人物が一人。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで、なんで感情を無くしちゃったの?」
玄翁さんだ。
玄翁さんがロボ娘に掴みかかるように問い詰める。
そんなことされてもロボ娘は眉一つ動かさない。
「業務に支障をきたすと判断し、アンインストール致しました」
「そんな……そんなことないよ! せっかく笑えるのに……せっかく泣けるのに……ダメだよ!」
「それが、業務に支障をきたすのです」
このロボ娘が言う感情をアンインストールした理由に俺は心当たりのようなものを感じた。
少し前、ロボ娘が居住区の掃除を勝手にして、怒ったことがある。
それもそうだ。人の家を勝手に掃除されて、物の位置とかも変えてしまっているのだから。
その際に、ついカッとなってしまって褒められたいという欲、つまり感情が原因だと起こったんだ。
だから、ロボ娘は感情がいらないものだと思い、アンインストールしたのか。
まぁ、どうでもいいけど。
むしろ仕事が感情がある時よりも出来ているから俺としては申し分ない。
感情が無い方がロボットらしいし。
「マクラギからもなんか言ってよ!」
「それはロボ娘が決めたことだ。仕事に関することなら、俺だって尽力するが、プライベートなことだしな。むしろ、そのおかげで仕事が出来るようになったからねえ」
「そんな……! だって、だって!」
しつこいな。
「あのよ」
俺は依然としてヒステリックの様な症状の玄翁さんの肩を掴み、真っ直ぐに彼女の眼を見つめる。
すると、少し彼女も落ち着きを取り戻したようだ。
「いい加減にしろや。ロボ娘はオメェの所有物じゃねぇんだ。ロボ娘が考えて、人間よりも遥かに頭の良いロボ娘が導き出した答えなんだよ」
「でも……」
「くどい」
「……ふっざけんな!」
「ぐふっ!?」
納得がいっていない玄翁さんを説得しようと語り掛けるが、ついに玄翁さんがキレてしまった。
その細いけれどもパワフルな腕で俺を殴り飛ばし、その勢いで店から出て行ってしまう。
感情が爆発して抑えきれなくなったのだろう。殴られた左頬が痛い。マジで痛い。
歯が折れてんじゃないのか。
「ふざけてんのはそっちだろうが……!」
殴られた頬を擦りながら立ち上がり、彼女が立ち去った方へと恨み事を吐き捨てる。
そんな俺の元へとてとてとロボ娘が走り寄って来た。その手には氷嚢と軟膏が。いつの間に持ってきたのか。
「動かないでください」
「済まねぇな」
ロボ娘に治療されながらこの状況を考える。
そういえば、あそこまで怒る玄翁さんも珍しいな。怒るとは言っても手は出なかったし、言葉を荒げることも無かったはず。
それほどまでにロボ娘のことを大切に思っていたってことか。自分の所有物みたいに。
というかこの状況は結構不味い。
玄翁さんと不仲だと消化できないイベントがあるんだった。仲が悪くなるのはそれが終わった後でも良い。
チラリとロボ娘の方を見る。
端正な顔立ち。だけども無表情。それが良いって言う人もいるんだろうが、俺としては可愛い子は笑っている姿に限る。
そういえば、今の俺を治療している一連の行動は、俺を心配してのことなのだろうか。
感情が無いので九割九分九里ないだろうけど。
「……あーもう。くっそ……なんで罪悪感感じてんだよ」
嫌になるな。
プライベートまで人の事考えたくないってのに。
なんでこう……俺は人に甘いのだろうか。、もうちょっと非情でも良いような気もする。
「ロボ娘。後で菓子折り持って玄翁さんに謝りに行くか」
「はい。かしこまりました」
「あー……あと、コレは業務命令じゃないんだが、プライベートの時は感情をインストールして、仕事の時は感情をアンインストールする……ってことは出来ないか?」
「はい。かしこまりました」
このままはいけないと思い、後で玄翁さんに謝りに行くことに。殴られたのだから、謝罪は俺が受ける方なのではないかという疑問もあるが。
更に、ロボ娘にダメ元でお願いしてみたら了承してくれた。
一旦目を閉じて、何やらブツブツ言ったと思ったら、開眼する。心なしか、その眼には光が宿っているような気がした。
そして、
「痛くは、ないですか? 痛いのでしょうけど」
不器用な笑顔で、そう言うのだ。
そのことで、俺は心配されているのだと、確信できた。