自業自得
相も変わらず殺人光線を放ち続ける太陽の下。
お天道様が見ている中で一人の男が融けていた。ちりんちりんと風に扇がれて鳴る風鈴の音を聞けど、一向に涼しい気分にならない。
時間は昼時。俺は店のカウンターで文字通り突っ伏していた。
この暑さのせいか……いつも通り客足の少ない店。
それでも一時間に一人来る程度なのだから下級区では上々なのだろう。安さで他の店より一歩前に出ている程度だ。
今この姿を客に見られてはいけないのだが、この暑さの中で飄々とした態度は出来ない。
店先には風で鳴る風鈴。しかし、風は入って来ない。
それもそうだ。店は吹き抜けていないのだから。
いつも店番を任せているロボ娘は今日は休日。さすがに無休で働かせたら衛兵が黙っていない。
そんなロボ娘はせっかくの休日だというのにどこに出かけるでもなく自分の部屋にいる。もしかしたら遊び方が分からないのかも知れない。今度、玄翁さんにでも連れ出してもらうか。
そろそろ扇風機でも買おうかと思って、そう言えばもうすぐで秋だと気付いて買うのを止めよう……などと考えている時だ。
店先に人影が見えた。二人組だ。
俺は即座に突っ伏していた体を起こしてカウンターに広がっている汗の水溜りを布巾で拭い去る。
新規の客かも知れないから、なるだけ不快な思いはさせたくない。
「やぁ、久しぶりだな」
「……どうも」
そんな俺の経営精神は崩壊する。
やってきたのはアゾットさんとヨフィさんだった。二人と会うのもこの間の無何有の廃墟以来だ。
何故だか知らないがヨフィさんがアゾットさんの背後に隠れるような立ち位置で、覗くように俺を見ている。
そんな俺の視線を理解したのかアゾットさんは苦笑いをする。
「ごめん、なんだか最近ヨフィはおかしいんだ」
おかしいで片付けて良いのか、それ。
「どうしたんすか。買い物なら安くするよ」
「へぇ、確かに聞いていた通りやすいね。質も良くないし……って、今日は買い物じゃないんだ」
そう言った瞬間に俺の接客する意欲は無くなった。
しかし、冷やかしというわけでもないようだった。なにやら懐から紙切れを取り出して、先ほどまで汗の海だったカウンターに置く。
その紙にはこう書かれていた。
「地質調査?」
「そう。狂気山脈での地質調査。そこにはドラゴンは生息していないことになっているから、改めて調査しないといけないんだ」
「錬金術師は地質学も必要なのか?」
「いや、僕は元々ギルドの地質学者なんだよ。まだまだ青いけど、一応専属なんだ」
あー、なんか人物図鑑にそんなこと書いていたような書いていなかったような……。
「そんで、ドラゴンが生息できる土地なのか調べて来いってか」
「そうなんだ。マクラギがドラゴンを倒したせいだぞ?」
「俺のせいかよ」
「冗談だ。そこで聞きたいんだが……そのドラゴンは洞窟の中にいたんだよな?」
「そうだ」
俺はもう一度紙切れに視線を落とす。
紙切れには狂気山脈にいるはずがない魔物が現れたことによって生態系が変わったかもしれない、もしくはギルドが把握し切れていない生態系があるかも知れないから調査して来いって内容だった。
事の発端は俺がドラゴンを倒したせい。というか、ドラゴンが発掘されたせいだな。
狂気山脈の中に閉じ込められて幾星霜を生きてきたドラゴン。
それは始まりの魔物がいた頃まで遡る。早い話、始まりの魔物が地中深くから出てきたことによって地殻変動が起き、そのせいで閉じ込められてしまったってだけなんだけどな。
それが今になって発掘されたと。
なるほど、それで俺なのか。
当事者だもんな。
「俺が思うにあのドラゴンは大昔に閉じ込められたドラゴンだと思うぞ? 目だって退化してたし、翼だってボロボロだった。それに、玉座のつもりか知らないが、鍾乳石の椅子に座ったきり動かなかったし」
「そうなのか? でもまぁ、ボーリングとかしなくちゃいけないからどっちみち行かなきゃいけないんだけど」
俺の記憶が正しければドラゴンは確かに退化していた。
同時にあそこに閉じ込められていた魔物たちを配下に置いてお山の大将、もとい王様気取りだった。
だからこそあそこででっぷりと太り、動けなかったのだ。
そんな王国を俺と玄翁さんが滅亡させたのか。
魔物側からしたら大戦犯じゃないか。
「それでなんだが……」
「どうした」
そこで歯切れが悪そうに言うアゾットさん。
そう言えばこんなクエストってあったっけか。アゾットさんとヨフィさんと一緒に狂気山脈に行った記憶は無いぞ。そもそもあのドラゴン以来のクエストって狂気山脈にあったか?
