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侵入



「……だぁ! 疲れた! なんで俺がこんなことしなくちゃならねぇんだよちくしょう!」


「ははっ……お疲れ」


「ホントだよ。もっと労わってほしいね」


 事務所の外に出て空に吼える俺。

 現場監督に聞かれてしまうかも知れないが、むしろ聞かれていた方が俺としては都合がいい。

 そんな俺を苦笑しつつ労わるのはアゾットさん。その苦笑の意味を考えるのも面倒だ。


 俺はこんな交渉だとか腹の探り合いが大っ嫌いなんだよ。

 なんでこんな疲れることを好き好んでやらなくちゃいけないのかね。俺はもっと何も考えずに生きていきたい質なんだよ。

 いやぁ、マジでドッと疲れたわ。頭を使うってこんなに疲れんのか。


「ほらねヨフィ。マクラギがいれば大丈夫だって言っただろ?」


「う、うん……」


 そう言って二人話し合うカップル。

 しかし、言っては何だと思うが逆にヨフィさんの好感度を下げてしまったような気がする。

 俺がそちら側だったのなら、頼りになるとは思わず敵に回したらとんでもないことになると思うな。自分で言うのもなんだけど。

 そうなった場合、困るのは自分だ。だったら、距離を置くな。


「お待たせしました。マクラギ様ですね」


「ん? はい」


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 しばらく外の空気を貪るように吸っていると、鉱夫が俺たちに話しかけてきた。

 作業着が汚れているところを見ると、さっきまで作業していたのだろう。額には玉の汗も光っていた。

 これから、“関係無い”ところまで案内させられるのだろう。


 三人はその鉱夫に着いて行く。

 もちろん、俺と玄翁さんが魔物を退治した行動とは逆方向へだ。

 鉱夫の後を歩く俺たち。坑道を幾つも通り過ぎるが、その坑道から不思議と採掘の音は聞こえてこない。

 それどころか鉱石を運搬する鉱夫たちもいない。


 そのことに二人も気付いたのか辺りを先導する鉱夫に気付かれないように見渡している。

 露出した岩肌がやけに不気味に感じる。


「こちらです。では、自分はこれで」


「ありがとうございます。帰りはどうしましょう?」


「そのままお帰りになられて結構ですよ」


「わかりました」


 やがて辿り着いたのは何の変哲のない坑道。

 その坑道の岩肌と道を見るに、随分と前に掘るのを止めた坑道らしい。埃や砂利が溜まっているのは人が踏み入れていない証拠だ。


 俺たちは案内してくれた鉱夫さんがいなくなったのを確認した後、その埃の溜まった道に一歩足を踏み出す。当然、埃が舞い上がる。


「さて、ここからは俺たちの仕事だから、マクラギは好きに採掘していて良いよ」


「おう、そうさせてもらうわ」


 俺の目的はこの鉱山の中にアゾットさんとヨフィさんを入れること。

 ここからは俺の仕事では無いため別行動する。


 というわけで試しに鉱脈ポイントでピッケルを振るってみる。

 カーンと甲高い音が辺りに響き渡る。坑道のためか、その音は何度も反響してエコーが掛かる。

 しかし、そんな景気の良い音とは裏腹に採掘できたのはただの石ころだ。敵に投げると一のダメージを与える以外に使い道が無いただのアイテムにしか過ぎない。


 念のためにもう一度ピッケルを振るう。

 石ころが採掘できた。一応確認しておくが、石ころを採掘するには鉱脈を掘るか、そこらの岩肌を掘ると手に入る。

 だが、鉱脈では石ころは滅多に出てこない。百個鉱石が手に入ったとして、石ころが手に入る比率はその一%くらいだ。

 そこまで石ころは鉱脈から採掘できない。


 今、鉱脈から二連続石ころが採掘できた。

 ダメ押しでもう一度ピッケルを振るってみるが、石ころしか採掘できない。

 これで確信に変わる。ここの鉱脈はもう枯れているのだ。


 それもそうだろう、掘り尽されて棄てられた坑道なのだから。


「ったく、これじゃ採掘しても意味がねぇ」


 となればだ。鉱脈が枯れていないところを採掘すれば良い。

 だったらここの坑道にもう用はない。さっさと出てしまおう。


 俺はピッケルから短剣に持ち替えて短剣スキルの《隠密の影》を発動させる。

 それと重ね掛けで《ぼっちの心得》も発動させる。《ぼっちの心得》は最近取得した短剣スキルで、これも《隠密の影》と同じく隠密に適している。

 だが、そのスキルの説明が泣ける。以下全文。


  “孤独にも負けず 陰口にも負けず

   悪戯にもいじめにも負けぬ

   卑屈な心を持ち 友は無く 決して喋らず

   いつも静かに寝たふりをしている

   一日に母の心遣いと 米と少しの塩を食べ

   あらゆることを 自分のことと思うことはせずに

   良く覗き見し分かり そして忘れず

   教室の窓際の日の陰の 小さな汚れた椅子の上にいて

   東にいちゃいちゃしたカップルあれば 呪文を唱え

   西に破局したカップルあれば 行って心で嗤い

   南にちぐはぐした恋人未満の男女あれば 勘違いだと説き伏せ

   北に喧嘩しているカップルあれば 火に油を注ぎ

   体育の時間には涙を流し 二人組を作る時はおろおろ歩き

   みんなに気味が悪いと呼ばれ

   褒められもせず 相手にもされず

   そういうものに わたしはなった

   ……そんな者が幾星霜の苦痛を味わい会得した存在感を無くすぼっちの極み

   さぁ、ひきこもれ!”


