再確認
仕事の説明をするために作業場まで着た俺とロボ娘。
玄翁さんは仕事があるとかで面接が終わるなり早々に帰っていった。
俺の予想ではロボ娘を見に来たと言ってこれからも顔を出すことになるだろう。俺の予想は結構当たる。
しかし……、
「……? どうかなさいましたか?」
「いや、ここが作業場だ。この表にカウンターがあって、そこで客と取引するんだ」
このロボ娘がここにいるってことはデータ上には存在していたんだよな。
無何有の廃墟がただの何でもないエリアになる前は黒の国【魔王】討伐シナリオに関わりのあるエリアだったはず。だったら、このロボ娘はシナリオにどのように関わっていたのだろう。
凄く気になるが、それを確かめる術はない。
「これが鍛冶をする際に使う金床と炉だ。お前が使うことは無いから絶対に触るなよ」
「はい」
当然ながらロボ娘には鍛冶スキルは無い。
なのでこの作業場でロボ娘がやる様な仕事はほとんどない。やるとしたら整理くらいだ。
メインは表にあるカウンターだ。そこで接客業をしてもらう。
そう言えば売り場とか全く改装していなかったな。
カウンターとショーケースはさすがに新調したが、壁は土壁のままだ。
更に床はまんま地面だから雨が降ればぬかるんでしまう。しかし、それらを改装しようものなら破産も良いところ。
こんな小汚い店に良く客が来ていたもんだ。
まぁ、小奇麗な店って言うのも俺は嫌だけども。
「んで、ここがお前の仕事となるカウンターだ。ここで客が品物を欲しいと言って来たら、その品物の値札に貼っている料金か、カウンターに置いてある値段表を参考にして金をもらえ」
「はい」
基本的にここの構造は店の入り口は扉が無く、施錠などはシャッターのような降ろし扉で行っている。
そして品物は壁に掛けてあったり、ショーケースに入れられている。壁に掛けている品物は比較的安物でショーケースに入れている品物は比較的高価なものだ。
そして、売り場の真ん中辺りに仕切るようにカウンターが設置してあり、カウンターの奥に金床や炉などの鍛冶施設がある。
しかし、構造上どうしても熱がこもってしまいがちだが、心配ご無用。
熱さに耐えきれなくなった俺が、自作で風が良く通るように窓を設置したおかげで汗が垂れてくる程度には室温は下げられた。
その代償に壁が一部崩れているがな。
「値下げ交渉をして来る輩がいるが、それも品物によって最低限の線引きも値段表に書いてあるから臨機応変に対応しろ」
「はい」
「臨機応変ってのは、金が絞れそうな輩にはあまり値下げをしないで、人が良さそうな輩には思い切って安くしてやっても良いってことな。ただでさえ市場価格より安くしているんだから、あまり値下げしなくても買っていくもんなんだ」
「人が良さそうな方には何故値段を下げるのです?」
「そういう輩は特別だって言って安くしてやれば気分を良くするもんだ。んで、そこに他の商品も良かったら買って行かないか、とか声を掛けてやれば案外買ってくれるもんなんだよ。そして、安くて他と変わらない商品だったらまた来てくれるだろ?」
「なるほど」
「それに、口コミで広まるかも知れないからな。あそこは安いが、交渉次第でもっと安くなるって」
まぁ、物はどこで造ったって同じ物が出来るんだから、安い方に飛びつくだろうよ。
俺の場合は別に儲けようなんて思っちゃいないから安くできるし、利益も出ているから問題なし。
原価はぶっちゃけかかっていないわけだし、後は労力分と時間分稼げれば大儲けなんだから。
さすがに設備が良ければ同じ鉄の剣を鍛造したら、設備が良い方が出来るのは当たり前。
例えば、今の設備で造っても何の変哲のない鉄の剣だが、良い設備で造れば鉄の剣(良質)というのが出来る。
その鉄の剣(良質)は鉄の剣の上位互換で、鉄の剣(良質)は鉄の剣を強化しなければ出来ないのだが、設備が良ければ最初から上位互換を造ることが出来るんだ。
その良い設備で鉄の剣(良質)を造っても原価である素材は鉄の剣を造る素材と変わらない。
強化するのに更に素材が必要なところを見ても、これはかなり良い設定だ。
「品物の配置とかは一応俺が決めているが、お前も何か案があったら俺に言え。良ければ採用するから」
「はい」
「原則としては、よく売れる品物は奥に配置しておけ。客は奥に行かなければならないから、その道中にあまり売れない品物を置くなりしている」
「それは……その目的の品物を買うために、奥に行く途中で目移りするように……ですか?」
「おう、そうだ。物分かりが良いやつは好感が持てる」
「ありがとうございます」
客はどうしても目的の品物があると他に目移りしなくなるものだ。
だったら、その目的の品物がある途中に他を置けばいい。嫌でも目に入る場所なら尚良し。
そういうのは目に入るだけで良いんだ。決して売れないわけではないが、目に入れば気を引けるかも知れないからな。
