絶望を拾って掲げて寝ろ
特に苦労することなく行動へと入ることが出来た俺。
久方ぶりに罪悪感を引き摺って動かす脚は重く、どこか申し訳ない気持ちまである。
珍しく罪悪感を感じていることに思わず笑みがこぼれる。その笑みは疲れた笑み。
いつもならば責任転嫁したり、逃げたりして罪悪感という言葉なんて無縁だった性格。過去に罪悪感を感じたのはいつだっただろうか。
その罪悪感を最後に感じたのは鼻水垂らして走り回っていた小学生の頃だと気付いたのはそう時間はかからなかった。
坑道の中は以前入った時と変わっておらず、壁には松明があるため歩くには申し分ない。
足元には案内された坑道とは違って埃が溜まっていない。砂利こそはあるものの、その砂利は道端に転がってから幾分も経ってないことが分かる。
何故なら、人の歩くところに砂利は溜まっていないから。端に追いやられるように転がっているためである。
魔物も人もいない坑道を進んでいくと、この前来た通り広い空間に出た。
ここから主に採掘をして外に運び出しているのが見て分かる。そして、傍らには鉱脈があるのだが、掘り尽されていないところを見ると放置されているのも分かる。
問題は鍾乳洞への入口だ。以前、俺がそこから入って行った時は壁が崩れて穴が空いているという感じだったが、今は手が入っていて誰でも出入りできるように整えてあった。
普通ならば魔物が出て来た穴なんて埋めて元に戻して放置するのが定石だろう。それなのにわざわざご丁寧にしっかりとした入り口を作ってあるのだから、本当に中に何かがあるのではないのかという期待が高まる。
意を決して鍾乳洞へと踏み入れると、空気が変わったのを感じる。
周りの気温が数度下がったかのようにひんやりとしていて、とても心地よい。観光地となっていれば結構な人が来るに違いない。
しかし、記憶にある鍾乳洞の綺麗な景色とは異なり、あちこちに穴が空いていて掘った形跡がある。恐らく、その探しているものを見付けるために掘ったのだろう。
せっかくの景観が台無しである。
「こりゃ……ひでぇな」
しかも、無数の穴が空いているのだ。
知らない人が見たら不安になりそうな景色だ。思わず蓮の葉を使ったコラ画像を思い浮かべる。
どれだけ手さぐりで掘り進めたのか。
足元にも空いている穴に気を付けながらゆっくりと進んでいく。
魔物に踏み固められているとは言え鍾乳洞だ。足元はつるつるとしていて、水も溜まっている。
それ故に何度か足を取られそうになる。暗いというわけではないが、むしろその微妙な光量のせいで余計に見づらいところもある。
やがて退化した虚王の玉座まで辿り着いた俺。
当然ながらそこには退化した竜など居るわけも無く、ただ長年の重みによって窪んだ鍾乳石があるだけ。
ここの周りも穴だらけだが、この玉座だけは手が付けられていなかった。
一番怪しそうなところだが、なぜここだけ手が付けられていないのだろうか。それどころか発掘している人や見張りさえもいないってどういうことなんだ。
外に見張りがいるから、中に見張りを置かないって理由はちょっと通らない。
しかも、現場監督は相当ここを発掘していたのにも拘らず、目的の物を見つけることが出来なかった。だとしたら、今この瞬間でも発掘をしているのが普通なのではないのだろうか。
それなのに、人っ子一人いない。
ましてや、俺たちがこうして調査しに来たというのに。
あまりにもおかしい。
まるで、別の力が、逆らうことの出来ない結果に収束しているみたいに。
……だなんて考えすぎなのだろう。ここは、誰もいないことをラッキーとでも思っておく。
ということで玉座とその周辺を調べてみる。
玉座はてらてらと表面がとてもなめらかで、手当たり次第にピッケルで掘ろうものなら滑って歯が食い込むことは無い。
だからと言って力技で壊れるものでもないのだろうな。
ゲームなのだからどこかにスイッチ的なものでもないかと探してみるが、そもそも設定が組み込まれているのかも分からないから無駄だと知る。
だって、プログラムにこの設定が組み込まれていなかったら、スイッチなんてあるはずないのだから。
「……ぶっ壊してみるか?」
ふと思いついた妙案。
ピッケルで削ることが出来ないのなら、それ以外の方法で壊すよりない。
そもそもこんなちまちましたことなんてやっているうちにイライラしてどうにかなってしまいそうだ。
まるで硬結びの紐を解こうとして解けないのにイライラするように。
この玉座を壊すには……鎚が良いな。
少し大きめの槌で、上からぶっ叩けば壊れるのではなかろうか。
……ていう考えを放棄をした考えまで出てくる始末。
けれど、壊すのは別に悪い方法ではない。最終手段だけども。
さて、壊す以外の方法……。
「……ひゃあ! 我慢できねぇ!」
考えるのが苦手な俺にとって手っ取り早い方法ってのが最善の方法なんだよ!
