てめえのドジの落とし前
「今日もあっちぃなぁ……」
太陽燦々御来光の本日。
夏も半分を過ぎたこの季節は街中では灼熱と化す。
それもそうだ。ここは世界でも南に位置し、赤の国由縁の火山などの地下熱も豊富。
更に下級区は建っている建物の密度が高いので熱を溜めやすく、白くて四角い石を敷き詰めて作られた道は照り返しが中々に凶悪だ。
そんな中、俺は台車を曳きながら歩いている。
何故かというと、店番をロボ娘に任せているので実質俺の仕事は無いから、こうやって武具を売り歩いているのだ。
最近採掘した鉱石も余っており、武具を打つにしても造りすぎたらかさばるだけ。だからこうして売り歩いているのだが……。
「死ぬ……脱水で余裕で死ねる……」
こんなにも暑いとは思わなかった。
顎からは常に汗が滴り落ち、首元には汗による汗疹が出来ている。着ているタンクトップがびしょびしょだ。
水分は喉が渇く前に摂取しているのだが、これではキリがない。かと言って切り上げるのもなんだか忍びない。
実はと言うと、武具はそんなに売れていない。
物珍しそうにやってくる人はいるのだが、何も買わずに離れて行くばかり。
それでも買ってくれる人はいるに入るのだが、なんだか見知った顔ばかりだ。常連以外買う人がいないのだ。
考えてみればわかる。
そもそも下級区で売っている物の大体の物はしょっぱいものばかり。
しかも、どこでも商売することが赦されている下級区で売り歩きは日常茶飯事。その大半の物が質の良く無いものなら買わないのが世の常。
決して俺の作る武具は質の悪いものではない。ましてや質の悪い武具は使用者の命に係わるので俺は売らない。
俺の武具を使って武具が壊れて怪我をしただなんて言われてみろ。いっきに信用はがた落ちだ。
やっぱり店で家計簿でもつけてれば良かった。
急ごしらえでこんな台車を造ってみたが……うん、体力がかなり削れる。
更にお客さんどころか泥棒が俺の積荷を奪おうとする始末。
蹴散らした後、衛兵に報告したが聞き流しているのが話していてわかった。ここでは日常茶飯事なのだから。
そんなものに一々付き合っていてはあっちも身が持たないのだろう。実害は無いなら動けないと一蹴されてしまった。
転ぶふりして衛兵の膝を蹴り抜いたら追ってきやがった。
衛兵の弱点は膝が有名。
「おや、マクラギ殿ではないですか」
「あ、ネヒトさん。こんちわ」
中級区まで足を運んだ俺。
中級区では露店などは禁止されているのだが、看板さえ外してしまえばただ武具を運んでいる人にしか見えないため、衛兵に不審者扱いされる。何故だ。
そんな無能で有名な衛兵を適当にはぐらかし歩いていると、いつぞや一緒に事件を解決したネヒトさんがいた。
周りをよく見てみると、どうやら俺は住宅街にまでやってきていたようだ。朦朧とする意識で全然気づかなかった。
「凄い汗だ。どうです、中で少し休んでいかれません?」
「良いんですか? 幼稚園はどうしたんです?」
「園児たちは今お昼寝の時間でしてねぇ、やることも終わってこうやって外の空気を吸っているんです」
「園児を見ていなくていいんですか?」
「あいや、痛いところを……」
「けど、少し厄介になります」
ネヒトさんはぱっつんぱっつんのワイシャツにエプロン姿なのだが、汗を全く掻いていない。
鍛えに鍛えた彼のなせる技なのか知らないが、こんな暑い中でその姿は見ている方も暑くなる。
俺の顔を見てネヒトさんは園の中で休んでいかないかと言ってくれた。
このままだと延々とこの炎天下の中を歩くことになるだろうと踏み、その好意を受け取ることに。
ネヒトさんが笑顔になる度に大きく幅広の歯が剥き出しになる。とても愛嬌のある笑顔だ。
「狭いところですが、まぁ座ってください。ちょうどアイスが余っているんで」
「お、ありがたい」
ネヒトさんに通された場所は幼稚園の事務室のようだ。
と言っても、ここにネヒトさんが暮らしているらしく、ところどころに生活の跡が見て取れる。
壁に掛けられている時計は可愛らしい動物たちで彩られており、皆一様に笑顔だ。また、置いてある家具類も角が無く、園児たちがぶつけてしまっても怪我がしにくいよう工夫がされている。
そんな彼だからこそ、信頼が置ける。
「どうぞ。園児用の小さくて甘いやつですが、その汗じゃその方が嬉しいでしょうよ」
「いただきます」
暫時、部屋の奥からアイス棒を二本とコーヒーカップを二つ持ってきたネヒトさん。
コーヒーカップからは湯気が経っておらず、一目でアイスコーヒーだと分かる。渡されたアイス棒は確かに市販の奴より小さめだが、その甘さはいつも食べているアイスよりも甘かった。
「うん、美味い」
「そりゃよござんした。まぁ、少し世間話でもしましょうや」
「そうですね。息災でしたか?」
「そりゃあもう。マクラギ殿に助けられて以来、大きなことは起きてはいないですよ」
