きな臭い
魔女の森を抜けて何事も無く狂気山脈へと辿り着いた俺たち。
その狂気山脈の麓、始まりの魔物が這い出てきてできた亀裂の末尾に採掘場がある。
この採掘場はお金を渡し、入場許可証を発行すれば四時間採掘できるのだが、俺は既に採掘許可証を持っているので時間など気にせず採掘できる。
更に、俺が持っている許可証はほぼ全域で採掘できる権利があるため、こっちの方が儲け物。
「とりあえず、俺がもう一度交渉に行ってくるよ」
「アゾット、私も行く」
「ヨフィはマクラギと待っていてくれ。あまり口にはしたくないけど、こういう時に女性がいたら嘗められるかもしれないから」
「う、うん……わかった」
ダメで元々、もう一度交渉に行くというアゾットさん。
それにヨフィさんも着いて行こうとするが、アゾットさんがそれを止める。理由を聞いて納得したのか、それともアゾットさんが困る様なことをしたくないのか渋々引き下がる。
その際に俺の顔をチラッと見るヨフィさん。その表情はとても好意的なものではなく、出来るなら二人きりになりたくないと言っているものだった。
そんな露骨な反応に普通に傷つく俺。
仲良くしたい女性(彼氏持ちだけども)に露骨に嫌な顔をされて平常心を保っていられるほど俺は精神が強くない。
しかも、今後とも絶対に会うだろう人と仲良くなれないのは俺としても忍びない。このアゾットさんが交渉している間に何とか会話が出来ないものか。
「あの、ヨフィさん?」
「ひゃ、はい、なんでしょうか……?」
依然として目を合わせようとしないヨフィさんに話しかけると、肩が跳ねて反応した。
どことなくビクビクしているように見えるし、明らかに俺に怯えている。
もしかしたら俺が嫌いとかなんかじゃなく、怖がっているのか?
だとしてもだ。俺に怯える要素はどこにあるんだ。俺はそこまで強面というわけでもないし、服装も……少々変わっているが民族衣装だと言えば言いとおせる。
俺は少し頭を抱える。
なんだ。ヨフィさんが俺に恐怖を感じている理由は何だ。
というか、今話しかけたんだから何か話さないと怪しまてしまう。ただ呼んだだけスイーツ(笑)みたいな行為をしたいわけでは決してないのだから。
「あの、俺って何かしましたか?」
結局のところ分からないのは訊くのが一番。
仕事でも日常でも分からないものは知っている人に訊くのが一番。
ということでヨフィさんに訊ねる。俺が貴方に嫌なことをしましたか、と。
遠まわしに、なんで俺のことを避けているのかと訊いているこの言葉を聞いたヨフィさんは少し目を開いた後、露骨に視線を逸らした。
その反応は黒と言っているようなものだ。どうやら俺はヨフィさんに嫌なことをしてしまったらしい。
ヨフィさんが泳がせているところを見ると、なんと言えばいいのか答えを纏めているようだ。
そして、答えが纏まったのか覚束ない視線は一点に集中され、少し項垂れて口を開いた。
「それは……」
「おーい! やっぱり駄目だったよ。マクラギ、次は……って、どうしたんだ?」
ヨフィさんが口を開いた瞬間、むこうから走ってやってくるアゾットさん。
そのせいで折角開きかけた口が閉じてしまった。俺は自分が出来うる限りの眼力をアゾットさんに向ける。
当のアゾットさっは自体を飲み込めていないようだ。それもそうだ。
「えっと、俺何かした?」
「いや、なんも。それよか交渉は失敗だったのか?」
「あぁ、調査されることを恐れているのか入れてくれないんだ」
「なるほど」
恐れてって断言するくらいなのだから警戒心は高いのだろう。
ついこの間まではそんなことは無かったのに、ここにきて警戒するってことは何かしら見つけたのかも知れない。
「わかった。俺が行く」
「頼むよ」
少しヨフィさんのことが気がかりだが、元々こっちが本件だったんだ。
こっちを優先しよう。
二人を連れて俺は採掘場へと向かう。
アゾットさんが言う通り、随分と警戒しているらしくいつもは見張りなんていないのに入り口に二人も見張りが付いていた。
そんな見張りは俺がやって来たことに気付いたようで、厳つい顔で俺を睨み付けてくる。
「すんません。採掘に来ました」
「申し訳ありません。ただいま大規模な改修中でございまして、中へ入れることは出来ません」
「あー……俺は一応ここの採掘許可証を持っているんですがね。とにかく責任者に話し通してください」
「ですから、中へお入れすることは出来ません」
「この奥に眠る物の関係者だとしても?」
見張りに入れてくれるように交渉してみるも、やはり駄目のようだ。
ということで少しカマかけてみることに。すると見張りの一人が顔を険しくさせた。もう一方は何のことやらという疑問符を浮かべているが、少なくとも一人は心当たりがあるようだ。
「少々お待ちください」
そう言って中へ入っていく見張り。
残されたもう一方の見張りは少し呆けたような表情をした後、入り口付近で待つようにと言った。
おそらく、現場監督の元に行ったのだろう。これで一歩進んだ。
……というか、なんで見張り風情がこの奥にあるものなんて知っているんだ。
そう言う時って、大抵何を守るために見張りをするかなんて話さないはずだ。もしくは中に何があるのか知っている人だけ通すように言われているのかも知れない。
というか少なくとも外部に内通者いるわけで……でも両方の見張りが知らないってのも気になるな。
