とある機械の日記
◆ ロボ娘 ◆
今日から私は日記を書くことにした。
とは言っても、私は私の記憶を頼りにするなら昨日も日記を書いていた。
その日記とは別の日記。とてもぶっきらぼうな男性の元で働くことの日記。
以前の私は、端末からキーボードを操作して電子上に日記を書いていたのですが、今はそういうものが無いので手で直接日記を書いています。
文字を書くなんて一体いつぶりでしょうか。製造されて、手の動作の確認をするために指定された文字を書いた以来です。
この世界は私の知っている世界ではありません。
次元や平面の問題ではないです。私にインプットされている地図と座標を参照してみれば、確かにここは私のいた世界です。
けれど、私が今、ここで日記を書いている場所は私の中の地図では街と街を繋ぐ物流のための道なんです。でも、今はここが私の居場所。
そして、生涯……私は機械で命の無い無機物が障害という言葉を使って良いものなのか甚だ疑問なのですが、絶対にメモリが壊れても欠損しても忘れないと思う出来事がありました。
名前を、もらったのです。
ロボ娘という名前です。
私だけの名前です。私だけに御主人様が考えてくれた名前なのです。
製造ナンバーとは違う、私だけのもの。私は絶対に忘れません。意地でも忘れません。
私が以前いた場所とは全然違っていて、とても楽しいです。
昨日、私は居場所と職を失いましたが、今日晴れて居場所と職が出来ました。初めての友達も出来ました。
私とは別種族の人たちばかりですが、そんなことは関係ありませんでした。
私の居場所と職を提供していただいた御主人様は、私を人間では無いと言いました。
私の友達は、私は人間と何ら変わらないと言いました。
そのどちらの言葉も、嬉しかった。
私は、俗に言うロボットです。
御主人様は私を、ロボットだと誰よりも認めてくださいました。
友達は私を、同等に見てくれました。
とても、とても嬉しかった。
それはそうとして、日記なのに日記らしくないことに書いていて気付いた。
私の過去とか、そんなことはもう置いておこう。終わったことだと御主人様も言っていたから。
今日はお仕事のための説明を受けた。
正直、御主人様は初めて会った時の印象で、あまり仕事には意欲のない方だと思っていましたが、それは間違いでした。
お客様のことを考えれば、自分の利益になるのだと教えていただきました。とても納得の出来るお話。
仕事内容についても、手抜きは全くと言ってなかったです。御主人様はいかに楽に仕事をするか、と考えるのだと言いました。
報告、分担、処理、配置、心理、それぞれを成し遂げるためには働く側のモチベーションが大事なのだそうです。
それを書きたいところなのですが、長くなってしまうので日記には書きません。あり得ないとは思いますが、漏洩の可能性もありますので。
早速仕事に着くと思ったのですが、御主人様は次に私に専用の部屋を用意してくれました。
埃の舞う、私の居場所。その部屋を御主人様と一緒に掃除して、ピカピカにしました。
私に心臓と言う臓器はありません。ですが、その綺麗になった部屋を見て胸がドキドキするような高揚感を得たと記憶します。
更に、掃除の段取りや内容を褒めてくれました。手際が良いそうです。
思わず私は、この家を掃除すればもっと褒めてくれるのではないかと思いました。
書いていて、そのことに頬が緩みます。
その後に、御主人様と一緒に買い物に行きました。
目的地は中級区と言われる場所にある家具屋です。そこで、私のベッドを買っていただきました。
そのベッドは就職祝いだそうで、プレゼントしていただきました。
今、そのベッドで寝ころびながら日記を書いています。
他の家具は、私自身が買うとのことでしたが、プレゼント自体が私の身に余ること。
フカフカのベッドはとても心地よいです。人間が虜になるのも頷けます。
今まで私は移動することなく、あの場でただずっと座っている毎日でした。ですから……いえ、何でもないです。
家具を買った後は、ついでに食料を買いに商店街なるところへ赴きました。
御主人様はそこへ着く前に前方にツバの着いた帽子を被るように言いました。きっと、抜けている私の髪の毛のことだと思います。
隠す意味が分かりませんが、御主人様のことですから意味のあることなのでしょう。
八百屋でのことです。
野菜を買った御主人様は店主の方に私のことを聞かれました。
御主人様は私をただの従業員だと言いましたが、どうも店主の方はそう思っていないようでした。それどころか店主の方は私がロボットだと気付いていないようでした。
そのことに御主人様は見て分かるほど不機嫌になっていましたが、店主の方はそれに気付いていません。私も、人間扱いされてなんだがあまり嬉しい気分ではありませんでした。
なぜでしょう、レナさんに言われた時は嬉しかったのに。
私はロボットです。
人間ではありません。ですので、人間と間違われることはあまり好ましいことではないと気付きました。
これは、人間が人間じゃないと言われるのと同じで、私もロボットなのにロボットじゃないと言われて嬉しいはずがありません。
レナさんは例外です。
八百屋を後にした時、御主人様は私のことをロボットだと言いました。
とても嬉しかったです。胸がポカポカします。思い出すだけでもポカポカします。
人間にしてはクズだとは思いますが、私は良い人間に雇われたのだと実感できます。
帰った後、御主人様は不思議なポーチからベッドを取り出して私の部屋に起きました。
配置は好きな様にしろと言われたので、窓の傍に置きました。窓から見える星が綺麗です。
朝になればきっと、太陽が私を照らしてくれるでしょう。
太陽……太陽ですか。
とても暖かく、見ていると眩しいですがとても安心します。
初めて浴びた日の光のせいか、少し肌がヒリヒリします。日傘という物を御主人様から教えていただきました。
給料が出たら買おうかと思います。
夕食は御主人様が作りました。
とは言っても、私は食物を摂取することは出来ないので食卓の端の方で立っているだけですが。
まだオイルは補給しなくても良いので、実質私の夕食はありません。ですが、とても良い匂いを嗅ぐことが出来ました。
あれが、料理なのですね。
出来れば……私が作ってみたいです。
それからは特に書くことがありません。
明日はいよいよ初出勤日です。私に睡眠の必要はありませんが、ベッドに横たわって目を瞑り、今日起きたことを整理したいと思います。
思い出しながらこうして書いていますが、どうしてこんなに楽しいのでしょう。
今、この場でそのことがあったわけでもないのに、思い出すだけで同じくらい楽しいです。よく分かりません。
枕に顔をうずめてみます。
フカフカです。モフモフです。ヌクヌクです。
どうしましょう、笑顔が直りません。とても良い気分です。
思わず歌い出したいほどに。私は歌を知りませんが。
これからやりたいことが沢山あります。
今日はここまでにしましょう。楽しかったことも、苦しかったことも、全部この中に閉じ込めて。
おやすみなさい。