表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/137

出発



「うあ?」


 目を覚ます。

 しかし、いつもと違う感覚。上手く言い表せれない、けれど確信を持てる違和感。

 仰向けに寝たまま目を左右に動かす。既に日が昇っているのかカーテン越しに日光を感じる。

 いつもと変わらない部屋。動かされている家具は無い。念のために箪笥の角に溜まった埃を見てみるが、やはり何も変わっていない。


 おもむろに上半身を起こす。

 外からはいつもの喧騒が聞こえてくる。だけど俺は緊張を解かない。

 無意識に鉄の短剣を装備して《隠密の影》を発動させる。くどいようだが、このスキルは敵に見つかっていない状態で使用すると見つかる確率が低くなるというもの。

 だが、既に敵に狙われているのなら意味はない。気休めだ。


 部屋の中には動くものは俺しかいない。

 ふと、今の時間を確認する。時刻は既に昼を回っている。そんなに寝ていたのか。

 通りで体の節々が痛いわけだ。


「ったく、今日は約束があるってのになぁあああああああああああああああああああ!!!!」


 今気づいた違和感の正体。

 起きた瞬間に感じた違和感の正体を理解した今、俺は叫び声を上げずにはいられなかった。

 頭を抱え、その打開策を考えてみるも、無能な頭では何も思いつかないのが現実。


 時計を見る。

 十二時を半分過ぎようかという頃。

 約束の時間は昼。約束とはアゾットさんたちと共に狂気山脈への調査へ行くこと。

 その約束を三十分も遅刻しているのだ。


 だから、起きた瞬間だったのか。

 あるよね、学校があるはずなのにいざ目を覚ましたら遅刻を確信することって。

 無駄に働く第六感。


 急いで部屋を出る。居住区内にはロボ娘の姿は見えない。

 そう言えばロボ娘に俺のプライベートには首を突っ込むなって言ったもんな。そりゃ起こすわけないや。

 今日は俺は休みでは無い。というより、俺に休みなどない。だが、ロボ娘には店番を任す様に昨日の夜言ってあるので、おそらく店番をしているのだろう。


 その証拠に、店の方を覗いてみるとロボ娘が開店準備を終えてカウンターに座っている姿が見える。

 俺は少し急ぎ気味で近づく。


「おはよう」


「おはようございます。御主人様。今日は客足がよろしくないです」


「そうか。ところで男女の二人組は来なかったか?」


「来ておりません」


「なら、俺が準備している間に来たら呼んでくれ」


「かしこまりました」


 ということはまだギルドで待ている可能性が高い。

 俺は急いで居住区に戻って着替えをする。飯を食っている暇はないが、歯はちゃんと磨いて行こう。

 俺はいつもの学生服に身を包み、せめてものオシャレとしてドッグタグを身に着ける。もちろん、ワイシャツは腕まくりをしている。


 鏡(この世界に鏡を製造する技術が無いので厳密には違う)を見てボサボサの髪の毛をせめて纏めようとオールバックにしている時、背後から声が聞こえて来た。


「御主人様、失礼します。今しがたアゾットと名乗る人物がおいでになりました」


「やっぱ来たか……分かった。今行くから店先で待たせてくれ」


「かしこまりました」


 声の主はロボ娘。生気のない淡々とした物言いでアゾットさんが来たことを告げた。

 やはり店に来たか。きっと、俺がいつになっても来ないから様子を見に来たのだろう。

 悪いが店先に待たせる。客間に案内しているうちに俺の身支度は済むからな。


「やぁ。今日はどうしたんだ?」


「済まない! 少し入用があってな」


「本当は?」


「寝過ごしました、ごめんなさい」


 店側に入り、店先でロボ娘と会話をしている二人組に近づく。もちろん、アゾットさんとヨフィさんだ。

 今日もかんかん照り。そのためか二人の服装もラフな物だった。

 アゾットさんは茶色い布の服を着こみ、その上に銀の胸当と左腕に腕甲を装備している。ヨフィさんはワンピースだが、装備という装備がスタッフの先に金属の玉を付けたモーニングスターだけだ。決して鎖の着いているフレイルではない。