というわけで身の丈以上のスレッジハンマーを取り出して装備する。
大きく上に振りかぶり、出来るだけ垂直に、出来るだけ体重を掛けて振り下ろす。
この時の攻撃力は両腕に力の腕輪を装備しているから二十%増しだ。
幾ら表面がつるつるしていてピッケルが意味をなさないとしても、面となっているところに重い一撃をくらわせれば脆い鍾乳石など簡単に壊せてしまうだろう。
その予想は的中し、勢いよくスレッジハンマーを叩き付けられた鍾乳石はいとも簡単に砕け、その中身が露になった。
幾星霜、雫が滴り落ちて出来た鍾乳石は簡単な層になっており、その中に空洞が出来ることは何かの間違いがない限りあり得ない。
だから、コレはどういうことだ。
「なんだこれ」
玉座の残骸に手を突っ込み、細い円筒型の物を取り出す。
白く、ざらざらとした手触りで、荒い表面をしているのがよく分かる。
その円筒型の白い棒は長さは十五センチ程度。太さは三センチくらいだ。
棒の片方の先が頂点に向けて細くなっており、まるで大きな針のような形をしている。
アイテムなのか、よく注視してみればテキストが目の前に現れた。
アイテム名は“塩の杭”で、消費アイテムではなく持っているだけで効果のあるキーアイテムのようだ。
説明は……なんだこれ。
「過去に始まりの魔物を縫い付けていた杭の残骸……?」
ちょっと待て。ちょっと待てよ。
理解が追い付かない。退化していた竜の座っていた玉座から、塩の杭というアイテムが出てきた。
その塩の杭は始まりの魔物をこの地に縫い付けていたアイテムで、今は壊れている。
……もしかしてこれって凄い発見なんじゃ?
え、これ、なにこれ。凄くテンションが上がるんですけど。
ということはこれも没設定なのか?
何かしらのイベント用のアイテムだったってことなのか?
というか始まりの魔物って……だとしたら始まりの魔物は封印されていたのか?
その封印が何らかの出来事によって破られ、地上に出てきたことによって帝国は滅んで、五つの国が出来た、と。
そして、この場に閉じ込められた竜は、この塩の杭をまるで護るように鍾乳石の玉座に封印した。
妄想が捗る捗る。
うわぁ……俺こう言うこと考えるの大好きなんだよ。
ロボ娘がいた中央科学研究所然り、こういう製作者の作品に入れた物語を読み取るのって凄くわくわくするんだよ。あの時はロボ娘に壊されてしまったが、今回は誰も邪魔する者はいない。
しっかりと持ち帰ろう。
だからと言って、その没設定を解明しようとは思わないんだなこれが。
それを眺めて妄想するのが楽しいんだよ。解明されたら、一つの結果にしかならないんだから。
俺は塩の杭を四次元ポーチへとしまい、早くこの場を出ようと鉄の短剣を装備しなおした時だ。
鍾乳洞の出入り口の方から物音が聞こえて来た。それと大勢の声。
低い音のところから、男性ばかりなんだと分かる。
もしや、今までは休憩していただけで、その休憩が終わって作業再開しようとしているのか。
というか、玉座を壊しちゃったんだけど。直ぐにバレちまう。
とりあえず《隠密の影》と《ぼっちの心得》を発動して、隅の方に移動する。
なるべく光が届かない、陰になっている部分で息を潜めてジッとする。《ぼっちの心得》を使っている限り、目の前に来なければ見つかることは無いと思う。
「さて、いっちょやるか」
「早く採掘に戻りたいねぇ」
「監督もなんでこんな場所なんか掘らせんだよ」
俺の予想が当たっていたのか、入って来たのは鉱夫たちで、持ち場についてそれぞれ発掘し始めた。
数にしておよそ三十人。この小さな採掘場で三十人ともなれば三割の人員だろう。
しかも、この鉱夫たちは何を発掘しようとしているのか知らないらしい。たぶん、俺が見つけた塩の杭を探しているんだろうけど。
俺はゆっくりと、ゆーっくりと移動してなんとか坑道へと戻る。
この分だと入り口まで人はいないだろう。ともかく、目的の物は手に入ったわけだし、後は二人の元へ戻ろう。
しかし、この塩の杭は何に使う予定だったのだろう。
大方、裏ボスの始まりの魔物の抜け殻辺りに使う予定だったのだろうけど、普通に倒せているところを見る限り、お蔵入りになった可能性が高い。
つまり、持っていても意味はないということ。
それでもいい。
俺は収集癖もあるから宝物の一つに加えておこう。
こういうのは持っているだけで意味があるんだよ。これ自体に意味が無くとも良いんだ。
あ、やべぇ。
自然に笑顔になっちゃう。