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ぜんいのかたまり



 俺は急ぎ足で店のカウンターへと向かう。

 しかし、足音は至って普通に。この先にいる無機物に何かしらの違和感を与えないために。

 私意ては、逃がさないために。


 居住区と店側を隔てる熱い扉を開け、カウンターにて店番をする無機物を見つける。

 ソレはカウンターに座り、正面を向いたままピクリともしない。余所見せずに座る姿には感心できる。

 けれども、その姿が人間ではないのだと思わせることには充分。無機物風情の方が利口だからな。


 今の時間は十六時を回って日が少し傾き始めた頃。

 それでも辺りはまだまだ明るい。この分なら七時になってもまだ明るいだろう。

 そのため、客は遅い時間になっても来ることがある。その時間をこれから無駄にしなくてはならないことに少し苛立つ。


「おい」


「帰ってきていたのですね、お帰りなさい」


 依然として微動だにしない背中に言葉を投げつける。言葉というよりもただの音に近いかも知れない。

 振り向いたロボ娘は無表情で振り返り、まだ慣れていない笑顔で俺を出迎えた。その言葉には、歓迎の色が見える。


 俺はツカツカと急ぎ足でロボ娘の元へ歩み寄る。

 何か用があるのだろうかという疑問が顔に張り付いている。用が無ければわざわざ話しかけねぇよ。


「あの部屋は何だ?」


「部屋……? えぇと、掃除しましたが」


 少しとぼけたように言うロボ娘。

 だが、どことなく自慢げに言っているのは気のせいではない。

 何気なく言っているのは照れ隠しか何かは知らないが、余計なことをしてくれたものだ。


「俺は部屋の掃除を教えていないぞ」


「……部屋の中を見渡し、まとまりや整頓が少しバラバラでしたので、使いやすい様にと」


「俺は部屋の掃除を教えていないぞ」


「……申し訳ございません」


「そうだよな、謝るのが先だよな? 俺は勝手なことをするなと教えたよな? 何かするにしても俺に一言掛けろって教えたよな?」


「……良かれと思い」


「なら、良かれと思って犯罪に手を出しても良いのか?」


 俺が怒っていると分かったのか、ロボ娘は自慢げだった態度が一変する。

 その仕草は困っている様子で、怯えているようにも見えた。手の指を絡め始めて、視線も俺の眼から外れた。

 俺は人の話をするときは人の眼を見ることと教えたはずなのに。


「あのな、従業員が人間だったらここまで言わないさ。でもよ、生憎俺の店の従業員は機械だ。人間だったら間違えても俺は度が過ぎていなかったら口厳しく言わない。何故だか分かるか?」


「御主人様は……人間至上主義なのですか?」


「それに近いが、俺の求めている言葉はそれじゃねぇ。人間は残念ながら完璧じゃない、“機械”じゃないんだから。でもよ、お前は機械だ。それも外見に欠損はあれど中身は欠損の無いPCを持っている」