そう言えばあの一件以来ネヒトさんとは話したことなかったな。
俺はネヒトさんのことを良く知っているが、ネヒトさんは俺のことを知らない。ここで話に花を咲かせるのも良いだろう。
幸い、ここは冷房(水の魔石が埋め込まれている送風機)が利いているため、長居するには申し分ない。
ちなみに武具を積んだ台車は園児に見られると教育によろしくないため裏手の倉庫の置かせてもらっている。施錠もしているので盗まれる心配はないだろう。
「そういや訊きましたぞ、なんでもドラゴンの討伐に成功したとかなんとか。いやはや、そこまでの実力者ならば、私を介さなくともギルドに入れたでしょうに」
「たまたまですよ。運よくそのドラゴンが盲目でダメージも何故か通ったので倒せたんです」
「それでも、称号は全てを物語ります。ドラゴンスレイヤーのマクラギ殿?」
「こっぱずかしいですね、そう言われると」
確かにドラゴンを倒したとなるならギルドとしても願ったり叶ったりだろう。
けれど、そのドラゴンを倒すまでにギルドに入る必要があるのでそれは無理な相談。
コーヒーを一口。
こちらはブラックのようだ。
「そうだ、確かネヒトさんの大楯って結構年季は言ってましたよね? 新しく見繕いましょうか?」
「そう言えばマクラギ殿は鍛冶屋でしたな。その話はとても魅力的なんですが……この大楯には思い入れがありましてね、出来るだけこの大楯で守りたいんです」
「その大楯を強化することも可能ですよ」
「え? 本当ですかい? ここいらの鍛冶屋はもっぱら造るか手入れだけでしたが、マクラギ殿は強化もやっているのですかい?」
そう言えばネヒトさんの大楯が随分と傷ついていたのを思い出す。
そこで良かれと思って大楯の鍛造を打診してみたところ、ネヒトさんはこの大楯が良いと言った。
確かにネヒトさんはその大楯に思い入れがあって使い続けているという設定があったはず。
だったら、強化はどうだと言ってみると意外にも食い付いてきた。
確か、強化の技術はまだ確立されたばかりらしく、強化をしている鍛冶屋は少ない……と言う設定だ。
しかし、この世界では強化が出来るのはどういうわけか主人公のみ。どこの鍛冶屋に行っても造りはしてくれるが強化はしてくれない。
そう言う場合は、強化できる施設に赴き、自分で強化するほかない。何故だか知らないが、強化だけはどの職業でもできるという意味の分からないものになっている。
「一応できますよ。施設もありますし」
「ならば、お願いしようではありませんか。きっと、マクラギ殿ならばこの大楯を更に強くしてくれるでしょう」
そう言ってネヒトさんは大楯を俺に渡した。
その大楯には固有の名前が付いているようで、名前欄に“そのための背中”と書かれている。
見た目は鉄の大楯なのだが、性能はこっちの方が格段に上だ。しかし、その代わりに攻撃力が少し落ちてしまうようだ。
俺は丁寧に四次元ポーチにしまう。
「じゃあ、今日帰ったら早速取り掛かります」
「どうか、お願いします」
ネヒトさんはその熊みたいな大きな右手を差し出してきた。
どうやら握手のつもりのようで、俺もそれに応じる。ネヒトさんに比べると随分と小さな俺の手。
まるで俺が園児になったかのような錯覚に陥る。
「おや、どうやら園児たちが起きたようです」
「じゃ、俺はもう行きます」
「そうですか。あ、これを持っていってください」
「これは?」
事務室の奥から何やら子供の声が聞こえ始めた。
園児たちが昼寝から起きたようだ。これ以上は仕事の邪魔になると思い、あまり会話らしい会話はしていないがここを去ることに。
その際にネヒトさんがとある小瓶を差し出してきた。青い液体の入った綺麗な小瓶だ。
「守備力強化の薬です。私がよく使っている物ですが、熱中症にも効きますよ」
「ありがとうございます」
ネヒトさんが持っている強化系の薬は序盤や中盤にしては性能が良く、彼を仲間にするときは重宝するアイテムだ。
喜んで受け取ろう。
ネヒトさん立会いの元、倉庫から武具の積んだ台車を出し、無くなっているmのが無いか確認した後幼稚園を後にした。
まだまだ日は高いが、今日はこれぐらいにしておこうと思い、帰ることに。
ロボ娘に仕事を教えてから一週間、大抵のことは教えたので店番を初めて任せてみたがちゃんとやっているだろうか。
サボっていればバラバラびしてやろうと思いながら帰路につく。
帰ったら早速ネヒトさんの大楯を強化しよう。
鉄の大楯の強化に必要な素材は鉄のインゴット二つだが、この大楯はどうなのだろうか。
見た目が一緒でも内容が違えば素材も違う恐れがある。まぁ、なんにせよやってみよう。
そして、店の裏口から居住区に入った時、違和感を感じた。
今朝、ここを出る時には無かった違和感だ。
俺は居住区内を見て回り、その違和感が何か考える。いや、既に知っていたが、どのようになっているのか見るために見て回る。
あの鉄クズ、掃除しやがったな。