 ……という涙無しには見れない説明文だ。

 きっと、このスキルを実装したスタッフはこのスキルを既に会得していたのだろう。

 この生き様はプレイヤーにも反響し、この名も知らぬスタッフに向けて追悼式が行われたほどである。スタッフは別に死んではいないが。

 それでも、コレを見たプレイヤーはきっと誰もが合掌したことだろう。


 ちなみにこのスキルの効果は、立ち止まっていると見つかりにくくなるという《隠密の影》と是非とも併用していきたいスキルだ。


 ……なんだか最近短剣ばっかり使っているような気がする。

 移動するには便利なんだよな、短剣スキルって。短剣を装備していると移動スピードも速くなるし。


「それじゃちょっくら行ってこようかね」


 俺はこっそりと坑道を抜け出し、辺りを窺う。

 てっきり辺りに見張りを置いてあるものだと思ったのだが、人一人いない。

 人材を全て探している物に割り振っているのだろうか。


 それでも警戒は怠らずに静かに、かつ迅速に進んで行く。

 目的地はもちろん、以前ドラゴンと戦った鍾乳洞だ。


 しかし、この広い採掘場の中、たった一回だけ行ったことのある行動にはたして辿り着けるのか。

 結果から言ったら簡単に辿り着ける。別に俺がその場所を完全に記憶しているわけではない。

 理由は一つ。自動マッピングシステムである。


 ゲームではおなじみ、一度行った場所なら地図にその周辺が書きこまれ、詳しい位置を知ることが出来るシステムだ。

 よく、右上などに地図が表示され、主人公が進んでいくたびに更新されていく地図を見たことがある人は多いだろう。

 このシフトワールドも例外ではなく、一度行った場所なら地図に書き込まれているため、ダンジョンなどで迷うことは初見でない限り無いだろう。


 このゲーム寄りの世界にもそのシステムは存在しているらしく、その地図のことを意識すると視界の右上に小さな地図が表示されるんだ。

 そのおかげか、自分が今どこにいるのかが一目で分かる。


 よって、今まで歩いてきた道はもちろん、これから行くであろう鍾乳洞までの道が丸分かりなのだ。

 更に言えば隠れられそうな所や、敵が潜んでいそうな場所まで分かるため、中々に重宝する。

 だが、先ほども言った通り行った場所なら地図で分かるが、行ったことのないところは分かるわけも無く、“本来地図に表示されることのない場所”などもこの地図では無意味だ。


 例えば、ロボ娘がいた中央科学研究所は没設定なので自動マッピングシステムは対象外となる。

 そこは自分でマッピングしていくしかない。


 ともあれ、俺はそのおかげで迷うことなく行くことが出来る。


「……うへぇ」


 それまで順調に歩を進めていた俺だが、目的地を目の前にして俺の脚は完全に止まってしまった。

 なぜなら、肝心の坑道の入口に見張りが二人いたからだ。まさか見つからずに二人の間を通っていけるはずも無く、二人を倒して入るのは避けて通りたい。


 見張りには当然交代する人物がいるはずだし、ゲームとは違って倒しても死体は残る。人間に限るが。

 それに、見張りは鉱夫だ。顔を見られてはもうこの鉱山に入ることは難しくなるだろう。


 どこぞのザル警備の見張りとは違うはず。さすがに目の前を通過しては見つかるに決まっている。

 ゲームでは隠密スキルを極めれば目の前だろうがぶつかろうが何事も無く進めるということは現実ではありえ無い。

 どうにかして入れないものか。


「……」


 とりあえず厳重に警戒して近寄る。

 なるべく正面は避けて横からジリジリと近づく。こういう隠密時に敵に見つかる時は、足音を立てたり、視界に入ることにより見つかる場合が多い。

 だから、なるべく死角を通り、足音を立てずに近寄る。幸運なことに見張りは辺りを見渡しておらず、まっすぐ前を見ている。


 少しづつ、少しづつ。


「……」


 まだ大丈夫、まだ大丈夫。


「……」


 あと少し、あと少し。


「……」


 ……あれ?

 気が付けば見張りの足元まで来ていた俺。

 見張りを見上げてみるが、こちらを向く気配はない。偶に尻をぼりぼりと掻くだけで、目立った動きは無い。

 更に言えば、見張りと壁の間は人一人がぎりぎり通れるくらいのスペースがある。


 俺は立ち上がり、壁伝いに移動する。

 なるべく足音を立てずに、体が触れないように。


「……」


 …………俺は坑道に入ることに成功した。

 なんだろう、何故だか罪悪感が芽生えてきた。

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