「……」


「なら、なんでこんなことになった? お前が故障でもしたのか?」


「……いいえ」


「なら尚更おかしな話だ。完璧で記憶力が衰えることのない機械が、過去に俺が言ったことを無視して勝手な行動をしたことになる」


 人間なら分かる。人間なら。

 だけどコレは機械で今の技術力をもってしても造ることの出来ないハイスペック人形だ。

 失敗をするなんてプログラムされていない、完璧な機械が何でこんなバカみたいなことをしたのか。

 まぁ、ある程度は思いついているんだけども。


 大事なのはコレに自力で気付いてもらうことだ。

 こっちから教えたって、それじゃ意味がない。


「俺なりにあれが一番使いやすかったんだよ。勝手に掃除されてパンツすらどこに入っているのかもわからない状況だ」


「…………」


「さて、ここからが問題だ。なんでこんなことになったのか分かるか?」


「……」


「だんまりは嫌いだ。機械なんだから言い訳くらい直ぐ様思いつくだろうが」


「……感情、ですか?」


「分かってんじゃないか。褒めてやる」


 さすが機械だ。

 問題点が直ぐにわかるのは褒めるべきところだな。

 感情……つまり喜怒哀楽愛憎のことだ。そのうちの期待がコレにこんな行動を起こさせたのだ。

 何を思ったのかコレは掃除したら俺が喜ぶと思ったらしい。そんなわけない。

 俺の家は俺が掃除をする。勝手にやられたら怒ると何故思わなかったのか。


「掃除したら俺が褒めてくれるとでも? そんなことされても迷惑だ。現に俺は掃除されて困っている」


「……はい」


「せっかく完璧な機械がその頭に詰まっているのに、これじゃ世話ねぇな。こうなるって計算出来なかったのか?」


「……そのような結果になるかも知れないと計算結果のうち一つだけありました」


「なのにやったのか?」


「…………」


「まただんまりか」


 俺はだんまりが嫌いだと言ったばかりなんだけどなぁ。

 一つでも可能性のある未来があるのに行動したのなら、人間らしいともいえる。だがコレは人間じゃない。

 それどころか人間扱いされるのがあまりよろしくないらしい。それなのに人間臭いのか。


 ロボ娘は右往左往していた目線を下げ、何とも居辛そうにしている。怒られているのは気持ちの良いものじゃないからな。

 手は股間の辺りで組み、体も硬直している。それから察するに、かなり落ち込んでいるようだ。


 それを見て俺は思わず我に返った。

 しまった。幾ら機械とは言え心がある以上、きつく怒ったら落ち込むに決まっているじゃないか。

 これで業務に支障をきたしたら俺が困る。早々に切り上げよう。


「ま、もうやるなよ。何かやりたかったら俺に一言掛けろ」


「…………」


「返事!」


「は、はい」


 俺は言いたいことは言ったので踵を返して鍛冶施設のある場所まで向かう。とは言っても直ぐ近くなので数歩程歩けば辿り着いてしまうのだが。


 ロボ娘は気を取り直したのかカウンターに座って動かなくなる。

 客も来ていないし、店の掃除は行き届いているのでやることが無いのは分かる。やることが無い時まで無理に仕事はさせるつもりはないから問題ない。

 勉強させようにも教えたことは忘れないのでこれ以上教えることが無い。その点で言えば人間よりも優れているともいえる。

 それでも、人間よりも使えるとは言えないがな。


 さて、改めて金床と炉に向き合う。火種を炉に入れて火を起こし、鍛冶の準備にかかる。

 早速ネヒトさんの大楯の強化に掛かろう。強化と言っても鍛冶とやることは変わらないので楽といえば楽。

 この炉の熱気さえどうにかなったら万々歳。


「あっちー」


 直ぐに額から汗が垂れ落ちる。えらの部分に汗疹が出来始めたからなるべく汗は流したくないのだが、これが仕事なので仕方がない。

 四次元ポーチから大楯と鉄のインゴットを取り出す。

 やり方は至って簡単。鉄のインゴットをペンチみたいな工具(やっとこって言うんだってね)で掴み、炉の中に入れる。

 炉の中に入れた鉄のインゴットが赤色に染まり、パチッと火花が散ればOKのサイン。火花が散ったら炉から取り出して金床に置いておいた大楯の上に乗せて金槌で打つ。

 大楯にまんべんなく広げるように鉄のインゴットを叩き伸ばしていき、完全に覆えれば第一工程終了。とは言っても、これを後一回やれば完成なのだが。


 それにしても暑い。

 思えばタオルを持ってきていなかったな。ロボ娘に取ってきてもらおう。


「おい、いったん店見ているからタオル持ってこい。あと、ついでに温めの水もな」


「はい、かしこまりました」


 なんだかやけにロボットらしく動くようになったロボ娘。受け答えもどこか堅苦しい。

 まぁ、その方が機械らしくていいのではないだろうか。俺はそこまで口うるさく言わない。


 さて、ちょっと涼もう。

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