ダメだ、考えても分からん。
止めだ。止めよう。
しばらくして、中へと消えていった見張りが走ってやって来た。少し息が切れているところから急いできてくれたのが分かる。
きっと、山の奥にあるものに関係する人物を待たせてはいけない……いわゆる大切なお客様だと思われているのだろう。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
中へ入る許可が下りた。
俺はアゾットさんにとびっきりのドヤ顔を向けると、少し気に入らない様子で肩を竦めて見せた。
その反応が見れただけでも良しとする。
採掘場の中へ足を踏み入れると、雰囲気だけで厳重に警戒しているのが分かる。
ギルドにも言えないものを発掘しようとしている……いったい何を掘りあててしまったのか。
そして、それをどこに持っていくつもりなのだろう。まさかここの責任者が持っていても扱える代物ではないだろうに。
おそらく、ここの親会社にでも渡すのだろう。
通された場所はいつぞやの事務所。
中へ入れば汗臭い臭いが鼻をつく。そこの一角、事務机に少し緊張した面達で座る人物が一人。
ここの現場監督だ。
現場監督は入って来た俺たちの方を向いたが、来たのが俺だと分かると呆けた表情になった。
大方、俺が来るだなんて思わなかったのだろう。
「どうも、しばらくです」
「あぁ、なんだ、いつぞやの鍛冶屋さんではないですか。その節はお世話になりました」
俺は少し気軽に現場監督に挨拶をすると、現場監督は我に返ったようにハッとした表情になって挨拶を返してきた。
さすがにここを救った恩人の顔は覚えているようだ。そうであるのならば話は進む。
「また採掘させてもらいますんで」
「いや、えっと……ちょっと今は込み入っていてね。しばらく採掘はさせないようにしているんだ」
そのために見張りをつけておいたんだけど、と付け足した現場監督。
やはり何か隠している。この事務所に来る途中、いつも大勢いる業者さんたちが一人もいなかった。
いたのはせわしなく動き回るここの鉱夫だけ。
少し揺さぶってみる。
「いや、ちょっとギルドの方からもお願いされてましてね。地質調査の方も早急にやりたいんですよ」
「では、こちらの都合がつき次第ギルドの方に連絡を……」
「それがですねぇ、調査するまで帰ってくるなって上からの声があるんですよ。まぁ、そちらにとっては関係ないでしょうけども。こちらとしては別に何か探るって訳でもないんです」
「はぁ……」
「じゃあ、これでどうですか? 貴方方の“探している”ものの近くには行きません。せめて、調査したっていう建前だけやらせてもらえませんかね」
「っ」
少し驚いた表情の現場監督。
額には汗が浮かび、視線は窓の外に移る。その窓から見える方角は偶然か俺がこの前ドラゴンを倒した行動のある方角だった。
そして、俯き、何かを考えるように指を組んで無言になる。
俺が揺さぶりとして言ったのは何かを探しているということは分かっているというもの。
決して現場監督は何かを探しているとは一言も言っていない。でも、こっちはそのことを知っている。
となれば話は別になってくる。もしかしたら俺たちがあの奥にあるものが何か知っているかも知れないという疑心と、そのことをギルドに報告するかもしれないという避けるべき事態が起こる可能性。
そして譲歩として、その探している物の近くでは調査を行わないということ。
そうなれば、口約束とはいえギルドに報告しないという保険となる。
まぁ、俺は知らないんだけども。
「……ですが」
「あ、これは鉱夫の皆さんで使ってください」
「えっ?」
それでも渋る現場監督の前で俺は四次元ポーチをひっくり返す。
ひっくり返すとは言っても頭の中で浮かべたものしか出てこないわけだが、その四次元ポーチの中から出てきたのは大量のピッケルと金槌。
それも良質のだ。
「“これからも”ここで俺は採掘することになると思うので、その気持ちとして受け取ってください」
「……」
大量のピッケルと金槌を見て押し黙る現場監督。
これはいわゆる賄賂というもの。これからもここで採掘してもらうのだから、ここを潰すような真似をしないという俺の意見でもある。
前回ここに来た時、鉱夫さんたちが使っていたのは使い古されたピッケルばかりだった。それはここがそこまで儲かっていないという証拠でもある。
そんな中で大量の鉱石を採掘するための道具は欲しいはず。
俺はこれを夜通し作っていたために寝過ごしてしまっていたんだ。
交渉ということで材料を持っていくのはもちろんのこと。正直、役に立つと思っていなかったが、この現場監督の表情を見るに効果はあるようだ。
暫時、沈黙が続いた。
そして、その沈黙を破ったのはもちろん現場監督だった。
現場監督は顔を上げて俺の眼を見る。額から頬に掛けて汗が垂れ、やがて地面へと落ちる。
その現場監督の目は、先ほどまでの友好的な目ではなく、何か大切なものを背負っている暗く強い目をしていた。
せせら笑うように。
「一つ、訊かせてください」
「なんですか?」
疲れた笑みで語りかけてくる。
「貴方は、ここに何があるのか御存じで?」
「……分からない、という方が都合が良いのでは?」
「そうですね。分かりました。今、うちの者に案内させましょう」
そう言って、現場監督は立ち上がる。
交渉成立だ。