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雇用



 明くる朝。

 今日も今日とて騒がしい首都の街通り。

 しかし、今日はやけに騒がしい。店の扉を叩く音が聞こえる。

 時間は午前九時。この店の開店時間は十時からだ。それまでは寝るのが信条。例外もあるが。


 とりあえずベッドから這い出て、寝間着から適当に着替える。

 着替えるとは言っても学生服だから変わり映えがしない。なんだか汗臭い、そろそろ洗うか。


 寝ぼけ眼を擦りながら未だに扉を叩く音に向かう。

 随分と荒々しい叩き方だ。その人はきっと髭面のおっさんだろう。

 どれ、その人の頭を冷ますついでに開けてやるか。


「あ、やっと開い――わぶ!?」


「うるせんじゃボケェ! こちとら営業時間外だ! ……って、玄翁さん?」


「冷たっ! なにこれ、水?」


 扉を一気に開け放ち、扉の向こう側にいる奴にバケツ一杯の水をぶちまけてやった。

 しかし、扉の向う側にいたのは髭面のおっさんなどではなく、つい昨日迷惑を掛けたばかりの玄翁さんだった。

 いつもの作業着ズボンにタンクトップ姿が水で体に張り付いていやに艶めかしい。なるほど、ノーブラか。


 俺は直ぐに非礼を詫びる。


「ご、ごめん! まさか玄翁さんだとは思わず……」


「うぇぇ、びしょびしょだぁ……」


「直ぐに風呂を沸かすよ!」


「い、いや、それはいいからさ、ちょっとお話しない?」


「話?」


 急いで店の中へと戻り、湯を沸かそうと踵を返した俺を止める声が。

 濡れていることはどうでも良いとばかりに斬りだしてきた話。彼女のボブカットの髪から滴り落ちる水滴は、幾ら初夏だと言っても風邪を引いてしまうだろうことを簡単に連想できる。


