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夢じゃなかった



◆ ◆ ◆




 って言う出来事があったのが半年前。

 いきなり、行ったことも無い土地……っていうか世界でやっていけるのかと思ったのだが、思いのほか何とかなった。

 なんせ、この世界には来たことは無いが“知っている”世界だったから。


 この世界は俺が少し目にやり込んでいたゲームにそっくりなんだ。

 けれども、そのゲームではないのは確か。ここは、ゲームの世界であって、ゲームの世界ではない。

 ダメージを負えば痛いし、人と話せば同じ内容は言わない。


 そのゲームを真似た世界だと言った方が正しいかも知れない。


 そんなことを、俺は思いながらとある建物を見上げる。

 その建物には安っぽいトタンの看板が掲げられており、その看板にはペンキのようなものでこう書かれていた。


 鍛冶屋、と。


「やっと、ここまで来たか……」


 ここまで来るための道程の大変さを沁み沁み思う俺。

 俺が当時、この世界に来たばっかりで、ゲームの世界にそっくりだと気付いた時にこの鍛冶屋の店を開くことを目標としたんだ。


 この世界にそっくりなゲーム……“シフトワールド”というゲームなんだが、そのゲームはC指定の自由度の高いものだった。

 そのゲームは自由度を売りにしていることから、様々なマルチエンディングが用意されており、プレイヤーの行動や選択によって街の評価も変わると言うもの。

 職業も様々。剣士はもちろん、魔法使いや上位職業の聖騎士なんてものもある。

 俺がプレイした時に魅力的だった職業は鍛冶屋であり、もちろんこの世界でも鍛冶屋の職業を選んだ。


 しかし、職業選択を間違えると序盤でかなり苦労することがある。

 盗賊を選択すると、街での評価がかなり低い。それもそうだ、窃盗を生業とする者を誰が好むのか。

 魔法使いを選択すると、戦闘で直ぐにやられてしまう場合がある。序盤はまともな魔法を覚えていないどころか、守備力が全職業の中でも最低ランクなので雑魚キャラにさえ良い様に殴り殺されてしまう。


 そして、その序盤で選ばない方が良い職業の中にも鍛冶屋がある。

 鍛冶屋は、全武器を扱えて、鍛冶の設備が整っている場所ならば伝説以外の武具を鍛造出来ると言うメリットがある。

 だが、デメリットもある。得られる熟練度が極めて少なく、職業ボーナスがないのだ。


 熟練度とは、その武器を使っていると得られるポイントであり、このポイントが一定値に達するごとに能力値や新たな特技をえることが出来る。

 職業ボーナスとは、その職業にあった能力値が増えるといったシステムであり、剣士なら力が高く、シールダーは守りが高いなどがある。


 例えば、剣士ならば剣の武器の熟練度が多く手に入り、職業ボーナスで力とHP(ヒットポイント)が高く、代わりに敏速と知能が低い。

 魔法使いならば杖の武器の熟練度が多く手に入り、職業ボーナスで魔力と知能が高く、代わりに力と守りが低い。


 しかし、鍛冶屋は得られる武器の熟練度は全て平等で、とてつもなく低い。どれだけ低いのかというと、剣士で百回ほど剣で攻撃すると百の熟練度が得られるが、鍛冶屋で百回剣で斬ってもたったの十五しか得られない。

 そして、職業ボーナスというものが無い。つまり、上りも下がりもしない。

 剣で攻撃するには微妙な力の能力値。魔法で攻撃するには足りない魔力の能力値。能力値が全てにおいて微妙になるのだ。


 だが、当時の俺は全ての武器が扱えるということで意気揚々とその職業を選んでしまったのだ。

 剣士は剣しか、聖騎士は槍しか、魔法使いは杖しか使えないと言うのに、鍛冶屋は全ての武器を意のままに扱うことが出来るという説明文に俺は騙されたのだ。

 序盤にはさすがに泣いたよ。


 だったら、なんでこの世界に来ても俺は鍛冶屋の職業を選んだのか。

 それは、その先を知っているからだ。あくまでも辛いのは序盤の事であり、中盤にはそれなりに戦えるようになっている。

 全ての武器を扱えるため、剣士の剣技を使いつつ、聖騎士の槍技で相手を翻弄。ガードナーの盾技で相手の攻撃を受け止め、盗賊の短剣技で相手を一撃で葬る。

 これで燃えなくては何が男か。


 まぁ、何が言いたいかというと、鍛冶屋という職業は魅力がいっぱいだということだ。


「よし、さっそく中へ入ろう」


 当初の目標だった鍛冶屋を開くと言う目標を達成したことに感慨深い思いで、中に足を踏み入れる。

 中はやはりというかかなり汚れていた。ここは元々長い間使われていなかった商店で、とあるクエストをクリアするとここで店を開くことが出来るんだ。

 店を開いたばっかりは、中を改装しなくては使えるようなものではなく、お金を掛けて改装するたびに使える設備が増えるというシステム。


 俺は何も改装を行っていないので、使える設備が鋳造窯と鍛造のための金床と炉だけだ。

 ここから、俺の鍛冶屋ライフが始まるんだな。


 良し先ずは……っと。


「寝るか」


 今日は疲れたので寝ることにする。

 作ったばかりの開店と閉店の書かれたプレートを閉店の面を表にして出入り口に提げる。

 そして、俺は真っ先に金を掛けた居住スペースに入り、フカフカのベッドに飛び込む。


 明日から本気出そう。




◆ ◆ ◆




 この世界には五つの国が存在しており、北の海に囲まれている“青の国”、東の森に囲まれた“緑の国”、南の一番大きい国の“赤の国”、西の万年雪に覆われた“白の国”、そしてその四つの国に囲まれた“黒の国”がある。