「後、ポーションとか解毒剤、砥石とかの研磨剤はカウンターの近くに置け。ロープとか油みたいな雑貨品は冒険者なら誰でも使うからな」
「なぜですか?」
「誰でも使うなら、来る客だって使うわけだ。カウンターで会計している時はどうしても辺りを見回してしまうもんなんだよ。んで、その見回す場所にそれらを置けば目に入る。そうすれば、そう言えばポーションが切れかけてたな、とか、砥石も買っておこう、とか思うかもしれないだろ?」
「なるほど」
「後は、武器とか防具を買ってくれる上に、ポーションとか買ってくれる客には雑貨品を値引きしておけ。そうすれば、浮いた金でもう一つ買おうとか、次の客足に繋がるぞ」
「はい」
さすがに雑貨品は他で買ってくるしかないが、元々原価無しで売っているんだからお釣りは充分来る。
それに、これは冒険者にも有益だし、こっちも有益なので良いことだと思っている。
「よし、一通りこんなもんだな。言ってなかったが、この店は開店朝九時から閉店夜八時までの計十一時間労働だ。定休日は月曜日。んで、有給は半年で六回まで」
「はい」
「後、俺が今言っていないこと……まぁ、不測の事態ってやつが起きたら必ず俺に報告すること。間違っても勝手にやることが無い様に」
「はい」
「だけども、俺もずっとここにいるわけじゃない。その場合、客に一言断っておいて、店長に確認しますので後日お知らせするためにご住所を伺ってもよろしいですか、って言うこと」
「はい」
後は……言うことが思いつかないな。
もっと教えることはあるのだろうけど、思いつかないからここまでにするか。
時刻は既に昼になろうかという時間だ。
今日は土曜日だけど、客は来るはずだ。昼を回ってから開店しよう。
「以上だ。今まで言ったことをメモをしなかったけど、憶えたのか?」
「はい。メモリに今まで言ったことは書き足しました」
「そうか。次はお前の部屋へ案内する。着いて来い」
仕事の話はこれまでにして、次は部屋を用意してやらないとな。
さすがに部屋無しでリビングで寝かせるわけにもいかんだろう。従業員にそんなことはさせられない。
確か、まだ空いている部屋があったはずだ。ただ、改装していないから家具類は一切無いがな。
居住スペースへと戻り、空き部屋へと案内する。
その部屋は北側に面しており、風通しも良い結構良い部屋だ。広さは六畳間、一人部屋にするにはちょうど良い。物置にしては狭いからな。
この家をもらって以来開けたことのない部屋の引き戸を開けると、空気の循環によって起きた風で埃が舞い上がる。
思いっきり吸ってしまった俺は思わずむせてしまうが、ロボ娘は至ってすまし顔。少しムカつく。
「あちゃー……やっぱり定期的に掃除しておくべきだったな」
「ここは?」
「お前の部屋になる予定だが、こう汚くちゃダメだ。まずは掃除だな」
しかし、この部屋を掃除するとなると一時間や二時間では終わらないだろう。壁紙も剥がれており、この部屋だけが幽霊屋敷になったかのようだ。
この部屋を使えと言われても困るだろう。コレにだって心はあるのだから、嫌な思いをするに違いない。
俺の所有物だと言ってしまえばそれまでなのだが、コレだってモチベーションが下がるものだ。そんな気分で仕事に臨まれたら敵わん。
仕方がない。
今日は臨時休業にしてこの部屋を掃除するか。
「よし、掃除するぞ。んで、掃除が終わったら家具を買いに行くぞ」
「私はこのままでも構いませんが」
「そうするとお前が汚れるだろうが。そんなことになったらこの店の従業員は汚いだとか言われて客が来なくなったらどうするよ。鍛冶をする俺ならまだ分かるとしても売り子のお前が汚れていたらダメだ」
なにより俺が玄翁さんに怒られてしまう。
「後は……帽子だな」
「帽子?」
「知らないとは言わせねぇぞ。お前の所々禿げた頭を隠すためだよ。みっともない」
ロボ娘の禿げはよく見ないと分からないが、それ以前に瞬きをしていない目を隠すためでもある。
壊れているのだが、俺ではどうしようもないので放置しておく他ない。糞ジジイに頼めばいいのだろうが、生憎そんな金は無い。
それ以前に糞ジジイにこのロボ娘を直してもらった金も払っていない。まさか直してもらっておいてなぁなぁにするわけにはいかない。
そこを疎かにしてしまっては今後の付き合いに支障が出るやもしれぬ。
「次に服装な。働く恰好は作業着でも良いんだが、せっかくの華だからな。下はジーンズで上はTシャツ。その上にエプロンだな」
「服まで与えてくださるのですか?」
「みすぼらしい格好で歩かせたら俺が恥ずかしい。後は……就職祝いでプライベートの服を買ってやろう」
「良いのですか!?」
「その代わり安いのな。他の服が欲しかったら自分で稼いだ金で買えよ」
「はい。ありがとうございます!」
だーかーら、そんな笑顔を向けるなってんだ。
なんか無性にイラついてくるんだよ。このアマ。
さっさと掃除をしてしまおう。ムカついてコレを殴ってしまう前に。