 アゾットさんは前は全身鎧を着こんでいたのに、今はこんな守備力に心許ない装備……と思いきや銀の胸当は店で買える防具の中では高い守備力を誇るので問題ない。


 俺は元の世界でもよく思っていたのだが、防具が装備されていない箇所に攻撃を受けても大丈夫なのが腑に落ちない。

 この世界でもそのルールは適用される。まぁ、それで助かっている面もあるけども。


「こんな蒸し暑い中よくそこまで眠れたね」


「自分でもびっくりだ。起きた瞬間に喉が渇きを訴えてたよ」


 アゾットさんは俺が寝過ごしたというのにも拘らず、責めるようなことはしなかった。

 逆だったらどうだろうか。アゾットさんたちが遅れたら、きっと俺は怒るだろう。約束しておいてなんだこれは、と。


 俺はそこまで人間が出来ていない。理不尽を感じれば奮起するし、自分の命が危うかったら裏切りもする自信がある。

 その点アゾットさんはなんて懐が広いんだ。心では怒っているかも知れないが、表に出さないだけでも凄いこと。俺には無理だ。


「見る限り準備は終わったようだね」


「あぁ、いつでも出られるよ」


「じゃあ行こうか」


「んじゃ、ロボ娘。後は任せたぞ」


「いってらっしゃいませ」


 ロボ娘に店を任せることを告げて出発する俺。

 一応、金庫の暗証番号と帳簿の控を持ってきた。持ち逃げされたら敵わん。


「あの娘、ロボ娘って言うのかい?」


「ん? あぁ、そうだよ」


 出発してすぐにアゾットさんが口を開いた。

 話題はロボ娘のこと。先ほどまで会話をしていたのだから上がるのは当然か。

 しかし、アゾットさんの表情は若干険しい色をしている。何か言いたげだ。


「あの娘……何か辛い過去とかあるの?」


「辛い過去? あるっちゃあるけど、もう開き直っているらしいぞ。それに、人間じゃないし」


「人間じゃない?」


「あぁ、アレはロボットなんだよ。それでロボ娘。けど、良く笑うし、一著前に悲しむロボットらしくない奴だけど」


「それは本当か? 詳しくは聞かないが……なんだか生気を感じられなくて……なるほど、ロボットか……」


 話は大体読めた。

 アゾットさんはロボ娘の不愛想な感じに疑問を感じたらしい。

 しかし、俺の説明を聞いたアゾットさんは少し納得はいっていないが理解はしたようだ。

 それ以上何も訊かず、ロボ娘の印象を語る彼。


 確かに最近のロボ娘は笑うことが無くなったな。

 あった頃とかには不器用な笑顔で感情を表現していたのに、今では笑うことや物に興味を示すことが無い。

 言葉もどこか丁寧になったのは良いが、ロボ娘に会いに来た玄翁さんに何か言われそうで怖い。

 そもそもロボットを人間扱いすることが間違っているってのにさ。


「……まぁ、俺には関係は無いな。マクラギのところで働いているのなら、問題はなさそうだ」


「働くとなったら処遇はそれなりにしないとな。福利厚生はもちろん、プライベートは一切干渉しない」


「それはギルドにも適用してほしいよ。正直、飲み会だなんて仲間内で行くのは良いけど、あまり話したことも無いギルドメンバーと共にするのはちょっと……」


「それは言えてる」


 そうこう話しているうちに門までやってきた。

 ここから魔女の森方面に向かって、狂気山脈へと向かう。

 その間、終始ヨフィさんはどこか気まずそうに会話に参加することなくそばを歩いている。

 魔物に出会った時だけは活発に動くので問題は無いが、どうにかして仲良くなりたいな。


 ……そう言えばまだまだ合うべき仲間に出会っていないな。

 最終的には赤の国の姫様や王様とも会いたいものだが、この世界でも会えるのだろうか。

 この調子で行けばフラグなどを回収して行けば会えると思うのだが……何分王族と実際にあったことが無い。

 やっぱり口調とかマナーも必要になってくるのだろう。嫌だな、嫌になってくる。


「そう言えばマクラギ。なんで鍛冶屋を始めたんだ? 誰か師匠がいたのかい?」


「鍛冶屋を始めた理由? 一番の利点は武器を全て扱えるところだな。店を開いたのは生活するため。ちなみに師匠はいないから独学だな」


 ちなみに、鍛冶をしたのは店を開いてからだ。

 そう考えてみれば中々に凄いことなのではないのだろうか。まぁ、システム上そうなっていると言えばそれまでなのだが。

 それを聞いたアゾットさんは少し驚いたような顔をする。何か変なことを言っただろうか。


「なぜ鍛冶屋が全ての武器を扱えるんだい? そんな話は聞いたことが無いよ」


「え?」


 そう言われて疑問符を浮かべる俺。

 今までの大前提を質問されて何を応えればいいのか分からない。

 そもそも考えたことが無い。鍛冶屋は全ての武器が扱えるという大前提だったから。


 ということは……あれか?

 皆は鍛冶屋が全ての武器が扱えるということを知らないのか?

 そう言えばそうだ。仲間に出来る鍛冶屋は玄翁さんただ一人だけで、元の武器は槌だった。

 もちろん、槌スキルには熟練度が溜まっていたけど、他のスキルには熟練度は無かった。全ての武器を扱えるのにも拘らず。


 ……あー、なんか考えるんが面倒だ。


「いや、言い間違いだった」


「そうだよな、武器を全て扱えるなんて現実味の無いこと……」


「いや、俺は……なんでもない」


 ここで俺は全ての武器を扱えると言いそうになったけど、言うのを止めた。

 ややこしくなりそうだし、なにより今は考えるのが面倒になった。

 そう言えばアゾットさんたちの前では短剣しか使っていなかった。ぶっちゃけ短剣スキルは優秀なのが多いから、つい多く使ってしまう。


 今後、武器が全て使えるってのは言わない方が良さそうだ。

 面倒なことになる気がするから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