 俺がいるのはそのうちの赤の国だ。

 ヨグさんとかいう女性に送られたのは赤の国だったので、赤の国を拠点としたんだ。

 赤の国は青の国を除いた全ての国と地続きで、商業や工業の盛んな国だ。また、都市や街が一番多く、血気盛んな国としても有名だ。五つの国の中で唯一、闘技場がある。


 そんな国の朝は賑やかで、とても遅くまで寝ている気にはなれない。

 俺は外のいつも通りの喧騒で目を覚まし、少し苛立たしげにカーテンを開け放つ。カーテンという遮るものを無くした日の光は真っ直ぐに俺を照らす。その光は寝起きの俺にはキツイ。


「あー……融けるー」


 半ば日の光から逃げるようにベッドから這い出ると、洗面所に向かう。

 新しい朝が来た。今日から鍛冶屋を開店すると言うのに、あまり気分が乗らない。

 歯を磨きながら、さっそく投函されていた新聞に目を通す。


 新聞には“王女、悪漢を追い払う”という見出しが書かれていた。

 昨日も見たような見出しだったので、特に目を通すことなく次のページを捲る。そこには“子供の誘拐事件、起きた悪夢”という記事が。


「……そういえば、そんなクエストがあったな」


 新聞は、俺がこの世界で生きていくにあたって、無くてはならないものだ。

 この新聞には、赤の国ではなく他の国々の事件も載っており、期間限定クエストの記事もあるために目を通しておかなければ貴重なクエストをクリアできないということになりかねない。


 一先ず、特に注目すべき記事は無かったので、その新聞を倉庫の袋の中にしまう。

 未だ眠たい目を覚ますために冷たい水で顔を洗い、朝食を摂る。簡単なベーコンエッグだ。日本食が食べたい。


「あー……ねむてぇ」


 それぞれの国には、国なりのシナリオがあり、最初の所属国を決めることでシナリオが決まると言っても過言ではない。

 青の国は魔法には排他的な国で、魔法をこの世界から無くすと言うとんでもシナリオ。緑の国は自然を愛する国で、世界を緑で包んでみんな幸せになろうと言うとんでもシナリオ。赤の国は戦い馬鹿の国で、力で王様になって富国強兵の国を作るというとんでもシナリオ。白の国は環境の厳しい国で、天候を操って世界を操ろうとと言うとんでもシナリオ。

 唯一、黒の国は共通シナリオで、最初に選ぶことは出来ない。


 こうして見ると、糞シナリオばっかりである。

 だが、なぜか同じ糞シナリオである赤の国のシナリオが一番マシに見えてくるから不思議だ。

 黒の国の共通シナリオは、いわゆる【魔王】を倒すというシナリオで、どの国を選んでも進めることのできるシナリオだ。


 しかし、この黒の国のシナリオ。放っといても解決するのでやらなくとも良い。

 この世界には【勇者】が存在しており、その【勇者】が勝手に倒してくれるのだ。もし、そのシナリオをやるとしたら主人公が【勇者】の仲間になって、一緒に【魔王】を倒すというもの。

 世界の英雄の仲間入りと言うわけだ。


 だが、俺はそのどのシナリオをやるつもりが無い。

 このゲームは自由度が高いマルチエンディングが売り。もちろん他にもシナリオがある。

 それは、他の国を選択しても同じエンディングを迎えることのできる“商業シナリオ”というものだ。


 その商業シナリオは、自分の店を構えることが条件で、その自分の店を大きくしていって世界規模の大商人になると言うシナリオだ。

 俺が目指しているシナリオはそれで、鍛冶屋でも出来る。


 そもそも、俺は別にこの世界に永住する気はない。

 元の世界に帰るために、このシナリオで三年過ごそうと言うわけだ。

 何も危険な目に会う必要はない。このシナリオでダラダラと三年過ごせばゴール。三年経てば、あのヨグさんとかいう年増魔女っ娘が元の世界に返してくれるからな。


 何もせずとも元の世界に帰れる。

 ヨグさんだって、余計なことはするなって言ってたし。

 この商業シナリオだってクリアしなくともいいわけだ。まぁ、この世界に、そのゲームのようなシナリオがあるのかどうか疑問だけどな。


「あー……くそ。だるい」


 そんなこんなで、ようやく開店準備が整った。

 とは言っても、商品は俺が今までの冒険で手に入れた武具だけどな。まだ自分で武具を作っていないから仕方ない。


 既に太陽は真上まで昇ろうかという時間だ。

 開店時間を守るのが店の基本なんだろうが、俺はそんな基本は持ち得ていない。


「はい、開店ー」


 鍛冶屋、開店だ。

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