あまり人気のない……というかやる必要のないクエストは幾つかスルーしていたが、このクエストもそんな類なのだろうか。
「俺たちをそこに連れて行ってほしいんだ」
「連れて行ってほしいって……狂気山脈の採掘場の現場監督に効けば連れて行ってくれないか?」
「それが……そのドラゴンがいた鍾乳洞に入れることは出来ないって言われたんだ」
「なに?」
入れてくれないってか。
そう言えばあの中に何かあるんじゃないかと思っていた頃があったな。
考えても分からなかったから忘れていたんだけども……なんかその線が強くなってきたな。
そもそもギルドのお願いで、しかも自分の仕事場でドラゴンが生息していて、なおかつ俺が倒したドラゴンの他に閉じ込められている旧支配者がいるかも知れないのに断るなんて……とても経営者とは思えない判断だ。
それか、その危険よりもさらに上回る利益があるのなら……あり得るかも知れない。
「でも、なんで俺のところへ?」
「マクラギならあの人たちに恩があると思ってね。ちょっと厚かましいと思うかもしれないけど、マクラギからも頼んでほしいんだ」
「うーん……」
ようするに、そこに入りたいから俺も着いて来いってことか。
確かにそろそろ採掘の方に行きたいとは思っていたが、なんか面倒だなぁ。
あそこに何があるのか俺も気になるっちゃ気になるけどさぁ……これって下手したら俺の評判が落ちるじゃんか。ただでさえ評判の悪い俺がこれ以上下がる……ことは無いか。
なら大丈夫だ。
俺は採掘許可証も持っている。
ちょっと強引でも入れるかもしれない。
「俺もそろそろ採掘に行こうと思っていたところだし、良いぞ」
「本当か? 助かるよ。コレが終わったら何かしらの報酬がギルドの方から出るから、マクラギにも分け前を渡すよ」
「悪いな」
「で、だけど。出来れば今から行きたいところなんだが……」
「今からはさすがに無理だ。店を空けるわけには行かない」
「そうか……だったらいつ大丈夫だ?」
「明日なら大丈夫だ」
「なら、昼頃にギルドで集合だ」
俺が同行することに了承すると目に見えて笑顔になるアゾットさん。
しかし、そのアゾットさんとは対照に暗い表情になるヨフィさん。アゾットさん曰くヨフィさんはどこかおかしいとのことだったが、どこか具合でも悪いのだろうか?
いや、そもそもアゾットさんは錬金術師だ、薬くらいなら簡単に調合してしまうだろうから、それはない。
そんな俺の視線を感じたのか、ヨフィさんはアゾットさんの後ろに完全に隠れてしまった。
何か俺は嫌われることをしただろうか。
と思っていたら、何やらコソコソと話し始めた。
しかし、距離が距離なので丸聞こえだ。
「ねぇ、アゾット……」
「大丈夫さ。マクラギはお前が思うほど悪いやつじゃない。なんだかんだ言って、手伝ってくれるしさ」
「でも……」
「……だから、なんでそこまでマクラギが嫌なんだ?」
「……なんでもない」
どうやら本格的に嫌われているらしい。
俺としてはヨフィさんと仲良くしたいのだが……何が気に入らないんだ?
顔って言われたら俺はもう立ち直れないぞ。確かにイケメンって訳じゃないが、そこまで不細工かなぁ。
でも、世の中顔とか見かけが全てだしな。身だしなみにも気を付けなくてはならんのか。
自分の服装を見て見る。
いつもの夏用の学生服上に汗が落ちてこないように手拭いを頭に巻いている。
ましてやワイシャツは着古しているせいかヨレヨレだ。首には汗疹も出来ている。水洗いでは決して治らないであろう。
確かにこれでは第一印象は最悪だ。
服装はどうにもできないとはいえ、他にも色々弄れる場所があるな。
ワイシャツはクリーニングに出すとして、汗疹とかは地道に治していくしかないな。
「……じゃあ、また明日」
「おう」
気まずい雰囲気の中、二人は帰っていった。
ヨフィさんは最後まで俺と視線を合わせてくれなかった。そんなアゾットさんはどこか申し訳なさそうな目をしていたと気付く。
俺が嫌な理由は恋人であるアゾットさんにも話していないとなると、難航しそうだ。
ヨフィさんは最後までお世話になるからなぁ。特に戦闘で。
「……あー、胸糞悪い」
なんだかイライラしてきた。俺が怒りやすいのは自分でもよく分かっているが、俺としては何とかしたいと思っている。
ま、今考えても始まらない。後回し後回し。
明日の店番はロボ娘に任せよう。
なんだかロボットらしくなってミスもあれ依頼していないから、問題ないと思う。
金庫のロックナンバーだけ変えておくとして、在庫の数と帳簿書類も控えておこう。
……客が来ないなぁ。