 しかし、それでも笑顔で断る玄翁さん。

 そんなに大事な話なんだろうか。


「とりあえず中に」


「それなんだけどさ、この娘のことなんだけど……」


「この娘?」


 立ち話もなんだと思ったので中に入れようとしたが、それすらも断って話をつづける彼女。

 そんな彼女の背後からひょっこりと顔を出した見覚えのある顔。

 忘れるはずもない。その顔は昨日研究所から持ってきたロボットだった。


 その顔を見た瞬間、俺の顔が訝しげな表情に変わるのが分かった。


「おい、それは……」


「うん、お父さんが一晩で直してくれたんだ。それで……話なんだけど」


 あぁ、なんだか話の流れが見えてきたぞ。

 そいつをバラさないでくれと玄翁さんが頼みに来たのか。


「この娘を、置いてあげてくれないかな?」


「ファ!?」


 予想を上回ったぞ。

 この予想を上回る頼みは血筋なのかと疑ってしまうほど。

 なんと、このロボットを俺の家に置いてやってくれとのこと。

 それはさすがに冗談かと疑うぞ。


「事情はこの娘から聞いたよ。この娘、凄く長い間一人ぼっちで眠っていたんだってね。しかも、必要としてくれる人もいなくなったとか……」


「だからと言って、俺は必要としていないぞ。直したら直したで売るのには変わりないし」


「売るって……マクラギってそこまで薄情だったっけ!? あんなに優しかったじゃない!」


「人には優しいと思うぞ。でも、ロボットに優しくして何の利益がある」


 お涙ちょうだい話で情が湧いたのか知らないが、幾ら玄翁さんの頼みだからと言っても聞けないものは聞けない。

 そこまで経済状況も良くないし、稼ぎは俺が一人生きていくのに精一杯。そんな状況で一人増えたら傾いてしまう。


 ましてや、俺は人型のペットなんて御免だ。


「……あのさぁ、そこまでなんでこの娘を毛嫌いするの?」


「毛嫌いはしていない。利用価値はあるからな。ただ、なぜ人間でない者を人間扱いしなきゃならない?」


「この娘だって人として生きていくことは出来るよ!」


「なんでだよ、“コレ”がいつ人間として生きたいなんて言った?」


 話が大分脱線し始めたが、俺も玄翁さんもヒートアップして引くに引けなくなってしまった。

 そこで、意識確認としてロボットに話を振る。言語機能はあるみたいだから意思疎通は出来る。


 話を振られたロボットは驚いた様子で肩が跳ねる。

 そして、俺と玄翁さんに見守られながら申し訳なさそうに、しかし自分の思いはしっかりと言った。


「わ、私は……もう少しこの世界を見たいです」


「ほら! こう言っているじゃん!」


「そうだとしても何で俺だよ」


「連れて来たんじゃん」


 あー、もうダメだ。

 話通じねぇ。


「あのよ、平たく言えばそいつは奴隷と何ら変わらないんだよ。人権が無いからな。人権がない奴隷は人間ではない。だから、コレも人間じゃない。そうだろ?」


「奴隷って……!」


「そうだろうが。人権を失った人間は“人間という動物”になるんだ。人間には世話を焼くが、動物なんぞに焼く世話はない」


「今何言っているか分かっているの!?」


「分かってなきゃ言ってない」


 何を当たり前のことを。

 よく、ペットを家族なんて言うやつがいるが、俺にはその意味が分からない。

 ペットはペットだろう。人間じゃない。


 目の前にいる玄翁さんはワナワナと体を震わせて憤っている。

 彼女は情に厚い人間なのだろう。そう言うところが人間出来ているのが人気の秘密でもある。

 彼女が仲間を見捨てたという話は聞かないからな。


「もう話しても無駄! 行くよ、ここにいても時間の無駄」


「ちょっと、待てよ。それは俺のだぞ?」


「うるさい!」


 堪忍袋の緒が切れたのか彼女はロボットの腕を掴んでこの場を後にしようとする。

 しかし、ロボットは俺の所有物。返してもらわないと泥棒だ。さすがにそれは看過できない。


 だが、驚いたことに手を引く玄翁さんとは逆にその場に止まろうとするロボット。

 このことには俺も驚いた。まさか己をないがしろにする男の元の止まろうとするとは思わなかったからだ。

 まぁ、俺としては嬉しいことだから何も言わない。


「どうしたの、ねぇ? 行くよ?」


「いえ、それは出来ません。あんな糞みたいな性格をしていても、私を外に出してくれた人です。それに、もう契約してしまっているので……」


「契約?」


「あの人に、従うという契約を」


 今さりげなく性格を否定された様な気がするけども、主従関係が既に刻まれているという優秀なロボットだ。

 契約というのはあの時のことだろう。研究所から出す時に絶対服従だと言ったことを律儀に守ろうというのか。

 本人の意思は尊重させなくちゃな。


「おう、分かったらこっち来い。ギルドに掛け合いに行くから」


「はい、ですが……お願いがあります」


「あ?」


 これで鬼の首を取ったつもりになり、ロボットを近くに呼び寄せたのだが、先ほどの服従と言う言葉が嘘だったかのように俺に物申してきた。

 これには俺も少し不機嫌になる。俺は嘘を吐くのは良いが、嘘を吐かれるのは嫌いだ。


 何を思ったかロボットはその場で膝を着き、一旦正座をする。

 その様子を二人は見守る中、ロボットはとんでもない行動に出た。


「どうか、どうか私を、ここに置いてください」


「ちょ、おまっ」


 なんと土下座をし始めたのだ。

 俺は生涯で土下座をしてもらったことが無いため、少し取り乱すと同時に嬉しい感情が湧いてきた。

 その行動に玄翁さんは驚いて傍に駆け寄るも、決してロボットは顔を上げない。


 その物珍しさからか、周りにギャラリーが現れ始める。

 いや、元々人通りの多かった下級区の住宅街。そんなところで、しかも最近出来たばかりの鍛冶屋の前で店主と、中級区で鍛冶屋を営んでいる名工玄翁心昭の一人娘が言い争っていれば嫌でも人の目を引いてしまう。

 そこでどうだろうか。どこからどう見ても少女が一端の男に土下座をし始めたらオーディエンスは最高潮に達してしまう。


 コソコソと小声で話し始める近所のおばちゃんや、訝しげな表情で商店街に向かう若者まで現れ始める。

 こうなってしまっては俺の風評被害が広まってしまうのではないだろうか。あそこの店主は少女に土下座をさせても突っぱねて売り払っただとか、ありもしないことが噂になるに違いない。


 そうなってしまったら俺の店に人が来なくなってしまうではないか。


「あ、だったら私言っちゃおうかなぁ。ギルドにマクラギは少女を痛めつける酷い人だってー」


「そ、そんなこと俺が否定すれば……」


「今の時代、痴漢していなくても女の子が痴漢されたと言ったら痴漢したことになっちゃう時代だよ?」


「おのれディケイドォ!」


 なんということだ。玄翁さんが完全に敵にまわってしまった。

 それも女の武器と言う物をよく理解している。そんなことをギルドに言われてしまったら干されてしまう。

 ギルドで干されたらこの街で村八分にあうと同じこと。それほどまでにギルドの影響力は高い。


 そうなってしまえばこの街で商売なんて出来ない。

 違う国に行かなければ出店は叶わないだろう。もう、あの貧乏生活は嫌だ。


「どうするの? この娘をここに置くか、マクラギがここを出て行くか……どうする?」


「ぐぎぎぎ……」


 屈辱だ!

 こうも手玉に取られてしまうとは女とは末恐ろしい!

 だから性格の悪い女は嫌なんだ!

 ……いや、別に玄翁さんは正確悪くなかったな、訂正しよう。


 しかし、どうする。

 というか選択肢はもう無いに等しい。俺の完全敗北だ。

 うわ、マジで悔しい。


「分かった! 分かったよ! コレを俺のところに置く! それでいいだろ!?」


「ほ、本当ですか?」


「もう一度その言葉を言ってみろ。撤回してやる」


「っ! ありがとうございます」


 あーもうちくしょう、そんな嬉しそうな顔するんじゃねぇよ。

 俺はお前を売りとばそうとした奴だぞ、そんな笑顔を向けるんじゃねぇよこのやろう。


「よかったね」


「はい。よかったです」


「マクラギ! この娘に酷いことしたら赦さないからね!」


「分かったってば! おら、中へ入れ。これから面接する」


「面接?」


 俺の言葉にキョトンとするロボット。

 もしかして面接という言葉はインプットされていないとか無いよな?


 同時にキョトンとした表情の玄翁さんを見て、少し不安になる。

 この世界に面接が無いとは言うなよ。


「ただ飯食わせると思ってんのか? ここにいるからには働いてもらうからな!」


「えっ……? 私に職をくださるのですか?」


「それを見極めるの! 無能だったら倉庫の隅で埃だけ食ってろ」


 だから何で嬉しそうな顔すんだよ。

 あー、もう調子狂う!

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